逃れられぬ道筋の上で
※(アーリア視点)
「王子殿下のもとへお連れする」
レオの言葉を反芻しながら、私は今後の事を考えていた。
昨夜、私はレオにこれまで胸に秘めていた疑問を吐き出した。レオはどの疑問にも素直に答えてくれた。これほどアッサリと教えて貰えるとは思ってなかったから、少し驚いてしまったくらい。でもね、レオからは質問に対して解答を貰っただけで、その答えがーーレオの言葉が真実かどうかは分からない。だけど、不思議とレオの言葉に嘘がないように感じた。
ーでも、ウソではない言葉がホントウとは限らないー
言葉って本当に難しい。『虚言ではないけど真実でもない』という事は、往々にしてあり得るものね。政治の世界でよく使われる『言葉遊び』もそう。現に私はまだ、レオから『王子殿下』が『誰』を指すのかを聞き出せていないもの。
第一王子 イリスティアン殿下
第二王子 シュバルツェ殿下
ライザタニアには二人の王子殿下がいるそうだ。二人とも年齢不詳。未婚ではあるらしい。但し、この場合の『未婚』とは『正妃はいない』という意味であって『愛妾がいない』という意味じゃないの。この辺りの事情はとってもややこしい。王族はーー特に国主となる者は、各地から大勢の妃を娶って、その中で最も情勢的に良いと思われる妃を正妃に据えるらしい。特にライザタニアではその傾向が強いそうだ。
現王にも大勢の『奥さん』みたいな女性が居ると聞いた。現王の血を引く子どもも大勢居るとか居ないとか。その中で『王子殿下』を名乗れる者は二人だけだという。
それこそが、正妃を母に持つ第二王子シュバルツェ殿下と、第一側妃を母に持つ第一王子イリスティアン殿下。これを聞いた時、私は思わず顔を顰めてしまった。
第一王子イリスティアン殿下が正妃の子なら何も問題ないけど、現実はそうじゃない。内部で揉めそうな気配がプンプンするよね。現に、ライザタニア王家は内輪揉めの最中だって聞くし。
そもそも、二人の王子の情報ーーいいえ、ライザタニアという国と王家の情報はとても少ないの。システィナはライザタニアとはお隣同士なのに、ライザタニアの情報が殆ど出回っていなかった。不思議なくらい情報が秘匿されていたの。私自身、ライザタニアの事は『乳製品が美味しい酪農国家。なのに、最近何やら軍事方面に特化しちゃってる危ない国』という、ボンヤリとした情報しか持っていなかったもの。『国』の情報でそれなら『王家』の情報なら言わずもがなだと思わない?
ーどっちの王子殿下が『塔の魔女』を欲しているのかな?ー
これが大問題。レオはどの王子殿下なのか、その明言を避けた。敢えて避けたんだと思う。私に知られたらマズイ何かでもあるのかも知れない。
ーもっと突っ込んで聞けば答えて貰えたのかな?ー
ライザタニアの内紛ーー国内事情を知らないの事が痛手になってる。でも、王家内部での揉め事なら、この二人の王子が対立している可能性がすごく高いと思う。
次期国王の座を巡って揉めるのはどの国でも良くある事だもの。ついこの間までのエステル帝国も、同じような内容で揉めていた。それくらいポピュラーな内乱。他人事なら『知らぬ存ぜぬ』を決め込んで見物客になっていられるけど、当事者として巻き込まれるならば別だよね。それに何より……
ー小道具にされちゃ困るよ!ー
王子殿下の狙いが『どちらの王子が先にシスティナを堕とすか』だったら目も当てられない。その時には間違いなく破滅エンドが待っている。この後の展開が明るいワケがない。
ゾワリと背筋に冷たいモノが奔って私は身体を震わせた。
ー現状、私にできる事ってあるのかな?ー
特殊部隊に囲まれて王都に移送されているこの状況で、彼らの目を盗んでの脱走なんてできるだろうか?
