表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔宝石物語  作者: かうる
魔女と塔の騎士団
254/498

争乱は日常の中から起こり得るもの5

※争乱編※

 炎の手は公共施設の各所に留まらず、街の彼方此方あちらこちらでも発生していた。街の各所に施されてある防火魔術が起動し、程なくして放水が開始されたが、全ての火が消し止められるのには暫くの時間が掛かると思われた。逃げ惑う市民。それを捌く自警団と憲兵隊。到底、犯人の割り出しまでは手が届いてはいなかった。

 一方、『東の塔』が聳え立つ東の森にも炎の手が及んでいた。燃え広がる炎を対処するのは『東の塔の騎士団』からルーデルス団長率いる第一小隊だった。騎士団所属の中でも魔術の素養のある者を集めた第一小隊には、燃え盛る炎を対処する事など造作もない事だった。しかし、彼らは今、炎より厄介なモノに対峙せざるを得なかったのだ。


 魔物の群れだ。


 大蜥蜴リザードマンの群勢が『東の塔』の周囲2キロに及び騎士たちを包囲しつつあったのだ。


何処どこから現れた?」


 ルーデルス団長率いる部隊は『東の塔』を背後に、各々の武器を手にして左右に展開した。


「分かりません!ですが、これは報告にあった例の違法魔宝具が使われたのではありませんか?」

「成る程。それは考えられる、なっ!」


 振り向きざまに大蜥蜴リザードマンを斬りつけるルーデルス団長。脳天から股下へと大蜥蜴リザードマンは左右真っ二つに分かたれた。吹き出す青い血を躱すと、長剣から血を振り落とした。

 ルーデルス団長に付き従う第一小隊隊長の言葉に納得した騎士たちは、襲い来る大蜥蜴リザードマンを各個撃破しながらルーデルス団長とスレイ隊長の言葉に耳を傾けた。とその時、騎士団本部と連絡を取っていた騎士からある報告が齎された。


「報告!アルカード各所に襲撃者」

「基地は⁉︎」

「アーネスト副団長からの連絡途絶」

「くそッ!魔力妨害か」

「おそらくは」


 ルーデルス団長は無駄だと分かっていても《念話》の魔宝具に手を伸ばさざるを得なかった。右耳にかけた魔宝具に手を伸し、通話したい相手をイメージしながら魔力を流す。本来ならこれだけで相手と通話が繋がるのだが、魔宝具はジジ、ジジジとノイズを発生させるだけで相手の意識と繋がる事はなかった。

 ルーデルス団長は試しにアーネスト副団長の他にアーリア本人にも繋げてみたが、魔宝具はノイズ音を発するのみで何の音沙汰もなかった。


「アーリア殿にも繋がらん!」


 握った拳を振り落とすルーデルス団長を見た騎士たちの顔にも暗い影が差していく。


「……団長。恐らく、この『塔』は炎により堕ちる事はないでしょう」


 そう断言するのは第一小隊隊長のスレイだ。癖のように前髪を掻き上げると、目線だけで背後の『塔』を指し示した。


「何故そう言い切れる?スレイ」

「これはカンではございません。私は以前、アーリア様から伺った事があるのです」

「何をだ?」

「『貴女の不在時にこの【東の塔】が戦火にまみえたなら、我々騎士はどのように対処すれば宜しいか?』と」


 常日頃、アーネスト副団長より『ガサツさをどうにかなさっては?』と注意されるルーデルス団長であっても、スレイの言動には『その聞き方はどうよ?』との疑問を持つのだった。


「……お前、本当にそんな直接的なも物言いで質問したのか?」

「何か問題でも?」


 しれっと言い放つスレイは、自分の主君に対する態度に全く疑問に思っていないようだ。


「まぁ良い。それで?」

「アーリア様は『問題ない』とお答えになました」

「ほう?」

「『自分がこの地に居らずとも【東の塔】か傷つく事などあり得ない』と……」


 スレイはアーリアがこの地にいる事を良い事に、これまで疑問に思ってきた事を書き起こして、アーリアに直接質問した事があったのだ。しかし、スレイの直接的な物言い、態度に対して、アーリアは嫌な顔一つしなかった。アーリアは寧ろ『当たり前の質問だ』として、答えられる範囲で答えだのだった。

