※裏舞台9※ 昼下がりの乙女たち2
※東の塔の騎士団編※
※(セイ視点)
この日は朝から彼女にフラれた俺は、それはそれは散々な一日を過ごす事になった。何故なら、俺はその現場を自称麗しの乙女たちにバッチリ目撃されたのだ。しかも、『乙女の買い物』とかいう巫山戯た買い物に護衛として付き合わされるハメになってしまった。トホホと心が折れそうなのは気のせいじゃないと思う。
果実水を買いに行ったアーリアちゃんの背を追いながら俺と美麗治療士とが話し込んでいると、突如として何処からか甲高い悲鳴が上がった。そして、まるで蜘蛛の子を散らす勢いで大勢の買い物客たちが一斉に四方に逃げ出したのだ。
俺は買い物客たちに揉みくちゃにされながら、騒ぎの起こった方へと目線をはしらせた。
「このエモノが目に入らねぇか⁉︎」
そう啖呵を切ると手に持った刃物をチラつかせる破落戸。破落戸は側にいた少女を捕まえると、その背後から羽交い締めにした上で細い首に刃物をピタリと当てた。
「この女の命が惜しくば、売り上げ金を渡しな!」
銀細工を売っていた露天商は突きつけられた要求に戸惑いを見せた。
「そうは言われましても。私とそこの女性とは何の関係もなく……」
「じゃあ、この女がどうなっても良いってんだな?お前が拒んだ所為でこの女が死んでも、お前は何とも思わねぇと?」
「そ、それは……!」
「あ〜あ〜可哀想になぁ。お前が俺の要求を拒む所為でこの女はこれから俺に首を掻き切られて死んじまうんだ……」
「なっーー!」
「ドバーッと血が吹き出すぞぉ!」
「や、やめてくださいっ!」
突如として始まった破落戸と露天商との遣り取りに、緊張した面持ちで様子を伺っていた一般客と他の露天商たちは一斉に顔色を青くさせた。狂気を思わせる言動。凶悪な犯罪者に捕まったのは、うら若き少女だったのだ。
白い肌に甘栗色の髪。キラキラと輝く美しい瞳を持つ少女。今、その少女は背後から破落戸から羽交い締めにされた挙句、白く細い首に刃物を添えられて顔を青くさせていた。その身体はカタカタと小さく震え、表情からは困惑と不安が映し出されていた。
何の関係もない少女を脅しの道具とした破落戸に、周囲の人々は露骨に嫌悪感を表した。
「なんだぁ?お前らのその顔は⁉︎ この女が可哀想と思うなら、お前らの誰かが代わりになれば良いじゃねぇか⁉︎」
そのように脅された一般客たちは皆、益々顔色を悪くさせるばかり。勿論、代わってやろう等と名乗りを上げる者はいなかった。誰だって己の身が一番大切なのだ。
「ケッ!ーーオイオイ。何をモタモタしてんだ⁉︎ 早くこの袋に金を詰めねぇか!」
「は、はぃ〜〜!」
露天商は半泣きになりながら、青褪める少女を想いーーいや、自分の命の為に金を詰め始めた。
ーおーい、おいおい!こりゃ、どーいうコトだよ?ー
俺はその一連の様子を三軒隣の露天の影から状況確認しながら、嗚呼、と頭を抱えていた。そりゃもぉ、頭痛くらい起きるさ。今、正に破落戸に捕らえられて人質にされている少女って言うのがアーリアちゃんなんだから。
ーなんって運の悪い!ー
最早、『運が悪い』としか言いようがない。何故、この大勢の客の中から人質に選ばれてしまうのか。
アーリアちゃんは俺からの憐れみの視線に気づくとショボンと眉を下げた。きっと、俺の気持ちが伝わったんだと思う。破落戸から突きつけられた刃物に対しての恐怖は感じているのだろう。しかしその恐怖心よりも、運悪く捕まってしまった自分の鈍臭さに情けなく思っているように見えた。ほら、今のアーリアちゃんは主人から叱られる前の子犬が耳を垂れている様にそっくりだ。
「リュゼさんから鈍い鈍いとは聞いてはいたけどさ……」
ー何故捕まる?ー
