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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と塔の騎士団
217/497

祝典

※東の塔の騎士団編※

 領主館の前に広がる大広場。集まる大観衆。人々は歓喜に酔い痴れている。歓声は大広場を包み込み、正に飽和状態。役所も兼ねる領主館は一時封鎖され、館の前には騎士が一定間隔に並び、今日ばかりは領民の侵入を阻んでいた。

 領主館の三階の突き出たバルコニー。ガラス窓は開け放たれており、民衆はそこに現れるであろう人物を今か今かとと待ち侘びていると、正装した二人の騎士が現れた。『東の塔の騎士団』の団長と副団長の二人だ。厳しい顔立ちの騎士と怜悧な顔立ちの騎士、その二人の騎士の登場に大広場はワッと湧いた。


 ここまで来ればもう、今日、この場に『東の塔の魔女』が現れるのは確定したも同然。アルカードの領民たちは、約三年前に自分たちの命を救った魔女を一目見ようと集まっていたのだ。

 これまで不在だった『東の塔』に魔女が現れた、という噂が一月前くらいから立ち始めた。俄かには信じられない噂であったが、その噂の出所が『東の塔の騎士団』に所属する若い騎士からのものだった為に信憑性を生んだ。そして、一部の領民たちの中には領主館や騎士団に問い合わせをする者が現れたが、確たる返答もない日々が続いたある日、領主館より『東の塔の魔女』のお披露目があるとの告知が出たのだ。


 それからアルカードはお祭りムード一色になった。元々、商魂逞しいアルカード領民たちは『東の塔の魔女』にあやかった商品を売り出し、仮装大会を開催し、屋台を出し、お披露目までの日々を大いに盛り上げてきた。


 民衆の盛り上がりも最高潮の時。


 大広場に押し寄せた民衆たちが『東の塔の魔女』の登場を今か今かと待ちわびたその時、金の髪を煌めかせた美しい青年が登場した。アルカード領主だ。途端に黄色い悲鳴が大広場から上がった。アルカード領主はその甘いマスクから、領民にーー特に女性たちからの人気が高い。相手が大貴族と知っていても女性たちは夢を見るのだ。それが例え叶わぬ夢であったとしても。

 黄色い悲鳴がやや収まった時、アルカード領主は中央から右手側へと移動した。主役たちに場所を譲ったのだと知れた。すぐ、大歓声を浴びて、精悍な顔立ちの青年が登場したのだ。

 金に輝く髪。青い空のような瞳。威厳ある佇まい。王太子ウィリアム殿下だ。王太子殿下の登場には、民衆の歓声に一際高まった。王族が民衆の前に出る事など、王都でも滅多にないこと。

 王太子殿下は左手を差し出すと、そこに白い手がそっと置かれた。殿下がその手を引くと薄いベールを纏った女性が陽の元へ現れた。


 金糸と銀糸で編んだ薄いベールの下からたなびく白い髪。陽に透けそうなほど白い肌。細い腰に華奢な身体。


 大広場はそれまでの大歓声が嘘な程静まり返った。民衆は皆、バルコニーに現れた美しい少女に視線を預け、感動に打ちひしがれていた。


 すると少女ーー『東の塔の魔女』は伏せていた瞳を開け、手を空へと掲げた。民衆の瞳がつられて空へとーー太陽へと向けられた時、青い空がキラキラと輝き出したのだ。


『虹だ……!虹が出たぞ……!』


 人々は雨も降らぬのに突然現れた虹に、驚愕を露わにした。


『綺麗……』

『なんて神秘的なんだ……』

『これは奇跡なのか……』

『いや、違う。これは魔女様が起こされたのだ……!』


 民衆はバルコニーへと視線を戻した。

『東の塔の魔女』の足元に跪く二人の騎士。左右の手の甲それぞれに口付けと忠誠を頂くその意味は、騎士団からの忠誠を受けた証拠。魔女は二人の騎士それぞれの額に口付けを返し、騎士団からの忠誠を受け取った。


 ーわぁぁあああああ……!ー


 その光景に、民衆は歓声を上げて喜びを表した。その歓声は魔女がバルコニーから去った後もしばらくの間、続くのだった。



 ※※※※※※※※※※



「はい。皆様、お疲れ様でした!」


 アーリアはルーデルス団長とアーネスト副団長に両手を引かれながら屋根の下へ戻ると、アルカード領主がアーリアたちを迎えて労いの言葉をかけてきた。領主は大変イイ笑顔でアーリアに近寄ると、騎士たちからアーリアの手を奪い取ってその胸に抱いた。


