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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と塔の騎士団
248/497

トアル侯爵の甥の天敵3

※東の塔の騎士団編※

 リュゼはベントレンに向けて不敵な笑みを浮かべた。


「キミがその気なら、遠慮なんていらないよね?」


 決闘中にも関わらず笑みを絶やさぬリュゼの意図を測り兼ねたベントレンは、両眉の間にシワを寄せた。ベントレンは自分から言い出した決闘に於いて、自分の方が圧倒的に有利であると確信していた。解雇された身とは云え、仮にも自分は『塔の騎士団』に身を置いた実力ある騎士なのだ。王都に返されて以降は鍛錬に手がつかない日が続いたが、それでも現役の騎士と遜色のない実力を有している。その自分が元来からの騎士ではない平民騎士リュゼに負ける筈がない、と……。


「俺も貴様を斬り刻む事に何の躊躇いもない。遠慮など不要だ」

「あっそ。後で撤回なんてしないでよ?」

「するか!貴様こそ、降参するなら今しかないが?」

「だから、しないって。これは僕にとってボーナスステージなんだからね」

「ハッ!ぬかせよ。ーースキル《能力向上》、《俊撃》」


 ベントレンがスキルを発動させ身体能力の向上を図った。そして、手の中の長槍を八相の構えから脇構えへと移行する。


 ーシュンッー


 ベントレンは長槍の刃ーー穂先を背後へ回すと脇構えの姿勢から大きく振りかぶった。長槍は唸りを上げてリュゼを襲う。リュゼはそれを一歩身体を引く事で躱すと、次はそこへ左下から胴に目掛けて刃が迫った。リュゼの剣が矛先を受け止め受け流す。刃が擦れて火花を散らし、次いで壱、弐、参、と鋭い突きが三回放たれる。リュゼはそれらの攻撃をまた紙一重で躱し、予め構成しておいた魔術に魔力を乗せながら《力ある言葉》を唱えた。


「《黒煙》」


 ーブワッー


 リュゼを中心に広がる黒い煙幕。煙幕は一瞬でリュゼとベントレンを包み込み、鍛錬場の中央から円状に広がっていった。一寸先も見えぬ闇がそこに生み出されたのだ。


「ーーッ!これは……」


 ベントレンは狼狽うろたえた。目を忙しく上下左右に動かして相手の出方を予測する。長槍の柄を握る掌に汗が滲み出る。ギリッと柄を掴み直し、腰を落として重心を下げる。穂先を下げると、何時いつ相手が飛び出してきても切り上げられるような体制を作った。


 ーヒュンー


 ベントレンの耳が、風のうねり声を捉えた。ベントレンは身体を捻り右回転すると、飛来した短刀ナイフを躱した。すると、更に連続して更に短刀ナイフが飛来し、ベントレンの動きを牽制する。がしかし、ベントレンはその全ての短刀ナイフを避ける事なく構えると薄く怪しくほくそ笑んだのだ。


「甘ぇな!」


 ーパキンッー


 見えない壁に阻まれた短刀ナイフは、乾いた音をたてて地面へと落ちる。淡い光を放ちながらベントレンの身体を包むのは《結界》だ。ベントレンは予め装備していた《結界》の魔宝具を発動させていたのだ。


「いくら煙幕で身を隠そうと意味はない」


 リュゼがベントレンに攻撃を仕掛けるのなら長槍の間合いに入る必要がある。間合いにさえ入って来られたなら勝機は自分の方に分がある。煙幕で一瞬は身構えたベントレンだったが、すぐさま冷静さを取り戻していた。ベントレンは自身の槍術の腕に相当な自信を持っていたのだ。相手リュゼはニワカ騎士。しかも、今先ほどリュゼと刃を合わせたベントレンは、リュゼの剣技がそれ程洗練されているモノには見えなかった。ニワカ騎士が本業騎士の自分に、しかも長槍相手に勝てる筈がない。そう相手リュゼも判断したからこそ、このように煙幕を放ち、小細工で実力差を埋めようとしているに違いない。そうベントレンは予想していた時……。


「ーーそんなコトはないよ。十分にキミの目を遮ってくれている」


 リュゼの声が煙幕の中に響く。


「隠れてないで出てこい、このチキン野郎が!あぁ、貴様はいつも魔女のローブの影に隠れているだけのヘタレだったな?」


 ベントレンは余程元騎士とは思えぬ汚い言葉を使って吠えた。これはリュゼを誘き出す為の煽り言葉だ。煽った末に怒りのまま飛び出して来るリュゼを斬る為の陽動。そうだと頭で理解できていても苛立ちは生まれるもの。リュゼはギリッと奥歯を噛み締めると吹き出しそうになる殺意を抑え込んだ。


