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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と塔の騎士団
256/498

襲撃者1

※争乱編※

 

「待て!貴様たちは何者だ?」


 駐屯基地内で不振な動きをしていた同僚の騎士ーーいや、襲撃者と対峙した若き騎士。襲撃者はかつての朋友(とも)に向かい、その瞳に常闇のような深い闇を秘めてこう呟いた。『答える義務はない』と。そして更には……


「全ては我が国の未来の為ーーーー」


 低音の声音が闇に落ちると同時に齎される鋭い痛み。


 ーズッー


 重い音が脳内に響く。鋭い刃が若き騎士の腹に突き刺さり、若き騎士は声もなくその場に崩れて落ちた。同僚であった騎士をその手にかけたというのに、襲撃者の瞳には切先の向こうにある騎士(とも)の姿など写してはいなかった。その瞳はただ、闇夜に浮かぶ眩い月を映すのみ……



 襲撃者の本来の目的はアルカードに混乱を齎し、その混乱に乗じて『東の塔の魔女』を拉致する事にあった。

 襲撃者たちは『東の塔』と『東の塔の魔女』、そしてその二つを常時守護する『塔の騎士団』について入念に調べ上げた。騎士の総数、駐屯基地の内部構造、基地職員の素性、出入りの業者、得意先の商店、その家族構成、好物、恋人の有無に至るまでの全ての情報が集められた。

 襲撃者たちが行なった事前準備は多岐に渡った。特に大事とされたのが各要人の人物像の把握であった。中でも『東の塔の魔女』の正体を知る事は最重要項目であったのだ。しかし、魔女は本来滞在すべき『東の塔』に不在だった為、襲撃者たちは先んじて『東の塔』と『塔の騎士団』の内部から探られる事となった。

 情報を外部より入手する事は簡単だ。しかし、それは誰もが知る上部だけの情報でしかない。それでは情報不足だと判断した襲撃者たちは、騎士団内部に侵入するという難易度の高い手段を行使せざるを得なかったのである。


 ライザタニアに属する者がシスティナの騎士団になど入れる筈がない。当初はそう考えられていたが、それはシスティナの国内に協力者を作る事で可能となった。システィナ国内に潜入する際には特殊な魔法によって襲撃者たちの記憶を改竄し、己がライザタニアからの襲撃者であるという事実を一時的に忘却させるという荒技を行使したのだ。その上で、システィナ貴族の養子に入る形でシスティナでの戸籍を得た。すると不思議な事に、それまでライザタニア国民であれば否応なしに反応していた《結界》の影響を受けなくなったのだ。


 システィナの東の国境を守る『東の塔』。そして『東の塔』を中心として施された《結界》は、ライザタニア国の軍隊、軍人ーー兵士、騎士などーー何人(なんぴと)も通す事はない。《結界》はどんな攻撃にも傷一つ付くことはなく小揺るぎもしない強固なもの。物理的攻撃のみならず魔法や魔術などの精霊的攻撃にも対応する《結界》は正に『鉄壁』と云わざるを得なかった。

 しかし、およそ三年前に新たな《結界》が施されて以降毎日、《結界》の観察を続けていたライザタニア国軍はある時、《結界》にトアル『穴』がある事に気づいたのだ。


 ー敵意のない者なら《結界》をすり抜けられるー


 ……と。そう、それは人間ヒトに対する敵意を持たない動物が《結界》をすり抜けられる理屈と同じだったのだ。同時期、敵意のない民間人の一団が《結界》を抜け、システィナへと亡命した際、軍人たちは彼らを追いかけたものの、《結界》に阻まれて自国民を捕縛する事が出来ないという陳事件が起こった。その事件からライザタニア国軍は《結界》の特性について本格的な調査に乗り出した。そして数多(あまた)の試行錯誤を繰り返し、《結界》の特性についてある程度の予測が立った時、計画は実行に移されたのだ。


 元より、祖国の平和とあるじから課せられた命令の為ならば、命を賭す事に躊躇い等ない選ばれし襲撃者だが、恐怖がない訳ではない。記憶を改竄し敵意を持たぬ無辜の民としてシスティナ国内への侵入を果たしたとしても、ライザタニア国民だという事実は変えようが無く、常に《結界》に引っ張られるような感覚には付きまとわれていたからだ。


