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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と塔の騎士団
229/497

※裏舞台6※ ヤサグレ騎士の境地

※東の塔の騎士団編※


 ※(ヤサグレ騎士視点)



「なんで俺がこんなコトを……⁉︎」


 俺はぶつくさ言いながら壁伝いに白い粉を巻いていた。大きな革袋に入った白い粉。袋の中に手を突っ込んで粉を杓子しゃくしで掬うと、壁沿いに満遍なく撒いていく。それを延々繰り返してもう二時間にもなる。壁はずっと北に続いていて、途切れる事を知らない。それもその筈であって、この壁は我が国システィナと東の隣国ライザタニアとの国境とを跨ぐように造られた長城なのだ。長城の所々に監視を行う砦が設けられており、そこへ詰めた兵士たちが国境線となるラキド大山脈の方角を常に監視している。


「くっそ!」


 果てしなく続く長城。その壁沿いに白い粉を撒きながら、俺は人目も憚らず毒づいた。それぐらい許されるだろう。此処には俺を見張る他者など誰もいないのだから。


 ー殺虫だか防虫だか知らんが、なんで俺がこんなコトを……ー


 革袋に無造作に手を突っ込みながら、愚痴が溢れ出るのを止められはしなかった。


「俺は騎士だぞ⁉︎」


 見に纏う衣は『東の塔の騎士団』を示す青を基調とした騎士服。腕と背には『東の塔』が銀糸で刺繍されている。『塔の騎士団』と言えばこの国で近衛騎士団に次ぐ実力者集団。騎士と名乗れる者の中でも一握りしかなれぬ名誉ある職なのだ。特に『東の塔』は隣国ライザタニアとの国境に面している事から、四つの塔の中では最も重要な拠点であり、団員数も多い。総数五百余名を数える大所帯だ。

 俺は一年前、その騎士団に配属された若きエリートであった。ーーいや、俺はつい最近まで自分をエリート騎士だと思い込んでいた。しかし、この一月の間でその認識がガラリと変えられてしまった。


 ーあの魔女の所為で!ー


 バシャッと投げやりに撒かれた白い粉が壁にかかる。すると白い粉はスウッと溶けて目には見えなくなっていった。その不思議な光景にうっかり感動してしまったのは初めの数回のみ。もはや、この粉の不思議さに驚く事はない。


 騎士である俺が副団長より仰せつかった仕事は『砦と長城の管理』。それも、害虫駆除と称した単純作業だった。この粉は薬師と魔導士とが共同開発した『超強力防虫剤』とやらだそうだ。渡された革袋は全部で六つ。一つの重さは凡そ4キロ。それが六つで24キロ分だ。それを『東の塔』を起点として北へ北へと壁沿いに撒くという、誰にでもできる単純作業だった。だが……


騎士オレじゃなくても出来るだろーがッ」


 そう。誰にでもできる単純な作業だ。短調で難しい事を考える事もなく、ただ黙々と薬を撒き続ける作業。何なら、そこらの子どもにもできそうな仕事であり、わざわざ塔の騎士様にさせなくても、職員の一人にでも任せれば良い仕事なのだ。それなのに……


「なんでこの俺様が……!」


 これもそれも全て魔女の所為だ。そうに違いない。魔女が団長経由で俺に押し付けたのだ。団長からの命令ならば自分が断る事ができないと踏んでに違いない。

 そう、俺の胸の奥底からふつふつと煮えたぎる怒りと不満とがマグマの様に沸き立ち精神をキリキリと苛立たせた。

 脳裏によぎるのはあの魔女の顔。透き通る白い肌。同じく白い髪。赤く小さな唇。恐ろしく整った相貌。小さな身体。虹色の彩色を持つ不思議な瞳。あの瞳にじっと覗き込まれたら最後、何故か身動きが取れなくなるように身体が竦み、俺はマトモに目を合わせる事ができなかった。


「チッ!」


 俺は今朝、遠目から見た魔女の顔を思い出すなり舌打ちした。

 魔女は『東の塔』へ向かう道中、副団長と談笑を交わしていたのだ。今日の業務は『東の塔』の《結界》の調整だと小耳に挟んだ。俺は魔女の護衛任務の騎士たちーーいや、同じ班の先輩方に混ざりながらそんな話を聞いた。


