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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と獣人の騎士
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ネコ科同士の攻防


 ーなんで、こうなったのかな……?ー


 アーリアは冷たいカップを両手で持って、中身を覗いた。琥珀色の液体が並々と注がれている。中身が冷たいので、器の外側が汗をかいて濡れている。琥珀色の液体の底で氷が揺れている。その氷の揺らめきを目で追いながら、現実逃避していた。


 そこは街の中心から少し離れた宿屋兼食堂。宿屋の一階は食堂になっていて、大勢の客たちで溢れている。客の大半が名産品を買い求めに来た商人と護衛の傭兵だろう。武器を携えた客の中には人相の悪そうな者もいる。そういった人々の話し声で食堂中がザワザワとしていた。

 その食堂の二階の客室へと続く階段に近い、一番奥の席にその3人はいた。

 そう、3人。

 アーリア、ジークフリード、そしてリュゼ。

 アーリアを壁際に隠すように背の高いジークフリードがその左隣に座り、その2人の向かい側にリュゼが陣取っていた。


 アーリアは再び、なぜこうなったのかと考えた。


 アーリアが街のゴロツキに絡まれて困っていたら、何故か追っ手のはずの猫獣人リュゼに助けられ、そこへマジギレのジークフリードが登場。

 毎度毎度タイミングが悪いジークフリード ーリュゼ談ー は、その自分への怒りをリュゼに向けた。完璧に八つ当たりだ。だが、そんなことにアーリアは突っ込まない。いくら空回り思考が通常運転のアーリアでも、流石に場の空気を読んだのだ。


 リュゼの咄嗟の機転でゴロツキどもを退散させることができたが、その方法がアーリアに抱きついて「恋人とイチャイチャするのに邪魔!早くどっか行け!」というものだったので、アーリアもびっくりした。勿論、ジークフリードも流石にその手法には驚いた ー実際めちゃくちゃキレていたー ようだった。

 アーリアはジークフリードが何故、あそこまでリュゼに対して怒っているのかが、実は解らなかった。ゴロツキどもに対して怒る、ならば解る。でも、そのゴロツキから助けてくれたリュゼに対して怒るのは、何故なのだろう?


 アーリアはジークフリードの横で置物のように空気になりながら、本気で理由が分からず絶賛困惑中だ。

 ジークフリードとリュゼは向かい合いながら、目線を合わせて睨み合っている。実際は一方的にジークフリードは射殺すくらい鋭い目線をリュゼに向けるが、リュゼは目を猫のように細めてその目線を軽く躱しているように見えた。


「なぜ貴様がこんな所まで付いて来るんだ?サッサと帰れ発情猫ッ!」

「なんで君の言うこと聞かないといけないのかな?意味分かんないよ〜〜。ね、子猫ちゃん」


 その二人をよそ目に、アーリアは運ばれてくる暖かな料理、冷たい飲み物に喜びを隠せずにいた。

 久しぶりの温かなご飯の数々。屋根のある部屋。ようやく、生の素材を楽しむ食事からの解放だ。いや、それも悪くはなかったが、やはり人間、贅沢を知っているとそれがとても恋しくなるものだ。


「温かいうちに食べなよ?」


 リュゼがアーリアに食事を勧める。


「何で貴様が仕切るんだ……!アーリア、コイツを気にせずに好きな物を食べるといい」


 ジークフリードがリュゼに文句を言ってから、アーリアに食事を促す。

 アーリアは二人を交互に見てから、おずおずと肉入りシチューに手をつけ始めた。

 何の肉なのか分からないが、スプーンでつつくとほろほろと崩れるくらい柔らかい。口の中に入れると溶けていった。トマトベースのシチューは肉とも野菜とも相性が良く、円やかな舌触りだ。


『美味しい!』


 アーリアの様子を見守っていた二人は、アーリアに気づかれないようにほっと息を吐いた。

 ジークフリードもオーク肉のステーキに手を伸ばしつつ食事を始めた。何を言ってもリュゼが立ち去りそうにないので、ジークフリードも諦めて食事をするようだった。リュゼもジークフリードの小言を右から左へ流しながら、エールをちびちび飲みつつ揚げたジャガイモや小魚を肴にして食事を楽しんでいる。


 アーリアが食事を一通り終えても、リュゼはエールのおかわりを頼んで酒を楽しんでいた。


「貴様、何のつもりだ?」

「何のつもりって、何さ? あ!おねーさん、エールのおかわりお願いねー!」

「貴様はあの男の追っ手だろう?」

「そうだけど?けど、子猫ちゃんの “目” になるって言ったよね? あ、子猫ちゃんもおかわりいる?」

「ああ、それは聞いた。だがそれなら何故、こんな所にいるんだ?」

「え?何故って?そんなの決まってるでしょ?子猫ちゃんを守る為じゃん」

「!?」

「わっかんないかなぁー?偵察なんて、一回出かけたら何日もかかるでしょ?一回報告済みなんだから、そんなにホイホイ帰らないよー。他の偵察担当も別方向に行ってるんだし。僕ばっかり子猫ちゃんを見つけてちゃ、怪しまれちゃうでしょ?」

