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魔宝石物語  作者: かうる
幕間4《誘拐編》
280/497

元料理人の苦悩

 ※(ミケール視点)


 料理人の幸せは、自分の作った料理を食べてくれる相手が居てこそのもの。この十日間、それを嫌と言うほど分らされた日々でした。



※※※



 ライザタニアからの侵攻によって前任の『東の塔の魔女』が殺害され、魔女の死亡によって解除されていた《結界》が、現任の魔女によって復活を果たした事により、ライザタニアはシスティナへの侵攻を諦めざるを得なくなった。それ程までに、現任の魔女が施した《結界》魔術が強固であったのです。

 ライザタニアがシスティナへの侵攻を中断して数ヶ月、私たち『月影』と呼ばれる特殊工作部隊はさるお方の命を受け、およそ二年前の満月の晩、この地へ放たれる事になりました。

 これまでもシスティナ内部へ侵入する策は計画段階としてありましたが、実際に実行されたのはこれが初めてでした。我々はライザタニアと通じるシスティナの貴族の手を借りてシスティナ内部への侵入を果たすと、記憶の一部を操作改竄され、自身がライザタニア人の工作員である事を一時的に忘れさせられました。特殊な暗示によって『果たすべき使命』だけを脳内に刻まれた状態とでも言いましょうか。詳しい経緯を省きますが、結果として我々『月影』隊員はアルカードへと侵入を成功させたのです。

 隊員はそれぞれの得意分野から、ある者は騎士に、ある者は図書司書に、ある者は役所の職員に、ある者は治療士に……と、アルカード内に仮の身分を得ていきました。

 私は料理人として『塔の騎士団』の騎士寮の調理現場へと配属されました。世間からは『麗しの騎士』と呼ばれる騎士たちですが、内情は決して麗しいばかりではなく、実際には大変殺伐とした日常です。あるじなき『東の塔の騎士団』、その騎士団員に課せられた仕事は一に鍛錬、二に鍛錬……と大変、汗臭い……失礼、どこの騎士団、軍隊に於いてもそう変わりはございませんね。兎に角、騎士たちは日々、鍛錬に明け暮れておりました。その為、騎士寮で食事を取る騎士たちはそれは良く食べました。騎士は身体が資本とは言いますが、正にそれを体現するのが食事の現場ではないでしょうか。


 システィナ国民としての生活は二年に及びました。その間、私は料理人として真面目に勤務し、料理を通して『東の塔の騎士団』に属する騎士たちと交流を深めました。

 騎士たちは誰もが貴族子弟であり、中には騎士寮に勤務する職員に対して貴族身分を傘にきる物言いをする若い貴族もおりましたが、大半の騎士は我々一般の職員に対しても誠実な態度でした。

 彼らは勤務の間や勤務終了後、騎士寮において食事をとりました。その際には大抵、他愛も無い話に花を咲かせており、時には私たち料理人を交えての会話になる事もしばしばでした。

 そんな折です。私はとある騎士より『何故これ程までに鍛錬に励むのか』という理由を聞く機会を持ったのです。


『前任者のように現任の魔女までむざむざ死なせる訳にはいかない』

『今度こそは我々の手で魔女様をお守りする』

『もう二度とあのような想いを抱きたくはない』


 そう断言したのは古参の騎士たちでした。

 騎士団には前任の魔女の時期より勤務する古参の騎士と、ライザタニアとの戦争後に入ってきた新人の騎士とが混在していました。

 その中でも特に古参の騎士は、『塔の魔女』への想いは強いようでした。それもその筈であり、彼らは目の前で『守るべきあるじ』を亡くした経緯を持つからなのです。彼らの言葉の端々から『塔の魔女』に対しての尊敬や感謝を感じる事ができました。『今日こんにちのシスティナの平和があるのは現任の魔女のおかげである』と言って憚らぬ彼らの顔には、未だ顔も見ぬ魔女あるじを『必ずお守りする』という決意が強く滲んでおりました。それを聞く私の心もまた、彼らの心と同じように熱を浴びていくような気持ちになったものです。


