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魔宝石物語  作者: かうる
幕間4《誘拐編》
266/498

治療士の逆襲

 

「いやん!なんてコトなの⁉︎」


 馬車の小窓から車内にある少女の姿を見るなり、治療士は声を大にして叫んだ。


「あんなにやつれちゃって⁉︎」


 治療士は頬に両手を当てて一息に嘆くと、近くにいた赤茶毛の青年の襟首をむんずと掴んだ。その見た目よりも力強い腕力に青年は蟇蛙ヒキガエルのようにグエッと呻いた。


「ここの男どもは女性レディ一人、満足にお世話できないのかしら⁉︎」


 「信じられない!」と怒鳴る治療士は、システィナの軍事都市アルカードにある『塔の騎士団』専属の治療士の一人であった。

 黄金色の柔らかな巻き毛。翡翠の宝石のような美しい瞳。スラリと伸びた均等の取れた体躯。女神かと思しき麗しい容姿だが、性別は男。だが、その麗しさは男女問わず魅了してやまない。


「あ、あ、あ、アリストル先生⁉︎ なんでココに⁉︎」


 襟首を締め上げる力強い腕に苦しげに呻く青年は、赤茶色の髪の隙間から脂汗を流した。


「アンタんトコの治療士がポカして捕まったからよ!私はその代理!」


 治療士は元来より襲撃者たちーー『月影』の仲間ではない。その為、セイは到着を待っていた治療士がアリストルに入れ替わっている事態に驚き、非難の声を上げた。

 しかし、治療士の方にも同じく不満があった。

 アリストルは『月影』たちに命令を下した側の人間ーー要するに、彼らに何らかの不備があった時のフォロー要員であったのだ。彼らの仕事が万全を期して終われば、アリストルには出番は回ってこなかったのだが……不備は起こってしまった。彼らの仲間であった治療士がマヌケにも騎士団に捕らわれたのだ。

 だからこそ、アリストルにお鉢が回って来たこの事態は予定外以外のナニモノでもなく、しかも予定通りならば傷つく事もなかった『お気に入り』の少女むすめが大怪我をしたと知らされれば、知らぬ存ぜぬと放って置く事など、とてもではないができなかったのだ。


「セイ、アンタね⁉︎ あのをあんなに遇わせたのは⁉︎」


 治療士はここへ来るまでの道中、『月影との戦闘において魔女が負傷、一刻もはやく治療士により治療が必要である』との報告を受けた。その為『治療士(自分)を乗せた馬車は昼夜問わず駆けている』とも。それらの報告に慌てた治療士アリストルはここへ来る迄の間に、隊員の一人から魔女が怪我を負った経緯と怪我の具合などを詳し~く聞き出していた、というワケだ。


「いぃーー⁉︎ ふ、不可抗力だって!アーリアちゃんが俺の前に飛び出して来たんだよ!」


 セイはギリギリと閉まる襟首に息苦しさを覚えつつ、殺意剥き出しで睨みつけてくる美麗治療士の迫力に押されていた。


「煩いッ!このボンクラ!万年発情期男‼︎」

「ひでぇ!なんつー言い草っ⁉︎」

「セイ。アンタのーー黒竜の爪には毒性があるコトを忘れたの⁉︎」


 セイは黒竜と人間とのハーフであり、『月』の力を用いて黒竜へと身体を変化する事ができる亜人であった。

 黒竜は赤竜や青竜などよりも知性の高い妖精族。人間と似た姿に変化へんげ可能であり、勿論、意思疎通を持つ事も勿論可能である。また攻撃力も高く、その爪には毒性があり、一度ひとたび傷つけられればか弱い人間の身体などひとたまりもない事は有名だった。


「不可抗力なのは分かってる。アンタが途中で爪を引いたんだってコトも。でもね、彼女がまだ生きてるのはキセキみたいなモンなのよッ」

「うぅ……俺が悪かった!ギブギブギブぅーー!」


 リュゼにトドメを射そうと爪を振るったセイは、突然アーリアが目の前に飛び出して来た事に驚き、咄嗟にその手を引っ込めたのだ。でなければ、あの場でアーリアの身体は二つに避けていただろう。だからこそ、アーリアの背の傷があの程度で済んだのはセイの機転であった事などはアリストルにも分かってはいた。しかし、それが分かっていたとしても、妹のように慈しんだ『お気に入りの少女むすめ』の身体を傷物にされた恨みは早々に晴れそうにないのだ。


