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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と獣人の騎士
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敵はどこからやって来る? 2

 

「あらお兄さん、身体はもう大丈夫かい?」

「おかげさまで。ゆっくり休ませて頂きましたので……。奥様と旦那様のご厚意にはとても感謝しております」


 ジークフリードは食堂の片隅に宿屋の女将を見つけて話を切り出した。

 日が暮れ、早めの夕食と宿泊に来た客が一階の食堂とフロント前に疎らに見られる。ジークフリードはそちらに少し目線をやり、直ぐに宿屋の女将に目線を戻した。


「イヤだわ〜〜 “奥様” なんてっ!こんなイイオトコに言われちゃ、おばさん照れちゃうでしょ〜〜」


 宿屋の女将は社交用の笑顔で話すジークフリードに手をパタパタと振る。ジークフリードの顔には今まで見たことのない爽やかな笑みが浮かんでいる。


「妹にも良くして頂きまして、本当に感謝しております。親も早くに亡くなったので、妹が頼れるのは私しかなく……」

「そうよね〜〜。妹さんもお年頃だし、色々あるわよね〜〜。大丈夫よ!ここにいる間は何でも言ってちょーだい!」

「感謝いたします、奥様」


 これぞ社交会で培われた騎士的社交術!その手管で年頃の娘さんは勿論、幼女から奥様まで虜にいたします。

 ーーといった感じの自然な笑顔だ。実際はつくられた笑顔だが。

 この手の口調と話術は、貴族の世界では必須。久しくそんな世界とは縁がなかったとは言え、忘れる事はなかったようだとジークフリードは頭の片隅で考えた。一度身に付いたものは中々消えないらしい。

 「ところで」とジークフリードが宿屋の女将にこっそりと尋ねる。


「妹のことを探しに来たというのは、どのような者たちでしたか?」

「え、そ〜ね〜。一見、ゴロツキに見えたんだけど、服装がねぇ……?」

「服装が何か……?」

「服装が何だか変だったのよ。薄汚れているんだけどそれが不自然というか、ワザとそうしてあるような……。よくよく見たら、生地が上等だったのよ〜。おかしいでしょう?」

「それはおかしいですね……」

「そうでしょ?ただのゴロツキには見えなくてね〜。街の者でもないし」

「それは確かですか?」

「ええ。こんな小さな街ですもの。街の住人の顔は大体分かるのよ〜」


 ジークフリードが黙ったまま考え出した。

 街の住人ではなく、ゴロツキ風に装う男たち。そういう点を一般人である宿屋の女将が判ってしまったことを含め、おかしな点が山盛りだ。


「人数はどのくらいいたか、分かりますか?」

「宿屋に入って来たのは3人、外に2人はいたわね。なんだか怪しい雰囲気だったから、誰でもわかるわ。こんなおばさんにもね」

「……そうですか。教えてくださりありがとうございます」

「い〜のよ〜。私たちにも妹さんと同じくらいの娘がいるし、他人事に思えないのよ!」


 ジークフリードが爽やかな笑顔でお礼を言うと女将は赤面して、ジークフリードの肩をバンバン叩いた。カウンターの奥で宿屋の主人が呆れた顔をしている。

 ジークフリードは宿屋の主人にもお礼を言うと、用意してもらった夕食を二つのトレイに乗せて、二階の客室へと上がっていった。


「で、どーだった?おにーちゃん?」


 部屋に戻るとリュゼが揶揄いながらジークフリードに絡んできた。ジークフリードはあからさまに表情を変えた。それまでの爽やかさが一瞬で消え眉間に皺がよる。不機嫌な雰囲気を隠しもせず表に出した。


