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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と獣人の騎士
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※裏舞台5※ 闇に蠢く獣

 分厚いカーテンを閉め切ったその部屋に、その者たちはいた。

 一人は執務机に両肘をつき、口元を隠すように話す四十を半分過ぎた壮年の男。もう一人は執務机の前にある応接セットのソファへ深々と座り、肩肘を頬へあてて憮然とした態度で話を聞く男。こちらは三十歳半なかばくらいではないだろうか。辛うじて青年と呼べなくはないが、冷たい印象の残る容姿やその中で一際際立つ目つきの鋭さ、傲慢な態度などから、その年齢を見た目以上に老けさせていた。

 壮年の男は上質な貴族の装いである。身のこなしから、普段はさぞ仕事のできる男に見えていることだろう。茶色い髪には白いものが混じり始めているが、それもその男の威厳を作る一つの要素でもあった。

 一方、青年の方は闇よりも深い漆黒のローブを羽織っている。そのローブには所々に金糸で刺繍がされており、陽の元では豪奢に見えるに違いない。しかも、その刺繍も只の飾りではない。魔術による付加が加えられており、ローブそのものが魔宝具の一種なのだ。見るものが見ればその価値が分かる逸品であった。


 そのローブと同色の髪の隙間から、何事にも関心がなさそうな瞳が覗く。青年は壮年の男の話に頷きの一つもなく、興味なさげに頭を擡げている。


「副魔導士長め、奴の所為で計画が狂った。なんと早計な!なんと愚かなのだ!おかげで大損したわ!」

「……だが、もう始末したのだろう?」

「当たり前だ。あの調子で我々の事まで暴露されてはかなわん。泥は一人で被って貰わねばな……!」

「なら、もう済んだ事ではないか……?」

「フン……だが、あれから二年、あのアルヴァンド公爵家の小娘が第3王子の婚約者枠にまんまと収まりおったわ!あの時、あの娘を『東の塔』へ追いやれておれば、あの娘も公爵も、そして公爵家も、全て諸共に潰してやったものを……!」

「まだ、婚姻関係を結んではいないのだろう?」

「娘が成人もしておらんからな。婚姻は娘が成人してならになるだろう。それにな、アルヴァンド公爵は娘の事よりも、ずっと大きな問題を抱えておる。動ける筈もない。クククク……」

「その問題とやらを公にしてやればよかろう」

「ああ、だが物事には順序というものがある。焦る事はあるまい……」


 執務机の上で揺れる魔力の光が、ぼんやりと男の顔を照らす。その目には狂気が光っている。


「俺にはどうでも良い事だ。報酬の件さえ守って貰えればな」

「分かっておる!そちらは任せておれ。そなたは儂の願いを叶えてくれさえすればそれで良いのだ。そうすればお主の願いも叶い……」

「お前は権力と名声を手に入れられる、か……?」


 壮年の男が深く頷く。

 その様子を青年は目の端だけで捉える。そこには何の感情もない。


「そう云えば、行方知れずであった『東の魔女』が見つかったそうだな?」

「……」


 壮年の男が不意に話題を変えた。その内容になって漸く興味を示したかのように、青年の片眉がピクリと動く。


「なぁに、儂にも独自の情報網くらいある」

「……」

「これまで魔女は師匠の保護下にあった。かの魔導士の下に囲まれた状態では手も足も出なかったが、今は違う!あの魔導士バケモノから離れてしまえば、こちらのものよな……?」

「あれはそう甘くはないと思うが?」

「ああ、だが所詮人間よ!しかも、何の後ろ盾も身分もない、ただの魔導士。どんなに扱う魔術が優れていようが、その手から離してしまえば、幾らでも打つ手が生まれる。そうであろう?」


 壮年の男は伏せていた顔を上げ、青年を真っすぐと見下ろした。


「命令だ。『東の塔の魔女』を殺せ」


 狂気に満ちた瞳が闇の中で鈍い光を滲ませた。その男はこれまで、自分の邪魔になるモノを尽くこの世から排除してきた。そこに『善悪』の感情などなく、あるのは『自身にとって有益か否か』という一点のみ。


「かの魔女が死ねば、塔には新たな魔導士を派遣しなければならぬ。その時こそあの忌々しいアルヴァンド公爵家を潰す絶好の機会だ」


 普段、この男は真実『国を思う有能で優秀な貴族官僚』なのだが、その実、身の内には底の見えぬ深い闇が渦巻いている。その毒を一滴でも垂らされた者は、数秒と経たず苦しみ悶えて生き絶えるだろう。


「飛んで火にいる夏の虫となれば良いがな?」


 青年は皮肉げに毒づくと、ソファから音もなく立ち上がった。そしてローブを翻すと、別離の挨拶もなくその部屋から立ち去った。


「ふん。下等種が……」


 世間で思われるイメージ通り、魔導士である青年の気位は山ほど高い。魔導士らしく『己の欲望』に忠実であり、魔導士としての強いプライドを持つ青年としては、貴族間のイザコザなどにはカケラの興味も関心もなかった。もとより他者の思惑も生命も地位も立場も……何事にも興味がないのだ。有るのはただ一つ、『己の望み』のみ。その為ならば、他者の人生いのちなど幾らでも差し出すつもりであった。

 己が望みの為ならば、どんな事にも執着せず、どんな事にも執着する。手段も、人の尊厳も、善悪も。必要ないならば切り捨て、必要ならばどんなモノでも使い、捨て、歩む。執念を燃やすものは、ただ一つ。それは……


 ー今想うは、あの白き髪の魔女のことのみー


「く、くくくく、くくく……」


 男の低い笑い声が、闇の中、どこまでも不気味に響き渡る。




お読みくださりありがとうございます!

ブクマ登録ありがとうございます!!


裏舞台編です。

この二人の暗躍で、主人公たちが酷い目に遭わされています。

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