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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と塔の騎士団
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キスの意味

※東の塔の騎士団編※

 夜の帳が下り切ってもなお、アーリアはまるで寝付けずにいた。それもこれも、昼間に起こった出来事の所為だと確信していた。


 アーリアの専属護衛リュゼがロクデモナイ貴族の標的となり、王都へと単身召喚されたのだ。実際に標的になったのはアルヴァンド宰相閣下であって、リュゼはそのロクデモナイ貴族によってアルヴァンド宰相閣下を追及する道具とされたのだが、アーリアにはそのどちらも同じくらい許せぬ事だった。『言及されるのなら自分も一緒に』とアルヴァンド宰相閣下に申し出たアーリアだったが、やはりその許可は下りなかった。

 王都にはアーリアを狙う叛徒が存在するそうで、専属護衛がいない状態で王都に居るよりも『塔の騎士団』による護衛がつくアルカードに居た方が安全だという理由からだった。

 アーリアはどのような説明がなされようと、それらの説明がどれだけ正しかろうとも、納得する事などとても出来ず、消化不良のまま、その悶々とした気持ちを夜まで引き摺っていた。だからこそ、ドーパミンが多量分泌された状態の脳は休まる事を知らず、夜半になっても頭に血を登らせた状態であったのだ。


 そんなアーリアは寝巻きの上にストールを巻いた姿で、ベランダから吹き込む涼しい風に当たって頭を冷やしていた。そこへ……


「アーリア、眠れないの?」

「え……リュゼ⁉︎」


 聞こえる筈のない声に驚いて顔を上げれば、右隣りーーベランダの柵越しにリュゼが姿を現した。


「ビックリしたっ。リュゼも、起きてたの?」

「まーね」


 アーリアは驚いたが、リュゼはアーリアが寝ていない事を知っていた。それどころか、リュゼは普段からアーリアが寝静まるまで眠る事はない。それをわざわざアーリアに知らせる事は、勿論ない。


「こんな時間まで考えごとなんて、珍しいね?」

「う……うん。何だか眠れなくて……」


 リュゼは明後日の早朝、王都へと発つ。移動時間を時短する為、アーリアが《転送》魔術を使って送るので移動は一瞬だ。

 しかし、移動方法などこの際関係がない。アーリアはその移動先でリュゼが何事かに巻き込まれるのではないかと予見し、不安で胸が押しつぶされるようであり、とても安心して寝てはいられなかったのだ。


「やっぱり、何度考えても納得いかなくて……」

「そうだねぇ〜」

「リュゼは……納得してるの?」

「そんなワケないじゃんッ!僕もあんなどーでもイイ貴族どもに良い様にされて、めちゃくちゃ腹にきてるよ?」

「そうは、見えないんだけど……?」


 アーリアは自分ばかりが腹を立てているような感覚を覚えていた。騎士団の執務室でも、アルヴァンド宰相閣下との話し合いでも、始終怒りを露わにしていたのはアーリアだけだったからだ。


「私ばっかり怒ってて、何だか聞き分けのない子どもみたいだね……」

「そうじゃないよ。みんな、君が怒っているから遠慮しちゃったダケ」


 リュゼはそう言って肩を竦ませた。


「そうなの?」

「そうなの。僕もそうだよ?」

「え⁉︎ ホント?」

「ホント」


 豆鉄砲を食らった鳩みたいな顔のアーリアに、リュゼはクスリと笑った。


「あんなに怒ったアーリア、初めて見た」

「そうかな?」

「そうだよ」


 アーリアは若手騎士に侮られても口説かれても、怒りを露わにする事などなかった。『特別訓練』に於いて若手騎士からの理不尽な想いや怒りをぶつけられても、まるで動じる事すらなく、実に淡々とした態度だった。夜会に於いてもそうだ。貴族令嬢たちより恋敵とされ、謂れなき声を投げつけられても、令嬢たち相手に怒りを見せる場面など有りはしなかった。

 そんなアーリアが周囲の目も気にせず、脇目も振らず、怒りを露わにしていたのだ。その光景がどれほどか珍しいもので、周囲の騎士たちを驚かせていたことか、本人だけが知らない。


「君が、僕の分も怒ってくれたからね」


 アーリアにとっては自分がどれだけ陥れられようと蔑まれようと、そんな事はどうでも良いのだ。今回の件も、ハーベスト侯爵が若手騎士を袖に振ったアーリアに直接文句を言って来たなら、ここまで怒り、また動揺する事はなかった。もし、アーリアがリュゼの立場であって、直接喧嘩を売られたとしたら、一も二もなく王都へ直接乗り込んでいただろう。若しくは『どうでもいい』と放ったらかしていた筈だ。

 ハーベスト侯爵は自身の保身からアーリアに対して直接手を出さず、専属護衛リュゼに手を出して来た。アーリアを直接罰すれば、ウィリアム殿下と正面から敵対すると知って。


「当たり前じゃない!彼は私からリュゼを取り上げようとしてる。これが怒らずにいられるワケないっ」


 アーリアは夜中と知って流石さすがに声のトーンは落としてはいるが、怒りのこもった声はベランダ越しにもリュゼのいる隣室まで響いてきた。


「ありがとう、アーリア。僕の事でそこまで怒ってくれて」


 リュゼは身を乗り出し、アーリアの頭にそっと手を置いた。そしてそのままアーリアの頭を撫でた。


「リュゼの為じゃないよ。私は私の為に怒ってるの」

「どっちでも一緒だよ」

「一緒じゃないよ。私がリュゼと離れたくないんだもの!」


 唇を噛み締めて俯いていたアーリアは顔を上げた。いつになく吊り上がった瞳は怒りの色。しかし、昼間のように瞳は真紅に染まってはいなかった。代わりに虹色の瞳には涙が溜まっていた。


