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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と獣人の騎士
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噂話と恋人ごっこ

 山あいに隠れたような場所にその街はあった。そこには数十軒の家が並ぶ小さな街。住人は山で獣を狩り山菜を摘む、そんな穏やかな生活をしている。

 名物は芳しい香りのキノコ。このキノコはこの地方だけの特産物で、香りも豊かで味わいも絶品の為、貴族や王族からの注文も来るほどの品だった。ハウス栽培もできるが、天然物にはやはり敵わない。

 首都から東北東へおよそ80マイル。鬱蒼とした山々に囲まれるこの集落が落ちぶれずやってこれているのは、偏にこのキノコのおかげだった。キノコを運ぶ流通ルートも確保されている。たまに魔物や獣が出没するが、自警団が組織され、それに対応していた。またキノコを求めた商人たちも定期的に来るので、その商人の連れてきた護衛の傭兵やフリーの傭兵、冒険者等も訪れるので、街はまずまずの平和を守られていた。

 晴れた日には街の中央にカラフルなテントを張った簡易市場が軒を連ねる。山の幸は勿論、野菜や果物、獣の肉、陶芸品などが並ぶ。

 小さな街だが、人々は協力し合って生きていた。そこには人々の団結力もあるようだった。


 日差しから肌を隠すようにフードを被った人々が、市場を行き交う。子どもなどは素肌を出して元気に走り回っているが、大人はそうはいかない。特に若い女性には陽の光が何よりの大敵だ。この国の女性には白い肌が好まれているのだ。

 年頃の娘は誰しも陽の光からの対策を怠らない。いつステキな男性に出会えるか分からないのだ。婚姻は貴族や王族だけではなく、一般の民にも重要なことだ。より良い人、より良い家に嫁ぐことが、女性の幸せだと言う人もまだまだ多い。

 魔法や魔術を嗜む者、剣術を嗜む者に男女の差はない。政治でも女性の社会進出が促進されてきたこの国でも、まだまだ女性の地位向上には課題があるのが現状だった。


 アーリアは白いフードを深く被る。日差しから肌を守る役目もあるが、トラブルを避ける意味もあった。

 こんなところを追手に見つかると非常にマズイ。昼間なので、獣人は堂々と街の中に入ってはこないだろう、と予想して来たのだが、どこでどんな危険があるか分からないのだ。気をつけることに越したことはない。


 アーリアは食料の買い付けをする為に、この街を訪れた。さすがに森の中、山の中を逃亡するにも、食料難に見舞われた。

 買っておいた食料や持ってきた保存食などは早々に底をつきた。川で魚を採ったり、獣を狩ったりしたが、さすがにそれだけでは辛いのが現実だった。


 アーリアは山でのサバイバルな生活などした事もなかったので、なかなかに厳しかった。食べ物には執着があまりなかったので、お腹が膨れれば何でもかまわなかったが、流石に調味料が無いのが痛かった。塩だけでも携帯しておけば良かった、と後悔したものだ。


 アーリアは食料を調達する為に市場を散策した。そこで出会った人々との会話の中で、様々な噂話を聞くこたができた。


 噂話その①

「豚肉かい?どれくらいだい?」

「あー喉がやられてるのかい?夏風邪かい?昼と夜との温暖差もあるからねぇ……」

「ただの風邪なら、心配ない!最近は変な病気も流行ってないしね〜〜」

「ただ、最近、森の中で変な獣を見たって言う人の話を聞いたんだよ〜!ここは獣人の都とも離れているし、不思議だよね〜。アンタ、旅人よね?充分気をつけるんだよ!」

「薬屋は真っ直ぐ行って角を3つ越えた所を右に曲がったらすぐだよ!礼なんていいよ!早く治して元気になったらまた来ておくれ」


 噂話その②

「いやぁ、珍しい髪色だね?」

「東の魔女さんの髪の色に似てるってよく言われるって?あーー、そう言や、東の魔女さんも白い髪って聞いたな。俺は見たことはないが、でも魔女っつーくらだから、もっと年取ったばーさんだろうぜ?」

