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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と塔の騎士団
216/497

紳士の嗜み3

※東の塔の騎士団編※

 

「ーーおっと、殿下とお話させて頂いている間に着いたようですね?」


 ードォン、ドン、ドン、ドォン……ー


 激しい破裂音と地鳴り。馬上にいるにも関わらず、身体を揺らす程の振動。音と振動に怯えた馬たちが高く嘶く。


「あそこが現場か?すでに火の手が上がっているな」


 手綱を引いて騎士団一行は一斉に馬の脚を止めた。まだ距離はあるが、緩やかな丘の上からは火の手が上がっているのが見える。馬は元来、臆病な動物だ。ここからは馬から降り歩いて行く必要があった。

 ウィリアム殿下は先に馬から降りると、アーリアへと手を伸ばす。アーリアはウィリアム殿下の手を取ると一旦、両足を揃えて片側へ下ろした。すると、殿下はアーリアの腰を両手で掴んでヒョイと抱き上げた。思わず小さな声を上げてしまったアーリアは、殿下から不思議そうに見つめられて恥ずかしげに顔を赤く染めた。


「すまない。怖かったか?」

「平気です」


 ウィリアム殿下の方はアーリアのそんな言動には気にする風もなく、ゆっくりとアーリアを地面へ下ろした。


 ー……ぎゃぁ……ー

 ー……回避だ……ー

 ー……避けろっ……ー


 悲鳴や怒号に混じり、地響きが絶え間なく起こる。その度に足の裏からピリピリとした刺激が全身に立ち昇ってくる。

 周囲の緊迫した雰囲気を浴びたアーリアは、全身が緊張感に包まれていくのが分かった。ウィリアム殿下はアーリアの手を通してその緊張を感じ取った。


 ー私はまた、この魔女を利用しようとしているー


 ウィリアム殿下はアーリアの小さな身体を見下ろしながら、頭をチラついた猜疑感を振り払った。


 ー私の使命はこの国を守る事だー


 一人の犠牲で百人が助かるのなら、迷わずその一人よりも百人を選ぶだろう。それが次期国王となる王太子ウィリアム殿下の意志、必要な選択だった。


「アーリア、早速だが頼めるか?」

「はい。『赤き竜』の討伐、ですね?」

「ああ。大峡谷で起きた『青き竜』との縄張り争いの末、この地まで下りてきてしまったようなのだ」

「あの件、まだ尾を引いていたんですね?」


 エステル帝国に於いて精霊を統べる女王が関係した事件、それは世界の精霊の気を乱し、大山に住まう『青き竜』に影響を及ぼした。青き竜は次第に正気を失い、同族を襲い、その地肉を喰いを始めた。そして精霊の通り道ーー『精霊の道』が影響し、大山からシスティナの大峡谷へと青き竜は下山してきた。その地が『赤き竜』の住まいであったのを知ってか知らずか……。

 エステル帝国の皇帝陛下が自国の発展の為に『精霊女王』を捕らえていた事件は国家機密だ。軽々しく話して良い話題ではない。その為、アーリアは随分とぼかした言い方をしたが、それでウィリアム殿下には十分通じていた。


「大峡谷へ降りていた青き竜たちも、その殆どが大山へと帰ったと報告を受けた。だが……」


 そのままシスティナへ残った青き竜もいた。そして現在、青き竜は赤き竜の住処だった大峡谷で縄張り争いを繰り広げている。


「追い返す事は不可能なのですか?」


 竜は精霊の化身である『妖精』の一種だという。殺さずに済むならアーリアは『討伐』より『退治』を選びたかった。特殊な方法ーー魔ほを使って竜を追い返せる。眠りの魔術で眠らせてから移動させる方法だって取れる。穏便に済ませられる方法はまだいくつかあった。

 しかし、ウィリアム殿下はアーリアの質問を受けた後、その首を緩やかに振った。


「不可能だ。赤き竜は飢餓に襲われた末に人間を食った。もう元へは戻れまい。ーーそれに、政治的にも山に戻してやる事は叶わん状況にまで迫っている」


 通常『赤き竜』は精霊の気を取り込み、動植物を食む事でエネルギーを取り込んでいるのだが、一度人間を食らってしまえばもう他の動植物を口にしなくなるという。それは人間が動植物よりも多くの魔力を有しているからに他ならない。人間の味を覚えた竜は山では暮らせなくなるのだ。


