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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と塔の騎士団
224/497

下街事変1

※東の塔の騎士団編※

 麗らかな春の陽気。まだ早朝とも呼べる時間帯。下町の商店街の住人はもう起き出しており、其処彼処そこかしこから人の声が飛び交っていた。その中でもパン屋は朝も開け切らぬ内から仕事を始めるのはどの街でも同じだった。

 一軒の煉瓦造りの店、その煙突から白い煙が上がっている。その店の前を通るだけでパンの焼ける香ばしい匂いが空腹を刺激していく。


 そのパン屋の前、小さな噴水のある公園で、1人の少女が肩を震わせ歓喜を身体いっぱいに表現していた。


「んふふふふ……」

「……」

「ついに手に入れたよ!一日限定100個のシュークリーム!」

「……ヨカッタネー」


 ーパチパチパチパチー


 満面の笑みを浮かべるアーリアに対して半眼で呆れた表情を浮かべるリュゼ。


「そんなに嬉しい?」

「うん!セイに聞いた時から食べてみたいと思ってたの!」

「あぁ、やっぱりセイ情報ね?」

「ーーあ、そうそう。マーヤちゃん、可愛かったよ?」

「……ソウデスカ」


 セイが狙っているというパン屋の看板娘マーヤちゃん。アーリアはセイから様々な話を仕入れて、この店を訪れたのだ。

 マーヤちゃんはアーリアと同い年で、ふわりとした茶髪と明るい笑顔がステキなお嬢さんだった。店の会計を担当していて、明るくよく通る声で仕事をしていた。


「何だが嬉しくなって、他のパンも色々買っちゃった〜〜!」


「ほら見て」と言って紙袋の中を見せてくるアーリアに、リュゼは苦笑しつつも顔を乗り出して紙袋の中を見た。掌サイズから顔の大きさまで、大小様々な形をしたパンが沢山入っていた。

 アーリアはパン屋からすれば大変良い客だ。限定商品シュークリームという餌に釣られて他のパンまで買って行ってくれるのだから。正に『狙い通り』だろう。しかも、当の本人がそのワナに気づくどころか自らハマって行っているのだから、どうしようもない。しかし……


 ーアーリアが『幸せ』なら、それでいっかー


 リュゼはこっそり溜息をついた。幸せを絵に描いたようなアーリアの笑顔が眩しく映る。


「シュークリームはお土産には出来ないから、ここで食べて証拠隠滅しちゃおう!」


 アーリアは公園のベンチに座るとパンの入った紙袋を隣に置き、そこから紙に包まれたシュークリームを取り出した。シュークリームは通常の物より大きくて、アーリアの片手よりも大きい。包み紙を捲ると、迷わずシュークリームを半分に割った。


「はい、リュゼ」

「え?くれるの?」

「幸せは分け合わなきゃ!」


 にっこり微笑むアーリア。リュゼは意外な表情をして、アーリアから半分になったシュークリームを受け取った。まさか一日限定百個、お一人様一個までの限定商品シュークリームを迷わず半分にして自分にくれるとは思わなかったのだ。リュゼが『ありがとう』と礼を言おうとした時、アーリアは「あっ、溢れる!」と言うや否やシュークリームにかぶりついていた。


「ん〜〜甘い〜〜」


 シュー生地の中から溢れ出すカスタードクリームと生クリーム。クリームを頬張るアーリアはこの上なく幸せそうだ。そんな笑顔を見ているとリュゼも幸せな気分になる。


「リュゼ、これ本当に美味しいよ!」

「ん。本当だ」

「甘過ぎないのが良いよね。お一人様一個までなのが辛いっ」

「今度は僕も並んであげるよ?」

「ほんと?嬉しい!」


 アーリアの瞳がキラキラと輝いている。こうしていると、アーリアも甘い物好きのタダの普通のお嬢さんだ。とてもガタイの良い騎士たちに囲まれ、王子様オウジサマに利用されている不運な魔女には見えない。