そもそも、彼らから逃げた所で地理も判らない。魔宝具で魔力を縛られているから魔術も使えない。それに先立つ物もーーお金も魔宝具もない。服や靴、外套でさえ借り物。
丸腰でシスティナまで逃亡?そんなコト無理だ。嗚呼、思わず溜息が出ちゃう。
騎士寮で襲撃者に遭った時ーー丁度その直前に身を清めていたの。だから、普段から身につけている魔宝具、その殆どを部屋に置き忘れてしまった。いつものマントーーアレにはいくつもの魔宝具が仕込んであったーーさえ着ていたら、まだ良かったのだけどね。今、此処にない事が悔やまれてならない。それに何より……
ー魔術が使えないのは痛過ぎる!ー
まるで犬猫のように首にかけられの隷属の鎖は私の魔力を封じる為の魔宝具。魔力を吸い取っては空中へ発散する仕組みになっているみたい。魔力とはつまり精神力のこと。魔力がゼロになると意識が昏倒しちゃうから、そこは流石に調節してあるみたい。きっと今の私の身体には赤子程度の魔力しかないのね。赤子程度の魔力では、大人の身体を支えられない。だから常に頭痛と倦怠感、睡魔に苛まれてるワケで……
ー絶望的な状況ねー
何とかこの魔宝具さえ外す事さえできれば、最悪の事態を回避できるのに。
最悪の事態とは勿論『生命の危機』のこと。スキルを使用すれば《偽装》も可能だけど、《隷属》の魔宝具の所為で連続使用は不可能。それに私には運動神経が全くないから、セイたちに限らず怪しい人たちーー例えば野盗なんかに襲われたら一巻の終わりだ。以前、山賊に襲われた経験はあるけど、あの時には魔術が使える状態にあったにも関わらず、あんな体たらくだった。なのに、現状『無力な小娘』では、とてもじゃないけれど逃げきれない。
だとしても、このままじゃダメだ。
ータダで小道具になんて、なってやるものか!絶対にセイの雇い主に一言文句を言ってやるんだから!ー
そう意気込むと、少しだけやる気が出てきた。私は元より『奉仕』や『慈悲』『慈愛』なんてモノは持ち合わせていない。『愛』でお腹は膨れないもの。労働には相応の対価が必要なの。お仕事をしてそれに見合う報酬を貰う。それが人間社会のルール。その様にお師様から教わった。
他人に施す事が出来るのは裕福な人の特権。普通の人は自分で自分を食べさせなきゃならない。だから、どんな仕事でも一生懸命働いてお給金を頂くの。
ー王子殿下になんて屈しない!ー
私の『ゆるゆる魔導士生活〜魔宝具をそえて〜』を邪魔した隣国の王子殿下。怒りの矛先はセイの向こう側にいる見えぬ敵、王子殿下に向けられている。そう、セイなんて小物は後で良いの。大元を絶たなきゃ馬鹿は増える一方たもの。
犯罪組織もそう。下っ端を幾人か捕まえた所で意味はない。蜥蜴の尻尾切りに遭うだけ。組織の奥にいるボスを矯正しなければ、現況が糾せないじゃない。
どうにかして一矢報いてやる。この道筋から逃れる事が出来ないなら、新しい道筋を生み出す為にも足掻くしかない。
ー待っていなさいー
気持ちが定まると唇から小さな笑みが溢れた。劣情のままにうっそりと微笑む。これまで誰にも見せた事のないような壮絶な微笑を浮かべて、未だ見ぬ敵に想いを馳せた。
※※※※※※※※※※
ードンー
「イタっ」
私は目の前にある硬い板みたいなモノにぶつかって、思わず声を上げた。すると、誰かの手が飛び出してきて、ぶつかった拍子に傾いだ身体を支えてくれた。
「平気か?」
「う、うん」
ぶつけた鼻を摩りながら私を支えてくれた人ーーレオを仰ぎ見た。レオは恐ろしく整った美しい容姿に何処か怪訝な表情を浮かべていた。月明かりの下なのにそれはハッキリ見て取れた。
ー私の顔に何かついてる?ー
鏡がないから分からない。ぶつけた鼻を摩り首を傾げていると、目の前の板だと思ったモノが話し掛けてきた。
「あれ?俺、『止まるよ』って言わなかった?」
セイの言葉に首を傾げる。物思いに更けり過ぎて、この数分の記憶がスコンと抜け落ちている。ただ真っ直ぐセイの背を追いかけてながら歩くだけだから、少しの考え事くらい良いかと思ってたの。けど、こういう突発的な時には対処できないから、歩きながら考え込むのは止めた方が良いかも知れない。
「どうしたの?」
セイとレオニードを交互に見遣った。するとセイはうーんと口を尖らせ、レオニードは無言で眉間の皺を深くした。
「ん〜〜囲まれたっぽい」
一瞬、意味が分からず瞬きを数回。その後に私は間抜けな声を上げていた。
「……は?誰に?」
「山賊かなぁ?」
「山賊⁉︎ ライザタニアにもいるの?」
「何処でもいるっしょ?山賊なんて」
そんな当たり前のように言われても困る。山賊、野盗、盗賊……他者から金品を奪って生計を立てる稼業だけど、出来る事ならそのどれもと関わり合いになりたくはない。
彼らの中には金品だけに飽き足らず無意味に生命をも奪ったり、欲情の吐口としたり、または人間を商品とする者たちまでいる。特に此処は奴隷制度の認められたライザタニアなだけに、この手の人たちに出会うのは洒落にならない事態になる。
そこまで思い至り、私は唇を横一文字に引き締めた。
「どーしたの、苦い顔して?」
セイが私の顔を覗き込んできた。
「あ、もしかして怖くなっちゃった?」
「そんな事は……」