「お前みたいな娘っ子は魔女さんの足元にも及ばないだろうさ。なんせ、あの塔に一夜にして結界を張ったらしいぜ?バケモンさ!」

「いやーでも実際助かってるから、悪口なんて言う奴はいないけどな!」


 噂話その③

「お前さん、知ってるかい?え?知らない?ここだけの話だけど、首都で今、騎士や貴族たちが沢山行方不明になってるんだってさ!」

「殺されたんじゃないか、流行病じゃないか、とか色々噂になってるよ〜。貴族どもは上手く隠してるみたいだけど、かえって不自然らしくてさぁ〜」

「え?誰に聞いたって?ここに来る商人たちに聞いたのさ〜〜!商人たちは貴族と取り引きがあるだろ?装飾品なり、茶葉なり。もちろんこの街の名物マツノタケも!貴族の館に出入りする商人だから、気付くこともあるんだとさ!」


 どこの場所もオバちゃん、オジサンの話好きは多い。特にオバちゃんの噂話を話す時のニヤニヤした顔、嬉しそうに語るその姿がなんとも言えない。そんなオバちゃんに捕まってしまったら、小1時間は離れられない。下世話を話をさせたら天下一品だ。通信手段が限られたこの世界でも、噂話が広がるスピードは半端ない。そして、噂話には嘘も多く含まれているが、その中には真実も含まれているのである。人の口に戸は立てられないのだから。

 現に、アーリアは例に漏れずオバちゃんの長話に捕まって逃げられず、かなりの時間を拘束されてしまっていた。日が暮れるまでにはジークフリードの待つ街はずれの漁師小屋付近で落ち合う予定なのだ。それまでに用事は全て済ませたかったのだが……。


 アーリアは粗方必要な物を調達した後、肉屋のオバちゃんに教えられた薬屋で薬草やハーブ、調味料などを購入。そして魔宝具店へと向かった。

 魔宝具店には日用的に使う魔宝具や、道具としての魔宝具、そしてその魔宝具を造る為の材料となる素材 ー宝石や金属などー が売られている。

 今回は魔宝具や素材の購入もあるが、この間、大渓谷で採ってきた水晶を売る目的もあった。旅には路銀が必要である。

 加工した水晶もあるが、これは不用意には売れない。よく知らない街でこのような物を不用意に売ったら変に目をつけられるかもしれない。水晶の原石だけでも目をつけられそうなのだ。それに買う側も売る側も初対面だから信頼関係などない。不信感しか生まれないだろう。


 アーリアが店に入ると、店の中はどことなく空気が渦巻いていた。薬屋の店の中は薬草やハーブの香りがしていた。魔宝具店は売っている物のほとんどに魔力が宿っているので、それから発する微弱な魔力が身体に絡まるような感じがするのだ。慣れてしまうとなんて事はないが、初めて訪れる人の中には魔力酔いをする人もいるくらいだ。


 店の中には数人の客。素材を品定めする二人の男性、魔宝具を手にとってマジマジ眺める主婦らしき女性。

 その客と品物が並ぶ棚との間を通って、初老の店主の座るカウンターまで行く。


「はい、いらっしゃい。今日は何の御用です?」


 アーリアは話したい内容を予め書いておいたノートを出すと、それを見せた。


「はあ……?ああ、風邪で喉の調子が悪い?そうですね〜夏風邪の季節ですからね〜。で?はいはい、素材を売りたい、と?なになに……?」


 アーリアはカウンターに『竜の涙』が入った皮袋を置いた。その中身を店主へと見せる。店主はモノクルで水晶を覗き込みその質を測る。


「ほうほう。これはスゴイ!天然物ですな?どうやってこれを?ほう……。お兄さんが素材の収集をなさっていると……?そうですか〜貴女はそのお手伝いをなさって……」


 自分で採ってきたなど嘘にしか聞こえないだろう。本来ならジークフリードと一緒に売りに来られると良かったのだが、彼は昼間は獣人の姿なので、あの姿で街の中はうろつけない。夜には他の獣人たちも人間の姿に戻るので、もし街の中で鉢合わせなどしてもいけなかった。