 どうやらあの魔女、『東の塔』の本当の魔女であったらしい。

 なんと、塔を守る騎士すらも入塔できない『開かずの塔』に、あの魔女はスルリと入って行ったのだ。それも、『塔の魔女』以外入れぬという塔に自らの専属護衛を引き連れて。それを見るや否や、俺は目を見張った。


『何故入れる⁉︎』


 思わずそう叫びそうになった俺は、先輩方からさぞ『愚か者』に見えたのだろう。

 その後、俺の内心を察した副団長からは冷笑が送られてきた。


『だから言ったでしょう?彼女は特別な存在ーー我らがまことあるじだと』


 騎士団内で『鬼畜騎士』の渾名を欲しいままにしている副団長からの冷笑、齎されるブリザードのような視線に、俺は身震いが止まらなかった。

 更に、未だ信じられぬ俺に対して先輩騎士から『そんなに信じられぬなら入ってみろ』と促された。俺は憤りを隠せず、最早意地になって塔の正門に手を掛けた。だが、正門に手を触れた瞬間、俺の身体は吹っ飛ばされ、地面に無様に転がされた。苦々しくも新鮮な記憶に舌が痺れる。何せ二時間前の話だからな。

 あの時しこたま打ち付けた腰が未だに痛み、悔しさから顔を顰める。あの海老のようなマヌケな格好、のたうち転がる俺に、副団長始め他の先輩騎士たちも実に冷ややかな表情をしていたのも、俺にとってはかなり屈辱的だった。


 此処までくると、あれだけ『偽物だ』、『ヤラセだ』と騒いでいたかつての俺がタダのバカに思えてならない。


『魔女が《結界》を施した様を見ていない』

『見ていないモノを信じられる訳がない』

『この娘も『塔の魔女』を語る偽者に違いない』


 そう騒いだ若手騎士。その言葉に俺も同調していたんだから。


 ーだって仕方がないだろう?ー


 これまで『塔の魔女』を名乗る偽魔導士が偽魔術士が、『塔の騎士団』の門を幾度と叩いて来ていたではないか。この三年、それは途絶えた事がなく、多い時は数日に一度のペースで偽者が不審者として逮捕されていたのだ。しかも、逮捕していたのは俺たち騎士なのだから。

 『白き髪の魔女』と性別と髪色しか情報のなかった騎士団からしては、白い髪を持つ女魔導士が現れれば無碍に扱う訳にもいかず、一度は保護し、精査せねばならなかったのだ。本物の魔女が現れるまでのおよそ三年の間。偽者の魔女による騎士への業務妨害件数は魔獣討伐に匹敵する数だった。


 そこへ現れた『本物』の『塔の魔女』。


 これまで騎士が被った迷惑を考えれば、『本物』の『塔の魔女』が現れた時、騎士の半数以上が俄かには信じられなかったのは仕方ないではないか。


 それにしても……


 ーどうして俺は辞めさせられなかったんだ?ー


 俺は『東の塔』に現れた『本物』の『塔の魔女』に対して、散々、悪態を吐いた。吐きまくった。そりゃあ、流石に面と向かって言った事はないが、影では嘲笑を繰り返してきたのだ。『偽物の魔女』、『平民魔導士』、『ただの小娘』と言うのはまだ聞けたもんだ。およそ若い娘に聞かせられぬ言葉も沢山あった。それを当人の前でないとは言え、他騎士ひとめを憚らず口にしたのは事実なのだ。

 そして俺はーー俺たちは遂には魔女に立てついた。それが魔女 対 騎士の対人戦と言う名の『模擬戦』だった。そこで俺は当の小娘魔女からキツイお灸を喰らった。


 このシスティナには魔術を扱う事のできる者はゴマンといる。それこそ魔導士と名乗らぬ者の中にも、ある程度の魔術を扱える者など大勢いるのだ。勿論、それは騎士の中にも。だから、自身を『魔導士』だと名乗る小娘の魔術を正直、侮っていた。俺たちは魔女を『素人』と侮り、侮辱し、けしかけて害そうとした。だが、俺たちの方がその魔女から早々に返り討ちに遭ってしまった。しかも、魔女の実力をまざまざと見せつけられる形で。