「とぉ〜〜っても良かったよ、あの演出!晴れた空に虹を出すなんて、『東の塔の魔女』の神秘性も高まってとってもイイ感じだった。い〜や〜〜今日の集客率も素晴らしかったね。うーん、儲かりそうだ!」


 「それもこれも君のオカゲだよ!」と本音丸出しにして感謝を述べるアルカード領主カイネクリフに、アーリアはその笑顔をやや引きつらせた。


「それは良かったです、アルカード領主様」

「『領主様』とは、なんともつれない呼び方だねぇ。クリフって呼んでよ?」

「それは流石に失礼では……?」

「いやいやいや、今や君と私とはビジネスパートナーだよ?もっと信頼関係を密にしようじゃないか!」


 いつからビジネスパートナーに格上げされたのだろうかと、アーリアが軽く首を捻っていると、カイネクリフはアーリアの手を強引に引くと、もう片方の手で細腰を攫った。カイネクリフの整った顔がーーその唇がアーリアの顔に近づいてくる。

 アーリアは声も出ないほどに驚いた。

 直後、カイネクリフの顔の左右から大きな手が二つ現れた。その手はカイネクリフの左右の耳を素早く掴むと、グイッと真上に引っ張り上げた。


「いい加減にしろッ!」

「いい加減にしなさいっ!」

「イタタタタッ⁉︎」

「可愛い妹にベタベタ触るな!」

「アーリア様は年頃のお嬢さんですよ?それを貴女はッ……!」

「イタイイタイイタイ⁉︎」

「お前は本当にどーしよーもない男だな!」

「貴方は本当に節操のない男ですねぇ?」


 実に息の合った掛け合いはウィリアム殿下とアーネスト副団長だ。二人ともアルカード領主カイネクリフとは古い付き合いであり、カイネクリフ公の扱いには慣れたものだった。


「イタ、イタタタタ!ちょっとこれ、扱いが酷くない?これでも私はアルカード領主だよ?」


 左右の耳を引っ張られたアルカード領主は涙目で訴えた。


「領主というのならば、もう少し態度を弁えんか!」

「身分と態度が釣り合っていませんねぇ。やはりもう一度、騎士道を学び直してはどうですか?」


 再び怒鳴られたアルカード領主は二人相手は分が悪いと悟ったのだろう。大人しく両手もろてを上げて降参した。


「はいはい。分かりました」


 ウィリアム殿下とアーネスト副団長の二人の常識人は渋々といった表情で、カイネクリフの耳から手を離した。


「あぁ、痛かった。すーぐ暴力に訴えるんだから……」

「ーーあの、領主さま」


 アーリアはアルカード領主の顔を見上げて一度目を合わすと、頭をスッと下げた。


「ありがとうございました」

「どういたしまして。ーーだけど、何がかな?」

「衣装と魔宝具とで、顔の判別がつかないようにしてくださった事です」


 ベールを目深に被り、能力スキル《偽装》と同等の術が込められた魔宝具を身につけていたアーリアは、観衆の目からはっきりとした容姿がーー目鼻立ちが分からないようになっていた。また、《幻術》の魔宝具による効果も相まって、民衆たちには自分の見たいと思うイメージの魔女が見えた事だろう。もうこれで、アーリアが民衆の中に居たとしても『塔の魔女』と特定される可能性も低いと思われた。

 そのように民衆騙しの詐欺のようなお披露目だったが、偽装を許し、祝典衣装の準備をしたのがアルカード領主カイネクリフ自身だったのだ。


「礼には及ばないよ」

「そう。これは必要な措置だ。アーリア、お前を守る為のな」


 アルカード領主カイネクリフに続き、ウィリアム殿下は強く頷いた。


「このようにライザタニアとの諍いが収まらないこの時勢に『塔の魔女』を公表するのは危険極まりない。本来ならば公表すべきではないのだ」

「だけど、君の噂が領民の間に広まってしまった。その出所が出所なだけに噂を煙に巻く事が難しくなったのは、君も聞いているね?」


 アーリアの存在を疎んでいた若手騎士たちが『愚痴』という名の『流言』を流したのだ。機密事項にもあたる『東の塔の魔女』の情報を飲み屋や娼館でペラペラ話してしまっていたあたり、彼らの本質は元より騎士には相応しくなかったと云えよう。彼らは『綱紀粛正』の末実家に戻ったが、もう既に立ち広まっていた噂が消える事などあり得なかった。