 一応、昼間にジークフリードが街の周囲を見廻って、大丈夫だろうと判断したら、今晩一泊だけこの街に泊まる予定になっている。


「よほど実力のあるハンターのようですな、貴女のお兄さんは。この水晶、ぜひ売っていただきたい!お値段の方は……」


 そこから値段の交渉に一苦労。いつもはアーリアの兄弟子に交渉を手伝ってもらっていたので、このようなやり取りは苦手だが、今回は一人で交渉しなければならない。兄弟子のやり方を思い出して交渉してみた。足元を見られると安く買い取られるので、強気な姿勢が重要だ。しかし、アーリアに声が出ない状況なので、渋った顔して無言でいると、店主の方から勘違いして先に折れてくれたので、とても助かった。


「貴女には負けましたよ!お兄さんも貴女に交渉を頼む訳です。では……」


 まずまずの値段で売れて、アーリアは喜んだ。店主にお礼を言うと、そのお金で必要な素材も購入した。店主も気前よくサービスしてくれた。


 アーリアがほくほくして店を出ると、既に日は傾いていた。夕焼けに染まる橙色の瓦屋根。白いタイルの家々。とても美しい光景だが、アーリアは冷や汗が滲んだ。


(もう陽が沈んじゃう!)


 約束の時間が過ぎようとしていた。

 アーリアは足早に街の外れへと歩を進めた。

 街の中に展開されていた市場では、片付けが始まっていた。布で出来た簡易な屋根を取り外す人、品物を箱に詰めて片付ける人などの間を抜けて、小走りに走る。

 いくつかの角を曲がってもうすぐ街外れ、という所に、アーリアの行く手を二人の男が遮った。

 アーリアはその人物にぶつかりそうになり、咄嗟に足を止めた。


(……な、何?)


 二十代半ばくらいの二人の男。二人ともひょろりと背が高く、アーリアをニヤニヤと見下ろしてくる。


「おいお前。大金持ってるだろ?」

「痛い目に遭いたくなかったら、金をサッサと出しな!」

『……』

「俺ら、知ってんだぜ?さっき、スゴイ素材を売ってただろ?見てたんだぜ?」

「他にもイイモノ持ってるかもな?それも全部おいていけよ」


(店にいた男たちだ……)


 素材を買いに来ていたのではなく、客を見ていたのか!と思い至った。魔宝具店で魔宝具を盗むより、お金を持っていそうな客を襲う方がリスクが少ない、という事なのだろう。なんて姑息な!とアーリアは内心憤る。

 アーリアは以前住んでいた街でも同じような目に遭ったことがあった。その時アーリアは魔法も魔術が使えたので、サッサと撃退できたのだが、今日は分が悪い。


 アーリアはお金を出すフリをして、鞄の中に手を入れる。


(魔宝具を使って男たちの目を逸らし、脱出!……ムリかな?)


 なんせ自身の鈍臭い事を充分理解しているので、どう考えても成功率の低さが頭にチラついた。『痴漢撃退』があるので、手出しは出来ないだろうが、ただそれだけだ。逃げられる訳ではない。


「よく見るとコイツ、カワイコちゃんじゃん?」

「あ!ホントだ?どーする?ついでに遊んじゃう?」


 二人の男がフードを下から覗いてくる。アーリアは目が合わないように俯いて晒す。


(どーしよう?魔宝具で目くらまし?うーん……)


「その子、僕のツレなんだよねー?離してくれない?」


 アーリアが『面倒な事になった』と悩んで俯いていると、突然背後から声がかけられた。アーリアの直ぐ後ろに現れたその声の主がアーリアに近づくと肩に手をぽんっと置いた。


「待った?ごめんねー遅れちゃって!」


 振り向いて見上げると、そこには知った顔があった。


(リュゼ?)