「分かりました。では退治ではなく討伐という事で宜しいですね?」

「ああ。宜しく頼む」


 アーリアは依頼内容を確認すると腹をくくった。王族から依頼を受けた魔導士のやるべき仕事は一つなのだ。

 意気込んだアーリアが丘の上に視線を送ると、フワリと空へと舞い上がる赤き竜がその姿を現した。よしっと気合いを入れたアーリアはその時不意にある事を閃いた。それは実に魔宝具職人マギクラフトらしい閃きだった。


「あの……殿下。赤き竜の額にある『宝玉』を成功報酬として貰っても構いませんか?」

「ん?構わんが」


 ウィリアム殿下はごくアッサリ、アーリアの要求を受け入れた。王族であるウィリアム殿下にとって竜の宝玉がどれ程の価値があるのかなど興味のない事であり、そんなモノでアーリアがやる気を出すならば安い事だった。


「あぁ、そうだ」

「はい……?」

「私のことは『殿下』ではなく『お兄様』と呼んでくれ」


 ウィリアム殿下の大真面目な『命令おねがい』に、アーリアはウッと唸った後、報酬に負けて『ウィリアムお兄様』と呼ぶのだった。



 ※※※



 舞い上がる火の粉、燻る噴煙。森は『赤き竜』の放つ吐息ブレスによって、火の手が広がりつつあった。暴れ回る赤き竜は木々をなぎ倒し、騎士を襲い、地面をぐちゃぐちゃに荒らしていた。

 王都より竜討伐の為に派遣されていた近衛第4騎士団は、地に空に暴れ続ける『赤き竜』をどうにか人里に近づけぬ様に足止めするので精一杯だった。

 ここに至るまでにもう幾人もの人間ヒトを食べた『赤き竜』は、人間ヒトの地肉と魔力の味を覚え、強力な武器を持った騎士たちであっても恐る事なく、『食料』と見做して襲ってくるのだ。身体能力の高い近衛騎士であっても『赤き竜』の攻撃は避け難いもので、それは身体能力の劣る魔導士であったなら避ける事は不可能だった。

 王都から討伐支援に派遣されてきた魔導士たちの実践不足が目立ち、初っ端から騎士たちの足を引っ張る事となっていた。拘束魔術を施せど容易く破られ、攻撃魔術を放てど微々たるダメージしか与えられない。それどころか、味方にまでダメージを出す事もしばしば。


「第2班、追い込め!それ以上里には行かせるな!」

「魔導士は火を消せ!」

「手の空いた魔導士は騎士の援護を!」


 近衛第4騎士団団長コーネリアが各々に指示を飛ばすが、目覚ましい成果は見えない。騎士と魔導士との連携不足が目に見えてマズイ状況を生み出しており、団長の顳顬こめかみと胃を圧迫させていく。

 『赤き竜』は炎の吐息ブレスを吐き出し森林を焼き、両の翼を羽ばたかせ爆風を叩きつける。まだ、騎士たちには余力はあるものの、魔導士たちの中には恐怖から戦線を離脱する者がチラホラ現れている。団長はその勤務態度に情けないと感じてはいたが、魔導士たちを叱責するつもりも、その余裕もなかった。


 ーこんな時、あの魔女様が居てくだされば……!ー


 近衛第4騎士団は昨年の秋、今回と同じように大峡谷で『青き竜』討伐を行った。その時、討伐支援に来たうら若き魔女オトメの姿を団長は思い出していた。その時……


「《銀の鎖》!」


 凛とした声音。虚空に描かれる鮮やかな魔術方陣。『赤き竜』の側面、左右二箇所に展開した魔術方陣から幾本もの銀の鎖が出現し、『赤き竜』の巨体に覆い被さるように絡みついていく。鎖は左右の翼に、巨大な身体を蔦のように這い回り、身動き出来ぬように絡め取っていく。


「白の魔導士殿が来られた!第4は下がれッ!」


 丘の下から新たに騎士団の一行が現れた。白地に青を基調とした見慣れぬ騎士服。だが、コーネリア団長は彼らの胸元にある金の塔の紋章を見て、彼らが『塔の騎士団』であると推察した。とすると『白の魔導士殿』とは誰の事を指すのか考えずもがなだった。


