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魔宝石物語  作者: かうる
幕間4《誘拐編》
269/497

※裏舞台1※ 犬猿の仲という名の……

 

「どこへ行こうと云うんだ?馬鹿猫」


 満身創痍の青年に、一人の騎士が声をかける。振り返った青年の顔は強い悲壮感が漂っていた。


「そんなん決まってるでしょ!?」

「まだ傷も癒えてはないだろう?」

「こんなん舐めときゃ治る」

「焦る気持ちは分かるが……」

「ーー三日だよ!?」


 馬鹿猫と呼ばれた青年は青白い顔に怒りの表情を滲ませた。

 アルカードに突如現れた襲撃者により襲撃を受けた日から既に数日が経とうとしていた。アルカードでは各施設が襲撃を受けて焼け落ち、多くの職員が怪我を負った。街にも火が放たれ、領民たちは『ライザタニアからの再侵攻ではないか!?』と、現在に至り疑惑を深めている。

 あの日、夜が開ければ襲撃者たちは跡形もなく消えていた。夜中降り続いた雨により火事も翌朝になれば収まりを見せ、同時に人々の混乱も一時期よりは落ち着きを取り戻そうとしていた。死者数がそれほど高くはなかったのも幸いした。

 その混乱も三日も経てば下火になってきていた。

 領主による手腕も勿論だが、王都から派遣されてきた軍と指揮官たるウィリアム殿下の存在、加えて、襲撃者による襲撃を受けてなお堕ちぬ『東の塔』と《結界》の存在が大きかった。


「攫われてから三日も経ってる。獅子くんは心配じゃないの!?」


 ードンー


 獅子と呼ばれた青年騎士ーージークフリードは力任せに壁を叩くと声を荒げた。


「心配しているに、決まってるだろう!」


 アルカード襲撃の報を受けた王都。国王はアルカードへの援軍を早期に決定し、王太子ウィリアム殿下を指揮官として先発。時間短縮のため高価な魔宝具マジックアイテムを使用し、何度かに分けて軍をアルカード領主館へと転移させた。

 当のウィリアム殿下はアルカードへ到着するや否や領主と合流し情報の収集と同時に襲撃者の撃退を開始した。最も被害の大きかった『塔の騎士団』へと援軍を派遣した。しかし、その時には既に『塔の魔女』は襲撃者により拉致された後だった。


 リュゼは攫われた『塔の魔女』の手によってジークフリードの下へ《転送》させられ、直後、怪我による流血に意識混濁を起こした。即座に治療士による治療を受けたリュゼだが、彼の意識が戻った時には既に数日が経っていた。


「だがな。これは個人の感情によって左右されて良い問題ではない!」


 襲撃者の正体は十中八九、ライザタニアからの刺客だ。しかし、問題なのはその襲撃者たちがアルカードの各施設の職員として紛れていた事なのだ。それがどういう事態なのか、考えるまでもなく大変恐ろしい事態であった。

 敵意を持つ者を弾く《結界》の作用を潜り抜け、ライザタニアの刺客がシスティナ国内へーーしかも、公共機関へと潜り込んでいたのだ。

 各施設職員の殆どが貴族位を持つ者。従者や侍女の中には平民出身の者がいるが、平民の中でも比較的裕福な家の者か、何かの特技や技能を有している者が殆ど。勿論、職員登用の際には審査が行われ、出身地や身分、出身の家名家系なども精査される。にも関わらず、襲撃者が紛れ混んでいた各施設の職員とは、治療士、料理人、図書司書、憲兵など様々な職種に及び、特に、その中に『塔の騎士団』に所属する騎士もいた事は強い衝撃を生んだ。

 現在、王太子殿下主導によって襲撃者たちの出自を洗い出しが始まっている。しかし、洗い出さずとも、一つだけ確定している事がある。それは……


「この国の中に内通者がいる。この襲撃はライザタニアだけの意向で行われた訳ではないという事だ」


 事は国外の問題に留まらず、国内の問題にまで発展した。王太子殿下はライザタニアへの抗議をするよりも先に、国内の貴族内通者を炙り出し、ライザタニアとの繋がりを洗い出さねばならなくなったのだ。