ヤバそうな雰囲気やら気配やらを周囲から感じ取れなかったのだろうか。あの破落戸は見たところ素人だ。何の戦闘訓練もした事のないタダの破落戸だと思われる。それは中年男の立ち居振る舞いを一目見ただけで判断できること。ちょっとカンさえ良ければ事前に察知して危険を回避できるハズなんだけど……
「逃げられなかったんだよなぁ……」
この時俺は、リュゼさんやナイル先輩がアーリアちゃんの事を『そこまでする?』と思うほど大事に守っている理由が身に染みて理解できた。同時に『そりゃ過保護にもなるさ』と悟る事も。
「先生、どうする?俺はこれからアーリアちゃんを助けに行くけど」
「護衛としては当然ね。セイ、分かってると思うけど彼女に魔術を使わせちゃダメよ」
美麗治療士は眉を僅かに潜めると苦々しい表情で呟いた。俺は治療士の言わんとする事が分かり、肯定の意味を込めて一つ頷いた。
「私が先行して囮になるわ」
「先生が?」
「ええ。憲兵が来るまでなんて待ってられないもの」
「分かりました」
「私があの男の注意を惹きつける。だから……」
「了解です」
俺は先生の目線から意図を悟ると、俺たち二人はただちに状況を開始した。
俺は気配を消すと人混みと露天の間を縫って破落戸の背後へとまわる。先生は魔性のオーラをワザとダダ漏れにしながら破落戸の正面に出た。
「私がその娘の代わりになるわ!」
「な、な、なんだァ、お前は……⁉︎」
突然、自分の前に飛び出してきた麗人に破落戸は驚きも露わに身構えた。
「私はその娘の姉よ!」
「あ、姉ぇ⁉︎⁇」
素っ頓狂な声を上げて驚く破落戸。その気持ちはよぉ〜〜く分かる。現に周囲の人々からもドヨメキが起こっている。実にマトモな人間の感性と反応だ。
戸惑いを隠せぬ破落戸は先生の麗しの御尊顔をじっくり眺めた後、その目線を首から下へ下へと降ろして行ってから「女なのか⁇」とボケた呟きを溢した。そこへ……
「お姉ちゃん‼︎」
破落戸に捕まっているアーリアから悲鳴に近い言葉が発せられた。
「大丈夫よ!心配しないで?私が貴女の代わりになるからッ」
「そんなのダメだよ……!」
「いいの、いいのよ。貴女は私の大切な妹だもの。貴女が傷つく姿を何もせずに見過ごせるワケがないじゃないッ!」
突然始まった芝居じみた遣り取りに、破落戸は呆然となり、周囲の人々は騒然となった。
「あの男、なんてヒデェ事をしやがる!」
「さっさとその娘さんを解放しやがれ!」
「そーだ!そーだ!この卑怯者が!」
「くっ。こんなにも素晴らしい姉妹愛を、俺は見たことがねぇ!」
てな具合に、人々はあの三文芝居から何をどう想像したのかは分からないけど、破落戸に向かって非難の声を上げ始めたのだ。終いには小石や空き缶、ゴミなどが破落戸に向かって投げられる始末。
この事態に困惑し、次いで怒りを露わにした破落戸は、顔を茹で蛸のように真っ赤にさせ肩をプルプル震わせながら刃物を無闇やたらと振り回した。
「〜〜えぇい!ウルセェ!こちとら金さえ貰えりゃ誰が人質でも構やしねぇんだ!」
刃物の先が再び、アーリアちゃんの首筋にピタリと当てられる。
「オイ、お前。用意できたんなら、さっさと金を寄越さねぇか!」
「へ、へいっ!」
破落戸の視線がアーリアちゃんから露天商へと向けられた。露天商は泣く泣く金の入った小袋を破落戸へと差し出した。破落戸の手が僅かに下がり、視線がアーリアちゃんから金へと逸れるその一瞬の隙を俺たちは逃さなかった。
「てぇい!」
アリストル先生は俺が思っていたより素早い動きで破落戸の足下に向かってスライディングすると、そのままの勢いで破落戸の脚を払った。
「うぉッ⁉︎」
