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魔宝石物語  作者: かうる
幕間4《誘拐編》
275/497

予測された夜襲

 

 再びクシャミをしたアーリアに己のローブを頭からすっぽり被せたその時、セイは格子窓の外にキラリと光る一条の殺意を察知した。


 ーひゅん!ー


 風を切り、唸りを上げて向かいくる一条の光。


「伏せて」

「えーー⁉︎」


 セイはその正体が車内の人物を狙う攻撃であると察知するや否や、アーリアを抱き込んで床に伏せた。


 ーストッー


 アーリアは意味も分からぬ内にセイに馬乗りになられながら目を白黒させた。が、頭上に一条の光が横切り、それが軽い音を立てて壁に突き刺さるのを目に留めると、「ひぇぇッ」とマヌケな悲鳴を上げた。


「あっぶねぇ」

「矢ぁ……⁉︎ 何処ドコから……?」

「アソコから」


 アーリアの頭の下に腕を入れ、身体に負担がかからぬように優しく抱き込んで床に伏せていたセイ。壁に突き刺さる矢を見る目は何故(どこ)か生暖かい。

 矢は馬車に設置された小さな格子窓の隙間から齎されたと知ったアーリアは、あんぐりと口を開けた。


 ーあんな小さな隙間を……?ー


 そう思うと同時に様々な疑問が湧き立ち、アーリアは何故(なぜ)か冷静な態度のセイに対して質問せざるを得なかった。どうして護送馬車の『車内』に矢が射られるのか、と……


「《結界》は⁉︎ この馬車、《結界》を張ってないの⁇」

「ナイよ、ンなモン」


 アーリアの疑問と言う名の訴えにアッケラカンと答えるセイ。


「何で⁉︎ 護送車じゃなくても、最近の馬車には簡易《結界》くらい張っているもんじゃ……⁉︎」


 アーリアは狼狽しつつ更に訴えた。

 システィナでは魔術や魔宝具マジックアイテムが発展しているので、どんな簡素な馬車にも最低限の《結界》が施されている事が常なのだ。《結界》魔宝具は魔物からの攻撃を防いだり野盗からの襲撃を防いだりと、何かとお役立ち。一般人が手に入れられる価格帯の魔宝具にはそこまで強力な効果はないものの、護衛を雇う人件費を払うよりも魔宝具を購入した方が長期的に見ても安価な為、国からも魔宝具の利用促進が唱えられている程であった。また、安価な魔宝具でも敵からの初撃程度なら防げるので、その間に逃げるなり助けを呼ぶなりする事ができるという利点も上げられる。だから現在では、一般人の生活の中でも《結界》の魔宝具を使用する事は当たり前になりつつあったのだ。

 アーリアの訴えを要約すると、馬車に《結界》を施す事は一般的であり、それが王侯貴族の馬車ならばーー或いは要人の護送馬車ならば、効果の高い魔宝具を施すのは『当たり前』ではないのか、という事であった。

 しかし、アーリアの訴えはセイから齎された情報によって早々に覆される事になる。


「システィナならね!この国じゃ馬車には《結界》なんて張らない」

「どうして⁉︎」

「初撃を防ぐと二撃目にひっどい攻撃が来るから」


 意味が分からず怪訝な表情を浮かべるアーリア。首を傾げたいが、セイに抱きしめられたまま床に仰向けに倒れた状況ではそうもいかず、アーリアは眉を潜めるしかできなかった。


「え?それってどう言う……⁇」

「亜人相手じゃ簡易《結界》なんて、意味がないからさ!」

「なーー!」

「ハイハイ。驚くのも無理ないけど、取り敢えず伏せて伏せて」


 セイは狼狽のあまり思わず頭を上げたアーリアの肩を押さえて、再び床に押し倒した。すると、その頭上にトン、トトン、と軽い音を立てて矢が壁に突き刺さっていく。アーリアは悲鳴と狼狽をーー更には抗議の声をあげようとしたその時、小さな口をセイの大きな手で覆われてしまった。