 噂を聞きつけた領民たちは、アレやコレやと理由をつけては領主館や騎士駐屯基地を訪れて探りを入れ出す始末。終いには不法侵入事件まで起こり、問題は拡大の一途だった。


 その為、アルカード領主カイネクリフは『東の塔の魔女』を大々的に発表する事を決めたのだ。そして、丁度アルカードを訪れていた王太子殿下にエスコートを頼む事で、『東の塔の魔女』の背後には王家がついている事を領民たちに示した。

 また、『東の塔の魔女』に神秘性を持たせる演出を行う事で、全ての領民に魔女の力を知らしめた。『このお方こそが我々をお守りくださっている魔女様だ』と理解した領民たちは今後、魔女に危害を加えようなどとは思うまい。また、王家のバックがあると知った領民たちは、無闇に領主館や騎士駐屯基地、東の塔など各施設を訪れる事はないだろう。下手に王家に手を出せば、最悪の場合は首が飛ぶ事になる事は理解しているのだから。


「王家の後ろ盾を持つ魔女。そう大々的に公表した今、領民の大半は魔女を保護する立場に着いたと言えよう。だが逆を返せば、魔女の存在を確認できた事で狙われる機会もこれまで以上に増えると思われる」

「そう、ですね……」


 『東の塔の魔女』という存在を隠匿する事こそが、自身を守る最善の方法だと考えていたアーリアは、この事態こそを避けていた。当初より騎士団へ世話になる事を避けていたのはこの為。ウィリアム殿下に説明された程度の事態は、事前に予測できてはいた。

 だからこそ、『公表するならば最小限の情報を』というのがアーリアの提案であり譲歩だったのだ。


「警護はこれまで以上に厳重に行おう。領主館の職員も随時そちらにつけるから、何なりと申し付けてくれ」

「ありがとうございます」

「勿論、騎士団は総力を挙げて貴女をお守りします」

「よろしくお願いします」


 アーリアは社交的に感謝の意を伝えたが、内心は複雑な心境だった。アーリアはこのアルカードの地にーー『東の塔』に長らく留まるつもりがなかったのだ。また、ウィリアム殿下もアーリアを長々とこの地に留まらせるつもりはなかった。それは、ライザタニア国と目と鼻の先にあるこの地に『東の塔の魔女』が留まるリスクを考慮しての事だった。

 ウィリアム殿下はアーリアの瞳をジッと見つめた。アーリアもウィリアム殿下の瞳を見つめ返した。


「アーリア」

「はい、殿下」

「あ……いや、何でもない。今夜の晩餐会だが、アーリアのエスコートは兄である私が務めよう」

「分かりました。でん……ウィリアムお兄様」

「うむ」


 アーリアの『お兄様』呼びにウィリアム殿下はご満悦だ。だが、他の面子メンツは何か言いたげな表情だった。しかし、空気を読める貴族オトナたちは実に懸命であり、余計な事は一切口にしなかった。ただ一人を除いては……。


「殿下が『お兄様』なら、私も『クリフ様』とか『クリフお兄様』と呼ばれても良いと思わない?」


 アルカード領主カイネクリフの一言にアーネスト副団長は半眼になった。ルーデルス団長は無の境地を会得しているようで、一切の表情を変えなかった。


「……アーリア。夜会用のドレスはその衣装と同じくこの領主バカが用意した。先ほどの部屋を使うと良い」


 ウィリアム殿下はアルカード領主を顎で指した。


「ありがとうございます。領主様の選んでくださったこの衣装、とても着心地が良いです。サイズもピッタリですし……」


 アーリアはひらひらと袖を揺らした。この『東の塔の魔女なりきりセット』は、魔導士っぽいローブこそあるが、そもそもが仮装だった。天上の女神か、はたまた絵画の中の天使でもイメージして作ったのではないだろうか。全体的に淡い色を基調にしており、アーリアの白い髪も相まって、神秘性を高めている。


「そう言えば領主様。どうして私の服のサイズをご存知だったのですか?服どころか靴もピッタリでしたよ?」


 アーリアはこの衣装を準備するにあたって、身体のサイズを測られなかったのだ。これまでも何度かアルカード領主より服や靴が送られて来た事があったが、その時の衣服もサイズがピッタリだった。アーリアにはそれが不思議でならなかった。


