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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と獣人の騎士
24/497

敵はどこからやって来る?1

「そう。お兄さんに風邪を移しちゃったのかい。そりゃあ災難だね〜」


 宿屋の女将はアーリアの話を聞いて頷いた。

 現在地は首都から遠く離れた山奥の小さな街、中心地から少し離れた宿屋のカウンター。そこで宿屋の女将に宿泊の延長を頼み込んでいた。


 本来ならこの宿屋で一泊して夜が明ける前に出発の予定だったのだが、目が覚めたら既に陽が昇った後だった。


 目覚めたのは宿屋の部屋のベッドの上。アーリアは自分で入った覚えもない掛け布の中で爆睡していた。カーテンから差し込む光に驚き飛び起きて周囲を見渡すと、ベッドの側で転がる二匹の獣。獅子の獣人ジークフリードと、猫の獣人リュゼがアーリアを囲むように眠っているではないか。

 そして蘇る記憶。

 夕食に琥珀色の飲み物を飲みながらシチューを食べたことしか覚えていない。ジークフリードとリュゼが楽しそう?に会話していた。そこで記憶が途切れている。


(ご飯食べて眠くなって寝ちゃうとか、私はちっちゃい子か⁉︎)


 アーリアは頭を抱えた。

 状況を振り返ると、幼子のようでな自分の行動に泣きたくなった。自分は立派な?レディだというのに。


(お腹いっぱいになって寝ちゃうとかありえない!)


 アーリアが頭を抱えて苦悩していると、2人がもぞもぞ起き出してきた。


「おはよ?子猫ちゃん。寝顔も可愛かったよ〜」


 リュゼが床に膝をついたままアーリアの顔を覗き込んでくる。そしてリュゼはアーリアの頭を幼い子どもにするように優しく撫でた。そのリュゼの頭を軽く叩いたジークフリードがアーリアの顔を覗いてくる。ジークフリードは左手でアーリアの頭に軽く触れる。


「おはようアーリア。具合はどうだ?」

『あ、大丈夫です!すみません〜〜!昨日、お腹いっぱいになって寝ちゃったみたいで』

「あ、いや……。アレは酒のせいだろう?」

『……お酒?』

「アーリアが昨晩飲んでたのは “エール” という麦で造られた酒だ」

『エール?え!?あれ、お酒だったんですか?どうりで少し苦いなぁって思ってたんです』

「「……」」


 二人は顔を見合わせて暫くの沈黙の後、先にリュゼが現実に戻ってきた。


「子猫ちゃん、お酒飲んだことなかったの?」

『はい。あ、でも兄さまの成人の儀式の時、振る舞い酒を一口頂きましたよ?』


 ジークフリードは額に手を当てた。この世界の成人年齢は18歳。酒は15歳から飲んでも良いことになっているが、アーリアは飲んだことがなかったようだ。その性格の真面目さからなのか、飲む習慣がアーリアの周囲にもなかったからなのか。様々な理由はあるだろうが、ジークフリードとリュゼの二人は何の疑問もなくアーリアに酒を飲ませてしまったようだった。勿論アーリア本人は、自身の酒への耐性がどのくらいかなんて全く知らないだろう。

 ジークフリードは大人として己の迂闊さに心が痛んだ。アーリアに対してもう少し気を配らなければならないようだった。それは酒に限らずアーリアには色々な『危機感』も足らない気がしたからだ。


『あの……どうします?陽が昇ってしまったんですが……』


 アーリアは窓の外を指差して、思案顔のジークフリードとそれを見て何故かニヤニヤ笑っているリュゼを交互に見やった。


(そういえば、なぜリュゼさんがここに?)