「薄汚い平民同士似合いの主従だよな!」

「……煩い」

「あの女、魔女より娼婦の方が似合いなんじゃないか?どーせ、もう乙女じゃねぇんだろーし」

「……煩いな」

「何だって⁉︎ 文句があるなら正々堂々かかって来いッ!」

「言われなくともーー」


 その時だった。カッと眩い光が上空から降り注いだのだ。光は無数の矢となりベントレンを頭上から襲った。しかし、魔宝具で《結界》を自分の周囲に張り巡らせているベントレンは余裕の笑みだ。


「ハッ、効くものか!その程度の魔術」


 リュゼの放った《光の矢》はベントレンの身体に傷一つ付ける事なく《結界》に阻まれては空中へ霧散していく。そこへ今度は《炎の矢》が、次いで《氷の矢》が降り注ぐ。


「何のつもりか知らないが、こんな攻撃意味がーー」

「ーーこれだから脳筋騎士は嫌いなんだよね?」


 ベントレンの言葉を遮ると、ゆらりと背後からリュゼが姿を現した。ベントレンは指先で長槍を器用にクルリと回すと、振り向き様に振りかぶる。が……


 ーパキンー


 長槍の穂先はリュゼには届かなかった。それどころかリュゼを守るように展開した光の壁に阻まれ、長槍の刃がけら口の部分からパキンと爆ぜて割れたのだ。


「なん、だと……⁉︎」

「さっすがアーリア。良い仕事するねぇ」


 リュゼはそのままベントレンの懐に飛び込む。するとバチバチと《結界》同士が反応し合い、遂にはベントレンの方の《結界》が先に消失したのだ。ベントレンの上体が僅かに傾げる。その隙を突いてリュゼは手にした短剣ショートソードでベントレンの脇下から脇口へ向けて抉るように振り上げた。


「利き腕もらいっ」


 リュゼの短剣はベントレンの脇口を突き刺した。ズブリと短剣は刃は皮から肉へ、そして肉の中を筋へと潜り込む。そのまま一挙動でベントレンの利き腕の筋を断つ。


「グァッーー!」


 ベントレンの呻き声を無視したリュゼはそのまま長槍を持つ利き手を蹴り付けた。すると長槍はベントレンの手を離れ、地面へと転がり落ちた。

 リュゼは落ちた長槍の長い柄の部分を踏みつけ、足裏で転がして器用に足の甲の上に乗せると、そのままポーンと場外へと蹴り飛ばした。


「ーーッ!こんのクソ野郎がっ」


 ベントレンは血の滲む右肩を押さえながら呻くと、腰の長剣を右手で抜く。そして、傷口が開き血が噴き出すのも構わずに長剣を振りかぶった。しかし、そこで自分の身体に起きた違和感に漸く気づいた。足が地面に縫い付けられたかのように動かないのだ。


「なんだ⁉︎ これは……」

「やっと気づいたの?」


 ベントレンの足を地面に縫い付け留める黒い影。それはまるで蔦科の植物のようにスルスルと足首から膝へと絡みつく。


「ヤダヤダ。キミには学習能力がないのかな?」


 ふわりとリュゼの姿が煙幕のように掻き消える。眼前の対戦相手が一瞬の内に立ち消えた事に驚きを隠せぬベントレン。薄れ始めた煙幕の中を執拗に目を配らせると相手リュゼの気配を探った。しかし、その気配を捉えるより先に鋭い痛みが左脇を襲う。


 ーゾフリー


「ーーぐぅっ⁉︎」

「左腕も貰うね」


 リュゼはベントレンを背後から襲った。右手でベントレンの首を捕らえ脇口から左腕を差し込むと、短剣でベントレンの左肩を突き刺した。ダラリと落ちる腕を背後から見つめたリュゼは、ベントレンの背を蹴り付けて地面へと前のめりに倒した。


