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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と塔の騎士団
218/498

祝典の後はお祭りへ

※東の塔の騎士団編※

 民衆で賑わう大広場には数多くの屋台が出ていた。湯気を立てる麺料理、鳥や豚肉を串に刺して焼いた肉料理、果物や野菜を絞った果実水など。食べ物の屋台の数が最も多いが、魔宝具マジックアイテムや陶器、キルト生地、帽子や手袋など、様々な雑貨を取り扱う屋台まで、その種類は多岐に渡る。

 アーリアはそれら全てに目を輝かせながら屋台通りを歩くと、腹を刺激する香ばしい匂いにつられてトアル屋台の軒先へと入った。


「へい、いらっしゃい!」

「小父さん、これは何?」


 パチパチと音を立てる大量の油に浮かぶ黄色い野菜を長い棒のようなものでひっくり替えしながら、小父さんはアーリアの質問に答えた。


「これは素揚げした馬鈴薯ジャガイモに塩を振ったモンだ。トマトのソースをつけて食べても美味いぞぉ?」

「美味しそう!じゃあ、それを一つください!」

「小さなカップと大きなカップが選べるが、大きい方にするかい?……そちらのお兄さんはお前さんのツレだろう?」


 アーリアは小父さんの言葉に驚いて、弾かれたように振り返った。そこには黒髪黒目の青年がやや不機嫌そうな表情で立っていた。アーリアはその人物から溜息混じりに見下ろされながら「あ、いや、その」と気まず気に声を上げると、再度小父さんの方へと振り返った。


「あーーハイ。大きな方でお願いします。おいくらですか?」

「銅貨2枚だよ」


 アーリアはマントの内ポケットに手を突っ込んで弄った。しかし、財布から小銭を取り出そうとしたアーリアを、背後にいた黒髪の青年が遮った。


「代金は私が」

「え?それは悪いですよ……」


 肩に置かれた大きな手。アーリアは肩越しに黒髪青年を仰ぎ見る。


「お嬢ちゃん。こーゆーときは素直にオトコを立ててやんな」


 そう言って小父さんがワハハ笑い声を上げた。アーリアと黒髪青年とのやり取りを見て「初々しくねぇ?」と揶揄うと、大きなカップに芋を多めに入れてくれた。


「ありがとうございます」

「いえ。これくらい構いません」


 アーリアが礼を言うと、黒髪青年は小父さんからカップを受け取り、アーリアの背を押して人混みから抜け出した。

 大広場には簡易椅子と机が配置した場所が幾つもあり、アーリアと黒髪青年とはその一つに空きを見つけると、そこへ腰を下ろした。


「どうぞ。熱いですから気をつけて」


 アーリアは揚げ芋の入ったカップを受け取ると、木のフォークでその中の一つに突き刺した。そして湯気を立てる芋にかぶりついた。


「あ、あつ、おいしぃ!」


 高音の油で揚げた馬鈴薯じゃがいもは外はカリッと中はホクホクで、とても美味しい。ほんのりと効いた塩味が馬鈴薯じゃがいもの甘みを引き立てている。王宮料理や貴族料理も良いが、こうした庶民の素朴な料理の方がアーリアの気質には合う。何より気楽に食べられるのが良い。


「ナイル先輩もいかがですか?」


 黒髪青年とは『塔の騎士団』の騎士ナイル。最近では専らアーリアの側につく機会が多くなり、専属の護衛騎士のようになりつつあった。ナイルは真面目で面倒見が良く、奔放に動き回るアーリアとリュゼの方向修正する役割を担うようになっていたのだ。相棒の後輩騎士セイはリュゼに負けず劣らず自由奔放なので、ナイルはそんな若者たちの保父的役割を不本意ながら果たしていた。


「ナイルとお呼びください。こんな場所で先輩呼びは変に思われますよ?」

「でも、ナイル先輩は私より年上だし呼び捨てはちょっと……。ナイルさん?ナイル様?ナイル殿……?」


 アーリアはうーんと首を捻った。


「……呼び捨てで構いませんから。私もここではアーリアと呼ばせて頂きます」


 一方的にそう言い放つと、ナイルは頭を手で押さえながら「はぁ、全く……」と愚痴を溢し始めた。


「着替えると仰るから部屋にお連れしたのに、まさかそのまま部屋から抜け出されるとは。思いもよりませんでしたよ?」


 質実剛健、勤勉努力を絵に描いたような真面目騎士ナイル。騎士服を隙なく着こなし、勤務中は直立不動。そんなナイルが机に肘をついて頭を抱えている。口から出る言葉には、呆れと苦悩が存分に含まれていた。