「……。アーリアのことを探しに来たヤツらの事を聞いて来た」

「で?」

「獣人ではないな。だが怪しい点は沢山ある」


 街の住人ではないこと。ゴロツキ風を装っているが、服の質がいいこと。やり方が素人くさいこと。などなど……

 ジークフリードは夕食を乗せたトレイを机に置く。


「人数は少なくとも5人」

「なんで分かるの?」

「宿屋の女将が確認している」

「は〜〜?宿屋のオバちゃんが確認できるほど素人のってどーなのよ?子猫ちゃんはいったい誰に狙われてるの?」

「わからん!アーリア、本当に心当たりがないのか?」


 ジークフリードの問いかけに、アーリアはぶんぶんと首を振る。師匠関係なら思い当たることが沢山あるがーー師匠は色々やらかしているのでーー自分の事は思いつかない。これまで魔宝具の商品関係のトラブルなら起きた事もあったが、今現在取り引きしている商人はいない。


「思いつかないか……。ゴロツキ風の者たちは、あの男関係ではないと見ていいのだろうか?」

「関係ない、とは言い切れないかな。けど……うーん、どーなんだろ?あの男が好き勝手に動かしているのって獣人しかいないじゃん?アイツ、人間なんて絶対信用してないし〜」

「そうだな……。俺が獣人にされてからも他の人間と組んで仕事をさせられたことがないしな」

「だろ?獣人ぼくらなんて『隷属』に縛られてるから、何でも言うことを聞く便利な道具じゃん。その道具でさえこんな扱いなのに、命令を聞かない人間となんて組むかな〜?ないと思うけど。そういう役割は僕らで間に合ってそーだし」


 獣人2人の会話にアーリアは驚きを隠せない。なんて扱いを受けていた(現在進行形)のだと。およそ人に対する行いではない。解ってはいたが、それは余りに酷い現状だった。

 それなのに、ジークフリードとリュゼはそれをさも当たり前のように話している。アーリアの中に怒りがふつふつと沸えてくるようだった。


『ひどいです!そのヒト!解ってはいたけど本当に最低です!』


 ジークフリードは驚いてアーリアを見た。声は聞こえていないリュゼもアーリアの様子に気がついて、ジークフリードに尋ねた。


「子猫ちゃん、どーしたの?」

「……あの男の俺たちの扱いに、物凄く怒っている」

「……」


 リュゼは何とも言えない顔をしてアーリアの頬に触れた。ジークフリードはそのリュゼの手を跳ね除けて、アーリアの頭を優しく撫でた。


「まあ、その……気にするな」

「そうそう。子猫ちゃんが気にすることないよっ」


 ジークフリードはアーリアが自分たちの事を自分の事のように受け止め、怒ってくれていることが嬉しかった。だが素直にお礼を言うのも恥ずかしかった。きっと隣にいるジークフリードと同じような顔をしているリュゼも同じ気持ちだろう。

 アーリアの様に憤りを感じることなど、久しくない。二人はもう何もかも諦めていたのだ。だから、素直に怒ってくれるアーリアを見ると、何故かこそばゆい気持ちになった。


「じゃあ、とりあえずこのゴロツキたち、敵②という事にしとこう!」

「そうだな。そいつらの様子見も必要だ。どのように対処するかはおいおい決めるとしよう」


 敵②は黒幕の正体すら分からないのだ。命を狙われているのか、金品を狙われているのか、はたまた師匠関係での逆恨みか、そのどれでもないか、まだ分からないことだらけ。

 敵①の正体こそ分からないが、力のある魔導士。狙われているのは師匠の持つ魔宝石。そして何故かアーリア自身。今のところ直ぐに命は取られなさそうだということ。


 よく考えたらどちらもロクデモナイ理由での襲撃である。

 よくぞここまで悪者揃えたな!今まで真っ当に過ごして来たハズなのに?何か悪いことでもした?いやしてないハズ。同時進行で二組の悪者たち狙われるなんて神は自分の何を試したいんだ⁉︎などとアーリアは脳内で叫んだ。考えれば考えるほど絶望感に苛まれる。


