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※東の塔の騎士団編※
「失礼します」
アーリアは騎士団員の幹部執務室に入ると、団長の座る席へと歩むを進めた。そして手にした書類の束を、皮張りの椅子に座るルーデンス団長へと手渡した。
「頼まれていた報告書です」
「有難く存じます。お手間を取らせましたな」
「お気になさらず」
ルーデンス団長はアーリアから手渡された書類をペラペラと捲りながら内容を確認していく。すると、ページが進む毎にルーデンス団長の眉間の皺が増えていった。ルーデンス団長は書類を最後まで読み終わると、その書類を隣に立つアーネスト副団長へと手渡した。アーネスト副団長は眼鏡をかけ直すと、速読しながら素早く書類の内容を確認していった。
「これは……」
「資料にも記してありますが、この魔宝具はこの国の物ではないと思われます」
「ほう……?」
受け取った資料を手にしたアーネスト副団長はその目を興味深そうに細めた。
「市場に卸す魔宝具には製作者名を記す義務がある事をご存知ですか?」
「いいえ、生憎と……。私たち騎士の多くは簡単な魔術こそ使用しますが、魔術に関しての知識は本職の魔導士には到底及びません」
魔術と剣術、双方の技術を併せ持ち合わせ、実戦で使用する事の出来る騎士は、このシスティナ国では近衛第1騎士団をおいて他にない。完全分業体制とまではいなかいが、やはり騎士と魔導士とは、それぞれ専門分野に分かれて活動している。
システィナに存在する数多の騎士団のトップに君臨するのは言わずと知れた近衛騎士団。そして、魔導士団のトップにあたるのは王宮魔導士団なのだ。
「私がこの魔宝具がこの国で造られた物でないと断言する理由は二つ。一つ、この魔宝具には製作者名がないこと。一つ、私はこの魔宝具の存在を知らないと云うこと」
アーリアはルーデンス団長に調べて欲しいと依頼された魔宝具を指差した。机の上に置かれたソレは、一見すると笛のように見える。大きさは掌サイズで吹き口と空気穴が三つ。素材は木材にも見えるが、見た目通りの素材ではないだろう。
「アーリア様はこの国にある全ての魔宝具を把握していらっしゃると……?」
「毎日のように何処かで誰かが魔宝具を制作しているので全てとは言い切れません。でも、ほぼ全てを把握しているとは言えます。ーー実は、魔宝具は新商品が世に出ると、『魔宝具月間』という雑誌に必ず掲載されるのです」
ードサッー
アーリアの目線を受けてリュゼが数冊の雑誌を団長の机の上に置いた。それはアーリアがアルカード領主館に隣接されている図書館で借りてきたものだった。
「これを所持していた盗賊はこの魔宝具を『商人から奪った物』だと言ったそうですね?」
「ええ。ナイルよりそう報告を受けています」
アーリアの問いにアーネスト副団長は軽く顎を下げた。
「システィナでは魔宝具を商人に卸す為には先ず、魔宝具の抄本登録が必須。抄本登録する為には商品名、製作者名、商品の使用方法、効果、付随する副作用などを記す必要があります。それがこの魔宝具には記されていない。記されているのはその効果のみでした」
大概の魔宝具職人は能力《鑑定》を使用して、魔宝具本体に記された情報を読み取る事ができる。アーリアもその能力を使ってこの魔宝具を調べたのだ。
「その効果と云うのは……?」
「ご存知の通り、大蜥蜴を意のままに操るというものでした。効果の程はナイル先輩とセイが実際に体験されていますね」
騎士団内の綱紀粛正を目的とした『特別訓練』の最中、アーリアを攫った黒ずくめの盗賊がこの魔宝具を使用した。盗賊はこの魔宝具をひと吹きしただけで、忽ち、アーリアたちは大蜥蜴の群れに囲まれてしまった。しかも、大蜥蜴は魔宝具使用者の命令に従ったのだ。
「セイの話からすると持続時間はおよそ15分間。効果範囲は……すみません。《索敵》していなかったので分かりません」
アーリアはあの時、大蜥蜴の群れに囲まれてパニックを起こしていた。その為、能力《探査》を起動していなかったのだ。
「持続時間15分は使用者の魔力量を考えての事だと思います。15分は短いようにも思えますが……」
「その15分が命取りになりますね?」
「ええ。小さな村ならその15分で壊滅してしまうでしょう」
近衛騎士団に次ぐ実力派集団ーー『東の塔の騎士団』。その団員であるセイとナイルの二人掛かりで大蜥蜴の群れを始末したと聞いたが、騎士が二人いても討伐には命がけだったと聞く。魔宝具の笛を吹き鳴らすだけで大蜥蜴が15分もの間、無条件で人間の命令に従うという。やり方次第では十分ーーいや、十分どころではなく脅威になり得る代物だ。
「国は魔宝具の軍事転用を禁じています。それは、魔宝具は人々の暮らしを豊かにする為に造られた道具だからです」
