隠れんぼ4
※東の塔の騎士団編※
ー森が騒がしいー
システィナの東に位置する広大な森の中、そこへ最近になって活動拠点を移したある山賊団のお頭を務める男は、砦の中から森をーー騒めく木々を見遣った。すると暫くして騒がしい足音を立て、一人の小男が荷物を抱えて帰ってきた。
「お頭、帰りやしたぜ!」
全身黒ずくめの男。見るからに怪しい。仕事する上で、己の正体を晒さないのは定石だが、『黒ずくめは明らかに犯罪臭がするので辞めろ』とお頭が注意してもこの小男は一向に止めはしないのだ。小男曰く『カッコイイから』との事らしい。
「ーーおぅ。ってお前、どこ行ってたんだ?」
「東の森でさ。ほら、何でも最近、塔の騎士たちが騒がしくしてるって聞いたじゃないですか?」
「ああ。いつもの訓練だろ?」
「だと思って、コレを試しにいったんでさぁ」
そう言って小男が出してきたのは、ある魔物を一定時間操る魔宝具だった。笛のような形をしていて、実際に笛のように吹いて使う道具だ。
「ソレはあれか?この前、ごうつく商人から奪った……。使えたのか?」
「ええ。そりゃもうバッチリ!騎士の連中、大慌てで……!」
ケタケタと笑いながら小男は黒いマスクを顎の下に引き下ろした。現れた顔はそう悪くない造形でいてまだ若い男だ。
「そりゃ良い!」
「でしょう?あいつら街でも威張り腐ってやがって……あぁ、思い出すだけでも腹立たしい!」
「最近入った若手騎士だな?ーー古参騎士は何してんだか……」
お頭は子分が新参騎士たちを翻弄した事に喜びながらも、古参騎士に対しては呆れ半分、残念な気持ち半分を態度で示した。
「騎士なんて、どいつも同じじゃねぇですか?貴族のボンボンどものお遊びみたいなもんでしょ?現に、三年前には魔女様も亡くなっちまったんだし」
「そ、だな……」
この広大な東の森を更に東へ進み、山脈を越えた先には、ライザタニアという国がある。その国がおよそ三年前の春、システィナに侵攻した事はまだ記憶に新しい。その時に被害に遭ったのは騎士や魔導士、兵士といった軍人だけではない。民間人にも多くの犠牲者を出したのだ。
「で、その荷物はなんだ?」
そこでお頭は子分が肩に担いでいる荷物に視線を投げた。
「へっへっ!何だと思います?」
「戦利品か?どこから盗ってきた?」
「騎士たちが後生大事に守ってたんでさぁ。ーーあ、でも、一方では襲われてたなぁ?」
「はぁ?意味が分からんが……」
そう言いながらお頭が包まれた布を捲ると、そこから現れたのは白く長い髪だった。白い髪の隙間から見えるのは美しい容姿の少女。意識はないようでその瞳は固く閉じられている。
子分は肩から白髪の少女をゆっくり下すと、長椅子に横たえた。流石に床に下すのは躊躇われたようだ。
「白髪……?」
「あーー!あれぇ?何で白いんだ?さっきまで黒髪だったのに……?」
子分は少女の髪を見ると、素っ頓狂な声を上げて驚いている。子分が騎士から少女を攫って来た時、この少女の髪色は黒だったのだ。だが、今その色は色素が抜けてしまったかのような真白だ。
一方、お頭は子分のような騒がしい驚き方でないにしろ、白い髪の娘に対してかなり動揺していた。
「……お前、この娘、騎士たちから攫って来たと言ったな」
「へい」
「騎士たちが後生大事に守ってた、と……?」
「へい。追われてもいましたが……」
「この娘は魔術を使わなかったか?」
「そーいやぁ、珍しい魔術を使ってましたね?」
首を傾げながら「それが一体どうして?」と問う子分に、お頭は頭ごなしに怒鳴った。
「バカヤロー!白髪に魔術を使う女と言やぁこのアルカードでただ一人だろうが⁉︎」
「え?そんなん誰かいました?」
ボカンと子分の頭を殴るお頭。
「イテェ!何するんでさぁ?」
「バカだバカだと思ってたが、本当にバカだったらしいな⁉︎ーーいいか!このアルカードで魔術を扱う『白き髪の魔女』と言えば『東の塔の魔女』だけだ!」
子分の首根っこを締め上げながら怒鳴るお頭に対して、子分は顔を顰めながらも頭の上に疑問符を幾つもも浮かべていた。