「だからさ、亜人かれらが本気になりゃ下手な防御なんて意味ないの。《結界》が破れるほどのエゲツない攻撃受けてペシャン!だよ」

「むぅ〜〜〜〜⁉︎」

「どんな攻撃も『大は小を兼ねる』って考えが念頭あたまにあるからね!此処ライザタニアの人たちは」

「もごもがもぐもが(なんって大雑把な)っ!」


 その結果、拉致したい要人がーー対象が死んでしまったらどうするのだろうか。単に要人の『殺害』のみが目的ならばそれで良いのだろうが、それでも目標となった人物を『確かに殺害した』という確認が必要ではないのか。……等と、アーリアの疑問は尽きない。

 それらの疑問は態々(ワザワザ)、アーリアが口に出さずとも、どうやらセイには読み取れたようであった。


「そんなコト、心配してないんじゃないかなぁ?」

「もが(何で)?」

「ほら、ライザタニア国民は長生きだって言ったでしょ?」

「む……?」

「妖精族の血が流れてるから、みんな、身体が丈夫なんだよねぇ」


 妖精族との交流を長年に渡り行なってきたライザタニア国民には、大なり小なりその身に妖精族の血が流れている為、他国民ーー例えばシスティナ国民よりも身体が丈夫で長生きだということ。つまり、ちょっとやそっとの攻撃、怪我では死には至らないという事なのだ。

 そこまで理解したアーリアは、セイの手を跳ね除けて叫んでいた。


「私はそんなに丈夫じゃないよっ!」


 例え魔導士バルドによって造られた人間であろうと、基本ベースとなったのは人間テスラなのだ。創作時に多少、魔導士バルドによってイジラレテいようとも、基本的には普通の人間ヒトと大差はない。ちょっとの段差で躓き足を捻る。何もない所で転けて膝を擦り剥く。そんな事が日常茶飯事なアーリアは、自分の『弱さ』を嫌と言うほど理解していた。だからこそ、ましては強靭なライザタニア人と比べられても困るというものだ。


 ードン、ト、ドド、トトン……ー


 そう騒いでいる内にも馬車への攻撃は途切れず行われている。馬車の上にも矢が刺さる音や何かが叩きつけられるような鈍い音が連続して聞こえてくるのだ。終いには火矢まで放たれ始める始末。それでもなお馬はその脚を止めず、走り続けている馬車の内外には火矢を受けた事によって煙が燻り始めた。

 セイたちに拉致されたアーリアであったが、こんな訳の分からない場面で死ぬなど真っ平御免だった。アーリアには未だ自身が何処に護送されているかを知らされてはいなかったが、こと此処に来て、『セイたち襲撃者のあるじとやらの顔を拝むまでは死ぬに死に切れない!』と考えるようになっていた。更に言えば、『セイのあるじに一言くらい文句を言ってやりたい!』との強い思いが、胸の奥からフツフツと溢れ出してきていたのだ。


 怒りか焦りか困惑か。ハラハラとする胸の鼓動。ソワソワとする胸の焦燥感。キョロキョロと忙しなく視線を動かすアーリアは、アレ?と首を傾げた。向かい合わせのセイが、自分アーリアとはまるで真逆の表情を見せているのだ。


「だからさ。ちょっと困ってる」

「……は?なにを……?」


 そう言ったセイの顔には和かな笑み。夜襲を受けている状況下には余程似つかぬその表情に、アーリアの目は厳しく細まった。

 セイはそんなアーリアの冷たい視線を受けているにも関わらず、何故か嬉しそうに口元の弧を更に深めると、徐にアーリアの首元に顔を埋めた。


「え、どうしたの……?矢でも当たった⁇」


 セイに覆い被されていて外の状況が全く把握できていないアーリアは、セイの身に何事か起こったのではないかと心配し、セイの背に腕を回した。すると……


「大丈夫。『役得ってコレか!』って感動してるトコロだから」

「はぃ……?」


 アーリアの心配を他所よそに、セイはアーリアの首元に顔を埋めてながらその細い身体に手を這わした。

 平均より背丈が低い事、体つきが貧相な事を密かに気にしているアーリアだが、セイからすればそれらは特に気にする要素ではなかった。その小さな身体は腕の中にすっぽりと収まり、まるで小動物を愛でている気にさえなる。また、アーリアの身体は何処ドコ彼処カシコも柔らかく、顔を埋めれば芳しい香りが立ち昇るのだ。絹のような髪に手を這わせば、清水に触れた時のようにスルスルと気持ちが良い。

