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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と塔の騎士団
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それぞれの決断4

※争乱編※

 ※(リュゼ視点)


 僕はその態度こそ余裕のあるように見せていたけど、身体はボロボロ、正に満身創痍を体現していた。

 全身を黒い竜に変化させたセイは半端(ハンパ)ない戦闘力を持っていたんだ。全長ば成人男性の三倍はくだらない。身体は硬い鱗のような表皮で覆われていてどんな獲物も刃が立たない。手足の爪は鋭く、大理石の柱やタイルも平気で切り裂き、砕く。口から覗く刃は凶暴そのもので、骨をも断つ顎の力を見せつけてくれた。正直言って、こんな野獣を相手にするなんてホントやってらんない。

 雷魔術を片翼に喰らったセイは怒り心頭。僕に狙いを定めて攻撃してきた。まぁ、それは結果オーライだったんだけど。僕が囮になって副団長サンにアーリアを安全な場所まで保護してもらえば良いんだから、概ね計画通りとも言えた。でも、セイはそんな僕たちの計画はお見通しだったようなんだ。

 黒き竜に姿を変えてもやはり知能は人間のソレ。しかも、俺たち騎士の動きはバッチリ把握済みだ。特に僕なんか、最近、ヒマそうなセイばかり鍛錬相手にしてたもんだから、動きがモロバレしてる。チクショー。きっとセイはその事すら最初から狙ってやがったに違いない。

 てなもんで、僕には時間稼ぎの為に逃げの一手しか取る事を許されなかった。


「くっそイテェ……」


 管理棟の屋根からアーリアを抱いたまま飛び降り、トンッと地面に着地した。その途端、背中に奔る鈍痛に立ち上がる事は叶わず、地面にしゃがみ込むように膝をついた。


「リュゼ、大丈夫?」

「大丈夫って言いたいケド、実はそーでもない」


 毒づく僕をアーリアが心配そうな表情で覗いてくる。アーリアは僕の腕からスルリと抜け出すと、僕の手を取って握り込んだ。見れば、アーリアにも小さい傷が頬や手足なんかにちょこちょこついる。そんなアーリアは自分の事など気にせず、僕に向けて回復魔術を施してくれた。《癒しの光》は一番ポピュラーな簡易回復魔術だ。小さな傷ならタチドコロに治る。けど、深い傷なら止血と裂けた皮膚を塞ぐ程度だ。折れた骨までは治らない。


「ごめんね、りゅぜ」

「分かってるよ、アーリア。ありがと」


 アーリアはしょんぼり顔で謝ってくるけど、実はそんな必要はないんだ。アーリアには高位回復魔術が使えるけど、それを使うには落ち着いて術を構成できる『場』が必要なんだ。いくら無詠唱で魔術の発動可能なアーリアだと云っても、現在、高位の魔術を無詠唱で使うほど練達してはいない。しかも、この『場』には魔術を作用を妨げる別の要因もあった。


「リュゼ。ここって魔力妨害が?」

「アーリアも気づいた?そうみたい。副団長サンは魔宝具による魔力妨害じゃないかって言ってたケド、僕はーー」

「スキルによる魔力妨害、もしくは魔力阻害」

「そ、思念妨害かもよ?」

「あり得るね」


 魔力とは精神力、精霊の力、神の力ーー世界に充満する生命の力だ。それを『魔力妨害』または『思念妨害』によって正されるべき力の流れが乱されている。清らかな水面にワザと小石を投げ入れて細波を起こしているんだ。その小さな小さな乱れだけで、僕たちは魔術を使う事がーー魔力を操る事が困難になる。無理に使えば威力が格段に落ちてしまうんだ。時に魔術が暴走する事だってある。


「誰が……なんて意味のない質問だね?」


 そう。『誰が』なんて愚問だ。襲撃者たちに決まっている。自分たちの有利に働くように仕掛けているってワケだ。

 僕はアーリアの肩を借りて立ち上がると爆炎の上がる頭上を見上げた。管理棟は黒き竜による追突によって半壊していた。パラパラと舞い落ちる粉塵を吸い込まないように口を手で覆うと、その場から距離をとった。


「アーリア」

「なに?」

「君は何があっても生き残らなきゃならない。騎士にーー僕に何があっても……ね?」


 アーリアは弾かれたように僕の顔を見上げてきた。


「何を、言ってるの?」


 アーリアの虹色の瞳が不安そうに揺れた。今にも泣きそうに歪む目元。そんな表情も愛しくて、僕はアーリアの頬にそっと手を添えた。


「前に約束したよね?『僕たちは何があっても二人で生き残る』って」


 それは大事な『二人の誓い』だった。


 アーリアと僕とがエステル帝国へ拉致されてすぐ、僕たちは『共に』にシスティナへ戻る事を誓った。エステル帝国では周囲は全て敵ばかりで、頼れる者はお互いだけだったからだ。『味方』だと宣言する皇太子殿下やヒースさんですら『王命』の前には無力。だから僕たちは『何があっても二人一緒に生き残る』と誓った。