「だって!屋台が出てるのに見てるだけだなんて……!」


 アーリアも机に手をついてズズイとナイルに顔を近づけた。祝典の見物客たちで賑わう大広場ではちょっやそっと声を上げたとしても目立つ事はない。だからと言って大声を出す訳にもいかなかった。


「お気持ちは分かりますが……」

「ちょっとだけ。ちょっとだけ楽しんだらちゃんと帰るから!」


 アルカード領主は今日を『祝典日』と称して祭日にしてしまったのだ。商魂逞しい領主を中心に商人たちが連日眠る間も惜しんで準備した甲斐もあり、祭りは大盛況だった。

 アーリアは『安全の為』と領主より念を押され、数日前から領主館で缶詰めにされていた。その為、準備期間から今日まで、賑わう街の様子を部屋の中からただ眺めている事しか出来なかったのだ。


「……。四時までには必ず戻りますよ?」

「それじゃあ……」

「ええ。それまで私が付き合いましょう」

「やった!」


 ナイルはアーリアの喜ぶ顔を見て、その硬い表情に漸く笑みを浮かべた。


 本来、この地に留まる予定でなかったアーリアを無理矢理留めたのは『塔の騎士団』による単なるワガママだった。あるじ不在の『東の塔』を守ってきた騎士団は魔女の突然の訪問に驚き、喜び、そしてアルカードへの滞在を強く願った。しかし、蓋を開けてみれば若手騎士たちの怠慢が表立ち、若手騎士たちは事あるごとに主である魔女アーリアに対して見下した態度で対応した。終いには、『東の塔の魔女』の滞在という内部情報を内部の騎士たちが領民に流してしまうという、普通では考えかれない失策を犯すに至った。

 そうして行われた本日の『祝典』。

 領民たちに『塔の魔女』を披露するに至った現在いま、魔女本人の自由と生活は脅かされ、束縛される未来へと向かってしまった。

 それら全てが魔女本人の望むところではなかった。魔女はアルカード滞在を初めから望んではいなかったのだから。


 ナイルはこの事態に随分と胸を痛めていた。自分たちさえ『東の塔』に魔女あるじが訪れている事に気付かなければと。或いは自分たちさえ魔女にアルカード滞在を願わなければ。後悔は尽きない。だからこそ、アーリアが部屋を抜け出し祭りへと出かけて行く姿を発見していたにも関わらず、それをワザと見逃した。見逃して、自分が責任を取るつもりでいた。

 そんなナイルの気持ちを知ってか知らずか、アーリアは生真面目騎士ナイルへ釘を刺してきた。


「あでも、帰ったら私が叱られますから、ナイルせんぱ……ナイルが責任を取っちゃダメですよ?」


 アーリアは「はい」と揚げ馬鈴薯じゃがいものカップとフォークをナイルに手渡した。


「それは……」

「平気です。私、叱られるのは慣れてますから!」


 アーリアは度々リュゼに叱られている。

 今頃は、アーリアの自室不在も気づかれている頃だと思われた。アーリアが自室に居ないと知るや、リュゼはすぐに行動に出るだろう。思考パターンが完璧にリュゼに読まれているので、自分の居所など簡単に掴めるだろう、ともアーリアは考えていた。


「そういう事だから。ナイルも一緒に楽しもうね?」

「はい、アーリア」


 アーリアの笑顔につられるようにして、ナイルもその硬い顔に淡い笑みを浮かべた。



 ※※※



 それからアーリアは主に食べ物屋台を中心に練り歩いた。


「ナイル、あれは何?」

「あれは林檎に飴を絡めた物ですね」

「美味しそう!ナイル、あっちのは?」

「あれは一口大のパンケーキです。フルーツを選べるそうですよ?」

「美味しそう!ねぇねぇナイル。あっちのは?」

「あれは……」


 興奮気味のアーリアは見た事のない屋台を見つけては、逐一、背の高いナイルに聞いて確かめていた。アーリアの背では人混みに埋もれてしまって屋台の内容が見えないのだ。

 アーリアが人混みを掻き分け、人気の屋台を見に行こうとしたところ、速攻でナイルと逸れそうになってしまい、困ったナイルはアーリアと手を繋いで身柄を確保するという奥のを執らざるを得なかった。今のアーリアはナイルと手を繋いだ状態で祭りを楽しんでおり、それは側から見れば年の離れた恋人のようであった。