「センセ、堪忍して!何でもするからっ」


 とうとう、両手で首を絞められ始めたセイは諸手もろてを上げて全面降伏した。

 この段階に来ても、誰もセイを助けようとはしないのだから、同じ部隊の仲間と云えど何と白状な事だろうか。セイは目の端で苦笑しつつも目線を逸らしている仲間たちを怨みがましく睨め据えた。


「アンタ。本当に反省してるの⁉︎」

「してる。してるっつーの!」

「どーだか!このヤリチン野郎が『反省』なんて殊勝な言葉コトバを理解できているか、分かったもんじゃないわっ」

「センセ、さっきから、ほんとーにヒデェな⁉︎」

「何よ!本当のコトでしょぉ?」

「そんなコトは……」

「アンタくらいよ?治療室に精力剤貰いに来たのって」


 治療士からもたらされたこの言葉には仲間たちも流石さすがにドン引きした。『仮にも騎士団に所属していた騎士であったにも関わらず彼はどんな生活を送っていたのだろうか⁉︎』と、仲間の誰もがセイに対して疑惑の眼差しを送った。

 対するセイは周囲からの微妙な空気を感じ取り、忙しなく目線を右や左やと泳がせた。その挙動は不審感が半端ない。


「ひでぇ!治療士なら患者のプライバシーは尊重するべきだろう⁉︎」

「だまらっしゃい!このエセフェミニストが!」


 セイが女性に対して紳士的であるのは上っ面だけである事を、麗しの治療士は見抜いていた。


「手当たり次第女に手ぇ出す割に女の方から愛想尽かされるのは、ぜーんぶアンタの性癖が原因よ!」

「ゔ……」

「女に夢見過ぎてんのよッ!」


 セイは『女性おんな』という生物を基本的に信頼していないーー生来より信頼できないのだ。その原因はセイの両親とその産まれた経緯によるトコロが大きい。一概にセイだけを責め難いのも確かだ。たが、治療士はそんなセイの個人的事情を知っていながら、ズケズケとセイの精神こころを責め立てた。


「ちったー乙女心ってモンを勉強してから出直して来なさい!話はそれからよっ」


 フンッと鼻を鳴らす治療士に、セイは不貞腐れたように項垂れた。


 ーふふん。これくらいイビってやったら十分かしら?ー


 撃沈したセイの姿に、アリストルは目を細めると満足そうに笑みを浮かべた。治療士は大切に思っている魔女がセイによって傷つけられたと知ってからと云うもの、セイをどのように虐めてやろうか⁉︎ と考えてきたのだ。


「そうだわ……!アナタ、さっき『何でもする』って言ったわよね?」

「……ん?あ、ああ」

「なら、協力しなさい」


 セイが項垂れていた顔を上げた時、治療士アリストルはニヤリと笑ってセイの胸ぐらを掴み、そのままグイッと上半身を引き寄せた。


「いぃーーーー⁉︎」


 近寄る顔、近寄る唇にセイの瞳は最大限に見開かれた。


 ーむちゅう〜〜〜〜ー


 セイは非難の声を上げる間も無く、アリストルに唇を奪われていた。

 決して短くない間、艶かしい唇の感触を味わったセイは、完璧に硬直していた。また、運悪く(?)その光景を見てしまった仲間たちも思いっきり顔を痙攣らせた。


「「「………………」」」


 その時、世界は停止した。


 セイは思った以上に柔らかな感触から解放され、新鮮な空気を口内に取り込んだ時、産まれて初めて、人目も憚らず泣きたい気分を味わった。


「ご馳走様」

「〜〜〜〜⁉︎」


 ペロリと唇を舌で舐めて妖艶な笑みを浮かべたアリストルに、セイは口元を掌でガードしながら指差して訴えた。治療士の方はそのような抗議の声などなんのその。丸ッと無視した挙句にきっついツッコミすら入れる始末。完全にセイを手玉に取っている。