 ーそして彼女は現れましたー


『始めまして。アーリアと申します。これからこちらでお世話になります』


 よろしくお願いします、と頭を下げて挨拶をする少女を見たとき、その場に居る大半の調理人は彼女の事を『見習いの使用人か?』と首を傾げた程、何処にでも居そうな雰囲気の女性だったのです。

 確かにその少女は美しい見目をしておりました。透けるように白い肌。雪のように白い髪。牡丹のような瑞々しい唇。淡い笑みを浮かべ、恥ずかしげに歯に噛む表情は何とも庇護欲の誘うもので……。ですが、食事の準備時間の隙間に挨拶へ訪れた少女がまさか、騎士たちが待ち焦がれていた『塔の魔女』とは、思いも寄らなかったのです。

 貴族令嬢特有の雰囲気のないその少女は、騎士寮に勤務する一般職員相手に、一々、自ら出向いて挨拶に来る。それこそが騎士団員たちの待ち望んだ主君あるじーー『塔の魔女』アーリア様でした。


『嫌いな食べ物はありません。食堂での食事、とても楽しみです』


 そう言って一礼し去っていった少女。後に『塔の魔女』だと知った料理人たちは、誰もがその顔に驚きと困惑を浮かべておりました。


 ーアーリア様は本当に嬉しそうな表情かおをして、食事をなさっておいででしたねー


 アーリア様はほぼ毎食、騎士寮の食堂にて食事をおとりになりました。当初の言葉通り嫌いな食べ物はないようで、肉も魚も野菜も満遍なく食べておられ、特に食後のデザートには頬を緩ませておられました。それはそれは幸せそうな笑顔で、作った料理人は須く心を温かくしたものです。


『こんにちは、ミケールさん。今日からこのを飼うことにしたの』


 ある日、アーリア様は一匹の大きな犬を食堂の前に連れて来られました。その犬は普通の犬としてはかなり大柄で、座っていてもアーリアの胸の辺りに頭がありました。

 大型犬はその血のように赤い瞳を私に向けてきました。その時です。脳内にカチリとパズルのピースが嵌った時のような音が響いたのです。その途端、封じられていた記憶が蘇り、暗示が解けて、己の現状と使命とを思い出したのです。


 ーあの時ほど隊長を呪った事はありませんー


 料理人としての幸せな日々は、その日で終了をむかえたのですから。

 隊長を恨むのは筋違いだと言う事は分かっておりました。しかし、この二年のシスティナでの生活があまりに平和で幸せに満ちたモノであったが為に、本来あるべきライザタニアでの生活に戻る事に、私は苦痛を感じてしまったのです。


 己の正体

 己が国の実情

 己に課せられた使命


 そして、これから迎えるであろう未来のアルカードの姿に、私は溜息を禁じられませんでした。


 ーどうやらそれは、私だけではなかったようですね?ー


 あの満月の夜、作戦は決行されました。我々は闇夜の襲撃者となったのです。

 作戦通りアルカードは火に包まれ、混乱が齎されました。それは騎士寮も例外ではなく、寧ろ、狙いは騎士寮に住まう一人の魔女であった為に混乱の渦中であると言えました。私は料理人としてこの夜の為に料理に細工を施しました。それは騎士たちの料理に微量の睡眠薬を混ぜる事でした。薬や毒に耐性を持ち、魔宝具によって予防している騎士たちですが、住み慣れた騎士寮では気を抜くものです。私は何食わぬ顔をして睡眠薬入りの食事を出し、騎士と騎士団の戦力を削ぎました。勿論、それは騎士に留まらず、魔女アーリア様の食事にも手を加えたのです。

 アーリア様は睡眠薬を摂取して体調を壊した事があると知っていた私は、彼女の食事には酒を混ぜる事にしました。アーリア様は菓子に入った少量の酒にも酔っ払う程、酒に弱いのです。それを知っていたからこそ私は、彼女の食事に無味無臭の酒を混ぜて提供しました。