「なら、そこらで適当に仕事しとけば良いじゃないか!」

「バッカじゃないー?偵察の目は僕以外にもいるんだよ?僕が子猫ちゃんに付いといた方がいいに決まってるじゃん!」


 リュゼに馬鹿にされてジークフリードは固まった。こんなに真正面から馬鹿にされたことが無かったようだ。


「やっぱり騎士って脳筋なんじゃない?もうちょっとは考えよーよ!」

「ーーーー!? やっぱり今すぐコロス」

「ハイハイ、そーいうトコロが脳筋ってーの!わっかんないかなぁー?」


 リュゼは完璧にジークフリードをからかって楽しんでいた。ジークフリードはこのような軽口や話に乗っていくタイプではないのだが、リュゼ相手だとなかなか上手くいかないようだった。

 本来、元貴族のジークフリードは相手の話にホイホイ乗せられたりはしない。下手な相槌もしない。貴族の世界は自分に不利となる言質を取られたらお終いなのだ。自分の本性を探られないように常に顔に笑顔を貼り付け、言葉巧みに誘導して相手の腹を探る。

 このような世界に2年前までいたはずなのに、獣人にならされて以来、感情のコントロールが上手くいかなかった。


 まあ、ここは貴族社会でも夜会でもなく、下町の小さな集落の食堂だ。何もそこまで警戒しなくても良いのだが。

 ジークフリードはリュゼのことを全く信用していなかった。アーリアが何故かリュゼに対して気を許している節があるのも不思議に思っていた。そして一番信用ならないのが、リュゼの張り付いた笑顔。こういう顔のヤツが世の中で一番信用ならない、と思った。そして、何より本能がリュゼ(コイツ)の事が気に入らない!と知らせてくる。


 ジークフリードは青筋を立てながら、カップを握っていない方の手を強く握った。


 ー冷静になれ、俺。ー


「君さ、ホントに子猫ちゃんのコト、守る気あんの?いっつもタイミング悪いよねー?」

「な、んーー!?」

「ちょっと子猫ちゃんに甘え過ぎなんじゃない?」

「ーーーーッ」

「しっかりしなよね?子猫ちゃんには君が一番の頼りなんだからさ」

「っ…………!」


 ジークフリードは思い当たることがあるのか、図星を言い当てられたのか、リュゼの言葉に黙った。その姿は怒りより悔しさや後悔があるように見えた。

 リュゼは肩をくすめて目を瞬かせた。

 リュゼはジークフリードの素直なトコロも正直でカタブツなトコロも、実は嫌いではなかった。寧ろ、そこは信頼しているくらいだった。そんな彼だから、アーリアは付いて行ったのだろう、と。


 リュゼは徐に手を伸ばすとアーリアの頭を撫でた。


「あーあ。子猫ちゃん、潰れちゃってるよ」

「……え?」

「もしかして子猫ちゃん、お酒、弱かったのかな?」

「……」


 リュゼの言葉にジークフリードは隣りでエールを飲んでいたはずのアーリアを見た。アーリアは机に突っ伏して眠っていた。

 アーリアの声が封じられ、お互いに触れていないと思いが通じ合わない。この会話方法では人目につく事もあり、この食堂に来てからはあえて話していなかった。

 そしてリュゼとの会話に集中していて、隣に座るアーリアの事をジークフリードはすっかり忘れていた。


「獅子くん、優しく運んであげなよ?」

「……当たり前だ」


 アーリアの身体を揺らさないように抱えあげる。そしてすぐ横の階段を登って二階の客室へと向かった。リュゼはアーリアの荷物とマントを抱えてその後に続く。

 ジークフリードはアーリアの身体を左腕だけで支えると、右手で部屋の鍵を開けて、扉を押し入る。部屋には真ん中の衝立があり、それを隔ててベッドが2つ。本来なら、未婚の男女なのだから部屋を別々にすることが当たり前なのだが、護衛の都合上、1部屋だけ借りたのだ。


 ー神に誓って、断じて、邪な気持ちからではない!ー


 ジークフリードは廊下へ続く扉から遠い方のベッドにアーリアをゆっくりと下ろす。アーリアは赤い顔をして瞳を閉じている。起きる気配は全くなかった。額にかかる髪を梳いて後ろへと流す。


「へぇ〜?案外、広い部屋じゃん?」

「な、んで貴様、ついて来た⁉︎」

「なんでって?僕もココに泊まるから?」

「勝手な事を言うな!」

「いーじゃないの?僕、その辺に転がってるから、気にしないで!」

「気にするわ!サッサと出て行け!」

「あーーなになに?まさか子猫ちゃんと2人っきりなんて、なんかイヤラシイことでも考えて……?」

「馬鹿か⁉︎そんな訳、ないだろう?」

「なーらいーじゃん?ベッドは君に譲ってあげるからさ!」

「当たり前だろ⁉︎押し掛けて来たヤツに何故ベッドを貸さねばならない⁉︎」

「もーー細かいヤツだねぇ、君は。ホントに百獣の王、獅子かい?」

「〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」


 あー言えばこー言う。

 結局、ジークフリードは押し切られたのだった。


 朝日も上りきった頃、アーリアが目覚めると、何故か猫の獣人と獅子の獣人が、アーリアの眠るベッドのすぐ側を囲むように転がって眠っていた。

 アーリアは重たい頭を抱えながらその光景が夢ではないのか、と暫く考えたのだった。




お読みくださり、ありがとうございます!

ブクマ登録、感想など、本当に嬉しいです!ありがとうございます!


ネコ科の動物、好きです。

主人公が空気になってます。

人間関係がこれからどうなるのか、私も楽しみです。

よろしければ、これからも見守ってください。

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