「第4総員、距離を取りながら後退だ!魔導士たちは丘の下まで降れ」


 コーネリア団長は声を張り上げた。その声に呼応して騎士団員たちは魔導士の背を押しながら後退を始めた。


「現場指揮はコーネリア団長か?」

「ウィリアム殿下ッ!」


 『塔の騎士団』の騎士たちの中から一人の青年が現れた。その青年の顔を目に留めたコーネリア団長は、即座にその場に膝をついた。


「以降、この現場は私の指揮下に入る。私の指示に従え」

「御意」


 コーネリア団長はウィリアム殿下御出馬に内心、戦々恐々としていた。王都より王命を受けて第4騎士団が竜討伐に送られたにも関わらず、芳しい成果を出せずにいた結果、王太子御出馬という状況になったのだとすると、第4騎士団の評価はどれほど地に落ちたか考えずとも判る。国王陛下のご期待に添えなかった自分の無力さに胸が痛んだ。


「ーーあぁ。これは『鷹狩り』ならぬ『竜狩り』だ。お前たちの仕事に不満あって参上した訳ではない。そう、気に病むな」


 ポンとコーネリア団長の肩にウィリアム殿下の手が置かれた。ウィリアム殿下の口調は穏やかで、コーネリア団長と第4騎士団を責め立てる雰囲気は全くなかった。


「『竜狩り』、でございますか?」

「あぁ。ある者の手並みが見たかったものでな……」


 そう言うウィリアム殿下の目線の先、そこには真白のマントをたなびかせた小柄な魔導士が、丘をゆったりとした足取りで上がって行くのが見えた。その前後には、二人の騎士が魔導士を守るように誘導している。


「はぁ。この坂しんどい……」

「ハハッ!絶対、運動不足だって。アーリアは部屋にこもり過ぎてると思うなぁ」

「ちょっとは外に出てるよ?」

「あーはいはい。イヌの散歩は運動に入らないからね?」

「酷いっ、リュゼ!」


 「押してあげるからね〜〜」とアーリアはリュゼに背をグイグイ押されながら坂を上がる。その姿を前方のアーネスト副団長がクスクス笑いながら見守っていた。


「近頃、自室にて何か熱心に作業なさっておられましたね。何をなさっておいでだったのですか?」

「魔宝具を造っていたんです」

「ほう。それはどんな魔宝具ですか?」

「水蜘蛛から取れる繊維で作った布を使って防水のマントを造っていたんですよ」

「防水ですか?」

「ええ。水を弾くマントです。でもそれだけだと面白みに欠けるので、結界や回復などの属性を組み込んだ護符を装飾しようかとなぁ?って考えていて……」

「成る程。アーリア様が食事をすっぽかされる理由がよく分かりました」


 アーネスト副団長の実にイイ納得顔えがお。アーリアは放っておくと一日中部屋の中に閉じこもっている。食事の時間も忘れて物作りに没頭してしまうのだ。リュゼが見張っていないと睡眠すらろくに取らずにいるそうで、その見た目からは想像出来ないほどズボラな性格だという。最近はナイルがアーリアを食堂に引っ張ってくるのが日常と化していた。すっかり保護者に成り果てたナイル。リュゼとアーリアから『お母さん』とこっそり影で呼ばれている事を知った副団長アーネストは、うっかり素で笑ってしまった程だった。


「そのマント、完成したら見せてくださいね?」

「はい。勿論です」

「ーーで、喋ってる間にハイ到着!」


 『赤き竜』討伐最中に件の竜を放ったらかして雑談とは、実に余裕である。丘の上に到着した三人は、アーリアを中心に左右に広がった。

 丘の上は広場のように広く、その中央付近には拘束魔術で縛られた『赤き竜』。竜は鎖で強制的に閉じられた口の端から涎を垂らしながら呻いていた。


「塩釜焼きってあるでしょ?」

「何?いきなり」

「魚を塩で包んで蒸し焼きにする料理」

「それは僕も知ってるよ」


 リュゼはアーリアが何を言っているのかがさっぱり理解できなかった。だが、アーリアの目は大真面目。それどころか爛々と輝いている。


「私ね、夕食の塩釜焼きを見ていて思いついたの。こうすれば、周りに被害が出ないんじゃないかって」


 アーリアは右手をスッと掲げた。すると『赤き竜』が《結界》ですっぽり覆われた。《結界》は一重ではなく三重に施されている。

 無言で行われた魔術行使にアーネスト副団長は僅かばかり眉を上げた。チラリとリュゼの様子を伺うが、その表情の変化はない。その事からも、既にこれくらいの事は驚くに値しない事なのだと気付かされた。