「これで思う存分、殴れるね?」


 潰れた蟾蜍ひきがえるのような情けない格好のベントレン。そのベントレンを真上から見下ろしながら、リュゼはニッコリ笑って拳を硬く握った。



 ※※※



 近衛騎士団専用の鍛錬場の外には人集りができていた。ハーベスト侯爵は人集りを掻き分けて鍛錬場への入場を果たすと、長い廊下を抜け、光溢れる鍛錬広間へと足を早めた。鍛錬広間の中央には三人の人物の影があり、大円の外側を近衛騎士たちが囲む。外には集まっていた野次馬と違い、中にいる騎士たちは実に冷静な態度を保っている。冷静かつ真剣な眼差しで、ただただ中央二人の先頭を見守っているのた。


 ーアレクシス総長!ー


 決闘を見守る騎士の中に近衛騎士団長アレクシス総長の姿を目に留めたハーベスト侯爵は、この決闘は総長の許可を得て行われた物だと知った。ならば自分などに決闘を止める権利はないに等しい。そう悟ったハーベスト侯爵は改めて鍛錬場の中央に目線を送った。

 三人の内の一人は審判役の騎士だろう。後の二人の内一人はハーベスト侯爵の甥子。そして今一人は漆黒の衣を纏った茶髪の青年騎士だった。


 ーあの青年はまさか……⁉︎ー


 ハーベスト侯爵に見覚えはない。しかし、青年騎士の纏う騎士服には覚えがあった。それは『塔の魔女』の守護を王宮より命じられた専属護衛騎士だけが纏う事を許された制服であったからだ。

 システィナには東西南北の四ヶ所に『塔』がある。その内『北の塔』は現在封鎖中であり、残る三ヶ所の塔には三人の魔女が国境の守りを受け持っていた。その三人の魔女を唯一のあるじとし、弛まぬ忠誠を持って守護する騎士。専属護衛騎士の内の一人が彼であるとハーベスト侯爵は理解した。何故なら、ハーベスト侯爵が直接、アルヴァント宰相閣下に専属護衛の任命基準に疑問を呈した者からだった。


 ーそうだ、私が呼び出した。東の魔女から専属護衛を引き離す為にー


 そう。それこそがハーベスト侯爵が命じられた重要な仕事の一つでもあったからだ。しかし、だからと言ってこのような事態になるなど誰が想像できようか。


 ーゴッ、ドゴッ、ゴスッ……ー


 硬い物同士がぶつかる様な音。鈍い音は間髪入れずに観客の耳へと届く。呻き声と共に……


「ぐわ、うぐっ、っあっ……」

「どうしたの?苦しそうな声なんてあげちゃってさ」

「お、おま、ぐっ……」

「なぁに?ハッキリ言わなきゃ聞こえないよ〜」

「ごぉっ、ぅゔっ、や、やめ……」

「え?まさか、もう降参するの?ウソだよねぇ?」


 リュゼは膝で立つベントレンの顔に向かって拳を振り下ろした。ベントレンの両腕はダラリと下がり、両脚は魔術によって地面に縫い止められており、一切の抵抗が出来ないようになっていた。その無防備とも呼べるベントレンをリュゼは容赦なく殴りつけた。殴りつけられたベントレンの顔は既に赤く腫れ上がっているが、リュゼが攻撃の手を緩める事はない。殴るリュゼの拳からも血が滲み肉が見える程になっていたが、そのような些事を気にするリュゼではなかった。


「おま、こんな事、して、タダで済むとーー」

「え⁇ タダで済むに決まってるじゃん。これはキミが言い出した『決闘』だよ?キミが望んだコトなんだよ?」

「くぅ、がぁっ……」

「勝敗のルールは確か、相手が意識を失うか降参するかしなけりゃ終われないんだったよね?キミ、もう降参する?」

「くっ……!」


 既に勝敗はついている。それはこの場にいる誰もが分かっていた。だが、これは神聖な『決闘』だ。騎士と騎士とが己の誇りを賭けて闘う儀式なのだ。敗者は勝者の意見に従うのが掟。

 両腕を負傷し、両脚を封じられたベントレンに闘う術はなく、ただ一方的にリュゼから殴られる状況に甘じていたのは、自分が散々見下した相手リュゼに負けたという事実を認めたくないからだ。