「そうだな……今から外に出るのはまずい。俺たちの姿を晒す訳にはいかないからな」

「そーだねー?とりあえずもう一泊する?ココに」

「……。アーリア、すまないが延長して来てはもらえないか?」

『はい。あ〜でも、女将さんにどんな言い訳をしたらいいかなって……?』

「……え?」

『だって、ジークフリードさんはここから出られないんですよね?怪しく思われませんか?』

「……」


 というやり取りの後、三人はそれらしい言い訳を考えた。


 宿屋の女将さんはうんうん、と頷きながらアーリアの話ー実際に筆談ーに応じている。


「この季節の風邪はしつこいからね〜」

『他のお客さんに移るといけないので、極力、部屋から出ないようにします』

「そうしてくれる?」

『はい!じゃあ、部屋の延長、良いんですか?出て行けって言われるかもしれないって思っていたので、本当に助かります!』

「こんな若い兄妹きょうだいに出てけなんて言えないわよ〜。親を早くに亡くして二人で身を寄せ合って頑張っているんだろ?もうこの話だけで、私は涙が出てくるのよ〜〜」

『……』

「身体がよくなるまで居てくれて良いからね?とりあえず今日と明日の分の支払い、貰っとくわ!あ、食堂にご飯を取りにおいで!お兄さんの分も部屋に持ってお上り」

『ありがとうございます!』


 少し偽の身の上話をしたら、女将さんがどんどん勘違いして、あれよあれよと言う間に尾鰭がついて、いつの間にかこのような設定になっていました。


 ・両親を早くになくした兄妹

 ・二人で身を寄せ合って生活

 ・兄は生計を立てる為に素材ハンター

 ・妹もそれを手伝っている

 ・この街の名物を買い付けるために来た旅人

 ……という身の上らしい。


 流石に年頃の夫婦でもない男女がふらっと旅人用の宿屋には泊まれない。勘ぐられるし変な噂もたって悪目立ちしてしまう。

 ジークフリードの見た目が上等なだけに、ふらっと街を一周しただけで、アウトな気がした。彼から漂う雰囲気が平民のそれではないのだ。身綺麗にしてその辺を歩けば、未婚のお嬢様方の格好の的になるだろう。

 というのはリュゼの話。それを聞いたアーリアもなるほど!と納得する部分があった。ジークフリードはなぜか怒っていたが。


 アーリアが食堂のカウンターへ行くと、宿屋のご主人が厨房に立っていた。アーリアの姿を見ると、大きなトレイに色々と食事を用意して渡してくれた。


「気をつけて持っておいき。皿を返すのはいつでもいいからな」


 アーリアはご主人の言葉に頭を下げてお礼をすると、食事の乗ったトレイを持って慎重に二階へと上がった。


 ※※※※※※※※※※


 食事を乗せたトレイを両手で持っているので、部屋をノックすることが出来ずアーリアが悩んでいると、すぐに内側から扉が少し開いた。

 開けたのはジークフリードだ。

 廊下に人影がないが、アーリアは用心しながら素早く部屋へ入った。


「おっかえり〜!あ、ご飯持って来てくれたの?」

「馬鹿猫!お前の分はないだろう?ここに居ないことになっているのに!」

「え〜〜僕もお腹空いてるのに〜〜」

「自業自得だろう!?」


 二人の遣り取りも見慣れた物になりつつある。アーリアはくすりと笑って見ていると、ジークフリードがトレイを持ってくれた。

 食事を丸机に並べて、二つの椅子にはジークフリードとアーリアが座り、リュゼは立ったまま食事をした。パンやフルーツ、ソーセージなど、手で掴んで食べれる軽食ばかりだった。ジークフリードはリュゼに文句を言いながらも、三人で食事を分け合って食べた。


 その後食器とトレイを食堂へ返そうと立ち上がって廊下へと続く扉に向かおうとしたアーリアを、リュゼが腕で制して止めた。リュゼは口に人差し指をあてる。すると廊下から扉をノックされる音が室内に響いた。