 あの時ーーあの魔女の扱う魔術は騎士の扱う魔術とは同じモノだとは思えない性能と威力だったのだ。


 しかしだ。あんな事をしでかした俺が未だ、騎士団に名を連ねている。それが不思議でならなかった。何故なら、俺と同じように『塔の魔女』に対して悪態を吐いた若手騎士モノたちはことごとくクビを切られてしまったからだ。

 若手騎士の多くが何の疑問も持たず『特別訓練』と称した実践訓練に於き、魔女に対して敵意を剥き出しにした。その若手騎士たちは()()()()アルカードに訪れておられた王太子殿下直々に三下り半を突きつけられた。その結果、現在、若手騎士やつらは己の地位どころか実家滅亡の危機に瀕しているという。

 そんな中、俺は未だにこうして騎士団に残留してーーいや、させられているのはどう考えてもおかしいじゃないか。

 団長は勿論だが副団長も、甘い騎士ヒトたちじゃない。騎士としての実力は他の騎士の頭を一つ分どころか二つも三つも抜きん出ている事は、誰もが骨身に染みて理解している事実なのだ。その彼らが俺をーーあるじを嘲笑した俺を許す筈はない。筈はないのだが……


「どー考えても変だろ?」


 どうやら思った事が口に出ていたようで、自分から出た声に驚いて顔を顰めた。そして、どんだけ余裕がないんだと自身に叱咤する。


「あぁ〜〜くそッ!うだるッ」


 脳も、身体も、ぐだぐだだ。煮込み過ぎたヌードルのようだ。


 天上から降り注ぐ燦燦たる光。齎される熱。騎士服は暑さに蒸れ、背中には滝のような汗が流れていく。目深にかぶったローブとマスク代わりの布巾によって、顔に汗が流れ髪が張り付くのがかなり気持ちが悪かった。


「ったく、なーにが『吸い込み過ぎると毒になるから気をつけて』だ!バカにしやがって。くっそ暑ぃじゃねぇか!」


 出かけに布巾を渡してきた魔女の顔が脳裏に過ぎり、腹立ち紛れに悪態を吐いた。マスクに指をかけて顎下へと引き下ろし、パタパタと手を振って風を送り込む。すると初春の爽やかな風が首元へと入り込み、火照った身体を幾分か涼めてくれた。


「あぁ〜だりぃ……」


 ドサリと革袋を落とした青年はてんを仰ぎ見た。青い空、白い雲、碧い木々。花は咲き乱れ、亜竜ワイバーンは襲いくるーー……


「ーーって、オイィッ⁉︎」


 長剣ではなく杓子しゃくしを構えた俺。自分の行動にツッコミを入れる間もなく、亜竜ワイバーンは俺へと襲い掛かろうとした。がーー


 ーバチンー


 ーギャウンー


「ハァァッ⁇」


 ー魔術か⁉︎ー


 眼前に広がる光の膜。その膜にまともに激突し、尾を踏まれた犬のような悲鳴を上げる亜竜ワイバーン亜竜ワイバーンはそのまま地面にもんどりを打って落下し、その上に《光の矢》が降り注ぐ。そして……


「〜〜ど、どいてどいてどいてぇぇえ!」


 バウワウと吠え立てる野犬の群れ。それに追いかけられた一頭の暴れ馬。その馬の背にへばりつく白い影が叫び声を上げて、こちらへ突っ込んできた。


「ーーッハァ⁉︎」


 よく見れば、暴れ馬の背にへばりついているのはくだんの魔女だ。魔女の口からは悲鳴に近い甲高い声が上がり、その悲鳴には焦りがふんだんに混ざっていた。それもその筈で、魔女はその小さな身体を放り出されまいと、馬の首にしがみついていたのだ。