 茶色短髪の青年ーーリュゼーーは、アーリアの顔を見ると、細い琥珀色の瞳をさらに細めて微笑みかける。そして、アーリアを男たちから隠すように背後に押しやると、二人の男を射殺すかのような殺気をこめて睨みつけた。


「……‼︎」

「彼女に何するって?」

「……お前こそ、誰だよ?ツレ?嘘つくな!獲物を横取りするつもりか⁉︎」

「意味がわからないよ?君たち、早くどっか行ってくんない?」

「お前こそ、失せろ!本当はそいつのツレなんかじゃないんだろ?」


 会話の成り立たなさにリュゼはやれやれと肩を竦める。暴力で解決してもいいが、後々が面倒だと思いながら、リュゼはチラリと背後を見る。

 アーリアは困ったようにリュゼを見上げてくる。


 ー全く、子猫ちゃんの護衛ボディガードはどこで何をしているんだか……ー


 アーリアの困り顔を見たリュゼは、 ハッと面白いことを思いついた。

 そして直ぐにその面白いことを実行してみた。


「僕は彼女のカレシだよ?」


 リュゼはアーリアをその胸の中にギュッと抱きしめた。


「「『 なッ⁉︎ 』」」


 アーリアは思ってもない出来事に呆然となり、リュゼのされるがままに抱きしめられた。二人の男は口を開けてその様子を眺める。


「男女の密会を邪魔するなんて、君たちこそ無粋だよ?さっさと立ち去ってくれない?」

「……なッ⁉︎」

「それに僕、さっき護衛団の人に君たちのコト知らせてから来たから、もうすぐこっちに来るんじゃないかな〜〜?」


 リュゼの作り話に二人の男は血相を変えて走り去っていく。そしてその背中にバーイバーイと手を軽く振りながら、男たちを見送った。


 アーリアは突然の事に、リュゼの胸の中で固まっていた。

 リュゼはそんな様子に笑いを堪えつつアーリアのマントのフードを外して、頭をその柔らかな髪を優しく梳くように撫でた。


「やあ!子猫ちゃん?こんな所にいると危ないよー?」


 悪いヒトはどこにでもいるからね?と付け加えながらニコニコと話す。

 右手でアーリアの髪を撫でながらも左手はぴったりと腰に添えて、抱きしめたままだ。

 アーリアはハッと我に返って、その恥ずかしい状況にみるみる内に顔が真っ赤になる。

 恋愛力0でも流石に理解できる。


「あ、それとも、僕と本当にカレシカノジョごっこする?優しくしてあげるよ?」


 リュゼがアーリアの耳元で囁いた。

 アーリアはますます顔に血が上った。

 アーリアは年頃の男性に甘く囁かれながら抱きしめられるなど、経験したことはなかった。幼い頃に姉弟子に読んでもらった物語でしか、このような状況は見たことなかった。しかも自分自身が経験するなど、今の今まで思ってもいなかったのだ。


 リュゼがいつものニヤニヤした笑い顔ではなく、ステキな笑顔で微笑むその顔は、軽薄そうなのにどこか魅力があって、その瞳に引き込まれそうだった。ジークフリードほど華やかな顔ではないが、整った顔の作りとその仕草が、今のアーリアの精神を圧迫させた。


 離してほしいのに、力を入れてリュゼの身体を押してもビクともしない。

 アーリアは本気で焦った。


 そこに真上から風が吹きつけた。


「ーー何してるんだ⁉︎馬鹿猫‼︎さっさとアーリアを離せッ!」


 ベリっという音がしそうな勢いで、ジークフリードがリュゼからアーリアを引き剥がした。

 一陣の風と共に現れたジークフリードの眉間には、今まで見た事のない縦皺が寄っている。不機嫌さが身に纏うオーラに有り有りと出ていた。

 アーリアはリュゼから解放されてほっとして息を吐く。そして息を整えた。心臓の鼓動はまだ速い。


「アーリア……。大丈夫か?」

『はい……。ジークさんすみません。待ち合わせの時間に行けずに……』

「そのことは大丈夫だ。気にするな」


 ジークフリードはアーリアに優しく話しかけて、アーリアのマントのフードをその頭に被せた。


「もう!遅いよ〜〜獅子くん。来るならもっと早く来ないと!」


 リュゼの説教にジークフリードはあからさまに態度を変えて舌打ちした。

 ジークフリードはこの猫獣人 ーリュゼー のことを一方的に天敵認定したのだった。





お読みくださりありがとうございます!

ブクマ登録してくださりありがとうございます!

全ての皆様に感謝しています!


少し文字数が多くなりましかだ、リュゼとアーリアとの絡みを楽しんで頂ければ幸いです!

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