 セイはスゥッとアーリアの匂いを鼻いっぱいに吸い込むと……


「普通の人間ヒトでも亜人オレらからしちゃ弱いと思うのに、アーリアちゃんはもっと柔い……違った、『か弱い』からさぁ……。うーん、イイ感触」

「〜〜〜〜⁉︎ ちょ!ちょっと‼︎ 何処ドコ触ってるの⁉︎」


 ドサクサに紛れて身体を抱き込み、身動きが取れぬのを良い事に乙女ヲトメの柔肌ーーそれも、あろう事か片胸を揉んでくるセイに、流石のアーリアもキレた。脚をバタつかせるとセイのすね目掛けて蹴り付けた。


何処ドコって?胸だけど……ってイテェ⁉︎ 何で蹴るの⁉︎」

「何でって聞く⁉︎」

「さぁ⁇ 俺には分かんないなぁ……」


 顔を真っ赤にして怒るアーリア。怒るアーリアをフッと鼻で笑い、破廉恥ハレンチな犯行を続けるセイ。

 これまで道端みちばたで痴漢やナンパを受けた事のあるアーリアも、こんな堂々と痴漢行為に及ぶ男は初めてだった。アルカードでも多くの騎士たちに囲まれて生活していたアーリアだが、彼らは実に紳士的であったと思い知らされた瞬間だった。『好意』のたぐいの感情を向けられる事はあっても、アーリアに対してあからさまな対応をする騎士など居なかったのだ。

 セイの唇はアーリアの首筋を這い、柔らかく食んでいく。その生暖かい感触に小さな悲鳴を上げながら身を捻るも一分も身体は動かせず、アーリアの目には次第に涙が溜まっていった。その時……


 ーどゴォッ‼︎ー


 馬車の扉が外側から蹴り破られた。蝶番ちょうつがいが吹っ飛び、金具が木片と共に宙を舞う。扉は衝撃を受けて粉々に吹き飛ぶと、向かい側の壁へとぶつかり床へと散らばった。

 扉だった場所から現れたのは長い美脚。白魚のような指が観音開きの扉のもう片方にかかると、そこから一人の麗人が颯爽と現れた。


「なぁに、アホなコトやってんのよ⁉︎ この万年発情オトコ!」

「アリス先生!」


 扉からズカズカと車内へ入ってきた麗人は治療士アリストルだった。アリストルの額には青筋が浮かび上がっている。今にも焼け落ちそうな屋根。その火の粉を手でパタパタと払うと、アーリアを押し倒しているセイの元までやってくる。そして蚊蜻蛉を見るような目つきでセイの背中を見下ろすと、その長い手でセイの襟首を掴み上げた。

 グェッと馬車に轢き潰された蛙のような悲鳴を上げるセイ。その細腕の何処にそんな力があるのか⁉︎ と思う程の力強い腕力でセイを持ち上げると、アリストルはそのままセイを宙吊りにした。


「やっぱりクズはドコに行ってもクズなのねぇ。こんな時にまで女の子を襲ってるなんてッ」


 最低よ!とアリストルは紙ゴミでも捨てるかのような手付きでセイを投げ捨てる。ポイっと宙に放られたセイは反対側の壁際の床にベチャ!と落ちた。


「アリス先生ぇ!」


 セイから解放されたアーリアはヨロヨロと立ち上がると、ガバッと美麗治療士に抱きついた。抱き付かれた治療士はそんな場合ではないのにも関わらず、アーリアを抱き返してその温もりを胸に閉じ込めた。