「じゃ、そろそろ帰ろっか。ナイル先輩センパイが捜索隊を結成し出す前にね」

「そ……そうだね?」


 アーリアはベンチから立ち上がると、パンの入った紙袋を持っていそいそと帰る支度をし始めた。

 同時にリュゼも立ち上がるとアーリアの手から紙袋を奪い取るように持ち上げた。左腕に抱えた紙袋。パンしか入っていないのにも関わらず、思った以上の重量感がある。


「ありがとう、リュゼ」

「……結構な量だね?」

「甘いパンもあるけど、リュゼの好きなお惣菜パンもあるよ?」


 いかにもな言い訳なアーリアの言葉にリュゼはフッと吹き出した。そしてアーリアの頭に右手を置くと、やや乱暴な手つきで撫でつけた。


「ーーえ?なに?どうしたの、リュゼ?」

「アハハ!何でもないよっ」


 アーリアはリュゼの意味不明な行動に困惑した。リュゼが何故急に笑い出したのかが分からなかったのだ。しかし、腹の底から声を上げて笑うリュゼに、アーリアは嬉しく思った。

 リュゼは自分に付き合って軍事都市こんなトコロにいる。アーリアを守る護衛騎士として訪れた軍事都市アルカード。リュゼはそこで近衛騎士団に次ぐ実力者集団である『塔の騎士団』に混じり、日々、アーリアと騎士団員との橋渡しをしているのだ。元来よりの騎士ではないリュゼ。彼がこのような閉鎖的な集団の中に入って行くには、相当、神経を使うのではないだろうか。リュゼは『何て事は無い』というように振る舞ってはいるが、素人のアーリアから見ても、リュゼが普段から立ち居振る舞いに最新の注意を払っている事は分かっていた。

 そのリュゼが今、自分の隣で楽しそうに笑っている。自分だけに素の表情を見せてくれている。その事実に、アーリアは安心を覚えるのだった。


 ーリュゼが笑ってくれていると、私も嬉しいー


「行こ、アーリア」

「うん、リュゼ」


 アーリアはリュゼに促されると、差し出されたリュゼの手を迷わず取った。リュゼは何故か少し驚いたていたが、そのままアーリアの手を引いて歩き出した。


 リュゼはアーリアを何処かに連れ去りたい気分になる時があった。ここではない何処か……アーリアが普通の魔女として自分の人生を歩める場所へ。そこで、自分と彼女は共に平和でゆったりとした日常を過ごしていく。


 それは叶わぬ夢。叶わぬ願いだ。


 ーアーリアは自分に課された責任を放り出したりはしないからー


 例えその責任が他者から押し付けられたとしても、一度引き受けた仕事を放り出す事はない。


 ーでも、無利益な事もしないケドねー


 アーリアは自身の事をよく『慈善家ではない』と言っている。それは確かで、頼まれた依頼に対して相応しい対価がない限りは働かないのだ。『東の塔』の管理にしても王宮からの依頼に対して相応な給金という対価を貰っている。


 そこでハタっとリュゼはある事に気がついた。


 ー何でアーリアは『東の塔』に《結界》を張ったんだろう?ー


 リュゼがアーリアに出会う二年ほど前。アーリアは当時、ライザタニアとの戦争真っ只中のアルカードを訪れ、誰に依頼された事でもないのに『東の塔』に《結界》を張った。それは誰に知られる事なく行われたが為に、アーリアは魔導士バルドーー前宰相サリアン公爵にその命を狙われるまで、誰からも『東の塔の魔女』だと認知されずに過ごしてきた。つまり、誰からも対価を貰わずに仕事をしたのだ。


 ーお師匠シショーサンに命じられたのかな?ー


 それとも……と、リュゼが思考の整理をしていると、隣を行くアーリアが突然「あっ」と声を上げた。同時にぐんっと身体が引かれ、繋いでいた手が外れる。アーリアはそのまま、たたらを踏むように前のめりになった。