体制を崩す破落戸。背後から羽交い締めにされていたアーリアちゃんも破落戸と共に地面へと引き倒される。そこへ再び美麗治療士がその長い美脚で破落戸の横腹に向けて強烈な蹴りをお見舞いした。
「ぐわッ⁉︎」
ージャラン、ジャラ、ジャラジャラララ……ー
破落戸の手からこぼれ落ちる金の入った小袋。派手な金属音に破落戸の視線が逸れた時、アリストル先生は素早くアーリアちゃんを破落戸の手から救い出した。そして、その思った以上に逞ましい腕にアーリアちゃんを抱き上げると大きく後退した。
「なに、しやがる……っ⁉︎」
痛みと屈辱に呻く破落戸。怒りから顔を赤くしたその表情は凶悪極まりない。しかし、地面に手と膝をついて立ち上がろうとした破落戸は、今度は驚愕から呻く事になる。両足が地面に縫い付けられたかのように、一切の身動きが取れなくなっていたのだ。
「なーーなにぃ⁉︎」
「残念だけど、アンタは最初っから彼女の術にハマってたんだ」
「ーーーー!」
ードゴッー
俺が振り上げた剣が破落戸を一撃で沈めた。峰打ちどころか剣を鞘から抜いていない状態での攻撃だ。斬れはしないがその代わり、骨くらいは折れたかも知れない。
パッタリと地面に倒れ伏した破落戸を見下ろした後、無茶な三文芝居をヤラカシタ乙女たちに対して、何時迄も俺の胃がキリキリと痛んで仕方がなかった。
※※※
「ーーアンタらなぁ!刃物を持った相手を刺激しちゃ、危ないだろう⁉︎」
破落戸を憲兵に預けた後、俺は乙女たちに向かって説教していた。
「そんなに怒らなくても良いじゃない!私が惹きつけるって言っておいたでしょ?」
「それは、そうですけどね!」
惹きつける方法まで聞いておかなかった俺が悪いのだろうか。ーーいや、違う違う。そんなコトじゃなくて、乙女たちの行動にヒヤヒヤした俺の身にもなってみろ!ってコト。
「しかも何です?あの三文芝居は」
俺の質問に乙女二人は顔を見合わせると、今度は二人して俺の顔を見てこう答えてきた。
「「恋愛小説ごっこ」」
「……は?何だって⁇」
言われた意味が分からず首を傾げる。そんな俺に二人の口から追加情報が齎された。
「引き裂かれる姉妹の愛憎劇なんて、恋愛小説じゃ定番でしょう?」
ドヤ顔で言われてもそんな定番、知る訳ナイ。
「今日はアーリアちゃんと朝からずっと『恋愛小説ごっこ』をして遊んでたの。さっきのはソレの延長よ」
「アリス先生の言葉を聞いて『恋愛小説ごっこ』の続きだとは分かったんですけど、大勢の前だったから緊張しちゃいました!」
ーなんだそりゃ!ー
今度こそ俺は脱力した。
突然、破落戸に刃物を突きつけられて命を脅かされたなら、誰だって緊張するだろう。しかし、この二人の場合はその緊張の仕方が全く違っていたのだ。命が脅かされた事での緊張ではなく、与えられた役割と台詞をトチらないかどうかという緊張なんぞ誰が想像つくのか。そんな事を考えていたらまた、腹の底から怒りがムクムクと湧いて出てきた。
「あ……アンタらは……ッ‼︎」
「わっ!また怒った」
「あら?なかなかシブトイわねぇ」
目を吊り上げて拳を握る俺を前に、二人の乙女たちは反省する素振りはない。
「ーーあ。セイ」
「ん?」
どうしようもない怒りで悶々としている俺に、アーリアちゃんが手を伸ばしてきた。
「左手、怪我してるよ?」
その言葉に自分の左手を見ればそこには擦過傷が。知らず何処かで擦ったのだろう。小指の下にあるその傷から滲む血はもう乾きかけていた。
「大丈夫。これくらい舐めときゃーー」
「《癒しの風》」
ーポウー
アーリアちゃんは問答無用で俺の手を掴むと、回復魔術を発動させた。淡い翆の光が手を包む。優しく温かな光に、思わず俺は口を噤んだ。
「ダメだよ。小さな傷でも菌が入ったら大変だよ?」
