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魔宝石物語  作者: かうる
幕間4《誘拐編》
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セイのココロ

 

「くしゅん」


 アーリアは夜風に背を震わせた。突発的に出てしまったクシャミ。口を両手で押さえていた所、アーリアの身体を背から覆うようにバサリとローブが掛けられた。


「あーあ。また熱がぶり返しちゃうよ?」

「あ……うん……」

「俺のは嫌かも知んないけど、無いよりはマシでしょ?」


 虚を突かれたアーリア。セイは困惑気味なアーリアを無視して、自分のローブのボタンを外すと迷わずアーリアの背に掛けた。そしてローブの端と端を掴むとアーリアの胸元で結ぶようにすっぽりと包み込んだ。

 セイの体温が移り込んでいた黒いローブは非常に暖かく、アーリアは思わずホッと息を吐いた。


「ありがとう、セイ」

「っ……!あ、まぁ、うん……」


 まさかアーリアから素直に礼を言われるとは思っていなかったセイはモゴモゴと口籠ると、困惑した気持ちを誤魔化すように頬を掻いた。

 春とは云え、まだまだ夜は冷える。特にライザタニアはシスティナよりも標高が高いので、年間を通じて平均気温が低いのだ。ライザタニアで生まれ育った者ならいざ知らず、初めてこの地を訪れた者は百発百中で風邪をひくだろう。免疫力が落ちている女子供なら尚更の事だった。

 照れ隠しにセイがアーリアにそう説明すると、話を黙って聞いていたアーリアは徐にセイの顔を見上げてきた。


「セイは平気なの?」

「へ……?」

「暫くシスティナに住んでたでしょ?だから……」


 セイは襲撃者としてシスティナ国内に入り込んで生活していた。三年もの間、システィナ国民の振りをして生活していたものだから、当然、身体もシスティナの気候に合っていただろう。実際、セイは久々の母国ライザタニアの気候には少しばかり驚いていたりもしたが、まさか、この場面でアーリアから自身の体調を心配されるとは思ってはおらず、惚けた声を上げてしまったという訳だ。


「あぁ……そのぉ……俺は平気だよ。元々、身体は頑丈だしさ。ほらっ、なんたって俺は半分、竜だからさっ!」


 何処ドコかキョドった態度をとるセイ。立てた人差し指をピョコピョコと揺らしながら説明するセイに、アーリアはほんの少し首を傾げたが、深くは追求しなかった。


「そう?なら良いけど……」


 アーリアはセイの心配をしながらも、セイにローブを返す気はなかった。セイから借りたローブが思いの外、暖かかったからだ。ローブの内側には中綿が入れてあるのだろう。下手な布団より暖かい。アーリアはローブに顔を埋めるとホウっと息を吐いた。


「アーリアちゃんはさ……その、俺が怖くないワケ?」

「……?」


 セイはアーリアの目の前ーー膝が触れ合う程近くで顔を見下ろしてきた。そして、アーリアと目線をチラチラ合わせな何処か言い難そうに話し始めた。


「俺はこの国じゃ『亜人』って呼ばれてんだよ?俺の身体には黒竜の血が流れてる」

「みたいだね」

「ッーー!ア……アーリアちゃんも俺のあの姿を見ただろ?怖く、ないのか……?気持ち悪いって思わないのか……⁉︎」


 セイの告白を受けたアーリアの反応は淡々としていて普段と何ら変わりなく、その様子にセイは焦りを覚え、挙句に苛立ったように言葉を捲し立てた。だが、アーリアはセイが急に言葉を荒げた理由ワケには全く思い当たらなかった。

 七日前のアルカードーー騎士寮の裏庭に於いて、セイの姿が黒竜に変じたあの時、確かにアーリアは狼狽するほど驚いていた。しかも、拐われる過程で意識を失っていたアーリアとっては、目が覚めた途端、突然目の前に現れた黒竜からの襲撃には、『もう何が何やら?』という気分が先立っていたのだ。だから、アーリアが襲撃者たちに拐われた後、人間の言葉を話す不思議なルツェから『襲撃者たちは亜人と呼ばれる種』亜人は妖精族の特性を持っており、妖精族の姿に変化可能』だと説明を受けた時、アーリアは『成る程、そういう事だったのか』と当時の状況を振り返ると共に理解を深め、納得した。加えて、弟子リンクより『自分の身体には人狼ワーウルフの血が混じっているかも知れない』との聞いていた事も、ルツェから語られた話を素直に受け取るに至る要因だった。