 このようにして、システィナ国内へと侵入を果たした襲撃者たちは、凡そ二年の歳月をかけて徐々に軍事都市アルカードへと侵入を果たし、各組織内へと溶け込んでいった。


 ある者は騎士として

 ある者は料理人として

 ある者は治癒士として

 ある者は従者として

 ある者は兵士として

 ある者は図書司書として


 彼ら襲撃者は様々な職業に身をやつし、アルカードの内部へと侵入した。その様はまるでジワジワと広がる遅効性の毒のようであった。



 ※※※※※※※※※※



 ージャッ!ー


 迫りくる剣撃を紙一重でかわすと、避け切れなかった髪が数本、はらりと宙を舞った。しかし剣撃は一度では鳴り止まず、二度、三度と眼前に突きつけられた。その一つひとつが恐ろしく正確で、その全てが確実に急所を狙ってきていた。


「おっとっと……。本気(マジ)ですか?」

「当たり前でしょう?」


 戯けて見せれど剣撃の鋭さは緩まる事はない。寧ろ、回数を増す毎に鋭さは増していくばかりだった。


 ー気を抜けばられるー


 容赦ない剣撃に襲撃者の一人である赤茶髪の青年は遂に剣を抜いた。


 ージャギャォォンッー


 剣の腹と腹とが重なり、一瞬の会合を経て離れた。耳につく金属音が夜のとばりに木霊する。


「ーーほう?これが本来の実力という訳ですか?」


 その低く美しい声音には猛毒が含まれていた。聞く者の精神を蝕む猛毒だ。放たれてくる威圧には明確な殺意。眼光は鋭く、月光を映す瞳の中には熱い憤怒を隠しもせず、その美丈夫はーーアーネスト副団長は見知った顔の襲撃者を睨め据えた。


「セイ、お前……ナイルをどうしました?」

「嗚呼。お人好しの先輩(センパイ)ですか?」


 襲撃者ーーセイの言葉にアーネスト副団長は訝しげに眉根を潜めた。セイは副団長からの並々ならぬ威圧ーー殺意を感じているにも関わらず、平然とした表情を浮かべていたからだ。それどころかセイの顔には微笑が浮かび、その態度には余裕じみた雰囲気すら滲み出ていたのだ。


「俺の前で背中見せちゃうぐらい甘ちゃんですからね?先輩は」

「お前、まさか……」

「ええ、斬りました。生きてるか死んでるかは分かりません。アーリアちゃんが何処かへ転送とばしちゃったんでね〜〜」

 

 信頼する仲間の裏切りによってナイルは負傷。アーリアの機転により安全圏へと転送。よって、ナイルからの連絡が突如途絶えたのだと知らされたアーネスト副団長は内心、その怒りからチリチリとした胸の痛みと同時に燃え盛る熱を感じた。


「それで……セイ、その男は?」

「ハッ!正直に答えると思います?」

「正直が一番ですよ?」

「怖ぇっ!おっかねぇなぁ、副団長サマは……!」


 軽口を叩くセイ。だがセイの立ち居振る舞いには全く油断や隙といったモノが皆無だった。

 アーネスト副団長はセイから目線を外さずにセイの背後に佇む黒衣の男に視線を向けた。

 背の高い男だ。頭の上から爪先まで、全身を闇色で統一した黒衣。整った容姿は年齢を測りにくく、副団長は凡そ二十代後半から三十代前半だろうと判断した。漆黒の闇を切り取ったかのような黒髪は夜風を受けてサラサラと流れる。獰猛な野獣のような真紅の瞳。システィナにはないエキゾチックな容貌には喜怒哀楽ーー全ての感情が欠落していた。


「アーリア様はご無事なのでしょうね?」

「……ええまあ。じゃなきゃ、ワザワザ持ち帰る意味がありませんからね」


 黒衣の男の腕中には毛布で包まれた『荷物』。丁度、小柄な女・子ども程の大きさの荷物の中身を、アーネスト副団長は早々から検討をつけていた。アーリアはセイたち襲撃者からの襲撃を受けて負傷したナイルを救出。その後、セイとあの黒衣の男によって捕らえられたと見て間違いないだろう……と。だが、それにしても……