 アーリアの瞳が魔力の高まりを帯びて赤い輝きを帯びていく。マントの裾がフワリと揺れる。


「《紅蓮》」


 アーリアの指先から『赤き竜』に向かって導火線のようなものが宙を疾る。そしてカッと眩く輝くと、次の瞬間、『赤き竜』を包む《結界》の内部が炎に満たされたのだ。


 ーッゴォォオォオオオオッ……‼︎ー


 業火に包まれた《結界》。その内部は眩い炎に覆われて何も見えない。しかし、生きたまま血肉を焼かれ続けている『赤き竜』の悲痛な悲鳴は、《結界》があった所で遮る事など出来なかった。

 暫くの間続いた悲鳴が鳴り止み、炎も収まった時、《結界》内部の全貌が判明した。こんがり焦げた『赤き竜』は、まるで鳥の丸焼きの様な姿に成り果てていた。


「アレ?これ、ひょっとして残酷だった?環境にも魔力にも配慮できてエコだと思ったんだけどなぁ……」

「……。ノーコメント」


 リュゼはアーリアが『塩釜焼き』云々の話をした時から嫌な予感を感じていたが、実際にアーリアが竜を蒸し焼きにしている時にはつい、本気でドン引きしてしまっていた。討伐するに当たり討伐方法は指示されてはいない。だから、どんなを取っても良いと言えた。しかし、それでもコレは惨過ぎるのではないだろうか、と。

 リュゼがドン引きしアーネスト副団長が唖然としている中、丘の下から『新たな敵影!』という声が上がった。中でも一番大きなコーネリア団長の声が丘の上まで届いてきた。コーネリア団長は声を張り上げながら東の空を指刺している。


「リュゼ」

「うん、バッチリ見てるよ。東から敵影3」

「やっぱり」


 アーリアはエステル帝国の大山で『青き竜』に襲われた時の事を思い出していた。あの時、『青き竜』は群れを成して襲ってきた。理性を無くし暴走して尚、彼らの習性は残っていたのだ。


「ーーどうする?アーリア」

「殿下、ここは危険ですよ?」


 ウィリアム殿下は軽い足取りで丘を登ってきた。その背後には側近のラルフと護衛の騎士が二人。


「そんな筈はなかろう。寧ろここが一番安全ではないか?それに、アーリアの側の方が面白いモノが見れそうだ」

「殿下……」

「アーリア、約束は?」

「ううっ!……ウィリアムお兄様」


 ウィリアム殿下はアーリアの『お兄様』呼びに満足すると、新たに現れた『赤き竜』をどう対処するのかと再度、問い掛けた。この丘には第4騎士団を中心に大勢の人間ヒトが存在する。『赤き竜』が人間ヒトを最良の食料と見做しているのなら、この場所に真っ直ぐ向かってくるだろう。三頭の竜にそれぞれ対処するとなると、現場は混戦状態になるだろうと予測できた。


「私が囮になります」

「なに?」

人間ヒトを食べた竜は人間の魔力の味が忘れられなくて、再び人間ヒトを襲うのですよね?」

「学者たちはそのような見解を示したが……」

「でしたら簡単です。魔力で引き寄せれば良いだけですから」


 アーリアは能力スキルを使って『赤き竜』の接近を感じると、言葉よりも行動で示す事にした。

 アーリアは一度目を閉じると精神のスイッチを切り替える。

 精神の奥底に広がる海。精神世界アストラルサイド。魔力とは精神力と同意。アーリアは精神世界の扉をそっと開けて、内なる魔力を体内なかから体外そとへと放出した。

 アーリアの身体から可視化できるほどの魔力が立ち昇る。キラキラと光を帯びる瞳の色は赤に留まらず、橙、黄、黄緑、緑、青、水色、紫……と七色に光り輝く。雪のように白い髪がサラサラと流れ、宙に奇跡を描く。その神秘的な美しさに、ウィリアム殿下は柄にもなく息を飲んで感動に背中を震わせていた。