 でも、それはアーリアを守る為の誓いだったんだ。だって、僕がそういう風に持ちかけなければ、アーリアは自分自身を守る事をしなかった筈だから……


 ーアーリアは自分自身を大切にしないー


 ともすれば無意識にも自分自身を犠牲にしてしまうアーリア。『他人の為に自分を犠牲にする』なんて、何て慈悲深い考えだと思うだろう?でも、アーリアにあってはそんな綺麗な言葉で表せる精神(もん)じゃない。彼女は『自分の生』に執着がないだけなんだから……。


「けどね、僕はその為に君自身が犠牲になって欲しくはないんだ」

「どういうこと?犠牲になんて、ならないよ?」

「なら、僕を置いて逃げられるよね……?」


 胸の奥に違和感を覚えると同時に、ゴフリと喉の奥から鉄錆に似た味の液体が溢れ出した。


「ーーリュゼ⁉︎」


 喉を吐いて出る血。苦酸っぱい胃液共に食道を逆流し、口から溢れ出た。脚が体重を支えきれずカクンと膝をつくと、地面に何度も吐き戻した。


「リュゼッ‼︎」


 アーリアが慌てて僕の前に膝をつこうとして、その動きが止まった。僕の背後にある人物に気づいたからだ。


「貴方は……⁉︎ どうしてここに……」

「すみません。もう少し穏便に事を進めたかったのですが……」

「ミケール先生……先生も、なの?」

「すみません」


 血に濡れた長剣を携えた調理人ミケール。頬や衣服についている血飛沫。それが誰の血かなんて、考えなくても分かる。


「穏便にお連れするつもりだったのですが……計画通りには、いかないものですね?」


 そう言って長剣を一閃。刃についていた血を地面に落とすと、苦々しく微笑みながらアーリアに手を差し伸べた。


「共にお越しください。これ以上の流血を望まぬのなら……」


 ヒュッとアーリアが息を飲んだ。大きな瞳が溢れ落ちそうなほど見開かれる。

 包丁を長剣に持ち替えただけなのに、それだけで彼が襲撃者の一人である事をすぐに理解させられた。騎士団内の内通者はセイだけじゃないって分かってはいたけど、いざ、こうして身近な人物が襲撃者だと分かると精神的に相当キツイ。


「アーリア、逃げてっ」

「リュゼも一緒に……」

「一緒には行けない。分かるよね?この意味」

「!」

「僕との約束、守ってよ!」


 僕は長剣の鞘を支えに立ち上がるとアーリアを背に庇った。そしてアーリアの顔を見ぬまま背中越しに怒鳴った。


「僕に君を守らせてよ……お願い」

「リュゼ……!」


 背中越しにアーリアが息を飲むのが分かった。声が震えているから、もしかしたら泣いているかも知れない。けど、振り向いてはやらない。振り向いたらーーその顔を見たら、きっと抱きしめてしまうから。


 ーこれは僕の意地だー


 君と共に生きたかった。けど、僕だけが生き残っても意味がないし、もし君が先に死んでしまったらもっと意味がないんだよ。



 ※※※



『感動の別れってやつ?泣かせるねぇ』


 突然、脳内に響く軽薄そうな声音。多少の雑音はあるが、それが誰の声かはすぐ分かった。だからって咄嗟に動けるワケじゃない。


 ーグォォオァァァオオオオオオッッ!!ー


 耳を劈く咆哮。爆発的な衝撃。

 それは至近距離で起こった。


 ードンッー


「ッアーー!」

「きゃあ!」


 上空から地面に向けて落下してきた黒い巨体は俺の身体を吹き飛ばした。決して短くないの距離を地面から水平に吹き飛ばされた挙句、ボールのように地面に何度かバウンドしてゴロゴロと転がった。身体の痛みに鞭打って上体を起こすと、僕とは反対方向に吹き飛ばされたアーリアが地面に倒れているのが見えた。


