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魔宝石物語  作者: かうる
幕間4《誘拐編》
268/497

『信仰』とは都合よく使われるモノ

 

「ーーどうだ?」

「毒素は大方抜けたわ。でも二、三日様子を見ないといけないわね」

「感謝する」


 治療を終え天幕から出てきた治療士に向けて、黒髪の青年ーーレオは人間の姿で声をかけた。すると治療士は片眉を鬱蒼と潜め、絹糸のような柔らかな髪をかき揚げた。その仕草が何とも妖艶だ。


「彼女、今夜はこちらに泊まらせるわよ?」


 如何にも高圧的な態度で言い放つ美麗治療士の言葉にレオの眉根が僅かに動く。それを目敏く見抜いた治療士の目は半眼になった。


「何か文句があるの?」


 しかし、例え部隊長だとしても王宮からーー主の意を受けて送られて来た治療士の言葉に、文句など言える筈はなかった。


「いい?私はアナタたちが起こしたミスの尻拭いをしているのよ」


 治療士の怒りも最もだったのだ。彼は『月影』所属の治療士がシスティナの騎士に捕らえられたがゆえ此処ここにいるのだから。

 レオニードは今作戦に於いて『補佐役』となる者たちが本国より幾人か派遣されている事は知らされていたが、まさか、この異彩を放つ治療士がそうとは思いもよらなかった。それはどの隊員たちも同じ思いのようで、あからさまな態度にこそ出さぬものの、決して小さくない動揺を隠し切れずにいた。


「可愛そうにっ!こんな見ず知らずの国に連れて来られただけでも不憫なのに……!」


 治療士はシスティナの『東の魔女』ーーアーリアが『月影』たちに拉致されるのは決定事項として受け止めていたが、このように魔女が傷を負った状態で拉致されて来ているとは思いもよらなかったのだ。その為、移動最中に襲撃の経過観察を聞いた時には腸が煮え繰り返る思いだった。まさか、主命による『生きた状態で拉致』を『生きている状態ならば可』と捉えるなどとは思いもよるまい。『きっと、この事態には彼らの主も驚いている事でしょうね』と、治療士はそっと目を伏せた。


「……すまない」

「それは直接あのに言いなさい」

「了解した」

「あと、これ」


 アリストルは胸元から一通の封筒を取り出すと、それをレオニードへと手渡した。封蝋には紋章が押されている。その紋章から主君からの文だと云う事が知れた。

 レオニードは指令の書かれた手紙を受け取るとその場で封蝋を切り、即座に内容を確かめた。すると、文字を目で追う毎に眉間の皺が深く刻まれていく。


「動き出したようね」

「……。だが現王はまだ……」

「ええ、あのままよ。でも……」

「ならば、神殿か?」

「でしょうね。だからこそ、アナタたちは奴らに見つからないように王都まで向かわなきゃなんない。これまで以上に気を引き締めなさい」


 レオニードは硬い表情を更に険しくさせ押し黙った後、「了解」と一言のみ返し、治療士を一瞥する事なくその身を翻すと待機中の部下たちへと指示を飛ばし始めた。

 その背を眺めながら麗しの治療士は美貌を曇らせた。今後起こる筈の事態を予測して……。



 ※※※※※※※※※※



 そこはライザタニアでも王城の次に贅を尽くした建物った。魔力を帯びた特別な鉱石をブロック状に積み上げた高い壁。金箔を惜しげもなく使用した屋根。緻密な彫刻が施された円柱。そのどれもが『権力』と『権威』とを内外に示す役割を果たしていた。


 ーコツコツコツコツ……ー


 色硝子の貼られた内廊下。磨かれた大理石の回廊。そこを白い長衣ローブを纏った二人の男がやや早足で歩き抜けていく。その足取りには隠しきれぬ焦りが混じって見えた。


「……まさか⁉︎ そんな……真実なのか……?」

「どうやら本当のようなのです。ですから……」

「いや、しかし……そのような事があり得るのか……?」

「ですが、私の掴んだ情報では……」


 真白の三角帽からは白髪混じりの髪が揺れる。二人の男は小声でボソボソと会話を交わしており、その声が石の回廊内を足音に混じり響いている。


「信じられん!」


 くすんだ赤毛の男が発した興奮したその言葉は思った以上に響き、もう一方の男はあからさまに顔を顰めさせた。しかし、声の大きさを嗜めようと口を開きかけた時、思わぬ方向から第三者の声がかけられた。


