表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔宝石物語  作者: かうる
魔女と獣人の騎士
21/497

夜空の下で

※(ジークフリード視点)


 焚き火の爆ぜる音を聞きながら、すぐ隣で眠るアーリアに意識を向けた。


 彼女は俺の肩に寄りかかって眠っている。……ように見えるが、実はそうではなかった。

 彼女は彼女自身の精神世界アストラルサイドに意識を飛ばしている状態なのだ。精神世界に入ると自動的に肉体が無防備な状態になってしまう。外からは眠っているようにしか見えない。

 そりゃ、信頼のおける護衛が必要になるはず。この状態で襲われたら一発アウトは確定だ。


 アーリアは時々、彼女自身の精神世界や俺の精神世界に入ると、かけられている呪いの術を観察したり考察したりしながら、解呪に取り組んでいるのだ。自分でかけた術ではないので、解き方など分かるはずもない。しかもこの呪いは禁呪。一般的に出回っている術ではない。解かれることを考慮して、解けない仕組みになっているらしい。

 それはパズルや知恵の輪のようだ、とアーリアは言っていた。


 俺はは肩にかかるアーリアの重み、体温を感じ安堵した。

 不謹慎だが、人の体温の暖かさに気が休まる気さえした。


 俺の世界は獣人となる呪いをかけられた事により、以前の生活から一転した。人から獣人に変化する呪い、命令を遵守する呪い。命を支配され、その呪いをかけた男に尽くさなければならないという屈辱の日々。呪いを受け続ける毎日。呪いを受けた獣人の姿、己の姿に吐き気を覚えた。獣人となる日々が続くと、自分の精神が少しずつ壊れていくのを感じた。したくない悪事への加担。自分の正義から外れた行いの数々。同じように獣人にされた者たち。嫌悪感。壊れていく者たちを他人事のように平気で見捨てることができた。


 疲れていた。このままずっとこうして生きていくのかと、絶望感に苛まれた。


 だがジークフリードには強い『思い』があった。このままこの状況を受け入れることなどできない。

 国を裏切り、人を裏切り、人の尊厳を踏み躙り、人の命、健やかな生活を奪う外道たち。断じて許してはおけない!


 その『想い』だけが彼の生きる支えだった。


 呪いに抵抗しながら計画を立てた。少しずつ逃亡の準備も進めた。そして転機が訪れた。


『東の魔女』アーリアとの出会い。


 彼女の師匠である等級10の大魔導士を襲い、彼の所有する『あるモノ』を手に入れる。その為にあの男は獣人たちを率いて彼の館へ訪れた。その館で彼とそしてその弟子である彼女と出会った。

 彼女は何の躊躇いもなく、身を呈して師匠を守った。そして彼女は予期せぬ呪いを受け、『声』を失った。


 それでも彼女は諦めなかった。

 自分から失われた勇気を持つ彼女が眩しく見えた。そしてこれから彼女を巻き込んで自分の復讐に加担させる己の精神の在り様、醜さに心が苛まれた。


 だが俺は計画を実行した。

 自分勝手な計画に巻き込むのだから、俺が彼女を何者からも守ればいいのだと、そう自分自身に言い聞かせて。

 だがそれも、自分の為の言い訳に過ぎなかったのだろう。


 アーリアを獣人たちから引き離した後、直ぐに起きた猫の獣人による二度の襲撃。そのどちらもアーリアを守るどころか危険に晒してしまった。相手がアーリアに対して敵意がなかったのは偶然でしかない。これがもしアーリアに殺意を持つ者だったとしたら、アーリアの命はあのまま失われていた可能性とてあったのだ。

 あの時感じた深い後悔。自分の力を過信していた愚かさ。敵にまざまざと気付かされる自分の弱さ。


『本当で守る気あんの?』


 猫の獣人 ーリュゼー に言われた言葉が頭を過る。

 俺に彼女を護る資格があるのか。その実力があるのか。その心にはどういう決意があるのか。

 あのチャラチャラした言動の奥には、そんな言葉が詰まっているように思えた。正に図星を突かれた、としか言いようがない。だから無性に腹が立ったのだ。己の浅はかさを見透かされているようで。それとて自分勝手な怒りだと解っていながら。


 だが愚かさや弱さに気づいても、己の『想い』を無かったことにする事など出来はしない。もう俺は彼女を手放せない。


 俺の『願い』を叶えるまでは……!