「なーによぉ?初めてでもないでしょ?」

「〜〜〜〜⁉︎」

「オトコは初めてだって?煩いわねぇ。オトコだオンナだなんて小さなコト気にしてるから、アンタはダメなのよぉ」

「〜〜〜〜⁉︎」


 初めは指で耳の穴をふさぎ、喚くセイを適当に躱していたアリストルも、セイの混乱と反抗的な態度に痺れを切らし、少しばかり説明してやる事にした。


「あーもーはいはいはいはい。煩ーい!別にアンタに欲情したからしたんじゃないわよ。アンタ、さっき『何でもする』って言ったじゃない?だから、ちょ~~っとアナタの唾液を頂いたのよ」

「ハ?はぁ〜〜〜〜⁉︎」

「アンタ、アーリアちゃんの怪我を治してやりたくないの?」

「うっ。治してやりたくない訳でもないけど……」


 隣国より遣わされた特殊工作部隊『月影』ーー襲撃者として所属していた騎士団を裏切り、相棒であった先輩騎士を斬ってまで魔女を拉致したセイだが、当初よりアーリアを傷つけようとは考えていなかった。ナイルを斬った事とて作戦上仕方のない事だったのだ。

 先輩騎士ナイルは専属護衛リュゼに代わり、魔女アーリアの護衛として四六時中彼女の側についていた。その忠犬ぶりは騎士団随一で、いつどのように襲撃を行ったとしても、襲撃者たちにとっては排除すべき騎士てきとなり得た。だからこそ、セイが手を下した。それは先輩騎士ナイルに対しての後輩騎士セイなりの敬意の表れとも云えた。

 更に云えば、アーリアに対しては個人的な恨みなど全くなかった。騎士団員として良きあるじであったアーリアには悪い感情など持ちようがなかったのだ。寧ろ、『あと腐れなく拉致できるように』と、アーリアとは極力関わりを持たなかったくらいだったのだ。

 だから、セイとしても、自身の爪によって負傷したアーリアが日に日に弱っていく姿に、なけなしの良心が痛んでいたのは確かだった。


「だったらオトナシク協力しなさいよ」

「はぁ?」

「アナタの唾液から解毒成分を作り出す。治療士わたしなら、あのの傷を癒してあげられるわ」


 そう言ってニッコリ微笑む治療士の笑顔は、美の女神もビックリするほど麗しい御尊顔であった。



 ※※※



 ーギィィー


 馬車の扉が開くと外から光が差し込んだ。


 馬車の中は薄暗く、空気まで淀んでいるように思えた。広い車内の奥には力なく横たわる小さな身体と、その小さな身体を包み込むように守る大型犬の姿が見て取れた。

 毛並みの良い黒犬は人の気配を察知すると擡げていた顔を上げて、その赤く光る瞳に警戒心を宿らせたが、入ってきた人物を見るや否や、その警戒心の中にどこか気怠げな表情を浮かべた。


「あらレオ。ちゃんと番犬をやっているようね?」


 レオと呼ばれた大型犬はのそりと身体を上げると、少女の前に立ちはだかった。


「大丈夫よ。私はそのの治療をしに来たの。傷つけたりなんてしないわ」


 微笑を浮かべた麗しのご尊顔から彼の本心を見定めるように、治療士ジッと注視している。どうやら、大型犬は美麗な容姿を持つ塔の治療士に対して、不信感が拭えないようであった。

 その大型犬の姿勢に治療士は小さく肩を竦めると、徐に腰を落として真正面から大型犬と向き合った。


「大丈夫よ、レオーーレオニード・ファル・デ・ローデス」


 名を呼ばれた途端、ゾワリと大型犬の黒毛が逆立った。ごく一部の者しか知らぬ真名まなを呼ばれた大型犬は、その深紅の瞳に驚愕の色を浮かべた。しかし、対する治療士の方は唇を弧にして妖艶な笑みを浮かべるのみだ。

 瞳と瞳が交錯したまま暫く時間ときが経ち、遂には根負けした大型犬ーーレオニードは治療士へとその場を譲った。大型犬が尾を揺らしてスッと横にズレると、絨毯の上に横たわる小さな身体が現れた。治療士は小さく「ありがと」と礼を述べると、少女の前に身体を割り込ませた。