「ーー何が『信じられん』のだ?ルスティアナ侯」


 二人の男はビクリと肩を震わせた。この場所は『選ばれし神官もの』しか入れぬ禁域故に油断していた男たちは、自分たちを呼び留める声に驚きを覚えた。

 若い男性の声だ。声には高圧的な威圧感すらある。反射的に『無礼者め!』と叱りつけようとしたが、男ーー大司教たるルスティナアナ侯爵は耳に届いた声の主に思い至り、開きかけた口を引き締めた。そして、侯爵は恐る恐るといった具合に声の聞こえた方向へと首を巡らせた。

 回廊の向こう。丁度、礼拝堂へと続く道のど真ん中に、ひとりの青年が佇んでいた。

 深い蒼の髪。見る者を萎縮させるほど鋭い金の双眸。美しく整った柳眉。通った鼻筋。切れ長の瞳。どこか余裕を感じさせる口元は弧を描く。傲慢にも思える微笑からは、何故か感情の一切を読み取る事はできなかった。


「シュ、シュバルツェ殿下……!」


 青年ーーシュバルツェ殿下は組んでいた足を解き預けていた背を円柱から離すと、サァッと真紅のマントを翻した。


「殿下。何故なにゆえこのような場所へおいでになったのですか?」


 ルスティアナ侯爵は自分たちへと向かってくるシュバルツェ殿下に対して硬く身構えた。すると、シュバルツェ殿下は僅かに口角を上げた。王族であるシュバルツェ殿下にとってライザタニア国内で入れぬ場所など殆どないに等しい。その為、何故なにゆえ等と聞かれる事自体が『不敬』に当たると云えた。

 一方、白髪の男は隣で狼狽し、緊張した面持ちで立ち竦んでいる赤髪の男の失言に眉を顰めつつもフォローはしなかった。フォローするより先にシュバルツェ殿下が動いたからだ。

 矢を射るように合わされた視線に竦み上がりそうになった白髪の男は内心、ルスティナアナ侯爵の処罰を覚悟したものの、予想に反して叱責の声はあがらなかった。シュバルツェ殿下は自身に対して警戒心を隠しもせぬルスティアナ侯爵の態度を見咎めたりはしなかったのだ。


「何故とはこれは異な事を。此処は神殿。神に祈りを捧げる神聖な場。ライザタニアの王族ーーそれも私のように敬虔けいけんなる信徒ならば、神に祈りを捧げる為に神殿を訪れるのは当たり前の行為ではないか?」


 両手を広げた後、片手を胸に当てて瞑目する青年。それはライザタニア国で一番の信仰を得ている『神殿』による、神への礼拝の作法であった。

 その姿を目に留めるや否や、二人の男たちは青年に対する不信感を更に深めた。何故なら目の前の青年ーーシュバルツェ殿下が『神の敬虔なる信徒』とはおよそ呼べぬ程、神々を信じていない事を知っていたからだ。


「我が父が病に倒れ病床にある。今日は神に父を救い賜いたく祈りを捧げに参ったのだが……」


 金の瞳を細めたシュバルツェ殿下。その視線を受けて男たちは無意識に肩を震わせた。

 シュバルツェ殿下の父親とはつまり現王陛下その人である。

 現王陛下はおよそ二年前より体調が優れず、政権を離れ離宮にて療養に入られている事は、この国の貴族ならば誰でも知っている事実だ。そして、その病気の原因が風邪の菌のたぐいではない事もまた、暗黙の内であったのだ。


「陛下のお身体が一刻も早く良くおなりになりますよう、我々も日々、神へ祈りを捧げております」

「殿下のその優しきお心は、きっと神の御心へと届いている事でしょう」


 心にもない言葉を並べながらシュバルツェ殿下のご機嫌取りをする二人の神官。彼らは神官と云えどライザタニアの貴族。上位者である王族に対し外見を偽るなど、造作もない事であった。