「ひぁッ!」


 アーリアは後ろから走ってきた誰かにぶつかられ、その勢いで地面に倒れそうになっていた。あわや地面に顔面激突!という所で、後ろから自分の腰を攫う大きな手が現れた。


「ーーあっぶな!アーリア、大丈夫?」


 アーリアの救世主リュゼはアーリアの腰に腕を回すと、地面から掬い上げるように持ち上げた。アーリアはリュゼの小脇に抱えられるマヌケな格好になった。


「ありがとう……?」

「いいよ。それよりアーリアは大丈夫?立てる?」

「だ、大丈夫。重いよね?ごめん、今すぐ立つから……」

「ハハッ!なぁに、アーリア?体重のコト気にしてるの?」

「そ!そんなコト、ない……」


 リュゼはアーリアを右腕にパンの紙袋を左腕に持っているが、とても重い荷物を持っているようには見えない。

 アーリアとリュゼはいつも通りのバカなやり取りをしていると……


「オイ、そこの姉ちゃん。こんな往来をボサッと歩いてんなよっ!」


 アーリアの肩に背後からぶつかった人物が、アーリアを怒鳴りつけた。その声が予想外にも成長期前の子どもの高い声だったので、アーリアは驚いて顔を上げた。


 10歳くらいの少年。焦げ茶の髪。赤茶の瞳。そばかすが顔に残る幼い顔つき。きっと上がった目尻。黒い半ズボンに生成りの長袖シャツ。小豆色のチョッキ。革靴。

 着ている物は悪くはないが、少しスス汚れて見えた。よほど慌てているのか、靴紐は解けたままだ。


「気ぃつけろよ!」


 そう言い捨てるなり少年はアーリアに一言の謝罪もなく足早に立ち去ろうとした。その時……


「ちょっと待って。ーーって言って待つワケないか……」


 リュゼは地面に降ろしたアーリアにパンの紙袋を手渡すとトンっと地面を蹴った。そして3拍後には駆け出していた少年に追いつき、更に追い越すと、少年の足を軽く払った。


 ードサッー


 少年は突然地面に転がされても驚くより先にすぐ手足を地面について体制を整えると。まるで猿のような身のこなしにアーリアは「おおっ」と目を見張った程だった。

 少年は額に汗を流しながら知らない青年ーーリュゼに向かって暴言を吐いた。


「ーーイッテェ!何しやがる⁉︎」

「そりゃ、こっちのセリフ。何しやがるの?」

「ーーえ⁉︎ アッ、それッ!何で……⁉︎」

「何でって言われてもねぇ⁇」


 少年はリュゼの手の中にあるソレを指差して素っ頓狂な声を上げた。それは小さな皮財布だった。


「あれ?それ、私のお財布……」


 アーリアは急に走り出したリュゼに驚きつつも慌てて後ろから駆け寄ると、リュゼの背からヒョコッと顔を出した。

 リュゼはアーリアの手から紙袋を奪うと代わりに皮財布を手渡した。


「……?さっき、ポケットに入れなかったかな?」

「……。アーリア、財布に紐でも付けといた方が良いよ?」


 アーリアの頭の上には疑問符が浮かんでいる。リュゼはそんなアーリアを見て「はぁ〜〜」と深い溜息をついた。


「さぁて、少年。どーしてくれようか?」


 リュゼは視線をアーリアから少年へと移すと、脅すように睨み下ろした。少年は屁っ放り腰でズルズルと下がっていく。


「ーー‼︎ お、俺は……」

「おっと。逃げられるとでも思ってる?」

「ッーー!どうしようってんだよ⁉︎」

「どーもしないよ?」

「な、なら何を……⁉︎」

「こーすんの!」


 ーゴチン!ー


「いってぇ〜〜!何しやがる⁉︎」


 少年はリュゼに殴られた脳天を両手で押さえながら地面をゴロゴロと転がった。


「何って?殴ったダケだけど?それとも憲兵に突き出して欲しかったの?」

「ぐっ……」


 リュゼは何てことない表情カオをして、睨み付けてくる少年を見下ろした。

 涙目の少年はまだ何か言いたそうだが、ぐっと堪えて黙っている。ここで言い返して憲兵に突き出されでもしたら大変だと思っているのだろう。

 リュゼは「あぁ〜あ」と天を仰ぎたい気分になった。


 その時……


 ーぐぅ〜〜ー


 マヌケな音が響いた。その腹の音はリュゼでもアーリアでもなく、少年の腹から齎されたものだった。少年の青い顔がだんだんと赤く色づいていく。