少しむすっとしたアーリアちゃんの言葉。その言葉は俺の身体を心配してのものだった。
「騎士は手が命なんだから、ね?」
「そ……」
「はい。治ったよ」
「ありがとう」
ニッコリ微笑むアーリアちゃんに俺の表情も緩む。守るべき主に大切に思われるのは悪くないもんだ。
「ーーじゃあ、今度はアーリアちゃんの番ね?」
「えーーきゃっ⁉︎」
アーリアちゃんの行為を黙って見ていた美麗治療士はそう言うや否や、アーリアちゃんの身体を横抱きに抱き上げたのだ。
「いつまで我慢しているつもり?騎士の目は誤魔化せても、治療士の目は誤魔化せないわよ?」
治療士のその言葉を聞いて初めて俺はアーリアちゃんの不調を知った。思わず「えっ⁉︎」と声を挙げてしまいそうになった。先生に言われなかったらずっと気がつかなかったかも知れない。それほどアーリアちゃんの態度は普段通りだったんだ。アーリアちゃんはと言うと、麗人に抱き上げられながら「嗚呼」と声を上げ、顔を伏せた。
「体勢が崩れた時ね?」
「あ……はい」
「やっぱり。ほら、こんなに腫れてるじゃない?」
治療士の目線を辿ると、そこには腫れた足首が見えた。元が白いので赤く腫れた場所が浮き上がって見える。折れてはいないだろうけど、その腫れ方から随分と熱がこもっているように思える。痛みも相当ありそうだ。
「すぅ〜ぐ、そうやって我慢する」
「大丈夫です。これくらい自分で治療して……」
「ダーメ。私が治療するわ。治療士の仕事、取らないでちょうだい」
「……はい」
アーリアちゃんは先生に嗜められると素直に頷き、はぁと溜息一つ吐くと麗人の肩にコテンと頭を預けた。少し疲れた表情のアーリアちゃんの額に美麗治療士の唇がそっと触れた。
「お疲れ様。もう、大丈夫よ」
「アリス先生……?」
「刃物を突きつけられて怖かったわよね?帰りは私が抱いて行ってあげるから、アーリアちゃんは大人しく休んでいなさい」
先生からの命令とその温かな視線を受けたアーリアちゃんはコックリと頷くと、先生の腕に完全に身体を預けた。先生の腕の中に収まるアーリアちゃんは、普段より一回りほど身体が小さく見えた。
治療士はアーリアちゃんに向けて柔らかく微笑む。その微笑に俺の胸は高鳴りを覚えた。
「アリストル先生。今日は『姉』じゃなかったんですか?」
「いいや。今は『紳士』だ」
ーー『恋愛小説ごっこ』は奥が深いからね。
そう言う美麗治療士の表情は大変魅力的であり、しかも、それはいつも見せる『女性的』な表情ではなく凛々しい『男性的』な表情だった。
相手の些細な言動を見逃さない。相手に求められずとも手を差し伸べたくなる。相手の為ならば危険にも物ともせず立ち向かう。
ー成る程ね。『本気の恋』ってワケだー
憲兵の間を抜けて歩き出す麗人の背に『紳士』を感じ、俺は思わず小さな口笛を吹いた。
「先生ってカッコイイんですね?」
「ーーなぁにバカなコト言ってんの。セイ、そこの荷物持ってきてね!」
「ハイハイ」
俺の軽口は軽くあしらわれる。でも、先生には俺の言わんとする事はきっと伝わってる筈だ。だって、その背中が俺には『恋する男』に見えたんだから……。
こうして、俺の散々な一日は悪くない終わりを見せるのだった。
お読み頂きまして、ありがとうございます。
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東の塔の騎士団編『裏舞台9:昼下がりの乙女たち2』をお送りしました。後輩騎士セイ視点です。
普段から言動の軽いセイも、美麗治療士の前では普段通りにはいかない様子。恋に仕事に悩むお年頃セイ。アリストルとの会話で何か人生のヒントを得ることは出来たでしょうか?
次話も是非ご覧ください!