魔法を魔術へと進化させた魔導士。その偉大な魔導士の名は今世まで伝わっていない。しかし、その魔導士は国民のより良い暮らしの為に魔宝具を創造したと伝わっている。誰にでも簡単に使用できる魔宝具は忽ち人々の手に渡り、システィナ国民の暮らしを豊かにしていった。
しかし、その国民の平和な暮らしも束の間の事だった。
戦争は金になる。魔宝具を軍事転用して儲けようと考える者が現れるのは、時間の問題だったのだ。そう、魔宝具を人を殺める道具に転用した魔導士が現れたのだ。
およそ400年前。システィナ国の前身であったシルス公国で事件は起こる。シルス公国はエステル帝国との戦争で、軍事転用した魔宝具を使用した。作動すればエステル帝国軍を火の海にすると言われた大量虐殺兵器は、暴走、暴発し、現在の首都オーセンの北ーー現在の旧都の辺りが一瞬で焼け野原になったという。その事件で民間人を含め多くの国民が亡くなったそうだ。炎は半月もの間、消えることなくシルス公国包み込んだ。
エステル帝国はその機にシルス公国を奪い取る事はなかったという。それは、故にシルス公国の魔宝具を恐れた為だった。
多くの王族、貴族を一瞬で亡くしたシルス公国は解体。五十年の時間を費やし、現在のシスティナ国が誕生した。
現在のシスティナ王家はシルス公国の王族の生き残り。システィナ王家はこの事件を後世に伝える事を使命とした。
それが魔宝具の軍事転用禁止だ。その法を破った者は須く死罪。それほどまでに犯してはならない禁忌なのだ。
魔導士の管理。
魔宝具職人の管理。
魔宝具の管理。
これら全てが、国内にいらぬ火種を蒔かぬ為の措置、国内の平和の為の措置であった。
「この国で『魔宝具職人』と名乗るのならば、その意味を深く理解していなければなりません」
自分たちの生み出した魔宝具が使い方次第では武器になること。それを理解した上で、魔宝具を生み出した責任を魔導士自身が負わねばならない。その為の製作者名の記載なのだ。
「この魔宝具には製作者の記名がない。それなのに商人が商品としてこの魔宝具を扱っていた。だとすると、この魔宝具の出所は……」
「ライザタニア、ですね?」
アーリアはこの時、『はい』とも『いいえ』とも言わずに口を固く閉ざした。この時、自分の施した《結界》の効果範囲を誤ったのではないか、と悔いていたのだ。
アーリアが施した《結界》は、『武装集団』、『人を傷つける意思』、『武器の所持』、『ライザタニア国民』の四つの条件でシスティナへの入国を弾いている。しかし、『民間人』、『非武装』はその範囲には入らない。それは、ライザタニアからの難民や移民を受け入れる事を念頭においての事だった。
アルカードはライザタニアから程近い距離にある事から、システィナとライザタニア、その両国に祖国を持つ者が存在する。所謂、国際結婚だ。またその子孫も然り。そのような者が家族と引き離されぬようにと執った措置が、まさか違法魔宝具の受け入れに繋がるとは、思ってもいなかったのだ。
「見事に盲点を突いていますね。ですが、アーリア様。貴女が後悔する事など何もございませんよ?」
「え……?」
「うむ。アーネストの言う通りだ、アーリア殿。この国でも違法魔宝具を密かに製造し、他国へ密輸している貴族どもがおり、年に幾人も摘発されている現状がある」
「ですから、他国の商人を規制した所で大した効果はございませんよ」
アーネスト副団長は微笑みながら「抜け穴はいくらでもございますからね」とアーリアをやんわりと励ます。副団長の隣ではルーデンス団長が強く頷いていた。
「ありがとうございます」
アーリアは詰めていた息を吐くと、小さく微笑んで軽く頭を下げた。
法の網をーー人の目を掻い潜る者。それはどこの国にも存在する。表では善人のフリをして裏では残忍な顔を持つ者も。ゴキブリ並みの生命力と繁殖力を併せ持つ悪徳貴族、商人を根絶やしにする事は不可能に等しい。国の機関には限りがあり、悪事を起こしそうな貴族をピックアップして一々見張ってはいられないのだ。まして、それらの事を『東の塔』の管理人が気にする必要はない。
「えっと……以上が私がこの魔宝具を《鑑定》し、調査した上での結論です」
「了解しました」
「あ、でも、あくまでも私個人の見解ですので、参考程度になさってくださいね?」
「分かっておりますよ。アーリア様の鑑定結果と見解を併せて、王都にも問い合わせてみるつもりです」
それならば安心、とアーリアは胸を撫で下ろした。
アーリアは魔導士として優秀な部類には入るだろうが、王宮に勤める魔導士のような信頼や実績がない。鑑定結果と見解に自信があっても、やはり、己だけの見解を鵜呑みにされるのは困るのが実情。それは、アーリアの立場では責任を負いかねるからだった。
「それでは、私はこれで失礼します」
アーリアは自分の仕事は終わったとばかりに、ルーデンス団長とアーネスト副団長に向かって頭を下げた。