 アーネスト副団長はフウッと溜息を吐くと手にした剣の腹に指を這わした。


「仲間の裏切り、不意打ち、騙し討ち、恐喝、拘束、拉致……そのどれもが凡そ騎士には相応しくない振る舞いですね?」

「あー耳が痛い」

「おや?反省の心がまだ残っていましたか?」

「いいえ。自分のやったコトがどんなコトかなんて、初めから分かっていますからね」

「ほう?」

「それに、俺はこれでも貴方の部下でしたからね?」


 眉を下げ苦笑するセイ。過去形で語るセイの表情は(うれい)に満ちた表情かおと言えなくもない。しかし、セイの瞳にはその真逆の意思が見え隠れしていた。


 ー己に課された使命への責任感ー


 己に課せられた使命を果たす為ならば、どのような非道な手段を用いようと構いはしない。何故ならば、任務遂行こそが最も優先すべき事であり、その為の行動ならばどれだけ正義に反する行為であっても是となるからだ。己の行動によってこれまで寝食を共にした仲間を裏切ろうともーー培われた友情や信頼といった個人的な感情は課せられた使命の前では紙屑同然。真に優先すべきは任務遂行、その一点のみ……。


 セイの行った裏切り行為は騎士道精神には反したモノだ。しかし、『任務遂行』の一点に於いては、『塔の騎士団』にとってその限りではなかった。


 『正義に燃える心』ーー誠意や熱意だけでは、真に守りたい者を守り切る事などできはしない。その事実を三年前の戦争に於いて守るべきあるじを守れなかった騎士たちは身に染みて体感したのだ。正義感、熱意、信念、……そんなモノはクソの役にも立たない。本当に必要なものは『味方を騙してでも己の正義オモイを貫く意地汚さ』『真実をねじ曲げてでも己の掴み取りたい現実(オモイ)を貫く図太さ』だ。その最後すえに己の大切な者を守れるならば、己がどれだけ泥を被ろうとも構いはしない。結果、どれほど他者から『卑怯者』だと罵られようとも、最後の瞬間に己の導きたい未来オモイが有れば、それが『最良の結果』なのだ。


「そう、ですか。そう、ですね……」


 ふふ、ふふふ、ふふふふ……とアーネスト副団長は剣を片手に笑い出し、肩を震わせ始めた。


「……副団長?」

「ええ、ええ。私は貴方の上官でしたね?」

「ぇ……」

「ならば、部下の不始末は上官の責任。貴方に引導を渡すのは副団長わたし仕事シゴト……」

「ーーっ!」


 ゆらり、とアーネスト副団長から威圧オーラが立ち昇っていく。喜び、怒り、哀しみ、楽しみーー喜怒哀楽の感情全てを内包したアーネスト副団長の表情を目にしたセイは、思わず息と同時に唾を飲み込んでいた。


 ー正義などと云った甘ったるい言葉は我々には必要ありませんでしたね?ー


 セイにはセイの正義オモイがあり、アーネストにはアーネストの正義オモイがある。ただそれだけの事。しかし……


 ー貴方は手を出してはならない者に手を出したー


 それは許せる筈もない事実。アーネスト副団長が握りしめる長剣の柄が軋みをあげる。


「……1対2では分が悪くないですか?副団長サマ」

「1対2では、ね?」


 ーヒュンー


 飛来する無数の短剣ナイフ。月の光を受けてキラキラと輝き、目標目掛けて降り注ぐ。


 ーヒュットトトトトトトッ……ー


 軽い音を立てて短刀ナイフは地面へと突き刺さる。磨かれた石のタイルが並ぶ庭園。千鳥柄のタイルには等間隔に短刀ナイフは並んでいく。まるで測ったかのように正確な投擲とうてき。そのさまは技を繰り出した者の性格を表しているかのようだった。