「それで……?このの体調は?」

『良くはない。熱が何日もひかない』

「薬は飲ませた?」

『解熱薬を』

「食欲はどう?」

『ない。果実水が飲める程度だ』

「包帯は変えた?」

『日に一度』

「傷はどう?」

『治りにくい』


 そこまで一気に聞くと、治療士はそっと膝をついて少女の顔を覗き込んだ。少女の白い肌はより一層、その白さを増していた。顔色は見るからに悪く、白を通り越して青白いほど。指先で少女の前髪を退けて手の甲を額につけてみれば、じっとりとした汗と高い熱とが感じられた。


「可愛そうに……目が腫れているわ。唇もこんなに荒れて……」


 涙の跡だろうか。頬はカラカラに乾いており、瞼が腫れぼったく見えた。治療士はそっと頬に触れてから、視線を顔元から首元へと下ろしていく。


「『隷属の輪』。これで魔力制御しているのね?」


 少女自身が本来の魔力を取り戻し、自身の魔術で治癒呪文を唱える事ができたなら、このような傷など立ち所に治るに違いない。そうできない原因がこの『隷属の輪』。この呪具の所為せいで少女は自身の魔力を乱され、満足に魔術を操る事ができずにいるのだ。それは、魔女をこの場に繋ぎ止める策の一つであったのだろうが、怪我をした少女にとってこの呪具は毒以外の何物でもないに違いなかった。


「外す事は……出来ないようね?」

『ああ』

「そうね……彼女の力は凄いもの。外せば自力でここから帰っちゃうものね?」


 苦々しく笑んだ治療士は不運な少女のーーアーリアの顔をとっくりと見つめながら、その白い髪を指で何度も梳いた。隣国ライザタニアの内政ーー策謀によって、更には、本人の意図せぬ所で決められた政策によって訳も分からないまま襲撃を受け、拉致されてきた『塔の魔女』。見知らぬ土地で周囲は敵ばかり、己の味方は一人もない。大人しく『数奇な運命』を受け止めろなどと、誰が言えるというのだろうか。


「ん……だ、れ……?」


 額や頬を当たる温かな手の感触ぬくもりによって、深い眠りの中にいた少女が意識を取り戻した。少女は窓から差し込む光に目を瞬かせながら、瞳をゆっくりと開いていく。


「おはよ。気分は……良くないわよね?」


 自身の言葉に苦笑を浮かべる治療士。治療士の微笑を輝く虹色の瞳に写した少女は、「えっ⁉︎」と呟くと、その瞳がこぼれ落ちそうなほど大きく見開いた。


「アリス、トル……先生……⁇」

「はぁい!アリスよ」

「な、なん、で……ここ、に、先生が……?」


 少女ーーアーリアは軋む身体に鞭を打って両腕で身体を支えると、やっとの思いで上半身を起こした。その間、視線は美麗治療士アリストルに定めたままだった。

 何度瞬きをしてもそこに居る治療士の姿は一向に変化せず、幻ではないと知ったアーリアは、意図せず大粒の涙を零していた。


「アリス、先生も……⁇ 先生も、此方側ライザタニア人間ヒトだった、の……⁉︎」


 ハラハラと流れる涙。その涙の意味をアリストルはすぐに理解する事ができた。


 ー信じていた人間ヒトからの裏切りー


 騎士団で世話になった人物の多くがライザタニアの諜報部員であった事実が、ここにきてアーリアの精神ココロを圧迫し始めた。体調不調。魔力不良。精神不和。三つの要因が絡み合い、アーリアを内側から壊しに掛かってきたのだ。

 わぁッと子どものように泣き出したアーリアを、アリストルは男らしく逞しい両腕で抱き込んだ。そして、涙を流し肩を震わせるアーリアの頭を撫で、肩を撫でながら、意味のない謝罪の言葉をかけ続けた。




お読み頂きまして、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価など、とても嬉しく思っています(o´艸`o)♪ありがとうございます!


『良薬、口に苦し』をお送りしました。

美麗治療士アリストル先生のご登場です。彼もまた、隣国(ライザタニア)の使者でした。

お気に入りの娘アーリアをセイによって傷物(意訳)にされたアリストルの怒りは相当のもの。一方、セイは自身の生活態度の悪さから言い訳する事もままならず、アリストルの容赦ない口撃には太刀打ちもできません。


次話も是非ご覧ください!

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