 ジークフリードは静かに扉の左側の廊下から死角となる方へ移動する。リュゼは扉の右側の死角へすり足で移動した。そして各々の武器をその手に握った。

 アーリアは緊張した面持ちで扉を凝視する。自然と服の下にある魔宝具を触る。


「……アーリアちゃん、いるかい?」


 扉の向こうから宿屋の女将さんの声がした。

 リュゼがアーリアを手招きする。アーリアはトレイを机に戻してから扉の前まで来ると、ドアノブに手を掛けてゆっくりと引いた。

 扉の向こうには困り顔の女将さんが部屋の中を伺っている。


「ごめんね、休んでたかい?」


 アーリアは部屋の中が見えないように身体で隠すように立つと、首を左右に振った。


「実はさ、下に変な連中が来て『白い髪の女を出せ』って言って来たのさ。あ!今は大丈夫だよ。もう帰ってもらったから。それで、うちの人がそいつらには『泊まっていたけど、今朝早くに出て行って、もうここにはいない』って追っ払ったんだけど……」


 えっとアーリアは息を飲んだ。

 獣人からの追手はある程度想定していたが、狙われるなら夜だとばかり思っていたのだ。ここが街中という事もあり、こんな昼間から来るとは思ってもいなかった。


「ああ。だから今すぐ出て行けってことじゃないよ?むしろ今出ていっちゃダメ!ここで暫く隠れておきなって言いに来たのさ」


 アーリアが首を傾げると、女将さんは手を頬に当てて話を続けた。


「いや〜ね。うちの人とも話したんだけど、貴女ってとっても可愛いでしょ?だから変な奴に絡まれやすいだろうなって。私たちにも同じ年頃の娘がいるから、人事とは思えないのよね」


 女将さんは困ったようにため息を吐いた。


「下に来た連中、目つき態度も悪かったし、明らかにゴロツキって感じなのよ〜。お兄さんも本調子じゃないでしょう?悪いことは言わないから、しばらくここで隠れておきなさい。また変な奴が来たら、直ぐに知らせてあげるから!」


 アーリアが頭を下げてお礼をすると、「ついでだから持って行くわね!」と言って女将さんは食器とトレイを持って去って行った。

 アーリアは不自然にならないようにゆっくり扉を閉めると、鍵をしっかりとかけた。振り返ると武器を収めた二人が立っていた。


「どーやら、獣人の追手ではないみたいだね?」

「そうだな。だが変だ。人間の追手に心当たりがない……」


 アーリアにも心当たりなどなかった。強いて挙げるなら、昨日アーリアをカツアゲする為に絡んできた2人組みの男たちくらいだ。だが、あの2人が態々宿屋までカツアゲリベンジに来るとも思えなかった。それはこの2人も同じように思ったようだった。


「可愛いって罪だね〜子猫ちゃん?」


 可愛い?とアーリアは首を傾げた。

 アーリアには同年代の友だちと言える人物がいない。故に、恋バナと言うものをした事がなかった。師匠の元で兄弟子や姉弟子と過ごすことが大半で、そこには同年代の人がいなかったのだ。

 しかも魔術漬けの毎日で、容姿がどうのとか、どんな人が好みだとかいう会話になった事がなかった。これまでアーリアのことを可愛いと言ってくれたのは師匠と姉兄弟子のみ。身内からの言葉である。

 アーリアがその手の感情に疎いのはこういう背景もあった。

 リュゼがまるで可哀想なモノを見るような目でアーリアのことを見つめた。そんなリュゼの頭をジークフリードが軽くこつく。


「いたー」

「……どうやら獣人たちの他にもアーリアを狙う連中がいるらしいな」

『え⁉︎』


 アーリアは愕然となった。獣人たちだけでも手に余るのに、別方向からも狙われている(らしい)事実に頭を抱える。しかも心当たりがないのだ。狙われる検討もつかない。対処の仕様がないではないか。


「いざとなったら窓から逃走する。もう、獣人の姿を晒したくないなどと言ってはいられないからな」


 ジークフリードがそう言うと、レースのカーテンから外をチラリと見た後、遮光カーテンをその上に引いた。


「じゃ、僕もここを出たら少し探っといてあげるよ〜〜!そういうオシゴト、得意だから!」

「まぁ、お前に信用は無いがな」

「まだそんな事言う訳?」


 アーリアは頼もしい二人の存在に、少し安堵するのだった。




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『敵はどこからやって来る?1』です。中途半端に長くなってしまったので、1と2に分けました。

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