「どれにしますか?」

「うーん。パンケーキかなぁ?追加で生クリームをつけられるんですよね?」

「そのようです」

「じゃ、並ぼう!うん。生クリーム。良いよね。うん」


 結局、アーリアは生クリームの誘惑に負け、独り言のように呟いては納得し、ナイルを引っ張って屋台の行列に並んだ。


「はーい。お待ちどう様!お客さん、どれにしますか?」


 やっと自分の順番が回ってきたアーリアは、若い店員のオーダーに食い気味で答えた。


果物フルーツ全部乗せの生クリーム追加で!」

「はーい、かしこまりました!」


 パンケーキの屋台には店員が2名いて、一人がオーダーを取り、もう一人がパンケーキを焼いていた。店員は手慣れた様子でパンケーキを焼くと、そこに生クリームも山ほど盛り付けてくれた。


「はい、どうぞ。溢れやすいから気をつけてね?」


 女性店員はパンケーキを乗せた深皿をアーリアに手渡そうとした。


「私が持ちましょう」

「ありがとう」


 ナイルがアーリアの背後から手を伸ばして深皿を受け取ると、もう片方の手でお代を支払った。


「お兄さん紳士的ね。恋人同士なの?とってもお似合いよ!」


 店員は代金を受け取りながら、ナイルとアーリアとを交互に見た。


「いや、我々は……」

「兄妹なんです!似てないですか?」


 ナイルが困ったように口籠った時、アーリアは間髪入れずに答えた。能力スキル魔宝具マジックアイテムで髪色を変えて旅する事が多いアーリアは、これまでもジークフリードやリュゼと兄妹になりすましてきた。その為、この手の質問には慣れていたのだ。


「そうなの⁉︎ 言われてみれば同じ髪色ね?ごめんなさいね、詮索しちゃって」

「気にしないでください。ーーあ、お姉さん。フォーク、もう一つください!」


 そう言うと、アーリアは店員から木のフォーク二本を貰い、ナイルの手を引いてその場から離れた。


 二人は空いているベンチを見つけるとそこへ素早く座った。

 アーリアは早速、溶け始めた生クリームのパンケーキを食べ始めた。生地の中には苺に蜜柑に林檎が入っており、生クリームとの相性もバッチリだった。値段は少し高かったが、牛乳や生クリームなどの乳製品は高価なので仕方ない金額だと思えた。

 ナイルは幸せそうな笑みを浮かべるアーリアを横目で観察しながら、事前に買っておいた炭酸水を飲んでいる。


「ナイル先輩、さっきはごめんなさい。とっさに兄妹設定使っちゃった」

「構いません」

「でも、私が恋人に思われなんて、嫌だったでしょう?」


 そう言って謝るアーリア。ナイルはそのアーリアの横顔にハッとした。笑みこそ浮かべているが、それが見た目だけの笑顔だと気づいたのだ。


「そんな事はありません」

「それなら良いけど……。ナイルは貴族なのだから、体裁もあるでしょう?きっと、故郷には婚約者もいらっしゃるのでしょうし……」


 アーリアはナイルがトアル侯爵家の四男だと聞いた事があった。長男が家督を継いでいるとも。

 貴族社会に於いて早くから婚約者を持つのは当たり前であり、婚姻とは家の発展の為に結ぶ『貴族の義務』の一つである事を、アーリアは王族教育の中で教わっていた。


「婚約者はおりませんよ」

「え?ーーあ、もしかして奥さんがいるの⁉︎」

「奥さんって……⁉︎ ゴホゴホッ⁉︎」

「だ、大丈夫?」


 アーリアからの思わぬ質問責めに、ナイルは飲んでいた炭酸水を肺に詰まらせた。盛大にむせるナイルにアーリアは慌ててハンカチを手渡す。


「私は、誰とも婚姻関係を結んでおりません」

「そうなの?」

「ええ。ですから私の心配など無用です」


 ナイルはやや必死な形相で訂正した。


「貴族には大抵、幼い頃から婚約者がいるもんだって聞いたから、先輩にもてっきり……」


 アーリアが聞いた所によると、騎士団員の婚姻率はまちまちだった。セイは『可愛い恋人募集中!』と堂々と宣言していて、婚約者の有無をはぐらかされたままだ。ルーデルス団長は王家に生涯の忠誠を誓う生粋の騎士であり、妻帯しない事を公言している。アーネスト副団長には笑って誤魔化されたのは記憶に新しい。