 ルーデルス団長も質問の過程やその態度についてはスレイに物申したい事は多々あれど、アーリアからの返答には口角を上げて犬歯を覗かせた。


「実に頼もしいお言葉だ。ならば……」

「ええ。炎は後回しにしておいても構わないでしょう。それに大蜥蜴リザードマンも……」

「そうか。ならば話は簡単だ。俺たちは此処ココを突っ切ってアルカードに戻れば良い」

「ええ。その通りかと」


 大蜥蜴リザードマンは騎士を『東の塔』にーー東の森周辺に繫ぎ止める為の囮。『東の塔』が炎や魔物の襲撃に対して揺るがぬと言うのなら、『塔の騎士団』が『東の塔』を守る必要はない。守らなければならないのは唯一『東の塔の魔女』ーー己が主だけだ。


「お前ら、聞いたか⁉︎ 大蜥蜴コイツらを突破してアルカードに戻るぞ!」

「「「おおっ‼︎」」」


 ルーデルス団長は長剣を片手に持ったまま天高く掲げた。騎士たちは団長の声高な命令に力強く返事を返した。


「我らが姫を助けずして何とする⁉︎ 何の為の騎士団か!」


 ルーデルス団長は騎士たちに檄を飛ばした。


「団長、言われずとも分かっております!」

「これは我々と姫とを引き離す罠であると!」

「姫と俺らの仲を引き裂こうたぁ、良い度胸だ!」

「必ず見つけ出して血祭りに上げてやるぜ!」


 後半、物騒な発言が気になりはしたが、ルーデルス団長はそのどの発言にも「うむ」と一つ返事で返した。


「第一班は俺に続け!道を開けるッ」

「「「ハッ!」」」

「第二班は火を消しながら一班に続け」

「「「ハッ!」」

「第三、第四は取りこぼしを排除せよ」

「「「ハッ!」」」


 ルーデルス団長はザリッと地面を踏み締めると、剣を片手持ちから両手持ちに構え直した。


「我らの道を阻まんとする者どもは容赦なく排除せよ!」

「「「おう!」」」

「行くぞッ!」


 ルーデルス団長の合図と共に、騎士たちは大蜥蜴リザードマンの群れに突っ込んで行った。先頭を行くはルーデルス団長その人。目を血走らせ襲い来る大蜥蜴リザードマンを袈裟懸けに斬ると、そのまま体当たりをかまし、大蜥蜴リザードマンを炎の舞い上がる森林へと突き飛ばし、更には魔物の群れの中へ躊躇なく突っ込んで行く。その様はまさに肉食獣のそれであった。



 ※※※※※※※※※※



 その頃、『塔の騎士団』駐屯基地では、突如起こった火災に多くの騎士たちが対処していた。火が出たのは厨房、治療室、医薬室、武器庫の四箇所であった。時間が深夜という事もあり、不審火を発見するのに時間がかかってしまったのだ。夜勤の騎士が気づいた時にはもう、厨房は火の海であった。


「報告します!厨房の防火装置が作動しません!」

「やはり、ですか……」


 部下の報告にアーネスト副団長は眼鏡に手を置いて苦い顔をした。


「仕方ありません。非番の第二小隊を叩き起こしなさい!人海戦術で火を消すのです!」

「ハッ!」

「第三小隊は班に別れて各所の消火活動を」

「ハッ!」

「第四小隊は……」

「昨日から哨戒中であります」

「ああ。そうでしたね……」


 間が悪いと文句を言っても始まらないが、どうにも口の中に苦いモノが広がって仕方がなかった。アーネスト副団長は唇を軽く噛むと、不在の第四、第五小隊に想いを馳せた。

 第四小隊はライザタニアとの国境付近を哨戒中。第五小隊は訓練合宿と称して二日前から『南の塔』の騎士団と南の地で合同で訓練を行なっている。示し合わせたかのような二つの小隊の不在は、この事態を想定してのモノに思えてならない。そう、アーネスト副団長の頭に嫌な予感がぎるのだ。