「あーあ。情けない。自分から絡んで来といてコレじゃあねぇ?キミ、本当に騎士だったの?」


 リュゼはベントレンの中にあるチャチな誇りに泥を塗り込む。すると、やはりベントレンは激昂して怒鳴り声を上げた。


「煩い!平民風情が‼︎ 貴様に俺の受けた屈辱を何が分かる⁉︎」

「分かるワケないじゃん。分かりたくもない。キミみたいな出来損ない騎士のキモチなんて」


 リュゼはドゴッとベントレンの右頬を殴りつけると、冷めた目線を投げつける。


「出来損ないだと⁉︎」

「そーだよ。キミは出来損ないだ」


 ーゴッ、ガツッ、ドゴッ……ー


「キミは何の為に騎士になったのさ?自分のプライドを満たす為なんでしょ?仕えるべき者を持たない騎士なんて騎士とは言わないよ」

「ぅくっ……」

「何か異議がある?騎士モドキくん。命じられた仕事一つ熟せぬ無能者。『塔の魔女』をーーアーリアを守るのは何の為?国の為なんじゃないの?」

「ぁがっ……」

「何を勘違いしているのかな?キミはそんなにトクベツな人間なの?他者を蔑める事でしか保てないキミのプライドってゴミだよね?」


 リュゼの口元からは次第に笑みが消えていた。ただの首振り人形のように淡々とベントレンの顔を、身体を殴りつける。ベントレンの口から血が、唾が、欠けた歯が飛び、リュゼの拳から粘ついた血が滴る。


「アーリアはキミたちからどんな嫌味を言われても、どんな嫌がらせを受けても、キミたちに文句を言ったコトなんて一度もない。いつも『仕方ない』って笑ってた……」


 文句を言わないから、笑っていたからと言って、罵倒を受けた本人アーリアが傷ついていない筈がないではないか。『謂れなき声にどれだけ胸を痛めているのだろうか?』と想像する度、リュゼの心はジクリと傷んだ。本来なら専属護衛であるリュゼが罵倒する言葉からも主を守らねばならなかった。しかし、リュゼもアーリアと同じく平民出身であるが為に防ぎようなない状況を生んでしまったのだ。それがリュゼにはどうしようもなく悔しく、また、力ない自身を情けなく思っていた。


「そんなアーリアをキミは何だって?売女ばいた?股が緩い女?娼婦の方が似合いだって?緩いのはキミの頭の方でしょーが!」


 リュゼの言葉に近衛騎士たちの表情に嫌悪と怒気が混じる。見届け人の近衛騎士たちは同じ騎士として、ベントレンの言動に嫌悪感を持つと同時に情けなく感じていた。

 近衛騎士とはシスティナという国を守る為の騎士である。『国を守る』とは国王陛下と王家を守るに留まらず、国に住まう国民を守る事もまた使命なのだ。確かに平民と貴族の間には争い難い身分の差がある。しかし、だからと言って、意味もなく平民を見下す事は愚行でしかない。今身につけている衣は誰が仕立てた物なのか、今朝食べた野菜は誰が育てた物か、自分たちの生活を支えるのは『誰』なのかという事を知る者は平民を見下す事などしない。国民とは『共に同じ国に住まう民』。その中に於いては平民も貴族も関係はなかった。

 ベントレンの口から紡がれた言葉の端々から、平民をーー他者を見下し蔑める意識が織り込まれていた。ベントレンにとっては仕えるべきあるじであってさえも、自分の都合良い道具でなければ気に入らぬのだ。


「さんっざんなコト、言ってくれたよね?ーーあ、宰相閣下や王太子殿下の事も、かな?」

「あ、れは……‼︎」

「安心しなよ。キミの言動の全てを魔宝具で記憶してあるからね。勿論、宰相閣下に提出するつもりだよ。判断は上の人に委ねなきゃね?」

「ヒッーー‼︎」


 血みどろの拳を掲げながらニッコリ微笑むリュゼ。そのリュゼを仰ぎ見ながら顔を痙攣らせるベントレン。


「お互いにどんな評価を得るか、楽しみだね?」


 ードゴッ‼︎ー


 顎からマトモに右ストレートを受けたベントレンは泡を拭いて仰向けに倒れた。





お読み頂きまして、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価など、とても嬉しいです!ありがとうございます‼︎


東の塔の騎士団編『トアル侯爵の甥の天敵3』をお送りしました。リュゼvsベントレン編です。何が何でも素手でボコりたかったリュゼ。計画は見事に遂行されました。

※リュゼの持つ魔宝具は全てアーリアのお手製です。魔宝具は作る者の魔術的技能が反映されるので、同じ《結界》の魔術が施されていたとしても性能に大きな差が出ます。

※リュゼは長槍相手に慣れていない訳ではありません。何故なら、騎士団での鍛錬相手がセイだからです。セイは長剣も用いますが長槍の方が得意です。


次話、リュゼvsベントレン決着編、是非ご覧ください!

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