 シュバルツェ殿下は麗しの相貌に笑みを浮かべると、彼らの言葉に頷きを持って応えた。


「それで、神殿の高僧二人が揃いも揃って何事を相談なされていたのか?」


 ライザタニアには王家にも匹敵する程の権力を持つ組織がある。それは一般に『神殿』と呼ばれる互助組織であった。

 『万物を生み出せし神を崇める』という、一見すると普通の宗教団体なのだが、その実、司祭僧侶を含め神殿内の人間は全てある種の能力を持った貴族により組織された『反王家』とも呼べる組織でもあった。

 起こりはライザタニアが国を興す際に王家を支える『影の王家』との名目で、時の王の妹姫により設立された国家公認の組織なのだが、時が移ろうにつれて組織は全く異なるモノへと変化していった。

 民間人の声を代表して王家に意見を述べる『神殿』としての役割が徐々に薄れていったのは想像に難くない。権力に塗れた貴族僧侶たちは欲に溺れ、尊ぶべき『神への信仰』を疎かにしていったのだ。それでも、現在に渡り『神殿』の権威が薄れぬのは、特別な力を有する姫巫女が神殿の頂点にあるからだ。


「いえいえ。わざわざ殿下のお心を煩わせるような事ではございません」

「些末事でございます。多忙であらせられる殿下のお耳に入れて頂くような事柄ではありませんよ」


 そう言い合った後、ハハハと乾いた笑い声を立てる男たち。その瞳には動揺が浮かび、額には汗が光る。これでは『勘繰ってくれ』と言わんばかりの態度なのだが、普段から高圧的な態度で他者を愚弄するに慣れた男たちにとって、これ以上、へりくだる態度を取る事が出来ないでいたのだ。


「ふむ。そうか?そう言われると余計に気になってしまうが……」

「と、ところで。本日はレオニード将軍をお連れになってはおられぬのですね……?」


 唐突な話題変更。貴族とは思えぬ下手な芝居に、シュバルツェ殿下も内心は呆れて物も言えぬ思いではあったが、仕方ないとばかりに男たちの話題に乗ってやる事にした。


「ああ。将軍には隙を出している」

「「ーーーー⁉︎」」


 殿下から齎された思わぬ情報に、それまで繕っていた二人の表情が大きく揺れた。


「……隙、ですと?それは……」

「ああ。王宮への不審者侵入を許してしまうという失態の責任を取らせたのだ」

「不審者の、侵入……」

「国王陛下が病床にあるのを何処どこぞより嗅ぎつけたのであろうよ」

「その、陛下はご無事なのですか?」

「大事ない。しかし、その不始末の責任を『誰か』が取らねばなるまい?」

「左様にございますか……」


 軍事国家であるライザタニアでは、国王と王家を守護する『騎士団』とは隔絶した権威を持つ『軍隊』が国家防衛に当たっている。軍隊は騎士同様に縦社会であり、己が持つ位階が全ての序列を決める。大尉以下を左官、少将以上を将官という。最上位は元帥であり、ライザタニアでは将軍の位を得ている。

 ここでルスティナアナ侯爵より『将軍』と呼ばれた人物は六人。その中でも侯爵が指し示す人物は、常時より王家の守りを固める『王家の守護者』であり、現在、その人物が国王陛下ではなくシュバルツェ殿下の下に在る事は公然であった。

 国王が病床にある現在、王宮では次代を担う王子殿下の存在が注目を集めていた。正妃、側妃を始め、多くの愛妾を持つ現王には、これまた多くの子どもがいる。その中でも王位継承権を持つ正統な王子は二人であり、内一人が此処ここわすシュバルツェ殿下であった。

 二人の王子たちの起こした内乱の末に、敢えなく王宮を去らねばならなくなった兄殿下。兄殿下を差し置いてシュバルツェ殿下は王太子の座を狙っているという情報は公然だ。実質、兄殿下を追い出した現在の王宮に於いて弟殿下は勢力を拡大し、今まさにライザタニアの政治をその手中に納めんとしていた。


