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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と塔の騎士団
233/497

※裏舞台7※ 子を想うこそ

※東の塔の騎士団編※

 

「師匠。何故、アーリアを行かせたんスか?」


 それはアーリアがリュゼを伴ってアルカードへと旅立ってから暫く経ったある日の晩。日中は春の訪れが感じられても、夜風にはまだ冬の気配が残る初春。

 師匠は弟子その1の淹れた紅茶を飲みながら、王都から送られてきた書類に目を通していた。そこへ弟子その1は、いつにない真面目なーーいや、どこか寂しそうな表情をして師匠に問い質してきた。


 隣国に攫われた愛娘アーリアが無事自国へと戻り、そして、漸く己が手の内へと戻って来たにも関わらず、師匠は愛娘をあっさりと手放した。その師匠の考えが、弟子その1には全く理解できなかった。


 ー師匠はいつもそうだー


 アーリアを目の中に入れても痛くないほど可愛がっているのは何も姉弟子、兄弟子たちだけではない。その筆頭たるは師匠なのだ。

 それを知っているからこそ、弟子その1には師匠の行動に矛盾を感じてならなかった。


 ー何故ー


 ……と。


「師匠。何故、アーリアをーーっ!」


 スウッと振り返った師匠から齎された視線に、弟子その1は思わず息を呑んだ。


 水面に揺蕩う一枚の葉の様に。

 流れゆく揺蕩う水の様に。

 深々と降り積もる雪の様に。


 ただ、静かに時を見つめる賢者がそこに居た。翡翠の瞳に浮かぶは『慈愛』。


人間ヒトは誰しも一人で生きて一人で死ぬからだよ」


 師匠から齎された言葉に弟子その1は目を見開いた。

 師匠は読んでいた書類の束を丸卓テーブルに置くと、肘置きに手をついて立ち上がった。


「私はアーリアの親を自認している。いついかなる時もアーリアの支えになりたいと思っている。でもね、アーリアの命が終わるその最期ときまで一緒にいてやる事はできないんだよ」


 そばに寄り添い、善悪を見極め、より良い未来へと導く事は容易だ。しかし、それは果たしてアーリアの為になるだろうか。アーリアの人生だと言えるだろうか。


「アーリアは私の人形じゃない」

「っーー!」

「アーリアは自分の生き方を自分で決めて良いんだ」


 ーーそれが『人間ヒト』なんだよ。


 弟子その1は師匠の言葉に固く口を引き結んだ。師匠の言葉がジワジワと心を侵食していくのが感じ取れた。


 アーリアと弟子その1と姉弟子、三人の兄妹たちは『造られたヒト』だ。その特殊な生まれから、通常、人間ヒトが持つべき感情の一部が欠落している。それは、『共存』や『共感』といった人間ヒト人間ヒトとの営みの中で生まれる仲間意識ーー思いやりの精神だ。それに加え『生存本能』という感情にも疎い。本来、人間ヒトが持つべき感情をワザと欠落させた状態にしたのは、創造主である魔導士バルドであった。

 バルドは愛しい娘を甦らせる為だけに生んだ人形ヒトガタたちに、不必要となり得る感情を排除したのだ。それは当たり前の処理だった。もし、道具として生んだ人形ヒトガタの生存本能が強ければ、厄介でしかないではないか。また、共感、共生、共闘、共存……そのどれもが不必要だと判断した理由も同じくする。


 それでも彼ら三人は、互いに『共存』する道を求めた。それは奇跡のような事象だった。だが、弟子その1の中心に在るのはあくまでも『アーリア』であり、アーリアを救ってくれた『師匠』であった。


「俺には理解できないっす……」


 師匠から目を逸らして呟いた弟子その1。


「俺は、アーリアには『幸せ』であって欲しいんス」


 誰よりも己の『生』に鈍感な末妹アーリア。末妹は道具としても必要とされず捨てられてたあの時、弟子その1は創造主を見限る事を決め、アーリアを生かす道を優先した。その時に目をつけたのが師匠だった。