「……とりあえず、パンでも食べる?」


 アーリアは座り込んでそっぽ向いた少年に向かって、そう声を掛けた。



 ※※※



「うっま!」


 少年の第一声はそれだった。

 少年はアーリアからパンを貰うと、夢中になって食べ始めた。子どもだからなのか成長期なのだからか分からないが、少年は実に良い食べっぷりだった。


「でしょう?ーーあ、リュゼもどうぞ」

「ん。ありがと」


 リュゼはアーリアから惣菜パンを受け取ると、パンを咥えながら向かいに座る少年に目を留めた。

 少年はアーリアから財布をスった。有り体に言えば『軽犯罪者』だ。だが、そんなコト、何だというのか。財布をスル奴なんて世の中にはごまんと居る。それ以上の犯罪を犯す者も。

 この国はーーこの世界は明るく正しく、光溢れる美しい場所ばかりではない。暗く濁った誤りばかりの場所もあるのだ。


 リュゼは幼い頃から犯罪に手を染めて生きてきた。スリなんて可愛いモンだ。少年には『バレないようにやれ』とアドバイスしたい。少年の腕程度ならすぐ、憲兵に捕まってしまうだろう。スル相手が悪ければ逆に自分の方が害される恐れさえある。今回も捕まったのがリュゼではなく他の騎士ならば、もしくは、リュゼよりもずっと正義感溢れる騎士ならば、とっくに捕まって監獄行きになっていただろう。

 だからと言うワケではないが、リュゼはこの少年を憲兵に突き出すつもりはなかった。ただ、アーリアの財布をスった事よりも、スリ方が下手でアーリアが転びそうになった事の方にムカついただけだった。


「……少年さ。もーちょっと上手くやらないと捕まっちゃうよ?」

「ッーー!お、お前に言われなくても……」

「それにさ。まず、スル相手を選ばなきゃ……」

「今回だって、アンタさえ居なけりゃ上手くいったんだ!」


 少年はリュゼの指摘にムキになって反論する。その反論に「あーハイハイ」と適当に相槌を打つと、リュゼは隣でクッキー生地で出来た甘いパンを頬張っているアーリアに視線を移した。

 アーリアはこんな煤汚れたパン屋の路地裏であっても何も気にする事なく、従業員が設置したであろう椅子に文句も言わずに腰を下ろし、パンを美味しそうに頬張っている。しかも、目の前には自分から財布をスった身知らずの不良少年(?)がいて、アーリアはその不良少年(?)に対して疑問も持たずに自らのパンを分け与えているのだ。

 少年はアーリアを良いカモ、チョロい観光客、マヌケな女……と思っているようだが、リュゼにはアーリアがこの中で一番、大物なような気がしていた。


「あーあ。良いカモだと思ったんだけどなぁ……」


 少年はパンを食べ終わると、拗ねたような視線をアーリアに投げつけた。アーリアは少年からの視線を受けて、キョトンと首を傾げた。


「姉ちゃんさ。気をつけた方がイイぜ?この街の治安が良いのは表だけ。裏はけっこーゴタゴタしてるからな」


 パンのお礼とも言いたげに、少年は偉そうに忠告した。


「この街にも俺たちみたいなのがゴロゴロいるってコト。姉ちゃん、トロそうだから良いカモだぜ?」


 そう言って少年はニヤリと口の端を上げた。その表情はとってもチャーミングで魅力的な笑顔だった。



お読み頂きまして、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価など、本当に嬉しいです!ありがとうございます‼︎


東の塔の騎士団編『下町事変1』をお送りしました。

焼き立てパン、最高ですよね?小麦粉の香りは食欲を掻き立ててくれます。

アーリアも世の中の女子と同じく、『限定』や『増量』と言った言葉に弱いです。最近では仕事も半分にして、密かにアルカード甘味巡りを敢行しています。

そんなアルカードの下町で出会った不良少年。彼との出会いはアーリアをどう変えていくのでしょうか⁇


次話も是非ご覧ください!

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