「アーリア殿、貴殿に感謝を」
ルーデンス団長は椅子から立ち上がるとガバッと頭を下げてきた。驚いたアーリアは頭も手をブンブン振った。
「そ、そんなに改まって頂かなくても……」
「いや。都合良く業務外の仕事を押し付けてしまい、面目もない」
「大丈夫です、ルーデンス様。アーネスト様もお気になさらないでくださいね?」
実はアーリアは、普段から頼り切っている騎士団からこのように頼られる事が嬉しかったのだ。彼らの期待に応えられると尚良い。そして何よりも、これを機に少しずつ互いに信頼関係が築けると良いなと思っていた。
※※※※※※※※※※
アーリアが退室した扉を見つめていたルーデンス団長は、ふん、と一息を吐いた。
「アーリア殿は謙虚を通り越して、自己肯定感が低いように見えるのだが……?」
「それは仕方がないのでは?彼女はその出自と身分、年齢と容姿から、これまで他者から認められる機会が殆どなかったようですから」
アーネスト副団長は、アーリア様が初めて等級試験を受け、等級7の証書を授与された時の事を、幼馴染みーーアルカード領主カイネクリフより詳細に聞いて知っていた。アーリアは授与式の場において王宮魔導士ーーしかも、副魔導士長自ら己の出自を貶され、『平民』だから、『天涯孤独の身』だからという理由で、その当時、揉めに揉めていた『東の塔の魔女』になるようにと命令されたという。
『死んでも誰も悲しむ者はいない』とまで言われたアーリアが何故、正式に任命されてもいない『東の塔』に《結界》を施すに至ったのか。《結界》を施した時の心の内はどのようなものだったか。
「……アーリア様の心の奥底には、深い悲しみや苦しみがあるように思えてならないのです」
アーネスト副団長の言葉に、ルーデンス団長はフゥと溜息を吐くと、ドッと椅子に深く腰掛けた。
ルーデンス団長は立場上、アーリアの身の上を知らされていた。王宮での出来事からエステル帝国に拉致された事件、そして果ては『システィナの姫アリア』としての仮の姿がある事までその全てを。だからこそ、ルーデンス団長はアーリアの事をこう称すのだ。
「なんと慈悲深い魔女か……!」
ーーと。どんな不運に陥ろうとめげずに懸命に立ち向かうアーリアの姿に、ルーデルス団長は尊敬の念を覚えた。また、自分自身の事を差し置いて、他人の為にその力を用いる事ができるアーリアには脱帽の想いだった。
「ふふっ。アーリア様はそのように認識される事を嫌うとは思いますがね。ですが、私はアーリア様にお仕えする事ができて大変幸せですよ」
アーネスト副団長はアーリアに対してルーデンス団長とは違う評価を持っていた。
どんなに理不尽な仕事であろうと、任された仕事を確実に熟すアーリアの姿勢には好感を持つどころか尊敬に値する。それどころか、『仕事』に対する割り切り様は並みの男以上だとさえ思えるのだ。
ーしかし、それはどこで身につけた事なのかー
「アーリア殿は『東の塔』に《結界》を施す事だけでも十分な仕事をしておられる。それ以上の事を望むなど、過ぎた事だ」
「本当に。我々はアーリア様をお守りする事で、彼女へのこの『想い』を示すと致しましょう」
ーアーリア様の信頼に値する騎士団となるように……ー
強い想いを秘めたアーネスト副団長の表情を見たルーデンス団長は、強く頷く事で同じ想いである事を示した。
アーネスト副団長はルーデンス団長と目線を交わし合うと、二つ手を打った。すると隣室から『塔の騎士団』に所属する班長たちが現れた。彼らの手には剣ではなく、書類とペンが握られていた。
「お待たせしました。さぁ、このアルカードで発生した以下の事件について、検証していきましょうか?」
一、アルカードの東の森に現れた野犬の群れについて
一、隣国ライザタニアからの移民、難民問題について
一、隣国ライザタニアから齎された軍事転用された魔宝具について
軍事都市アルカードで起こった事件ーーそれも『東の塔』防衛に今後関わりのありそうな事件を洗い直すのも、この騎士団に課せられた『仕事』の一つであった。
「まず一班から」
「はっ。私からは東の森に現れた野犬の群れについて……」
柔らかな日差しの中、執務室には真剣な表情の騎士たちの声が静かに響いていく。情報の共有は、五百余名も在籍する騎士団に於いては最も重要な事項だった。
お読み頂きまして、ありがとうございます!
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東の塔の騎士団編『情報共有』をお送りしました。
アーリアは騎士団員に対して柔和な態度を取る様になってきました。それは、側にいるナイルやセイの影響も大きいのではないでしょうか?
一方、騎士団員たちもアーリアから信頼を得たいと考えています。
この後、双方の想いが伝わり合うと良いですね。
次話も是非ご覧ください!