 当時、既に優秀な魔導士だった師匠は弟子その1たちの願いを聞き届け、アーリアを拾い、育て、親となってくれた。そんな師匠を弟子その1は尊敬していた。


「君は変わらないねぇ……」


 師匠は弟子その1に近づくと、その頭にポンっと手を置いた。柔らかな白い髪はアーリアの髪とまるで同じ感触を持っている筈なのに、その髪の跳ね方一つひとつにどこか弟子その1らしい個性を感じる事ができ、師匠はその顔に笑みを溢した。今では自分の背丈と殆ど変わらない弟子その1。しかし、師匠は十三年前ーー当時の弟子その1を思い出してクスリと笑った。


「師匠……」

「そんなに一生懸命、私の事を監視しなくても、アーリアを……君たちを捨てたりなんてしないよ?」

「っ……!」


 幼子にするかのようにポンポンと頭を撫でる師匠。弟子その1はその手を払い除けはしなかった。逸らした目線を上げ、おずおずと師匠と視線を合わせたのみだった。


「私は『君たち』を愛している」

「師匠、俺は……!」

「無理に言葉を探さなくても良い。君の『想い』は知っているから」


 苦い顔をして言葉を探す弟子その1に向けて、師匠は笑みを浮かべて弟子その1の顔を覗き込んだ。可愛くて仕方ない三人の子ども。その内の一人の顔を。


「大丈夫。アーリアは自分の道を自分で見つけられる筈だよ。なんて言ったって、私たちが育てたなんだから」

「……。はい」


 見た目の柔らかな物腰と雰囲気に惑わされる者が殆どだが、彼らは己の利となる事以外を疎う傾向にあり、たまに見せる冷静な判断は『共存意識の欠如』から来ているものが殆どだ。アーリアが『奉仕精神』を嫌い『仕事』に固執するのも、元はと云えば創造主の所為なのだ。

 しかし、師匠を始めとした弟子たちが育てていく中で、アーリアは自身のアイデンティティを確立していった。まだまだ成長途中とは云え、アーリアは確実に己の『個性』を育んでいる。その『個性』を歓迎し誰よりも慈しんでいるのは師匠であった。


「さぁ、そんな顔しないで。いざとなったらまた、一緒に助けに行けば良いだけでしょ?」

「それは、そうなんすケド……」


 眉を潜め口を尖らせてスネ出した弟子その1に師匠は困った顔をした。こんな表情を見たのは何時振りだろうか、と。なにくれと師匠の世話を焼きたがる弟子その1。手先が器用で面倒見が良い事から、他人から頼られる事も多い。何時も余裕の笑みを絶やさぬ弟子その1は本来、どうしようもなく寂しがり屋だ。その事を知っているのは後にも先にも師匠である自分だけではないだろうか。そう思うと、『親も悪くないな』と再度、彼らの親代わりになった事を幸運に思うのだった。


「大丈夫。私を信じなさい」


 小さな子どもに言い聞かせるように諭す師匠に、弟子その1は益々ブツクサレて口を尖らせる。


「師匠は良いっすよねぇ?いつでも《転移》べて。あーあ、俺も《転移》できたら毎日でも会いに行くのに!」

「うーん。毎日は迷惑じゃないかな?アーリアもお仕事してるんだからさ」

「アーリアは俺のことを迷惑に思ったりはしないっスよ!」

「そりゃ、そうだろうけどね」

「くそっ!リュゼくんもズルイっスわ。毎日アーリアと一緒に遊べるんだから!」

「彼もアーリアのお守りが仕事だよ」

「なんって羨ましい仕事!代わってやりてぇっス!」


 弟子その1は完璧に不貞腐れ、丸卓テーブルの上の布巾で折り紙を始めてしまった。白い布巾がみるみる内に華や鳥に形を変える様子を見ながら、師匠は無駄に器用な弟子その1の頭を撫で続けた。