「だから、それが何なのさ⁉︎ そんな事情コト、僕には関係ないね」


 リュゼの青白い顔には玉のような汗が浮かんでいる。


「僕は彼女を迎えに行く」


 重い足どりで歩き出したリュゼの腕をジークフリードが掴んだ。


「お前の浅はかな行動がアーリアの命を脅かすとしても、お前は同じ事を言えるのか?」

「何を……?」


 リュゼは眉根を潜めた。怪訝な表情を浮かべたリュゼの腕を握る手に力を込めると、ジークフリードは威圧的な雰囲気を全開にしながら見下ろした。


「ライザタニアは内乱中だという」

「知ってる。だから?」

「アーリアを攫った者の特定が容易ではない」

「だから何なのさ⁉︎ 犯人が誰だろうと関係ない。探して連れ戻す。それだけだよ」


 リュゼは腕を強く振ってジークフリードの手を外した。


「……。襲撃者はアーリアを『生かした状態で』拉致する事に拘ったらしいな」

「それがどーしたのさ?」

「リュゼ、お前、ライザタニアには『システィナの魔女』を生かしておきたいと思う者ばかりだと思うのか?」


 ジークフリードはその立場上、リュゼよりもライザタニアの実情に詳しかった。


「『東の塔の魔女』の名は、ライザタニアでも広く知られている。しかも『悪名』としてな。魔女の施す《結界》に侵攻を阻まれているのは、他ならぬライザタニアなのだから」


 システィナを守る四つの塔。他国との国境線を守護する東西南北の塔と、その塔に《結界》を施し、他国からの侵攻を阻む魔導士の存在。それは国内のみならず、他国に於いても重要視されていた。

 魔術国家の名を魔術国家たらしめるのは『塔の魔女』あってのものだとも云えた。何故なら、『塔』はシスティナと他国とを繋ぐ玄関口として、他国から齎される謂われなき侵攻からシスティナを守護しているからに他ならない。

 他国の者がシスティナへ入国しようとするならば、一度は必ず、『塔の結界』に触れる事になるのだ。その事も『塔の魔女』の力を強く意識する由縁だった。

 だからこそ、『塔』に《結界》を施す魔導士はいの一番に生命を狙われる。システィナの軍事費の三分の一以上を塔の維持費に充てられているのは、それ程、『塔』がシスティナ防衛にとって重要であるからなのだ。が……


「お前は知らないだろうがな……ライザタニアの現王陛下は実に傲慢で狡猾な男だという。『英雄の子孫』だという意識が先に立ち、民の死を悼む事などない。現に、先の戦争では無辜の子どもが戦争の道具にされた」


 ライザタニアの現王陛下は他国にまで名を轟かす残忍非道な国王として知られている。

 ライザタニアに富をもたらした賢王の威を借りて王族らしからぬ身勝手な振る舞いをしていること、好き放題とも云える政策を行なっている事は他国にまで知れ渡っている。ライザタニアから奴隷制度が消えぬのも、この男の所為だと言われているのだ。身分制度に拘り、身分制度を利用し、悪用して、王侯貴族だけが富を独占し、幸福であるような政策を行なっている。自身の幸福の為ならば平民や奴隷がーー他者がどれほど苦しもうが構いはしない、卑しい者どもの血がどれだけ流れようと気に留める事はない。それがライザタニアの現王陛下という為人だと、ジークフリードは語る。


「だからこそ一刻も早くアーリアを救い出さなきゃいけないんじゃないかッ!」


 今度はリュゼがジークフリードの胸ぐらを掴んだ。珍しく正体なく怒るリュゼを正面より見据えるジークフリードの表情はあくまでも冷静そものだ。怒りに目をつり上げるリュゼの目をジッと見定めた後、徐に口を開けた。


「アーリアを攫ったのが現王陛下の派閥でなかったとしたら?」

「ーーは?」

「先ほども言ったが、ライザタニアは内乱中だ。詳しい事情は判明してはいないが、ライザタニアの二人の王子がその渦中にあるのは確からしい」


 ライザタニア王家の歴史は浅い。元は遊牧民族の集まりで出来た国。『王国』という制度を整え、国家という基盤の元に国が始動してからまだ二百年も経ってはいない。


「ライザタニアの内政は入り組んでいる。それを突くのは蜂の巣を突くのと同意だ」


 システィナ王家から使者を立て、ライザタニアへ抗議する策もあった。しかし、内政分裂が起こっているライザタニアに『システィナから攫った魔女を返せ』と馬鹿正直に抗議してどうなるだろうか。それこそ、燃え盛る火に油を注ぐようなものではないだろうか。それどころか、更に魔女の生命は危険に晒されてしまうのではないだろうか。