 俺は肩にかかるアーリアのその美しい髪の一房をそっと手に取った。そして、その髪に口づけを落とす。


「アーリア……。今度こそ、俺はお前を必ず護ってみせる……!」


 この我儘な思いを許されはしないだろう。だが、君を護ることだけは許してほしい。


 ※※※※※※※※※※

(アーリア視点)


 私はその空間の中心にそびえる高き塔の様な太い柱を見上げながら指を掲げ、一つ、二つ、三つ……と、ソレを下から順番に数えていく。

 その支柱には絡みついた輪が鎖のように上へ上へと伸びている。鎖のように見えるソレは、呪文の羅列だった。ビッシリと並んだ文字や数字、記号が連なり、遠目には鎖のように見えていたのだ。

 アーリアはその一つひとつ読み解きながら、手元のノートに書き記す。それはまるで、貴族が学舎で習う数学の公式のようだ。


 うーんと唸って、頭を傾げた。


「すっごく面倒くさい!なんてイヤラシイ術!意地悪問題みたい……」


 作った奴は性格がねじ曲がっているに違いない!と決めつけた。

 呪いなので、簡単に解けないような細工がいくつもされていて、それを解読する段階でイライラするようになっている。一見正しいように見えて、そうでない余計な文言や術式が混ぜてあるのだ。

 解けるもんなら解いてみろ!と言われているようにも見えた。イヤラシイ謎解き問題だ。

 しかも……


「うーん……この術式、なーんかお師様の術式に似てる気が……」


 師匠の元で修行していた頃、教えられた術や術式、呪文の構成などに類似する点が見られた。師匠は時折、私に試験と称して術の問題を出した。そんな時は必ず意地悪な問題を織り交ぜたのだ。この呪いの構成がその意地悪な問題に似ているような気がした。

 私はそれを解くのが実は好きだった。師匠は決まってニヤニヤと笑いながら悪ーい顔をして私を見ていたが、私はその師匠の顔が好きだった。いいオトナなのに、弟子おしえごを見つめるその無邪気な顔は、意地悪を楽しむ子どものようだった。

 それを思い出してクスリと笑いがこみ上げる。師匠を思い出すと何故かやる気が漲ってきた。


「よーし!いっちょ、解いてやりますか!」


 乾いた唇をひと舐めして、ノートを片手に右腕を挙げた。呪いの鎖に向かって指差しながら、魔力を高めた。


「第1層《解除》」


 パキンと乾いた音と共に、支柱に巻きついている一番下の術の輪が弾けて消えた。


「よし!」


 呪いの構成を読み解くと、その逆の方向に作用するの様に術を編む。そしてそれを呪いにぶつけたのだ。


『術式は解くためにある』とは師匠の言葉だ。編むだけなら誰でも簡単にできる。だがそれを解くことができるのが一流の魔道士だと。

 自分は彼の教え子の一人としての誇りがある。この程度の障害に立ち止まってはいられない。それこそ師匠に笑われてしまうではないか。

 師匠と合流して『禁呪を解いてほしい』と頼んだところで、素直に解いてくれるとも限らない。散々無能さと鈍臭さをからかわれてから『自分で解け』と言われかねない。師匠はそういう人だ。

 今までの経験から師匠の言動が思い当たって、余計にこの呪いをなんとか自分自身で解かなければ!という思いにかられるのだった。


(師匠、見ていてください!)


 私の為に、そして外で私の身体を守ってくれているジークフリードの為にも、この禁呪に真剣に向き合おうという覚悟が強まった。


 ジークフリードの事を思うと、一刻も早く呪いを解いてあげたい、と思うのだ。

 彼は自分を責めすぎる。

 この呪いもその呪いをによる弊害の数々も、何一つ彼のせいではない。それなのに彼は自分を責めている。

 彼は私に解呪を頼んだ事自体、自分勝手な我儘だと思っている。確かに断れない状況での『お願い』だった。だが、それを承諾したのは私自身の決断。承諾した事に伴う責任は私にある。

 彼に呪いの解呪以外の『何か』大きな『願い』や『思い』があるのに気づいていた。それが何かかは分からないが、私に彼を責める気持ちは少しもないのだ。


「ジークさんは真面目すぎるよ……」


 苦笑して呟く。


 私は見た目ほど真面目で穏やかな人間ではない。お互い生きてきた環境が違うのだ。ジークフリードは騎士として、本当に真面目に正直に生きてきたのだろう。それに比べて私は……


「ジークさんには知られたくないな……」


 好かれているかは分からないが、今は嫌われてはいないだろう。だけど、この醜い正体がバレれば、彼はこんな私から離れていくだろう。きっと嫌われてしまうだろう。

 事前に知られていたら、初めから私に解呪など頼まなかったかもしれない。

 そう思うと、胸が締め付けられた。悲しいと思うな。苦しいと思うな。私にそんな価値など初めからないのだから。たがら……


「ジークさん。そんな顔しなくていいんですよ?」


 外で待つ彼を想って呟いた。

 

お読みくださりありがとうございます!

ブクマ登録、ありがとうございます!


今回は2人の独白です。

ジークフリードが若干ネガティブ思考で、しかも勘違いもしています。元が生真面目なので仕方ないのかな?

アーリアはもう少し現実を受け入れてきた気がします。

これからも宜しければ、見守ってください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