 しかも、つい二時間程前にはルーデルス団長率いる第一小隊が、東の森で上がった不審火を調査する為に駐屯基地を出た所だった。この基地に残るは第二、第三の二つの小隊だけ。しかも第二は非番の為、騎士寮から街へと降りている騎士も多数いるだろう。


「報告します!」

「今度は何ですか?」

「アルカードの各公共施設からも火の手が上がったとのこと。特に領主館の燃え上がり方が酷いと……!」

「ーー⁉︎」

「報告します!街中でも多数の火の手が上がりました!その数およそ五十!」

「なんッ……⁉︎」


 「何という事だ!」とアーネスト副団長は執務机をドンッと手をついた。アルカードの全域ーーそれも広範囲に渡る同時攻撃。これは単なる火災ではなく、何者かによる攻撃テロなのだ。『東の塔』の立つ東の森から火の手がとの報告を受けた時にはマサカと嫌な予感は過ぎってはいたのだが、ここまでの事態に発展するとは想定していなかった。これまでにも『東の塔』が襲われた事があれど、他の施設や街そのものが狙われた事などなかったからだ。それは領主が率いる騎士団ーー騎士、兵士、憲兵たちがこの街を守っているからだ。

 しかし、このような攻撃テロが数カ所ーーいや数十カ所に昇れば、対処にあたる人員も分散せねばならない。

 だがこの場合、その対処方法を立案し指揮するのは領主、そして各役所の役員たちなのだ。にも関わらず、今、その領主たちの住まう施設にも火の手が迫っている最中だという。彼らはまず、自分たちの身の安全を確保せねばならず、その為に街の治安を回復させる事は後回しに成らざるを得ないのだ。


「最悪ではありませんか……!」


 市民や領民たちに領主や騎士たちの都合など関係がない。自分たちが我先に助かりたいと懇願し、混乱し、暴走するだろう。軍事都市と銘打っていても、この街には富裕層もいれば貧困層もいる。勿論、火事場泥棒ならぬ犯罪者も。このような時だからこそ市民が協力して街の治安維持に努めて欲しいのが本音だが、指揮官不在の現在、統率の取れた動きなど取れるとも思えなかった。


「っーー‼︎ アーリア様は⁉︎」


 アーネスト副団長は弾かれた様に擡げていた頭を上げた。近くにいる部下に問いかけたが、首を横に振るのみ。


「これは全て陽動です、狙いはアーリア様お一人!」


 伝令役の部下たちがハッと息を飲むのが聞こえた。


「ナイルは……ナイルからの連絡はありましたか⁉︎」


 第二小隊の騎士ナイルは、専属護衛リュゼがアーリアから離され王都へと召喚された事件から、代わりの専属護衛としてアーリアに付き添っている。今日は朝から第二小隊は非番なのだが、ナイルはいつも通り朝からアーリアに付き添って行動していた。午後からの領主館での茶会にも付き添っていた筈だ。そして夜には夕食を食べ終えたアーリアをナイルが自室へと案内している所を副団長も目撃していたのだ。

 そのナイルは館内の火災の報告を受けるや否や、副団長の指示を受けてアーリアの元へと駆けて行ったのだ。だがしかし、あれから半刻が過ぎたが一向に連絡はなかった。


「ナイルから連絡は受けておりません。先ほどから連絡を取っているのですが、応答がなく……」


 真面目一辺倒、騎士団一の堅物と異名を持つナイルが定期的に連絡を寄越さぬなど、普通ではあり得ない事態だった。連絡に気づかなかったとしても、気づいた時点で必ず折り返すはず。それがないのは異常としか言えなかった。