「アーリアを離してくれるかな?」

「ーー⁉︎ リュゼさん……」


 影の中から現れたのはこの場にーーアルカードにいない筈の護衛騎士だった。眩い月光を背に受けてその表情は分からない。しかし、笑んでいない事は確かだった。

 セイは柳のように佇むリュゼを目に留め、背筋に冷たいものが奔るのを感じた。


「なーんかオカシイと思ってたんだよねぇ?」

「……」

「僕をーー専属護衛を魔女アーリアから離そうとするなんて、どう考えてもオカシイって」


 コツコツコツ……とリュゼは足の底を鳴らした。革靴の底板が石のタイルに当たる度に硬い音をさせた。リュゼの声もタイルの音と同じく固く乾いている。


「狙いは『塔の魔女』ーー塔の《結界》かな?」


 リュゼの言葉は淡々と響く。


「この国にはどうしても『戦争』を起こしたい貴族がいるみたいだね?システィナとライザタニアとの間に戦争状態を生みたい貴族が……。貴族バカ共に絡んでくるライザタニアにはライザタニアの思惑があるんだろうけど……」


 リュゼは貴族世界の在り方に、ほとほとウンザリしていた。本来なら関わり合いになる事などない世界。平民には貴族の在り方を理解する必要などなく、貴族も平民の生活には興味がない。互いに興味があるのは『金』の流れだけだ。

 セイがナイルを刺しアーリアを攫った理由など、リュゼにとってはどうでも良かった。事ここに来れば襲撃者の正体がライザタニアからの刺客であろうとの予想は易く、しかも襲撃者がシスティナ国内に入り込む事が出来ている現実からは、国内システィナ敵国ライザタニアと繫ぎを取る貴族がいるという予測さえ難くなかった。国内事情にはてんで無関心なリュゼからすれば自国システィナがどの様な惨事に巻き込まれようが関係がなく、他人事であるが故に第三者の立場からシスティナを取り巻く事情を正確に判断する事が出来たのだ。国の未来、国民の生命、己の権利ーーそのどれよりも『己の想い』を第一に置くリュゼ。例え、今正に自国システィナが亡国の危機に瀕していようとも、普段ならば知らぬ存ぜぬを貫くリュゼもこの時ばかりは違った。利権と権力争いーー腐った国内事情の末に『大切な女性もの』が巻き込まれようとしているのならば、決して、この事態を容認する事など出来はしなかったからだ。


「あーあ。やんなっちゃうよねぇ。そうは思わない?」


 リュゼは誰に語る事なく話し始めた。


「アーリアの意思に関係なく貴族はーー王族は、国はアーリアを巻き込んでいくんだ。彼女を戦争の道具にしようとするんだ」


 アーリアが望む望まないに関わらず、世界はアーリアを巻き込んでいく。リュゼにとっては権力と金を貪るバカ貴族たちも国を正しく導こうとする王族たちも同等おなじだった。どちらもアーリアを利用しようと画策した段階で大差はない、と。それらの者たちと関わりを持った時点で、互いに『損得感情』が生まれ『契約』が発生してしまう。どれだけ『魔女アーリアを慮ってのこと』だと謳った所で、本人が望まぬのならば、そこに『歪な関係』が築かれてしまうのだ。

 アーリアの事を『大切な友』だと思っているアルヴァント公爵ルイスとて、それは同じだった。『アルヴァント公爵ルイス』という個人としての感情もあるだろうが、『宰相府長官』ーー公人としての感情も勿論あるのだ。彼ら王侯貴族は個人よりも公人としての立場を優先する。それは当然の選択だ。しかし、リュゼにはルイスの立場と言葉に理解を示す事はできても、納得する事はできなかった。


「僕の一番は『アーリア』なんだよねぇ……」


 リュゼは公人としての立場よりも個人としての感情を優先すると断言した。


 サァァァァと風が流れ、雲が切れ、満月が現れる。月光に照らされたリュゼの顔には壮絶な微笑。魔宝石キャッツアイのような琥珀色の瞳が月光と同じ色を帯びている。


「だからさ、セイ。彼女をーーアーリアを返してくれないかな?」


 水面に映る月のように、リュゼの瞳に映る殺意が静かに揺らめいた。





お読み頂きまして、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価など、とても嬉しいです(*'▽'*)ありがとうございます‼︎


争乱編『襲撃者1』をお送りしました。

拐われたアーリアを追うアーネスト副団長。部下と上官の対峙。それぞれ正義、使命、想いが交錯します。そして、王都より帰還したリュゼも加わり、いよいよアーリア奪還作戦が開始されます。


次話『襲撃者2』も是非ご覧ください!

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