「リュゼ。俺だって今すぐにでもアーリアを探しに行きたい。だがな、俺には近衛騎士としての『立場』がある」


 王太子殿下直属の近衛騎士がライザタニアに侵入を果たす。これがどういう事か分かるだろうか。

 現在、システィナが他国よりある意味で同情的に『被害国』だと思われているのは、自国がどれほど侵略行為を受けようとも、システィナからライザタニアへと侵攻をかけた事がないからだ。常に受け身の立場を有するからこそ他国よりの目は温かく、同情票であろうとも実質的な支援を受けられるという実情がある。

 だが、ここでシスティナからライザタニアを侵攻すれば、他国から見るシスティナの立ち位置が変わってしまうのだ。


「お前だってそうだ。お前は既に『システィナの騎士』なんだぞ?」


 ジークフリードは己の胸ぐらにあるリュゼの手を掴んだ。対するリュゼは怒っていた目を反らすと深い息を吐き、胸倉を掴んでいた手を緩めた。


「……こんな立場、アーリアを救えないのなら要らないよ」

「リュゼ……」


 顔を反らしたリュゼの表情はジークフリードからはよく見えない。しかし、ジークフリードはリュゼの表情を容易に想像する事はできた。


「僕はね、アーリアが大切で大切で仕方がないんだ」


 アーリアに会う前のリュゼは、常に『いつ死んでも良い』と思いながら生きていた。しかし、アーリアに会った事でリュゼの中には『生きる意味』が生まれたのだ。


「アーリアの側にいる理由が欲しくて専属護衛なんて立場を引き受けたんだ。でも、その立場がアーリアの側に行けない足枷になっているのなら、そんなもの要らない」


 その言葉は弱々しく、今にもリュゼが空気中に溶けて消えてしまうのではないかという錯覚に囚われた。ジークフリードは一度は口をつぐみ、瞼を固く閉じると、意を決したように言葉を紡いだ。


「リュゼ……今、お前が無茶して死んだら、アーリアはどうなる?それこそ本末転倒だろう?」


 ジークフリードから見ても今のリュゼは『立っているだけでもやっと』といった雰囲気だった。腕に巻かれた包帯からは血が滲み、首筋や肩には痛々しい傷が見て取れた。掴まれた胸ぐら、掴む手は異様に熱い。


「それに、アーリアの気持ちはどうなる?」


 ジークフリードは重ねて『アーリア』の名を使った。自分のーーそして、リュゼの『大切な女性(ひと)』の名を。


「~~~~あぁ、もぉ……!アーリアは勝手だよっ。全然、守られてくれないんだ!」


 ふらりと傾いだ身体をジークフリードが支えた。

 リュゼはジークフリードの肩口に顔を埋めると、まるで独り言のように呟いた。


「僕は彼女の専属護衛だって言うのにさ。何で守られる側の彼女が、守る側の僕を守るのさ!」


 例え専属護衛が死んでも、『塔の魔女』さえ無事ならそれで問題はなかった。それが護衛騎士としての『正しい選択』だったのだ。だからこそ、騎士ナイルは勿論、副団長アーネストも命を賭して闘ったのだ。しかし、アーリアはその『正しい選択』そのものを拒絶した。


 パチパチと窓枠に雨粒の当たる音が響く。朝から降り続く雨。その軽やかな雨音は打楽器の調べのようだ。


「……もう三日も雨が降っているんだって?」

「ああ。そのおかげで街中の火が消えた」

「騎士たちから死者が出なかったらしいね?」

「ああ。戦闘途中、襲撃者が突然目の前から消えたそうだ。その瞬間に魔宝具が正常に作動したと聞いた」

「《結界》も無事だってね?」

「ああ。森が火事に見舞われても、『東の塔』自体には何の損傷もなかったそうだ」


 リュゼにはその全てがアーリアの仕業である事が分かっていた。アーリアは奉仕活動や慈善事業を嫌い、騎士の忠誠心よりも契約を交わした仕事相手との信頼の方を信じた。人見知りで知らない相手には塩対応のアーリアだが、一度言葉を交わした相手には甘過ぎると思うほどの対応だった。そのアーリアがアルカードの人々を放っておけるだろうか。


 ーアーリアは義理堅いからー


 それに……


「アーリアは『自分が居なくても大丈夫』って言ってた」

「……そうか」

「自分に何かあったら見捨てろって……」

「アーリアらしいな」


 それは王太子殿下が『東の塔』に訪れたあの日、アーリアとウィリアム殿下が交わした会話だった。


「カッコ良すぎるよ……」

「ああ。俺たちに出番がないな」


 ジークフリードの肩に頭を埋め俯くリュゼ。恋敵ライバルである自分にこのような弱った姿を見せるリュゼに、ジークフリードは調子を狂わされていた。

 常にニヤけた笑みを浮かべ、何かとジークフリードを揶揄ってきたリュゼ。余裕綽々な態度と言葉で騎士たちをはじめ、貴族たちすらあしらってきたリュゼ。それが今、一人の少女の行動に狂わされ、その余裕を完全に失ってしまっている。それ程に『アーリア』という魔女はリュゼにとって『特別な女性』だと言う事だ。