「ビックリはしたけど、別にセイを気持ち悪く思ったりはしないよ。だって、セイは『亜人』なんだよね?つまり、『黒竜と人間のご両親から産まれた』って事で合ってる?」


 アーリアはう〜んと首を捻りながら、セイに事実確認をした。例えば、亜人セイが鳥のように『卵から産まれた』等と告白を受けたなら、流石のアーリアも『なにそれスゴイ!』と興奮しただろう。そして、その『もしも』の話が真実であったとしてもアーリアがセイに嫌悪感を覚える事はなかっただろう。

 確かに『亜人』との名には見えない悪意が込められているようには思ったが、亜人の成り立ちを『人間ヒトと妖精族とのハーフ』との説明を受けた後では、『成る程、そうですか』以外には答えを持たないのだ。

 勿論、生態としての不思議は多々ある。実の所、セイたち亜人について話を聞くたびにアーリアの知識欲がビンビンと刺激されており、亜人本人セイには尋ねたい事柄が山ほどあった。その衝動を抑えていられるのが不思議なほど興味津々だったのだ。因みに、アーリアの持つ『興味』とは単なる『知識欲』であって、決してセイたち亜人を卑下する感情から来る性質のモノではない。

 だが、セイはアーリアの言葉を素直に納得できないのか、力なく口籠った。


「そう、だけどさ……」


 セイは産まれの特異性から幼少期より周囲の人間たちに酷く卑下されて育った。その時に受けた精神ココロのキズは、今もなお、セイの精神ココロの奥底に燻っており、そう簡単に拭い取れるものではなかったのだ。


 ー人間ヒトは自分とは違う特異性を持つ異端者に対して、残酷な程の態度を取るものだからさー


 セイは黒竜と人間との間に産まれた生命ーー黒竜の血と力を受け継ぐ子供ハーフとしてこの世に生を受けた。黒竜ーーつまり竜族は『生涯一人のツガイ』を持つのだが、それが偶々セイの母親だったのだ。

 セイの母親は貴族令嬢だった。伯爵家に生を受けた令嬢だったのた。母親は少しボンヤリした雰囲気のどこか抜けた所がある性格で、ある日突然、黒竜に見染められた際にも、普通の令嬢のように驚愕して金切り声で叫ぶ事も、悲観して泣く事もなかったそうだ。

 ライザタニア国民は亜人の事を卑下する一方で、亜人の持つ人間以上の力に憧れを抱いている。それもその筈であり、妖精族の血が流れているという事は、その身が神に近しい事とイコールと捉える事ができるからだ。だからこそ、妖精族から伴侶にーーツガイにと求められる事は、ある意味大変名誉な事でもあった。

 結果として、セイの母親は求められるがままに黒竜の番となり、ほどなくして子供セイが産まれた。見た目こそ人間ヒトのソレだが、セイの身体の中には確かに黒竜の血が流れており、その身のうちに人間以上の力を秘めていた。そして、その力は幼少期より発揮される事となる。


 黒竜は『生涯一人のツガイ』である母親には異常なほどの執着を見せたが、産まれた息子セイにはそれほど執着はしなかった。その為、セイは伯爵家の子息としてセイは母親の実家に引き取られ、ライザタニア貴族として教育を受ける事となった。


 子どもは時に残酷な一面を露わにする時がある。


 幼少期を伯爵家で過ごしたセイは、同世代の貴族子息たちから常に『亜人』と揶揄われて育った。その中には血の繋がりのある者もいた。特にセイの従兄弟たちはセイを『亜人』と忌み嫌い、あからさまな態度で虐めた。また、従兄弟たちからの暴力とも呼べるイジメを、周囲の大人たちもが黙認した。

 ライザタニア国民の身体には多かれ少なかれ妖精族の血が流れている事は周知。にも関わらず周囲の者たちがセイを卑下したのは、その圧倒的な力に恐れを抱いていたからに他ならない。