「うわーん。先生、助かりましたぁ!」

「嗚呼、アーリアちゃん。あンの万年発情期オトコに襲われて怖かったわねぇ。オネェさんが来てあげたからもう大丈夫よぉ!」


 瞳を潤ませ「嗚呼、私の可愛い妹」と呟くアリストルはアーリアの頬に自身の頬を擦り当てる。


「先生。ソレ、俺のコト言えないでしょーが!」


 サスガ亜人。彼らにとってこの程度の衝撃は衝撃ではない。速攻で復活したセイはアーリアの柔らかさを堪能している美麗治療士に向けて文句を浴びせた。

 しかし当の治療士アリストルは『どの口がそれを言うか!』とばかりに瞳を吊り上げると、セイに向けて辛辣な言葉を浴びせた。


「煩い!敵襲このクソいそがしい時に何してんのよ!このボンクラ護衛がッ」

「ひでぇ!キッチリ守ってたんだって!」

「お黙り!アーリアちゃんを押し倒してちゃっかり楽しんでたクセにっ」

「うむぅ……それは否定はできない……」


 下半身に正直な男子オスーーセイ。アルカードで騎士生活をしていた時も、セイのチャラさは誰もが知るものだった。しかし、セイとしてはあれでも『騎士たらん』として己を抑えていた方なのだ。それが現在、騎士の擬装をせず良くなった今、『自分に正直になった』といえば聞こえが良いが、他者より『無節操になった』と評されたなら、それはセイ自身には否めそうになかった。

 何にしても、このような団体行動時に勝手な行動を起こされては困るのは確かで、アリストルは月影の臨時治療士としても、隊員セイの暴走は到底見過ごせるモノではなかったのだ。


「あぁ、もう。こんなバカなコトしてる時間なかったんだわ!ーーセイ!」

「ハイ⁉︎」

「アーリアちゃんを連れて今すぐ退避なさい!」

「そりゃ良いっすけど……先生たちは?」

「此処でなるべく時間を稼ぐわ。合流地点は聞いてるわよね?」

「ええ。ーーあ、でも……」

「なに?質問でもあんの?」

「あ〜〜大したコトじゃないンスけど、『男女二人、手に手を取り合っての逃亡旅』って、何だがイヤラシイ響きがありますよねぇ?」


 ーピキッー


 美麗治療士の顳顬コメカミに奔る青い筋。アリストルはアーリアを片腕に抱きながら、もう片手で壁にブッ刺さった矢を一本抜くと、セイに向かって迷わずぶん投げた。


「ーーッ⁉︎ あぶなぁ!」

「このバカ!アーリアちゃんに手ぇだしたらどうなるか、分かってるでしょうね?」


 殺意の篭った眼光。ジト目の美麗治療士アリストル。ーーと来れば、誰も好き好んで怒り狂う美人に楯突こうなんて思わないのが普通なのだが、自他共に認める女好きセイは違った。ムラムラと湧き上がる性欲ーーいや、好奇心には勝てずに、ウッカリ質問してしまったのだ。


「……。どう、なるんですか?」


 極寒の吹雪ブリザード。美麗治療士の背景に極寒地帯を見たセイは、そしてアーリアも思わずゴクリと唾を飲み込んだ。


「アンタの股間ソコについてるヒノキの棒をちょん切ってやるわ!」


 ーチャキンー


 アリストルは右手の人差し指と中指とを立ててハサミの形を作ると、指を左右に動かして『何か』を切るような動作をした。


「ンヒィ⁉︎」


 セイは顔を真っ青にすると膝を擦り合わせた。そして両手で股間をガードすると、脚を内股にして悲鳴を上げた。


「ちゃーんと処置してアゲルわよ?去勢したら宦官にでもなって『神殿』に宮仕えしたらどうかしら?」


 うふふふふ……と、美麗治療士は不敵な笑い声を上げる。口元には微笑が浮かんではいるが、目には燃え上がるような強い殺意が浮かび上がっている。


「げぇーーッ⁉︎ 嫌っすよ!あんな幼児趣味ショタコン幼女趣味ロリコンの魔窟!しかも最近じゃあ、同性婚すら推奨し始めたじゃないですかッ⁉︎」


 同性婚推奨には同意できるが、『幼児趣味ショタコン』やら『幼女趣味ロリコン』やらという物騒な言葉ワードにはアーリアもドン引きした。噂に聞く『神殿』とはそんなに恐ろしい場所なのか、とアーリアはアリストルの腕の中で息を飲んだ。二人の発言から『物騒な場所』だと悟ったアーリアは、出来る限り『神殿』という場所には近づかないでおこう、と心に決めたのだった。