 ジークフリードは深い溜息を吐くとリュゼの頭をポンポンと叩いた。


「バカ猫。お前は先ず身体を治せ。俺が代わりに情報を集めておいてやる」

「獅子君……」

「言っておくがな。俺はお前に『アーリアを探しに行くな』とは言っていない」


 ジークフリードもアーリアが拉致された事を聞いた時、居てもたっても居られない程の衝撃を受けた。だが、アーリアがエステル帝国に拉致された時の様な愚かな行動には出なかった。ジークフリードには『近衛騎士として王太子殿下を守護する』という崇高な使命があり、その使命を疎かにする訳にはいかなかったからだ。

 確かにジークフリードにとってアーリアは『塔の魔女』である以前に『大切な存在』だ。しかし、この国の次期国王となるウィリアム殿下は国として喪ってはならぬお方であり、第一に守らねばならないお方なのだ。だからこそ、例え『大切な女性』が窮地に立たされていようとも、最重要事項を忘れ、己に課せられた使命を放り出して単身敵国へ赴くような馬鹿な真似はできなかった。


 ーそんな事をすれば、アーリアは俺を嫌うだろうー


 以前、アーリアはジークフリードに向かって『仕事を頑張る男性が好き』だと語っていた。そして、『仕事を疎かにする人は嫌い』だとも。


「だいたい、お前が弱いからアーリアが無茶したんだろうが?」

「ッーー!」

「まぁ、アーリアにも言いたい事が山ほどあるがな……」


 本音を漏らしたジークフリード。リュゼはジークフリードの言葉に喉をつまらせた。しかし、それが事実であり今回の敗因だとジークフリードは言って憚らなかった。


「獅子くんってイイオトコなんだね?」

「何を言う?俺は前からイイオトコだ」

「アハハ。っ〜〜笑ったら肋が……いててて……」

「バカか?お前の怪我は全治2カ月だ。治療士に傷を塞いで貰ったらしいが、骨までは治ってはいまい?それに毒も」

「そーなの。治療士って言ってもパッと治してくれる訳じゃないんだね?」

「等級7以上の治療士など、王宮にしかおらんわ」

「アーリアが規格外だって、改めて思い知ったよぉ〜〜」

「アーリアは別格だ。出来んコトの方が少ないのだからな」


 アーリアを助けるには事前準備や根回しが必須だ。襲撃者が事前準備に相当な時間を費やしたように、自分たちも事前準備をする必要があるのだ。準備の段階で結果の八割が決まるという。ならば、アーリアを救う為の事前準備を怠る訳にはいくまい。

 ジークフリードは近衛騎士という立場、公爵子息という立場を使ってアーリアを助け出す算段をつけるつもりだった。そして、いざ、アーリアを救う時には公爵子息であり近衛騎士である自分よりも立場も身分も身軽なリュゼの助けは必須だった。その為にも、リュゼには早く傷を治してもらわねばならなかった。


「アーリアを助けに行きたいのなら、早くその傷を治すんだな」

「分かってるよ。あーくっそ。アーリアに会ったら絶対お説教してやる……!」

「気が合うな。それには俺も同意見だ」


 ニヤリと笑うジークフリードの笑みに、リュゼもつられるようにいつものニヤけた笑みを浮かべた。同じ女を好きになった男たちはこの日、『大切な女性』を取り戻す為にタッグを組んだのだった。




お読み頂きまして、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価など、とっても嬉しいです(*゜∀゜人゜∀゜*)♪励みになります!

ありがとうございます!


裏舞台1「犬猿の仲という名の……」をお送りしました。

珍しく弱音を吐露したリュゼに、ジークは調子が狂いっぱなしです。

犬猿の仲である二人ですが、普段からいがみ合っているワケではありません。ただ、トアル『一人の魔女』を間に挟んでカッコつけ合っているだけなのです。

ジークはリュゼの手前、落ち着いた様子を見せてはいますが、内心はそうでもありません。トアル魔女が心配でならないのは彼も同じなのです。


次話も是非ご覧ください!


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