「悔しい。私にもっと権限チカラがあれば良かったのに……!」


 自分の大切な専属護衛一人守る事ができない。『東の塔の魔女』、『システィナの姫アリア』などと云われた所で、アーリアには他者に影響を与えるだけの力はないのだ。どれだけ力を示そうとも『平民魔導士』でしかない。何時いつもなら気にもならないような事だが、今日のアーリアはソレが堪らなく悔しかった。


「アーリアにはそんな力、無くて良いんだよ」

「でもっ!」

「必要ないんだ、そんなのは」


 小波が砂を攫う夜の浜辺のように、深深と降る雪の晩のように、リュゼの心はとても穏やかだった。それは、アーリアが自分の事をこれ程までに想ってくれているのだと知ったからだった。

 リュゼは自室のベランダとアーリアの部屋のベランダとを隔てる柵を一息で飛び越えた。そして、アーリアの眼前に立つと、月に透ける白い頬を両手で挟み込んだ。瞼に指を這わし、瞳から溢れ出した涙をそっと親指で拭い取った。


「アーリアはアーリア以上のモノにならなくて良いんだ。僕はありのままの君が、好きだから……」


 アーリアの頬を両手で持ち上げると、その柔らかな薔薇の蕾にーー小さな唇に口づけを落とした。触れたか触れないか分からない程に柔らかなタッチ。リュゼがアーリアの唇から己の唇を離せば、アーリアは涙に濡れた瞳をこれほどかという程大きく開けていた。


「リュゼ?」


 アーリアの呟きと共にポロリと涙が一つ、溢れ落ちる。何が起こったのか分からないといった表情だ。リュゼはそんなアーリアにまたクスリと笑った。


「アーリア。僕は君の護衛を他人に譲るつもりなんて、サラサラないから」

「う、うん……」

「だからさ。そんなに心配しなくて大丈夫だよ?」

「うん……」

「すぐに帰って来るから」

「うん」

「君の専属護衛を信じて」

「うん。信じる」


 リュゼはアーリアの頬を掴んだまま目を閉じて、コツンとアーリアの額と自分の額とをくっつけた。アーリアもリュゼを真似て瞳をゆっくりと閉じた。

 鼻先にリュゼの呼吸を感じて心臓をドキリと高鳴らせたアーリアだったが、触れたリュゼの掌から感じる暖かな体温によって、アーリアは怒りと悲しみの心はゆっくりと静まっていった。


 どれくらいの時間、そうしていただろうか。


 シンと静まり返ったベランダ、そこから見える小さな庭にも、雲を掻き分けて明るい月の光が射し込んできた。月は太陽に追いたてられるかのように、西へ西へと傾いていく。


「落ち着いた?」

「うん」

「眠れそう?」

「うん」

「あ〜〜、ソレはウソでしょ?」

「……何で分かるの?」

「ふふふ。ダテに君の護衛騎士を名乗ってないよ」

「さすがリュゼ!」

「もっと褒めてもイイよ?」


 アーリアは急にそのおちゃらけた態度になったリュゼを見て、何故か胸の奥からふっと笑いが込み上げてきた。


「リュゼは本当にスゴイよ!」

「もっと言って?」

「リュゼ凄い!天才!すてきっ」


 あまり褒め言葉を知らないアーリアだが、数ある褒め言葉を駆使してリュゼを褒め倒した。


「リュゼは大切な私の騎士。誰にもあげたくない」

「本当に、そう思ってる?」

「本当だよ。リュゼは私の大切な人だから」


 アーリアは今ある想いを言葉に乗せた。


「だから早く帰ってきてね、リュゼ」


 にっこりと微笑むアーリアのその笑顔を目にしたリュゼ。それまでニヤけた笑みを浮かべながらアーリアからの褒め言葉を聞いていたリュゼは、その表情をガラリと変えた。専属護衛としての表情に……。


「了解。僕の大切な魔女姫アーリア


 ー君の側にいて良いのは僕だけだー


 リュゼは心の中でそう呟くと、アーリアの頭と腰を攫って胸の中に抱き込んだ。そしてアーリアの顔をツイと上向かせると、その柔らかな唇の感触を確かめるようにーー記憶に焼き付けるようにキスした。今度のキスは触れるだけの口づけではなく、息も出来ぬ程の情熱的なモノであった。


 震える瞼。柔らかな唇。溢れ漏れる吐息。


 ー嗚呼、そのどれもが極上の調べだー


 ツと名残惜しげにリュゼが唇を離せば、そこには顔を真っ赤にさせたアーリアが息も絶え絶えになりながら自分の顔を凝視していた。


「次に会うときまでに考えておいてよ?」


 ーー僕が何故、君にキスしたのかを……。


 何かを話そうとして唇を開けたり閉じたりするアーリアに向けてリュゼはそう言い残すと、アーリアの頬をもう一度撫でてから満足した表情で自室へと戻っていった。

 宿題を言い渡されたアーリアは、放心したままその場に崩れ落ちた。アーリアの顔はいつまでも火照ったままで、それまで燻っていた憤怒とは別の理由で、全く眠れそうにはなかった。





お読み頂きまして、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価など、本当にありがとうございます!励みになります!


東の塔の騎士団編『キスの意味』をお送りしました。

リュゼはアーリアにとても大きな宿題を言い渡して行きました。アーリアはその宿題に対してどのように取り組んでいくのでしょうか。


次話も是非、ご覧ください!


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― 新着の感想 ―
[良い点] 一気読みしてきました! リュゼとアーリアの距離が縮んできたのに 物理的に開いた… 貴族め! しかしお陰で一層絆が深まった?? [一言] 竜の塩釜焼き風が忘れられませんw 何やら伏線が多…
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