 案の定、アーリア様は食後、うつらうつらと頭を揺らし始め、護衛の騎士に付き添われて自室へと帰って行かれました。


 あの時、私は『作戦は成功した』と確信しました。『これでアーリア様を傷つける事なくお連れする事ができる』と……。


 しかし、実際には予測通りには遂行しなかったのです。


 アーリア様は何故か夜中に目を覚まされ、騎士として侵入していたセイと飼犬に成り済ましていた隊長によって、無理矢理連れ出されました。しかも、あと少しで騎士寮から脱出という場面に於いて、隊長たちはアーネスト副団長とリュゼ殿、二人から妨害を受け、騎士たちの追撃の最中、アーリア様はセイの毒爪により負傷。大怪我を負ってしまわれたのです。


 あの夜の出来事を思い出した途端、私の眉間は苛立ちからギュッと寄せた。


 ーあれ程、アーリア様を追い詰める必要があったのでしょうか⁉︎ー


 セイはアーリア様の背を切り裂き、防御結界の上から羽を叩きつけ、転ばせ、髪を掴んで暴言を吐いた。いくら戦意を喪失させる為とは言え、女性に対してあのような暴力……!見ていて気分の良いものではありません。いくら何でもやり過ぎではありませんか!あの美しい白髪まで傷つけられた姿に、思わず同僚を睨まずにはおれなかった私を許して頂きたい。


 あの後、傷ついたアーリア様をセイの背に乗せ、無理矢理システィナの外へーーライザタニアへと連れ出しました。ですがここで一つの問題が起きました。合流する予定の治療士が姿を現さず、馬車はそのまま出発せざるを得なかったのです。彼女の傷の治療は我々にできる範囲にのみとなりました。

 しかし、簡易な治療魔法ならいざ知らず、黒竜の毒爪の傷を治癒するだけの術を、隊員の誰も有しておりませんでした。傷の影響もあり、アーリア様は心身共に日に日に衰弱していかれました。当然、食事も喉を通らなくなり、終いには薬は愚か果実水さえ飲み込めぬまでに弱っていく彼女の姿は、見ていて耐えられるものではありませんでした。


 ー自分たちがしでかした結果であると云うのにー


 少ない食材から彼女の好みそうなメニューを作っても、一口も手をつけて貰えぬ悲しさ。それは私の胸に大きな穴を開けました。


 数日後、アルカードより一人の男が到着しました。彼は騎士団では治療士の一人として働いていた者でした。

 実を申しますと、私自身、彼が仲間だとは知らなかったのです。しかし、彼は我らがあるじからの書を持っておりました。彼は我ら襲撃者がヘマをこいた時の助っ人だったのです。

 治療士の登場により、アーリア様は死の淵より救われ、傷は完治に向かいました。流動食ならば口にする事ができる様になり、私は彼女の為に粥を用意しました。すると、彼女は久しぶりに私の料理に口をつけてくれたのです。


 このように些細な事で喜びを見出すとは、特殊工作部隊『月影』が聞いて呆れます。我々の名は、ライザタニア王都では恐怖の代名詞なのです。王家にしか扱えぬ影の特殊部隊。それが我々の正体なのですから。


 あの晩から今夜で十日。アーリア様は何処ぞの襲撃者に襲われ、火中、セイに連れ出され、脱出されました。向かうは東の深き森。我々の隠れた基地がそこにあります。

 合流地点へと急ぐ我々は、真夜中、森の中腹で脚を止めました。ザワザワと騒ぐ森に違和感を感じたのです。偵察へ何人かが向かうと、案の定、森の中には山賊が蔓延っておりました。この数年、森を放置した結果、何処からか山賊が流れて来たのでしょう。


 山賊はライザタニアではポピュラーな職業であり、驚くに値しません。元は遊牧民の集まりから出来た新興国家。家畜を引き連れて土地を移動する遊牧民にとって、略奪行為に悪意はありません。略奪は文化。至って普通の事象なのです。