「だから初めに言ったでしょ?こんな山道をチンタラ歩くのは反対だって」
「だからって、またセイに運ばれるのはイヤ!」
黒竜となったセイに運ばれるのはもう懲り懲り。あんな怖い目をもう一度体験するなんて絶対にイヤ。お断りだよ。
そう力強く訴えたから、私たちは彼らの示す『合流地点』とやらに徒歩で向かっていた。昼間の移動は目立つとの事で移動は夜間になったの。
日暮れに夕食を食べてから少し休憩して、月が真上に差し掛かる頃に異動を始めた。あれからもう何時間もの間、休憩を挟みながら山の中を歩いている。
「でもさ。アーリアちゃんの脚ではなかなか厳しいと思わない?」
「それは、分かってるけど……」
「山道なんて慣れてないでしょ?」
実際、体力も気力も回復しきっていない中での山歩きは辛いものがある。セイも私の体調が万全じゃない事を理解している。分かっていてこんな事を聞いてくるなんて、本当に意地悪だ。
ニヤニヤした笑みを浮かべているセイの顔が何とも腹立たしい。弁明するのもシャクだからただ黙ってセイの顔をジッと睨みつけていたら、セイはフッと笑みを消して真面目な顔に戻した。そして、あろう事か私に向けて手を差し出してきたの。
「ほら、抱っこしてあげる」
「え……?」
「それとも、おぶった方が良い?」
「……。何でそうなるの?」
セイの言葉に裏があるんじゃないかと疑った私は決して悪くないハズ。近寄ってきたセイから思わず半歩分下がると、ジト目で彼の顔を見上げた。
「俺らの脚ならすぐだしさ。それに、アーリアちゃんも疲れないでしょ?」
セイの言葉は正論。でも、何だか釈然としないし、納得できそうもない。
「セイはイヤ」
「えぇ〜〜⁉︎ じゃあ、隊長に抱っこして貰う?」
私は視線をセイからレオに向けた。レオは私たちのやり取りに呆れているのか、我関せずといった雰囲気を醸し出している。レオは私からの視線を受けると、スッと私の顔を見下ろしてきた。
「……恥ずかしいからヤダ」
レオはとても容姿が良い。涼やかな目元。スッと通った鼻筋。濡れ羽のように美しい黒髪。こんな人に抱っこして運んでもらうのは、正直言って恥ずかしい。
ぷいっと顔を背けた私に、セイの抗議の声が突き刺さる。
「どんな理由よ、ソレ⁉︎ しかも、なんか俺と隊長との扱いに差があるんじゃない?」
「当たり前じゃない!セイには前科があるんだから」
「あれは……!ちょっと触っただけじゃん⁉︎」
「そーゆートコロ、本当にデリカシーないよね。セイは」
フンッと顔を晒せば、そこに呆れ顔のレオの姿があった。レオは何故か首元のボタンを外すと、黒いローブを私の頭の上からすっぽりと被せてきた。
「えっ?わぁ!」
見た感じ重厚感があるローブなのにそれ程の重さを感じない。余程良い素材が使われているに違いない。ローブから着用者の体温が伝わってくる。とても暖かい。
「えっと……?」
「お前の髪色は目立つ」
成る程。白髪はライザタニアでも目立つのか、と一人納得していると、レオはローブのフードを目深に被せてきた。
「なるべく離れてくれるな」
「うん」
レオはフードの上から私の頭を撫でてくれる。その手付きが何処となく優しくて、私は素直に了承した。
「な〜んか釈然としないなぁ……」
ちぇっと舌を出す仕草をするセイ。しかし、その表情とは裏腹に手は腰の剣に置かれ、ゆっくりと刃が引き抜かれていく。
私は月光に揺らめく刃に胸をドキリと鳴らした。身構えた私の肩に、背後から大きな手が置かれた。
「案ずるな」
耳元に落ちてくる低い声。彼らは強い。山賊なんかに遅れを取る筈はない。心配する事など何もないと分かっていても、不安から身体がソワソワと震えてしまう。ギュッとローブの端を掴んでどうにか平常心を保とうとしていると、不意に空気が変わった気がした。
ーさわさわさわさわさわー
風が嘶いだ。その音が止んだ時にはもう、鳥の鳴き声が止んでいた。ガサガサと草木が不自然な音を立てて、そこから複数の黒い影が現れ出でた。
ギラリと光る得物を手に、ネバついた笑みを浮かべた男たち。服装も武器もマチマチの集団。でも、瞳に浮かべた狂気だけは皆、同じくしていた。
「こんな夜中に何処へ行くんだ?」
「俺たちが送っていってやろうか?」
下品な笑み。周囲を取り囲む男たちからの嘲笑。それらを全身に受けながら、私は理不尽と向き合う覚悟をした。『敷かれた道筋を行かねばならないのだ』と。今は目の前にあるこの道しかないのだから。でも……
ー道は一つじゃないものー
この道の先には『分かれ道』があるかも知れない。今の自分にはろくな選択肢選かないけど、道の続きを選べない訳じゃない。そう、私は小さな希望を抱きながら、ライザタニアの山中からシスティナへと沈み行く月に視線を向けた。
お読み頂きまして、ありがとうございます!
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『逃れられぬ道筋の上で』をお送りしました。
アーリアがようやく覚悟を決めました。セイの雇主の横っ面を引っ叩く決意をしたようです。未だ吹っ切れた状態とまではいきませんが、目標が出来たことで少し前向きになっています。
是非、生温かい目で見守ってやってください。
次話も是非ご覧ください!