 ーこんな事はアーリアには出来ない。これも君の立派な『個性』の一つだよー


 思ってはいても口には出さず、師匠は笑みを深めるのみだった。


「だいたい師匠が悪いんスよ?俺はまだまだアーリアと遊びたかったのに、追い出すから……!」

「それは……ごめんね。君の気持ちを考慮しなかったのは謝るよ」

「謝るくらいなら《転移》の魔宝具ください。アーリアんトコ、遊びに行ってくるっス!」

「だから、アーリアは仕事で……あっ!ほら、来客だよ?」


 師匠は弟子その1の気を晒そうと別の話題を口にした。


「師匠、誤魔化そうったってそうは……」


 ーリンゴーンー


 呼び鈴の音。この屋敷には数々の魔宝具が仕掛けられていて、玄関先に誰かが立った時に鐘が鳴るようにしてあるのだ。その音が耳に届いて来た事で、弟子その1はいつもの冷静な表情に戻っていた。


「あ、ホントだ。〜〜誰だよ?こんな時間に……」

「彼女かもよ?」

姉貴アネキ⁉︎ あ、ヤッベ!俺、仕事一個、任されてたっスわ!」


 弟子その1は取るものも取らず、師匠を残して部屋を後にした。

 そんな弟子その1の後ろ姿を見ながら、師匠はホッと一息つくと、ギシリと椅子に座り直した。


 見上げるは窓の外。夜空に広がる満天の星の海だ。その其々は同じように見えて全く違う輝きを放っている。まるで人間ヒトの人生のように……。


「大丈夫だよ、アーリア。私は君をーー君たちをここで見守っているから」


 最初のきっかけは他人から押しつけられた強制的な仕事でも良いじゃないか。アーリアにはその小さなきっかけを元に、人間ヒトとの関係を築いていって欲しい。人間ヒトと関わり、人間ヒトと交わり、人間ヒトの中に生活基盤を築き、人間ヒトとの信頼関係を築いていって欲しい。


 ーアーリアもまた人間ヒトなのだからー


 誰から産まれた、何処から生まれたか等は関係がない。人間ヒトは生まれながらに選択権を持っている。それを行使する事こそが『人生』なのだ。


「私はそのきっかけを作るだけだ」


 ー『親』とは本来、そのような存在モノだろう?ー


「ねぇ、アーリア」


 星々の輝きの中にアーリアの光を見る。

 迂闊で鈍臭く騙され易いアーリア。裏を返せば大変『素直』な娘という事だ。人間ヒトの話を鵜呑みするのは、人間ヒトの意見に真摯に耳を傾けようとする生真面目さから来ているのだろう。


「きっと『人の話は目を見て聞くんだよ』と言った事を、守ってくれているんだろうね?」


 親の言葉や言付けを守る可愛い娘。あの柔らかな頬を撫でながら抱きしめてやりたいという欲求が溢れてくる。


「嗚呼、私も大概だよ。君に帰ってきて欲しくて仕方ないんだから」


 自分で追い出しておいて帰って来て欲しいとは、何と矛盾した想いだろうか。これでは、弟子その1の言動を諭した意味がない。


 師匠は自分で自分の言動にクスリと苦笑すると、部屋の外から聞こえる賑やかな姉弟きょうだいの会話に耳を傾けるのだった。



お読み頂きまして、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価など、ありがとうございます!とても嬉しいです‼︎

また、誤字脱字などございましたら、お知らせください。


東の塔の騎士団編『裏舞台7:子を想うこそ』をお送りしました。

師匠と弟子その1の久々のご登場です。

やはり、お兄ちゃんはアーリアと離れ離れになって寂しいようです。しかし、お兄ちゃんも妹自身の事を想うと、『付き纏うのは良くない』と自制しているのです。しかし、弟子その1としては、アーリアの側でイチャイチャしていたいと言うのが本音です。そこには未だ登場せぬ姉弟子も加わる事でしょう。


次話も是非ご覧ください!


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