 現在は一つの地に根付き、近隣諸国のように乳製品を生産する産業を手がけるようにもなりましたが、その根本にある理念はなかなか抜け切らぬものがあります。

 また、ライザタニアには奴隷制度があり、貧しい者や奴隷たちが生活苦を理由に山賊となるケースは後を立ちません。現王の御代になってからは産業よりも軍事面に力を入れ始めた為、貧困の差がより明確になったのは誰もが知る現状なのです。


 だからと言って、山賊行為が正当化される筈はありません。他国からの評価は散々ですが、ライザタニア国民とて一応の倫理観くらいは待ち合わせています。

 我々の行手を邪魔せぬのなら見逃す事も可能です。しかし、山賊が我々の仲間をーーそれも護送中の魔女を襲おうとしているのならば、見逃す事などできる筈もありません。


「セイが動いた。隊長の合図を待って一斉照射する」


 副隊長の命に我々は森をーー山賊を囲むように配置につきました。ジリジリと間合いを詰めて行くと、中心から悲鳴や怒号が聞こえ始めました。その中、若い男の声と女の声が高らかに上がり、何やら怒鳴り合っているのが聞こえてきました。


『アーリアちゃんさ。なーんか人が変わってない⁇』

『今は仕事じゃないもん。それに、何でセイ相手に猫かぶってなきゃなんないの?』

『うっわ〜〜本音キタ〜〜』

『公私混同しない主義なの、わたし』

『成る程。コレがアーリアちゃんの素ってワケね?』

『悪かったわね!イメージ崩しちゃって』

『べーつにぃ。俺はそっちの方が良いと思うしさ』


 どうやらこの喧騒の中、セイとアーリア様が怒鳴り合いの喧嘩をしているようです。と言っても、喧嘩だと思っているのはきっとアーリア様だけではないでしょうか。怒るアーリアの声に対して、セイはいつものおちゃらけた調子を全く崩しておりませんからね。


「一斉照射準備」


 セイとアーリア様の会話に耳を傾けていた所、副隊長よりの司令が入り、私は慌てて弓を番えました。弦を引き絞るとキリキリと弦音が耳に届きます。魔力を矢に込め、精神を一点に集中したその時……


「一斉照射、打て」


 ーヒュンー


 山賊を囲んだ隊員から一斉に放たれる《光の矢》。矢は山賊たちの頭上から降り注いでいきます。

 光が地面に吸い込まれように消えた後、私たちは騒動の中心に向けて脚を運びました。しかし、死体の山をいくつも見ぬうちに、一人の男が荷物を肩に私の前に現れたのです。


「セイ⁉︎」

「あ、ミケさん。良い所に!」


 セイは死体をぴょんぴょんと飛び越えると、私に向けて荷物を手渡してきました。


「ミケさん、コレ預かっといて」

「はい?」

「オレ、もう一働きしてくるからさ」

「は?」

「あ、ついでに怪我も診てやってよ」

「え?……分かりました」


 訳も判らぬままセイから荷物を両手で受け取りました。米俵より軽く思えるその荷物。黒いローブに包まれたソレが私の腕の中でモゾリと動き、私は驚きと共にローブの端をめくり上げました。すると、そこには……


「ーー⁉︎ アーリア、さま……?」

「み、ける、さん……?」


 アーリア様はぷはと息を吐くと、私の顔を心底驚いたように見上げてきました。




お読み頂きまして、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価など、とても嬉しいです!励みになります!ありがとうございます!


『元料理人の苦悩』をお送りしました。

元料理人ミケールさんの独白でした。

彼ら月影の隊員たちは亜人という特性から総じて長寿です。その為、暇を持て余した彼らは様々な特技を身につけています。ミケールの場合、それが料理であった訳です。

因みに今回登場した影の薄い副隊長は調理師免許を取得しており、システィナでは領主館の厨房で料理長をしていたという裏設定があります。


次話も是非ご覧ください(*'▽'*)


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