 結果として、幼いセイには傍若無人な従兄弟の態度に対して黙って耐える事などできず、身の内にある力を暴発・暴走させてしまう。黒竜の力によって従兄弟に大怪我を負わせてしまったのだ。


 伯爵家の跡取り息子に大怪我を負わせてしまったセイは当時の伯爵家当主からの怒りを受け、伯爵家から追放され、更には貴族令息から一気に奴隷にまで身分を落とされてしまった。

 貴族から奴隷に落とされたセイの生活は見るも無残なモノであり、その頃が『不幸のピーク』であった。主人を始め奴隷仲間からも『亜人(ヒトアラザルモノ)』と罵られ、ろくに食べる物も与えられぬ日々が続いた。とても、同じ人間に対する態度とは思えぬ所業を受けたのだ。


 ーもし、隊長に拾われなかったらどうなっていたか……ー


 過去を思い返していたセイの目線は自然と据えたものになっていた。


「アーリアちゃんはさ。もしも、さ……同じ人間ヒトから、どんな酷い扱いを受けたとしても、怨みを抱いたりしない?」


 ヒタリと冷えた眼光。生気のないセイの視線に、アーリアはその時初めて戸惑いを覚えた。


「……。そうだね、私はそれほど出来た性格をしてないし、出来た精神ココロを持ってないから、きっと相手を恨んじゃうと思う」


 そう言って眉をハの字に潜めるアーリア。


「俺は恨んだよ。でも、同時にこうも思った。『何で俺は普通の人間じゃないんだ』って……」


 セイは人間ヒトの母親と黒竜ヨウセイの父親との間に産まれた『亜人』。その事実は何処までも付き纏い、セイの精神ココロを蝕んだ。


「俺が『普通の人間』だったら、こんな辛い目に遭わなくて良かったハズなのに……って」


 アーリアはセイの想いを聞いて、ただ「うん」とだけ呟いた。特殊な生まれを持つアーリアにも、セイと似た想いを抱いた時期があった。ーーいや、今現在もふと思い出したように胸の奥から訳の分からぬ不安が湧き起こる事があるのだ。だからこそ、アーリアにはセイに対して、下手な言葉をーー慰めの言葉をかける事などできなかった。


 暫くの沈黙。シンと静まり返った車内にはカラカラと車輪の音だけが耳に届く。


「セイ……」

「ん……?」


 先にその沈黙を破ったのはアーリアだった。


「セイ……セイはご両親からの想いを受けてこの世に生を受けた。その事実は変えようがないよ」


 既に起こった過去は変えようがなく、現在から未来に至るまで永遠にーー生ある限り、己は己以外の何者にも変わる事はない。どれだけ過去を悲観した所で事実は変わらないのだ。そう、アーリアから真実を言い当てられたセイは思わず口を尖らせた。

 そのセイの子どもっぽい仕草には、緊張していたアーリアの口元にも笑みが浮かんだ。


「っ……!分かってるよ、ソンナコト!」

「ふふっ……だよね?」

「何で笑うの?」

「セイの表情かおが何だか可愛かったから……」

「可愛い⁇ これでも俺は成人男性なんだけど?」

「ふふふ。成人男性がこんな小娘の前でしょげたりしないよ?」

「そっーー!」

「セイって面白いね……!」

紳士オトナを揶揄うのもいい加減にしてよね?俺、これでもアーリアちゃんよりずぅーと年上なんだからさ……!」

「ふぅーん。因みに幾つなの?」

「130歳」

「えっ⁉︎」

「だーかーらー!亜人だって言ったじゃん!」


 アーリアはセイの130歳発言には驚愕した。口をポカンと開けて「えぇ⁉︎ウソぉ⁉︎」と繰り返している。


「亜人は基本的に長生きなんだって!」

「あぁ……妖精族の血が流れてるから?」

「そう。隊長も……っていうか、この隊の隊員たちは勿論だけど、ライザタニア国民は大概長生きだよ」


 ライザタニア国民にはその濃度に差はあれど、異種人の血が流れているのだ。長寿の理由は考えるまでもなく『妖精族の血』にある。


「へぇ……じゃあ、セイはそんなに長く生きてるのに今も厨二病引き摺っているんだ?」

「はーーハァ⁉︎」

「リュゼが言ってたよ。『セイは厨二病だ』って……?」

「あの護衛騎士ヒトはッ!自分だって他人ヒトのコト、言えないでしょうに!」


 言っておいて何だが、アーリアには厨二病の意味がそれほど良く分かっていなかった。リュゼ曰く、厨二病とは『無意味にカッコつけたがったり、精神に落ち着きが無いこと』らしい。要するに思春期特有の過剰にも思える思想・行動・価値観らしい。