「直接、アーリア様に連絡を取ります」


 アーネスト副団長は言うや否や、耳に掛けたイヤーカフ型の魔宝具に手を添えると魔力を流し始めた。

 この騎士団でアーリアに直接、念話を送れる魔宝具を持つ者はおよそ十人。団長、二人の副団長、各小隊の班長、ナイル、そしてリュゼだ。その騎士たちは有事の際を見越してアーリアと直接、連絡を取れるようになっていた。


 ージ、ジジ、ジジジジ、ジジ……ー


 アーネスト副団長は耳元から聞こえるノイズ音に、目を見開いていく。


「魔力、妨害……!」


 ーここまでやりますか⁉︎ー


 アーネスト副団長は未だ見ぬ敵に敬意を表したい気分になっていた。

 騎士団の戦力分散、各施設の機能不全、指揮系統破壊、同時多発攻撃、そして極め付けが『魔力妨害』だ。

 魔力妨害とはその名の通り、魔力を妨害する電波を発させて魔術を発動不能としたり、魔宝具マジックアイテムの機能を狂わせたりする攻撃の事だ。

 このシスティナでは、ありとあらゆる場所で魔宝具の恩恵にあやかっている。それは逆に言えば魔宝具のない生活など考えられぬという事なのだ。ならば、魔導国家システィナに於いて魔宝具が使えぬとはどういう事を意味するか簡単に分かるだろう。端的に各機能が完全にマヒすると言う事なのだ。


「在るのは知っていましたが、ここで魔力妨害ソレを使ってくるとは……!」


 魔力妨害の魔宝具は違法魔宝具に位置する。犯罪者組織殲滅や対テロ組織殲滅の時に使われる事があるのだが、基本、その魔宝具の取り扱いを国が厳重に管理している。また、魔力妨害などの違法魔宝具を作成する事は規定違反であり、厳しい罰則が設けられているのだ。その扱いは軍事転用魔宝具と同様であった。


「ライザタニア……!」


 ー本気だと言う事ですね?ー


 アルカードを混乱の途に陥れ、その隙を狙い『東の塔』をーー『東の塔の魔女』を墜とそうとしている。そうとしか考えられない。


「思い通りになどさせるものか‼︎」


 アーネスト副団長はマントを翻すと執務室の扉を開け放った。煤こけた匂いが鼻につき、胸に不快感が広がっていく。しかし、その胸に広がる不快感よりも激しく燃え盛る憤怒の炎が、アーネスト副団長の胸の内をジワジワと支配していくのだ。

 副団長は数名の部下を引き連れ、施政棟を抜けて騎士寮ーーその貴賓館へと足を運んだ。アーリアの間借りしている部屋のある階へと繋がる階段を一気に駆け上がる。そして右に折れて突き当たりまで走り抜けたその時、ツンと鼻をつく異臭に騎士たちは自然と足を止めた。


 ー血の匂いー


 副団長は血の匂いに顔を歪ませると、半開きになっていた扉を力任せに押し開いた。


「アーリア様!」


 室内に動くモノの気配はゼロ。アーネスト副団長は首を左右に振って室内を見渡した。室内にはやはり何者の気配もない。ただ、正面のガラス戸は開け放たれており、レースのカーテンが風に揺れているのみ……


「くッ!遅かったか……!」


 血塗れの絨毯。争った形跡。それなのに部屋には一つの死体もなくもぬけの殻。アーネスト副団長は開いたガラス戸からバルコニーへ出ると、悔しげに満月を振り仰いだ。



お読み頂きまして、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価など、とても嬉しいです!ありがとうございます‼︎


争乱編『争乱は日常の中から起こり得るもの5』をお送りしました。

襲撃者たちによる妨害工作によりアルカードの街の各所が同時攻撃を受け、都市は機能不全に陥りつつあります。果たしてこの危機を打破する事はできるのでしょうか?


次話『争乱は日常の中から起こり得るもの6』もぜひご覧ください(*'▽'*)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