『そうだ。ジークさんたちに聞きたかったことがあるんですが、今、聞いてもいいですか?』

「なんだ?」

『ジークさんとリュゼさんに禁呪をかけた男について。彼が何者かご存知ですか?』

「……ろくでもない魔導士、としか俺は知らないな」

「なになに?あの男のこと?』


 アーリアは頷いた。リュゼは顎に手を当てて、自分たちに呪いをかけた男について知っていることを話してくれた。


「そうだなぁ……。名はバルド。家名は知らないな〜。職業は魔導士だね。禁呪関係の魔術を使えるから、かなり力のある魔導士だろうけど、業界でその名を聞いたことなかったかな。魔導士って一括りに言ってもピンからキリまでいるし、登録してないモグリの魔導士だって山ほどいる。根暗そうだし、地下に潜って研究してるヤバイ系なのは見てわかるよね〜!」

「魔導士なら魔法や魔術の研究に金が掛かるだろう?ヤツが真っ当な仕事をして金を稼いでいるとは考え難い。そう考えるとヤツには黒幕バックが……資金源となる者がいるだろう」

「そーだろーね〜。僕らの寝ぐらもタダじゃないんだし、一応組織化してるから運営費も必要じゃん。そこんとこの金は何処から出てるんだろ〜ね?」

「十中八九貴族だろう。背景バックにいるのは……」

「まぁ、順当に考えればソレしかないよね〜〜」


 悪の魔導士の裏には貴族。

 更にロクデモナイ感が増した。


 二人の話を聞いたアーリアは身体から血の気が引いていくのが分かった。自分から聞いた事なのに若干後悔した。

 アーリアの顔色を見たジークフリードが『言い過ぎた⁉︎』という顔になった。ジークフリードは誤魔化すようにぽんっとアーリアの肩に手を置く。


「まあ、もう今更だ。どんな敵が来ようとやる事は決まっているんだから」

『そ……そうですよね……』

「そーだよー、子猫ちゃん。悩んだって意味ないんだから〜!で、やる事って何なの?どんな事やるの?」


 リュゼの言葉にアーリアとジークフリードは顔を見合わせて思案する。

 言うべきか、言わないべきか……。

 少し悩んだ末に、アーリアは人差し指を自分の唇にあてた。


『ナイショです!』


 その行動が予想外だったのか、リュゼは破顔して笑った。

 ジークフリードもアーリアの行動に苦笑しながらも賛同した。


 リュゼに教えなかった理由は、『知らなければ答えられない』からだ。もしリュゼがあの男に捕まって質問されたら、《隷属》により真実を話さなければならないだろう。だが、知らなければ答えられない。

 アーリアとジークフリードの行動を見ていれば、2人のやる事の想像はつくだろう。それだけなら、あの男を裏切った証明にはならない。

 ここでアーリアが事実を教えてしまったら、そしてアーリアからリュゼに協力を要請したら、リュゼは完璧な『裏切り者』となってしまうのだ。

 リュゼはまだ組織との繋がりが切れていない。だからもしリュゼの行動に不信を持つ者が現れたとき、自分の潔癖さをアピールしなければならなくなるだろう。

 『裏切り者』と分かれば、あの男はリュゼを生かしてはおかない。殺されないかもしれないが、その可能性は極めて低い。殺されないまでも、もっと酷い扱いになる可能性も捨てきれない。

 アーリアとジークフリードは、あの男から逃亡した時に、既に最悪の展開を覚悟の上で行動している。だが、リュゼはそうではない。アーリアは彼の意思を尊重したかった。


 自分自身の全ての言動は、自分自身に返ってくるのだから。生きるも死ぬも、全ては己の責任だ。


 だから『ナイショ!』なのだ。


 勘の鋭いリュゼはアーリアの行動の理由を直ぐに察した。アーリアのリュゼに対する『死んでほしくない』という気持ちが分かり、素直に嬉しくなったのだ。


 リュゼはその嬉しさのまま、アーリアに抱きついた。勿論、隣にいた彼女の騎士ジークフリードに怒鳴られた末に蹴られたが、それも嬉しい繋がりだったのは彼の『ナイショ』だ。




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