「ひぃっ……あ、い、いやぁ……とま、止まってぇぇ〜〜」


 魔女は何とかかんとか手綱を引いてはいるが、それは『馬術』と呼べるもんじゃない。魔女は騎手とは名ばかりで、完璧に馬に振り回された挙句、馬に対して懇願しているのだ。

 暴れ馬は小娘を乗せたまま真っ直線に此方に向かってくる。馬は恐怖からか混乱した状態で、上に乗せた人間の事などこれっぽっちも考慮してはいないようだ。仮にも騎士団の馬なので、野生の獣や魔物に対してある程度の耐性がある筈なのだが、どうやら今回は恐怖の方が理性より優ってしまっているようだった。血走る目、溢れる唾液は完璧に理性から外れたものだった。


「〜〜〜〜あぁ、くっそ!」


 俺は一瞬の躊躇いの後、頭を掻いて判断を下した。


 その後の行動は早かった。


 俺は杓子を放り出すと暴れ馬の正面に立ちはだかった。そして、暴れ馬を激突寸前で交わすと地面を軽く蹴り上げ、馬上へと飛び乗った。振り落とされそうになっている魔女の小さな身体を背中から抱き寄せ固定すると、その小さな手から手綱を奪って操る。


「どう、どうどうどう……!」


 あぶみに足を乗せ体重を掛け、鞍上で上体の重さを利用し、馬体の重心を修正する。こうする事で馬を御す事ができるのだ。

 ブルンブルンと首を振り嘶く未だ興奮状態の馬を宥める為に、馬の首に手を当てて何度も優しく撫でさする。


「よーしよしよし、良い子だ。落ち着け」


 馬とは本来、草食で攻撃的な要素を持ち合わせない、大変大人しく優しい動物なのだ。しかし、大きな身体とは対照的に臆病で敏感な特性を持っている。その為、人間ヒトが優しく接しなければ人間ヒトに敵意を持ってしまうのだ。

 この馬は間違いなく騎士団の軍馬。馬の鞍に騎士団の紋章が押されているのが何よりの証拠だ。騎士団の軍馬は戦闘訓練されているので、通常の馬よりも戦場慣らされている。何より、騎士の指示に良く従う賢い種なのだ。その為、一度恐怖を味わった馬でも、このよう騎士によって落ち着ける事が可能だった。

 未だ脚で地面を何度も踏みつけ、呼吸も荒い様子だが、先ほどよりも随分と落ち着いてはいる。


「よし。行けるな?」


 そう問うや否や、俺は手綱を操り馬の腹を軽く蹴った。視線は眼下の馬ではなく、南方から襲い来る野犬の群れだ。俺は大小様々な野犬の群れを一瞥すると徐に手綱を引いた。


「いくぞ」


 俺の号令に合わせて馬がぐんっと大きく伸びをする。後ろ脚が地面を蹴り、砂利を巻き上げながら前方へと突出する。


 ードガッ!ー


 ーキャウンッー


 馬の前脚が一頭の野犬を正面から蹴り上げた。体格差から吹っ飛ぶ犬。いくら大型犬だとは云え、所詮は犬の域を超えはしない。犬どもは馬の蹴りを受けては一たまりもなかった。

 俺は手綱を操りその場で半回転すると野犬を次々と蹴散らした。一頭 対 多頭だが、此方の有利は疑いようもない。何せ、この俺が馬を操っているのだからな。


 蹴散らし、踏みつけ、戦意を折る。俺は野犬に一欠片も容赦はしなかった。人間ヒトに尾を振る飼い犬ならば可愛いもんだが、人間ヒトの害になる野犬ならば野獣と同じだ。


「何処から来たのかは知らんが、死にたく無ければ去れ」


 残り数頭という所で俺は野犬に言葉を投げかけた。言葉が通じるかどうかなど知らない。しかし、完全に戦意を失くした野犬をこれ以上相手にしても仕方ないと考えたのだ。

 案の定、野犬は仲間を見捨て、尾を巻いて逃げ出した。世の中『弱肉強食』。食うか食われるかだ。それは野生も人間ヒトの世も同じだった。


 逃げた野犬を目の端に映しながら、俺はそっと息を吐いた。どうやら思った以上に緊張していたようだ。

 そしてその時、胸に抱いている小さな身体の事を漸く思い出した。


「っーー!」


 ぐっと自分の胸に引き寄せ、振り落とさぬように強く抱きしめていた小さな身体。俺はその柔らかさと暖かさに、今更ながらドキリとした。張り付いたように肩を抱く左手からそっと力を抜くと、大人しく抱かれていた少女身体から少しずつ力が抜けていった。