「アーリア。来たよ」

「うん」


 アーリアはその大きな瞳に3つの赤い影を捉えた。その影は徐々に大きくなり、遂にはアーリアを攻撃射程範囲に捉えるだろうという時、先にアーリアの方が動いた。


「《銀の鎖》」


 三頭の『赤き竜』を虚空から出現した鎖が宙にその巨体を固定させた。鎖は雁字搦めに竜たちを締め上げていく。鎖の動きはまるで生き物のようだ。


「私、学んだの。拘束するなら手を抜いちゃダメだって」


 アーリアはエステルで魔法を習い、それを元に自分の扱う魔術にアレンジを加えていた。決して解けぬ戒めの鎖は、ユークリウス殿下に教わった『影の荊』から着想を得ていた。


「ー神苑の氷ー《氷ノ華》」


 囚われた三頭の『赤き竜』の周囲に無数の氷の華が出現した。花弁は一枚ずつ刃のように尖っている。その氷の華は竜たちを優しく包み込んでいく。


 ーギュィァァァァアアアアー


 切り裂かれる皮膚。内臓。身体から吹き出る夥しい血。痛みは悲鳴となり、森林に木霊した。


「ほら、リュゼ。こっちの方が残酷じゃない?」

「ん〜〜。ノーコメント」

「また⁉︎」


 また明確なコメントを控えるリュゼ。アーリアは抗議の声を上げたが、リュゼの横に佇むアーネスト副団長はクスリと小さく微笑むのみで、アーリアのフォローはしなかった。


「アーリア。ここは一つ、ド派手な魔術ヤツでトドメを刺してくれないか?」

「ド派手?良い、ですけど……?」

「ちょっとやそっと森に被害が出た所で怒ったりしない」

「本当ですか?じゃあ……」


 アーリアは東方の空をーー傷つき血を流しながらも未だ凶暴さを失う事のない三頭の『赤き竜』へと視線を向けた。

 脳内で魔術構成を編みあげ、標的を指定し、目測で距離を図り、位置を固定する。魔術の威力から効果範囲を測定すると、念の為にとウィリアム殿下の周囲には《結界》を展開させる。


「ー詠う飛燕ひえん 大輪の牡丹ぼたんー《大炎舞》」


 アーリアは詠うように言の葉を紡ぎ出した。うたに魔力を上乗せすると、《力ある言葉》と共に魔術を解き放った。

 重なる二つの魔術方陣は三頭の『赤き竜』の周囲三方向に展開し、焔の華が舞い上がった。盛りの牡丹のように朱く咲き誇る大輪の華は、竜たちを包み込んでいく。


 ーツドォオオォォオォオオオオンッ!ー


 空に大爆発が発生した。炎の華は花弁のようにハラハラと舞い散っていく。


「おおっ!」


 ウィリアム殿下は興奮して思わず声を上げた。その姿はまるで、空に打ち上がる花火を見て歓声を上げる子どものようだ。


「見事だ!」


 煙幕が消え、中から黒焦げの竜が出てきた時、ウィリアム殿下はアーリアの肩をポンと叩いた。見上げれば、そこには満面の笑みを浮かべた麗しの御尊顔が。


「ご満足、頂けましたか?」

「ああ。鷹狩りなどよりずっと良い見せ物だった」

「ありがとう存じます」

「堅苦しいなぁ、アーリア。ーーあぁ、竜玉とやらは良かったのか?」

「っーーーー⁉︎」


 ウィリアム殿下のその言葉に、アーリアは地上に降ろした『赤き竜』の亡骸へと首を巡らせた。消し炭とまではいかないが、かなりの範囲が炭になってしまっているではないか。


「ヤバイヤバイヤバイヤバイ!」


 そう言ってアーリアは慌てた様子で坂を駆け降り始める。がしかし、坂の途中で背後を振り返って、ついて来ないリュゼに手を振った。


「何してるの⁉︎ リュゼも早くーー!」

「あーはいはいはい」


 リュゼは頭をぽりぽり掻きながら返事すると、ウィリアム殿下に一礼してから坂を降り始めた。


「ハハハ!お前たちは本当に面白いなぁ……!」


 ウィリアム殿下は『竜狩り』という名の試験を難なくクリアした可愛い妹に、とっておきの笑顔を向けるのだった。




お読み頂きまして、ありがとうございます。

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東の塔の騎士団編『紳士の嗜み3』をお送りしました。

ウィリアム殿下は魔力こそあれど魔法も魔術も扱えぬという、システィナ王族にあっては特殊な体質を持っています。

ウィリアム殿下はアーリアという魔導士を国のどの位置に置くかを思案中です。


次話も是非ご覧ください!

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