 アーリアはリュゼとの会話を思い出して、セイの事を『厨二病患者』だと言い切った。『130歳』発言が真実ほんとうなら、セイの言動は精神ココロが成熟し切っていない事になるではないか、と……。


「アハハ!セイは本当に厨二病なの?130歳ならもうイイ紳士オトナなのに……あ、えっ!イタ!痛い痛い!」


 アーリアの言葉にセイは顳顬こめかみに青筋を浮かべると、半眼でアーリアの頭に手を置くとガタガタと揺す振り始めた。その言動はとてもではないが紳士オトナとは言い難く、しかも、大変オトナゲナイ。


「アーリアちゃん。楽しんでるでしょ……?」

「え?そうだよ?ーーってアタタタタ⁉︎」


 セイはアーリアの頭を掴んだ手に力を込めた。

 アーリアは無慈悲にもキリキリと締め上げられる顳顬こめかみの痛みに眉を潜めながら、声を大にして反論した。


「だって!セイの過去がどうであれ、今は仲間がいて仕事もあって、しかも毎日健康的に過ごしてるじゃない。なら、もう悩む必要なんてないでしょ⁉︎」

「ーー!」

「そうじゃない?今、此処に、セイの居場所がある」


 セイはアーリアの言葉にハッとすると、締め上げていた手の力を緩めた。


「仕事があって、毎日ご飯が食べれてる。それだけでも幸せな事なのに、仲間と居場所も持っているんだから、セイは幸せ者だよ」


 アーリアは自身の出世はどうであれ、現在の自分には仕事があり、毎日のご飯がありつけている事を幸せに思って生きていた。生みの親に捨てられた過去はあれど、そのお陰で、尊敬してやまない師匠に拾われ育てられた事は幸福以外の何物でもない。だからこそ、アーリアは現在の生活に満足していた。


「……うん、そうだね……。君の言う通りだ」


 セイもアーリアの言葉には何か思う所があったようだ。頭を締め上げていた手から力を抜くと、今度はアーリアの頭をそっと撫でた。


他人ヒトの意見はどうか知らないけど、私はセイの事をーーセイたち亜人の事を『気持ち悪い』なんて思わないよ?」


 アーリアはセイの黄色く光る瞳を見つめると、そう言い切った。そして、更にはこう続けた。


「寧ろ『凄い』と思ってる」

「凄い……?」

人間ヒト同士であっても子どもを授かるのは奇跡。それなのに、人間ヒトと妖精族との間に生命いのちが宿るなんて、本当に奇跡だとしか思えない。だから……」


 ーーセイの産まれた確率って、凄いと思うけどな。


 アーリアはそう言うと頭に置かれたセイの手を取ってニッコリと笑った。

 セイはアーリアの微笑に呆気に取られたように口をポカンと開けると、次の瞬間、アハハハハハ!と笑い出した。


「そうだね……そうかもね⁉︎ーーアハハハハハハ!」

「セイ……⁉︎」

「奇跡ねぇ……?俺は奇跡なんて信じちゃいなかったけど、今だけは、その言葉を信じても良い気になったよ!」


 涙まで浮かべて高らかに笑うセイに、アーリアは戸惑いを覚えた。しかし、セイのその言葉と笑顔にウソがないと分かった時、アーリアは『やっぱり厨二病患者だったのね?』と確信を深めたのだった。



お読み頂きまして、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価など、とても嬉しいですヽ(*´∀`)ありがとうございます!


『セイのココロ』をお送りしました。

普段からノラリクラリと過ごしているセイ。女好きでお調子者のセイ。実年齢に伴わない精神の不安定さ。その性格の成り立ちは案外、複雑なトコロにありました。


次話も是非ご覧ください(*'▽'*)

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