「……。大丈夫ですか?」


 俺は一応、安否確認してみる事にした。

 プルプルと小さく震えている肩越しに振り返ってきた少女は涙目。小さな唇から微かに息を漏らす。


「あ、りがとう。大丈夫です」


 ードキンッー


 ぉぉぉぉおオイ!ドキンてなんだ⁉︎ドキンてぇ⁉︎


 荒れる心中。吹き出す冷や汗。火照る顔。未だ、肩に回された俺の腕を離さず、肩を震わせる少女のその表情に、俺の胸は大きく高鳴った。縋り付くように見上げてくる少女は、普段、他の騎士の前で澄ました態度をとっている魔女とは全く別人のように見えたのだ。


「ごめん、なさい。ありがとう。助かりました」

「い、いぇ……」


 見間違えでないなら、この少女は我らが騎士団のあるじーー『東の塔の魔女』当人だ。本日は午後から塔の点検に行っている筈の人物だった。それが何でまた、こんな場所に専属護衛も騎士もつけずに現れたのか。


「失礼ですが、アーリア様」

「は、はいっ」

「何故、このような場所へ?」


 問われた魔女ーーアーリア様は肩をビクリと震わせて返事した。


「あ、あの……点検が早く終わったからアーネスト様の馬に乗せてもらっていたの」

「はぁ?それで……?」

「そうしたら急に野犬が現れて……。それで、脚を噛まれて驚いた馬が急に走り出しちゃって……」

「成る程。大体、状況が読めました」


 この馬は副団長様のお馬様だったようだ。道理で賢い。


「……そうなると何故、副団長が馬上にいないのですか?」


 まさか振り落とされた訳ではあるまい。騎士にとって馬術は必須技能。騎士は地上戦だけでなく馬上戦も熟せねばならないからだ。騎士団のナンバー2、副団長ともあろうお方が、馬が暴れたからと言って自分の馬から振り落とされるヘマをする訳はない。と、すると……


「初めから乗っていなかった……?」

「そ、れは……」


 言い難そうにアーリア様は目線を逸らした。その目線の晒し方に、俺はピーンときた。

 自分の愛馬に魔女だけを乗せていた。そして、魔女だけを乗せて自身は手綱を地面から引いていた。それは正に『馬術訓練』の初歩の光景ではないか。


「……。アーリア様。貴女、もしかして……」

「〜〜っ!乗れないんですっ」


 アーリア様は俺の視線に根負けして、叫ぶように暴露してきた。顔を真っ赤にして恥じらい、涙目になって言葉を紡ぐ。


「私、馬に乗れないんです!それどころか運動と名のつく事はてんでダメなの!」


 ーーナイショにしておいてください!


 そう叫ぶ少女魔導士に、俺はポカーンと口を開けた後、無償に笑いがこみ上げてきた。


「ふ、ふふ、は、あはははははーーっ!」

「ええーー⁉︎」

「あははははは!アーリア様、あんた、いつもはあんな偉そうな態度しているのに、実は運動音痴だなんて……!」

「ーー!」


 ーあり得ねぇ!ー


 平民でありながら宰相閣下の保護と王太子殿下の後見を持つ魔導士。その価値は最早魔導士の域を超えて、高位貴族が手ぐすね引いて欲しがる『高嶺の花』だ。平民であるにも関わらず貴族然とする魔女の様子に、俺たちは貴族出身の騎士たちは自然と馴染んで見ていたが、彼女はやはりただの魔女だったのだ。