「服のサイズを教えていなかったと思うのですが……あ、もしかして王宮に問い合わせを?」


 アーリアの問いにアルカード領主カイネクリフは一瞬の間を置いた後、ニッコリと笑った。その笑みがあまりに穏やかなものであり、アーリアもつられて笑みを浮かべた。


「ふふふ。良い紳士オトコはね、服のサイズなんて相手を一目見れば分かるものなんだよ?」


 カイネクリフに優しく微笑み掛けながら「知らなかった?」と問いかけられたアーリアは「そうなんですね」と納得しかけた。百戦錬磨の女誑しと世間知らずの魔女。どちらに分があるかは明白。『貴族の世界は奥深いなぁ』とアーリアが頷きかけた時、多方向から相当数のツッコミが寄せられた。


「何をバカな事を⁉︎ 見ただけで分かるワケがないだろう?」

「良い紳士オトコではなく悪い紳士オトコなのでは⁉︎」

「僕、聞いたことあるよ。そーとー遊んでる紳士オトコはそーゆー特技が身につくんだって……。獅子くんもできるの?そんなコト」

「俺に聞くな!」


 ウィリアム殿下は声を荒げ、アーネスト副団長は眼鏡に手を置いて首を振り、リュゼは口に手を当ててこそこそとジークフリードに話しかけ、それまで護衛に徹していたジークフリードはバッサリ切り捨てた。

 アルカード領主カイネクリフのロクデモナイ特技ーーは女性のスリーサイズをその目で見ただけで数字に置き換えられるーーが判明した瞬間、アーリアはあんぐりと口を開けていた。


「えっ……⁉︎ じゃあ、ご領主様は私の身体のサイズを……?」


 良く良く考えてみれば、それはとても恥ずかしい事だった。アーリアはみるみるうちに顔を赤くしていった。


「観るだけで身体のラインが透けて見える能力スキルなんて持ってないよ?そうじゃなくてさ。あ〜〜ほ、ほら、君に何度か抱きついたじゃない?大体のサイズはその時にさ……。だ、大丈夫だよ?君はとってもスタイルが良いから心配しないで……」


 そのカイネクリフのフォローは全くフォローになっていなかった。寧ろ、アーリアを追い詰める結果になった。

 アーリアは顔を耳まで首まで真っ赤にして俯くと、プルプル震えながら一言だけ呟いた。


「領主様のえっち」

「ーー⁉︎」


 アーリアの一言にアルカード領主は石のように固まった。


「この変態がッ!」

「どこが『大丈夫』なのですか⁉︎」

「私の可愛い妹になんて事を!」

「アーリア様がが男不信になったらどう責任とるんですか⁉︎」


 などと、ウィリアム殿下とアーネスト副団長に詰め寄られたアルカード領主カイネクリフだが、アーリアに言われた一言のショックが大きいのか、胸倉を掴まれようが揺すぶられようが、目を点にしてピクリとも動かなかった。


「アーリア。世の中にはこーゆー悪い紳士オトコがゴロゴロいるからね。これからはもうチョイ気をつけよーね?」

「そうだぞ、アーリア。顔の良い紳士オトコには裏があるからな!特にあーゆータイプの紳士オトコには十分注意しろよ?」

「じゃあ、獅子くんもダメじゃん。おんなじ顔なんだし」

「何だと⁉︎ あのヒトと一緒にするな!」

「ハハッ!それって同族嫌悪なんじゃないの⁉︎」

「貴様!言って良い事と悪い事が……!」

「アハハ!図星〜〜?君って相当往生際がわるいよねぇ。そんなんだから……」


 互いに睨み合うリュゼとジークフリードの二人。フォローを入れたまでは良いが、途中から言い争いになり、結局、アーリアを置いてけぼりする始末。アーリアはそんな紳士オトコたちを放置して、騎士団一真面目な紳士オトコーー先輩騎士ナイルに自室まで送ってもらうのだった。






お読み頂きまして、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価など、とても嬉しいです!ありがとうございます‼︎


東の塔の騎士団編『祝典』をお送りしました。

やはり避けられなかったお披露目会。

アーリアのテンションは低いですが、領主様は『やるからには徹底的に荒稼ぎ!』と張り切りました。

有能な政治手腕を持つ領主カイネクリフですが、その女誑しは筋金入りの様です。

しかし、これまで女性から自分の好意を拒絶された事のなかった領主様ですから、アーリアから嫌悪気味に「エッチ」と言われた時にはかなりのダメージを負いました。ですが、副団長おさななじみ殿下じょうしから責められるのは自業自得というものでしょう。


次話も是非、ご覧ください!


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