「将軍が居られぬとは、些か王宮の警備に不安があるのではございませんか?」

「ほぅ?ランツェルン伯、其方は我が身を案じてくれるのか?」


 ルスティアナ侯爵の隣で様子を伺っていた白髪の男ーーランツェルン伯爵はシュバルツェ殿下より視線を投げられると、一瞬呑まれたように竦んだ。殿下の金の瞳が輝きを帯び、二人の男をーーその品位を見定めるように睨め据えてくるのだ。


「もも勿論でございます!殿下はこの国にはなくてはならぬお方ですからして……」

「そうでございますよ、殿下。難しい状況が続いておりますからな。殿下の身に何ぞかあっては一大事でございましょう⁉︎」


 男たちは自身の息子ほどの年齢の青年に媚び諂った。

 しかし、青年ーーシュバルツェ殿下の言葉は男たちの予想を覆すものだった。


「そうか?私には思惑が外れた事を残念がっているように見えたのだが……」

「「なっーー⁉︎」」


 王子殿下から向けられる視線からは、明らかな侮蔑の意が込められている。

 驚く一方で、男たちはシュバルツェ殿下から放たれる威圧に射竦められて立ちすくんだ。殿下の顔から目を離せない。一歩また一歩と近づいてくる殿下より身体を背け、この場から逃げ去る事もまた、出来ずにいた。


「あの日、レオニード将軍は神殿よりの呼び出しを受け、姫巫女直々に予言を受けていたようでなぁ……?」

「み、姫巫女の神託は、その、神聖なモノでありますからして……」

「そう。我が国に於いて姫巫女から頂く『神託』、そして『予言』は特別なもの。例え将軍であろうとも拒絶する事は許されぬ」


 ゾッと男たちの背に冷たいモノが奔る。

 あと一歩の所まで近づいたシュバルツェ殿下の顔には、麗しい微笑が浮かんでいたのだ。それは煉獄の支配者ーー悪魔が浮かべる笑みのようであった。


「ルスティアナ侯。本日、姫巫女にお会いできるのだろうか?」

「も、申し訳、ございません!姫巫女はみそぎの最中にございまして……」

「そうか。残念だ」


 シュバルツェ殿下は顔を青くする二人の男たちの横を通り過ぎると、その背に再度問いかけた。


「そうそう、侯爵。噂で『姫巫女の予言が外れた』と聞いたのだが……?」

「は……?」

「それを、何処で……⁇」

「予言による『穿つ天の塔』とはシスティナの国境にある『東の塔』の事だと我は考えていたのだがな……?報告によれば、未だ塔は崩れた気配はないとのことだ」


 今度こそ言葉を無くした神官たちを他所に、麗しの青年殿下の表情は実に爽やかだ。ハハハと笑うシュバルツェ殿下の声が背中越しに聞こえはしたが、ルスティアナ侯爵もランツェルン伯爵もーー事実を知る二人は共に、殿下の言葉に対して憤る事も否を唱える事も、何もできはしなかった。それ程迄に二人は『シュバルツェ殿下』と云う青年の存在に、恐れを抱いてしまっていた。


「ハハハ!外れた予言。予言を外した姫巫女。どちらも前代未聞ではないか?ーーハハッ!さぁて、貴公ら神殿はどう出るのか……?」


 「これからが楽しみだな?」。笑みと共に肩に置かれた手に背を大きく震わせ俯く二人の高僧。

 何を問おうとも面白い返答は望めぬと知ったシュバルツェ殿下はつまらなそうに顔を顰めると、男たちをその場に放置してその場から立ち去って行った。



お読み頂きまして、ありがとうございます!

ブックマーク登録、評価、感想など、とても嬉しいです(*´▽`*)ありがとうございます!


『『信仰』とは都合よく使われるモノ』をお送りしました。

ついに、ライザタニアの二人の王子の内一人が正式登場しました。内乱中のライザタニアにおける主要人物の一人です。

今後の活躍に期待しつつ、次話も是非ご覧ください!

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