「それが嫌なら、アーリアちゃんをキチンと守ることね!言っとくけど、私はヤルと言ったらヤルわよ?」

「この治療士ヒト、めちゃくちゃおっかねぇ!」

「分かったんならサッサと行きなさい!もうこの馬車、保ちそうにないわ」

「りょ、了解っ」


 セイはアリストルの指示に渋々了承すると、身体の内側ーー精神の内面へと力を込め出した。


 ーぐぉぉぉおおおおおお……‼︎ー


 迸る咆哮。途端に膨れ上がる魔力。魔力は空へと立ち昇り、竜巻のように風の渦を巻き起こした。


「きゃあっ!」


 セイを中心として突風が巻き起こり、焼け落ちそうだった屋根を空へと吹き飛ばした。突風を間近に受けたアーリアの身体を治療士の腕がガッチリと支える。

 暴風により馬車の外装が空へ空へと吹き飛ばされていく。二頭の馬が恐れ、いななき、口から泡を吐いていく。失神した馬はその場で崩れ落ち、馬車には急ブレーキがかかった。


「失礼」


 治療士は一言断ると、アーリアの腰を抱いて馬車から飛び降りた。アーリアは思わずギュッと目を瞑ってアリストルの首に抱きつく。すると、アリストルは軽い動作で地面に着地した。アーリアはそのあまりの衝撃のなさに目を瞑ったままでいると、アリストルがアーリアの頬を突いて目を開けるように促した。


 ーぐぉぉおぉおぉおおおおおー


 眼前には黒々とした巨体。黒竜が天に向けて咆哮を上げている。月の光を受けて黒い鱗がギラギラと揺らめいた。ピリピリと肌を生毛立たせる咆哮。地面に余震のような緩やかな振動が起き、襲撃者たちの攻撃が一時的に鳴り止んだ。


「じゃあ、アーリアちゃんをお願いね?」


 アリストルは黒竜に向けて命令すると、黒竜はコックリと頷いた。その動きがセイが人間であった時の仕草と同じであった為、アーリアは『この黒竜はやっぱりセイなんだ』と呆然と見上げた。

 美麗治療士は黒竜と目を合わせると一つ頷き、脱げかけていたセイのローブを再びアーリアの身体に巻き付けると、その背をトンと軽く押した。

 タタラを踏むように砂地を二、三歩前に出るアーリア。すると、目の前には黒竜の太い脚があり、アーリアは思わずドキリと心臓を鳴らした。脚から胴体へ、首を擡げている黒竜の顔へーーその瞳へと視線を上げていけば、ギラリと光る金の瞳と目が合わさった。


『落とさないから安心してよ』


 言うなり、黒竜は前脚を掲げる。四本の象牙のような真白い爪がアーリアに向けられた。


「えっーー」


 何を……と口を開けたアーリアの身体を、ガバリと黒竜の前脚が身体を覆うように掴み上げた。


「ま、待って!ちょ、ちょっと、まさか……」

『怖いのは最初だけだからさ』

「そうよ。目を瞑っていれば大丈夫よぉ」


 黒竜と美麗治療士が次々と、顔面蒼白なアーリアに向けて助言アドバイスする。


 ーアドバイスになってないよ!ー


 抗議の声が口から飛び出る前に、強烈な突風がアーリアの全身を包み込んだ。バサリ、ハザリと翻る一対の黒翼。浮遊感に心臓が縮み上がる。黒竜が一仰ぎ二仰ぎと繰り返すごとに身体は上空へと浮き上がり、足下が地上から遠去かっていく。

 地上では火花が起こり、何処ぞの襲撃者と『月影』の隊員たちとが戦闘を繰り広げている。その中でただ一人、美麗治療士だけが爽やかな笑みを浮かべたままアーリアに向けて手を振っていた。


 ーびゅぉおおおおおお……!ー


 頬に当たる夜風。舞い上がる白髪。

 雲に届きそうな程の高度。月が近い。


「きぃゃぁぁぁあああああああああッ⁉︎」


 夜襲の只中、アーリアの絶叫は夜風の中に消えていった。




お読み頂きまして、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価など、とても嬉しいです!ありがとうございます(*^▽^*)


『予測された夜襲』をお送りしました。

前話、セイの複雑なココロの成り立ちが判明したところですが、やはり、彼のお調子者な性格は根っからのようです。しかも、彼の女好きはどんな場面でも発揮されてしまうようでもあり……。しかし、そんなセイはアーリアにとっては危険極まりない破廉恥男でしかありません。


次話も是非、ご覧ください!

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