「我々貴族は、家格を維持する為、そして政治的なパワーバランスを取る為に婚姻関係を結ぶのが通常ですからね。確かに、私の兄たちはそれで結婚しました」


 ナイルはハンカチで口元を拭き、ついでに額の汗を拭うと、何故か説明口調で話し始めた。


「ナイル先輩は……あ、聞いちゃダメな事だった?」


 ナイルはゆるゆると首を振るとアーリアの瞳をじっと見つめた。


「私は家の為に婚姻を結ぶつもりがないのです。だから婚約者もおりませんし、必要としてもいません」


 それはどういう意味なのだろうか。アーリアは小さく首を捻った。『家の為に婚姻を結ぶつもりがない』とナイルは言うが、貴族子息でありながらそのような自由意思が通るのだろうかと。


「何も不思議な事ではありませんよ。騎士には往々にしてある事なのです。生涯の忠誠を誓うあるじを持つ騎士ならば特に」

「それって……」


 アーリアは急に胸が締まる感覚に襲われた。ナイルは生涯の忠誠を誓うあるじが存在するのだろうか。それはもしや『東の塔の魔女』ーーつまり自分の事を指しているのではあるまいか。もし、その為に想う相手と結婚して家庭を持つ未来を捨てたと言うのならば……と、アーリアの脳内には様々な憶測が浮かんでは消えていく。


「ナイルは家庭を持つつもりが、ないの?」

「ええ」


 余りに迷いのない返答と曇りのない表情に、アーリアは言葉の先を見失った。

 ナイルは少し迷ってから困り顔のアーリアの頭にポンと手を乗せた。


「これは私の意思です。貴女が困る必要はありません」


 ナイルは困惑しているアーリアを慰めるように、頭をそろそろと撫でた。あるじに対してこんな事するのは無礼であって、そしてかなり烏滸おこがましい態度であると知りつつも、ナイルはアーリアの頭を撫で続けた。


「アーリア、貴女はいずれ此処アルカードを去るおつもりですね?」


 ナイルの質問にアーリアは一瞬、喉を詰まらせた。


「……魔女わたしがこの地に存在する事で巻き起こる争いが、きっとある。それは私にとってーーいいえ、領民にとっても良くない事だと思うの。だから……」

「ライザタニアですか?それとも国内の貴族派閥ですか?」

「その両方。ううん、それ以外にもあると思う。以前、他国からも生命を狙われた事もあったから」


 アーリアの言葉にナイルの眉はピクリと動いた。耳に入ってきた噂は真実だったのかと、疑惑が頭を掠める。


「それならば、貴女はどこに行こうとも安息の地がないのでは?」

「そう、だよね?ーーあぁ、困ったな。とりあえずライザタニアが平和になってくれると良いんだけど……」


 アーリアは大きな溜息を吐いた。

 東国ライザタニアは今現在、内部紛争中だと聞く。その詳しい事情は聞かされていないが、どうやらライザタニアの王家内が揉めている最中らしい。近頃、ライザタニアによるシスティナへの侵攻や小競り合いが鳴り止んでいるのは、ライザタニアが内部の問題により、他国を構う余力がないからではとの予測がなされていた。


「……私は、前のあるじを先の戦争で亡くしました。だからこそ、貴女をあのような目には遭わせたくないのです」


 アーリアはナイルの苦痛に満ちた黒曜石のような瞳を見つめた。


 およそ三年前、ライザタニア国軍は国境を越え、システィナ国内へと侵入を果たした。《結界》は万能ではない。施す者の力量によってその効果は大きく変わる。《結界》の魔術構成そのものに差が出るのだ。ライザタニア国軍は《結界》の隙間ーー弱点を見つけて入り込んだ。そして間もなく『東の塔』は陥落し、魔女は民衆を庇って亡くなった。


「私は騎士でありながら、守るべきあるじを最期までお守りする事ができなかった!」


 職務放棄をしていた訳ではない。ナイルを初め他の騎士は、『塔の騎士』としての責務を果たすべくライザタニア国軍の兵士と戦っていたのだ。しかし、無垢な少年少女を使った自爆テロが各所で起こり、その対処に追われ、手薄になった塔を襲撃されてしまったのだ。民衆を人質に取られた魔女は投降を余儀なくされた。そして、魔女は無残にも殺害された。