「アンニャロー!」


 ー人質ならもっと丁重に扱うべきだろ!ー


 咄嗟に頭に浮かんだ文句。怒鳴り立てたい気持ちを抑えて立ち上がろうとすれば、再度、上空から突風が巻き起こり、僕の身体は無様に転がされた。


『くくく。良いザマですね?リュゼさん』

「君がドS属性だったなんて、初めて知ったよ」

『何とでも言えば?』


 バサリバサリと翼を羽ばたかせ、黒き竜となったセイが俺の前に降り立った。肉食獣が獲物を狩る時のようにギラギラと光る金の瞳が、僕の顔を睨め据えてくる。


『俺、考えたんですよね?』

「何を?」

『リュゼさんを殺せば、アーリアちゃんの憂いは何もなくなるんじゃないかって』


 痛い所を突いてきやがる。


『あ、その顔。図星ですか?』

「さてね?」

『だって、アーリアちゃんはリュゼさんのコト、特別に想ってるでしょう?』

「さぁ、どうだかね」

『まぁ、僕はどっちだって良いんだ。それに、リュゼさんを殺してみれば分かるコトだからね』


 ゆらりと黒竜セイは前脚を上げた。何センチあるんだっていう鋭い爪が僕に狙いを定めてきた。すると、黒竜セイは振り下ろし状に口角を上げ、鈍く光る八重歯を見せた。笑んでいるつもりなのだろう。でも、その表情じゃ、凶悪な顔にしか見えないよ、セイ。


『サヨナラ、リュゼさん』


 僕の身体はガタがきていて、この攻撃からはとても避けれそうになかった。魔力も底をついてる。魔宝具もない。剣は折れた。


 ー万事急須ってこのコト……⁉︎ー


「くっそ!」


 もう毒づくしか手がないなんて。僕は普段は信じてもいない神を恨んだ。

 援軍が来るまでの時間稼ぎをしたつもりだ。きっともう間も無く到着すりだろう。そうしたらアーリアを保護してもらえる。

 ルイスさんは王都から援軍を送ってくれる筈だ。あの人は僕が思うよりもずっと偉い人で、ずっと優秀な政治家だ。必ず、国王陛下や軍務長官から援軍をもぎ取ってきてくれる。そこにはきっと獅子くんも入っているに違いない。獅子くんはちょっと真面目すぎて抜けてるトコが沢山あるけど、僕と同じくらいアーリアが好きだ。認めたくないけど結構イイオトコだ。だから……


 ー後は頼んだよ。獅子くんー


 僕そうして目を閉じた。



 ※※※



 衝撃はいつまで経っても襲っては来なかった。確かに風圧を肌で感じたのに、痛みは勿論、衝撃すら襲って来なかった。


「……何で?」


 だから、そっと目を開けた時、その光景を見た時、何故、こんな状況になっているのかが全然理解できなかったんだ。


「何で、僕を庇ってるのさ……」


 ーーアーリア。



 アーリアは僕の顔を見るとニッコリと笑った。


「リュゼが、大切、だから……」


 アーリアの口から血が滲み出る。口の端を伝い、顎から地面へとポタリポタリと落ちていく。

 背を黒竜の爪にザックリと裂かれているだろうに、痛みを感じさせない笑みを浮かべ、『なんて事ない』とばかりにまるで他人事のような素振りをしている。


「リュゼ、言ったよね?私と一緒に、ずっと一緒にいて、くれるって……。その約束も、ちゃんと守って、くれなきゃ……」


 アーリアは僕を叱責しながらも、その顔にはただただ柔らかな笑みを浮かべている。僕はその笑みを呆然と眺める事しか出来なかった。


 ー七つの夜空ー

 ー巡り()く夢ー

 ー抱く(かいな)の月ー


 ぽつり、ぽつり。アーリアはまるで子守唄を謳うように言の葉を口遊んだ。すると、アーリアの周囲がポウっと明るく輝き始める。アーリアの豊かな魔力を求め、精霊たちが集い舞う。


「アーリア、ソレは……」


 アーリアの瞳が魔力の高まりを感知し、薔薇のように鮮やかな赤い色を帯びていく。

 僕は聞いた事のある呪文の詠唱に耳を疑い、足下に広がる朱色の魔術方陣に気づくと驚愕した。そして肘と膝を突いてどうにか上半身を起こすと、すがるようにアーリアに手を伸ばした。


 ー開け 夜の門ー

 ー開け 朝の光ー

 ー渡り行く道は 新たな世界ー


「ーーアーリアッ‼︎」

「さよなら、リュゼ。大好き」


 ーー《転送》。


 そう呟いたアーリアの顔には、最後まで笑顔が浮かんでいた。



お読み頂きまして、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価など、とても嬉しいです。ありがとうございます!


争乱編『それぞれの決断4』をお送りしました。

リュゼの決断、そしてアーリアの決断。

交錯する想い。


次話『それぞれの決断5』を是非ご覧ください。


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