 その見た目通り、なんの変哲もない、か弱く美しい魔女だったのだ。


『慈悲深き魔女』

『慈愛の精神を尊ぶ魔女』

『か弱き民の擁護者』


 そんな噂に振り回されて、俺は『塔の魔女』に対して勝手に期待し、勝手に絶望し、勝手に見限ろうとしていたのだ。


 ーそれが現実はどうだ?ー


 馬にも乗れない運動音痴の魔女だとは、誰も思うまい。

 こんな風に馬から落とされまいと騎士オレの腕に縋り付き、羞恥から顔を赤くする少女の姿に、俺は顔が緩むのを抑えられなかった。


 俺がーー俺たち騎士団が守るのは『慈悲深き孤高の魔女』じゃない。『見栄を張って強がる()()()少女魔導士』だったのだ。


「あははははは!アンタ、めちゃくちゃ可愛いなぁッ!」

「は?……ハァ⁈」


 澄ました顔の魔女はお世話にも可愛いとは思えなかったが、それが()()()『虚勢』であり『見栄』だったのならば話は別だ。魔女は自分を守る為にーー更には俺たちの妄想を崩さぬ為に『理想の魔女』を演じざるを得なかったのではないだろうか。そう考えると、これまでの魔女の行動全てが笑えてくるというものだ。


「嗚呼、そっか、そぉか、そうなのか……!だからアンタは……くくく……」

「えっ⁉︎ ちょ、ちょっと……!何を一人で納得して……ひゃんッ!」

「あーあー。ちゃんと俺の腕を持っていてください。姿勢を崩せば落ちますよ?」

「あ、ハイ。」

「……。くっ、くくくくく……」

「な、な、何を笑って……」


 ー落とす訳ないじゃねぇか!ー


 自分が背中から支えているのだ。それをみすみす落馬させる訳がない。なのに、この魔女は俺の言葉を鵜呑みにして、大人しく俺の言葉に従っている。こんな楽しい事はない。

 魔女も何処か俺の言葉に変だと思いながらも否定する事は出来ずにいる。不安定な馬上が怖いのか、ギュッと俺の腕を持ってくるのが可愛くて仕方がなかった。


「あーあ。俺の負けですよ……副団長」


 魔女の揺れる頭、柔らかな白い髪、その旋毛を見ながら一人呟けば、樹々の隙間から数名の騎士が現れた。現れたのは副団長を始め、第三小隊の面子だ。その中には魔女の専属護衛の姿もあった。


「今頃、気づきましたか?」


 副団長は『何を』とは言わない。しかし、俺にはソレが何を指しているのかが読み取れた。


「はい」


 はっきりと頷く俺の顔に副団長はふっと笑みを浮かべた。


「実に遅い。だが、遅すぎる事はありませんね」


 ーー合格ですよ。


 普段は怜悧な顔に笑みが溢れた。その笑みに俺は緊張感ではなく高揚感を感じた。


「彼女は特別なお方。我ら騎士のまことあるじです」


 嗚呼、今なら良く分かるその言葉。


 ー確かにコイツは特別だ。それどころか最高のあるじじゃねぇか!ー


 仕方ないから同意してやる。俺の人生、もうどうにでもなれだ!

 投げやりな気持ちの中にも晴れ晴れとした気持ちが広がっていくのは、気のせいではないだろう。なんたってこれで俺も、変態どもの巣窟ーー『塔の騎士団』の真の一員となったのだから。


 ー仕方ないから誓ってやるよー


 状況が掴めず、未だ、困惑している魔女の体温を腕の中で直に感じながら、俺は『塔の魔女』への忠誠心を新たにした。





お読み頂きまして、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価など、とても嬉しいです!ありがとうございます‼︎


東の塔の騎士団編『裏舞台6:ヤサグレ騎士の境地』をお送りしました。

二話続き、馬繋がりのお話でした。

この話のヤサグレ騎士は、対人戦の時、途中から指示を出していたアノ彼です。

騎士団は若手騎士の全てを粛正した訳ではありません。『若気の至り』で尖っていた若手の中には、伸び代を持つ才能ある騎士もいた為、団長たち管理職の騎士たちは若手騎士一人ひとりに課題を課して様子見を行なっていました。彼はその試験にどうやらクリアしたようです。

大所帯の騎士団。人間の管理にはどの組織でも大なり小なり課題があるものですね?


次話も是非ご覧ください!

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