「私は本来ならあの時、騎士を辞すべきだった。しかし、私にはあのお方が守ろうとしたアルカードを捨てて出て行く事などできはしなかった……!」


 残存騎士の半数は騎士を辞したという。だが、残り半数はこの地に残った。その騎士の一人がナイルだ。


「主を亡くし、多くの仲間を失い、いつ終わるとも分からぬ争いの中で、『東の塔』から天を覆うほどの光が立ち昇ったあの晩。我々騎士がーー私がどれほどの感動と感謝に震えたか、貴女には分かりますか?」


 天を覆うほどの光とは、現魔女アーリアが施した《結界》であった。

 国家の危機に有りながら、貴族間のパワーバランス調整というクダラナイ抗争の為に任命が難航していた『塔の魔女』。『塔の魔女』となれる力ある国家魔導士の殆どが貴族令嬢。死地に立たされるであろう塔へ大切な娘を送る親はいない。

 そこへ利益も利権も……全てを度外視して、一人の魔女が『東の塔』を訪れ、強固な《結界》を施した。絶望の最中、空に架かる《結界》を見上げてどれだけ騎士がーーあるじを亡くしたばかりの騎士たちが涙したことか。


「アーリア様、貴女は私のーー我々の大切な主です。主をこの手で守る事ができる、それだけで騎士は幸せなのですよ」


 ナイルはそう締め括るとアーリアの柔らかな頬にそっと手を添えた。己の片手だけで掴めてしまいそうなほど小さな頭に、ナイルは背を震わせた。

 爪を立てれば破れそうな柔らかな肌。強く握れば簡単に折れそうな細い首。心無い暴力で、その命は簡単に手折られてしまうだろう。ナイルはこの時改めてこの年若い魔女を『守りたい!』、『守らねばならない!』との想いにかられた。


 ー魔女姫アーリア様をお守りしたい!


 ナイルの想いを知ってか知らずか、アーリアは柔らかく微笑むと、頬に添えられたナイルの手に自分の手を重ねた。


「私を守ろうとしないで。国民を守って」


 ナイルは目を見開いた。その言葉は今は亡き前『東の塔の魔女』が言っていた口癖とそっくり同じ言葉だったのだ。


「私に何があろうと『東の塔』はーー《結界》は破られたりしない。だから、ナイル先輩は私じゃなくて国民を守って」


 そう言い切るアーリアの瞳には力があった。その瞳に嘘はなかった。


「私、こう見えて、結構スゴイ魔導士なんですよ?」


 「知っていましたか?」とドヤ顔してから、自分の言葉に羞恥心を覚えて照れ笑いするアーリア。

 ナイルはアーリアの言葉に驚いたのも束の間、口から小さな笑いが零れ落ちた。それと同時に、これまで心に重くのしかかっていた重りが外れ、気持ちが軽くなっていくのが分かった。


「貴女という魔女ヒトは……!」


 本当に規格外の魔女だ、とナイルは苦笑した。その出自も出生も不明だという平民魔導士。だが、腕は折り紙付き。何故か王太子殿下と宰相閣下、政界のトップ二人の後見を持つ、麗しの魔女姫。


 ーこれが『惹かれる』という事だろうか……?ー


 ならば……


「貴女の騎士ナイトである事を、私は誇りに思います。ーーそれに、恋人に間違われるのは大歓迎ですよ?」


 素晴らしいではないか。生涯を誓うなら、『唯一の主』も『愛する女性』でもそう変わりがない。

 ナイルの嘘偽りのない笑みを浮かべた。その甘い柔らかな瞳に覗き込まれたアーリアは、胸をドキリと高く鳴らして顔を赤らめさせた。


「さぁ、行きましょうか。四時までは私が貴女の恋人ですよ?アーリア」


 ナイルはそう言ってアーリアの手を軽く引くと、その甲に口付けを一つ落とした。



お読み頂きまして、ありがとうございます!

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東の塔の騎士団編『祝典の後はお祭りへ』をお送りしました。

騎士団所属の古株は特に『塔の魔女』に対しての忠誠心が高いです。また、命の危険のある職だという事をよく理解しているからこそ、妻帯するつもりのない騎士が幾人もいます。


この後、リュゼによって見つかったアーリアとナイルはぶーぶー文句を言われます。曰く『僕も連れて行ってくれたら良かったのに』です。加えて『ナイル先輩とだけ恋人ごっこなんてズルイ』とのたまうリュゼに、ナイル先輩は実に良い笑顔を見せます。


次話も是非ご覧ください!

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