「東の塔の?魔女……?え?それって白髪のばーさまだったんじゃ?」
誰もその姿を見た事のない『東の塔の魔女』の正体を、アルカードに住む領民たちは色々と予想立てた。その中で最も有力なものが子分の言う『白い髪の老婦人魔導士』というものだ。だが、それは噂に過ぎない。
「そりゃ、勝手な思い込みだ!現にホラ、よ〜〜く見てみろ!この白い髪をした娘を。こんな不思議な色した魔女が一人も二人もいる訳ねーだろ?」
「アルカードにゃ結構いますぜ、お頭。ほら、あの娼館のねぇちゃんとか……」
「あれはコスプレだ!バカ!」
「イテェ!また殴ることないでしょ?」
再びゲンコツを食らった子分は、今度は反抗した態度を見せてきた。しかし、その子分の態度はお頭はその怒りを更に強めただけだった。
「煩ぇ!どーすんだ?お前、こんな娘を攫ってきて!」
「え?身代金を要求するなり売っぱらうなり、何でもできる……」
「やっぱりバカか!お前なぁ……俺たちがここで山賊稼業なんてもんが出来ているのは、何のおかげだか分かるか?」
「……?商人の横行が盛んだから?」
「あ、まぁ、それもあるがな。だが、俺たちがココで平和に山賊稼業が出来ているのは、この国が平和だからじゃねぇのか?」
「はぁ?そーなりますかね?」
『国が平和だから平和に山賊稼業が出来る』とは言い得て妙だが、お頭にはそう断言するだけの確信があった。
「実際、ライザタニアじゃあ暮らしが貧しくて、山賊もマトモに暮らしていけねーじゃねぇか?」
「あ、そうっすね」
この小さな山賊団に所属する男たちは元はライザタニアからの移民だ。彼らの稼業には一言も二言もあるが、彼らは今、システィナで地に足をつけた暮らしをしている。
「ーーんで、その平和を誰が守ってる?この魔女様が守ってんだろーが?」
そんな事はこのアルカードでは三歳の子どもですら知っている。現にお頭のもうすぐ三歳になる娘も『将来は魔女様のような魔導士になる』と微笑ましい事を言っているのだ。
「おぉ!言われてみりゃそぉでさぁ!」
そこまでお頭の聞いて、ようやっと子分は納得したように手を叩いた。
「で、お前はその魔女様を攫って来た。どーする?この始末」
お頭はそんな能天気な子分を半眼で見下ろした。
「どーするって……どーします?」
またまたバカのひとつ覚えのように首を傾げる子分。お頭の額に血管がいくつも浮き出した。
「バッキャローが!考えなしかお前は!騎士たちがココへ押し寄せて来たらどうするんだ?」
「え〜〜来ますかねぇ?本当にこの娘が魔女様かどうかも分かんねぇし、来ねぇかも知れないっすよ?」
「絶対来る!俺は断言できる!お前は『塔の騎士団』の恐ろしさを知らねぇんだよ……!」
前『塔の魔女』を守りきれずにむざむざ死なせてしまった『塔の騎士団』に所属する騎士たち。彼らは魔女の死後、亡き魔女の分も国境線を死守した。彼らは命をかけて戦い、ライザタニア軍の侵攻を二月以上防いだ。国境付近では自国、他国含め、死屍累々の山を築いたという。
「とりあえずお前、他の連中に撤退を伝えに行け。この砦は放棄する」
お頭は早々に決断を下すと、溜息混じりに子分へと命令を下した。
「は?放棄するんですかい?」
「ああ。殲滅される前にトンズラだ」
「わ、分かりやした!」
「早くしろ。下にいるランザに指示を仰げ」
「ラジャー!」
この山賊団ではお頭からの命令は絶対なのだ。子分は小気味良く返事すると部屋から駆け出していく。が、その途中で子分にしては珍しくある可能性に気づき、お頭へと尋ねた。
「ーーあ、お頭はどーするでさぁ?」
「俺は残る。魔女様を無事に騎士のもとに返さにゃならねぇからな」
お頭は『その時には自分の首が飛ぶだろうが』とは言わなかった。お頭としては自分の首一つで仲間の命が救えるなら本望だった。悔いがあるといえば、もう一度、娘に会いたいという事だけだ。
あれだけバカだと言われた子分も、お頭の考えには気づいてしまったようで、情け無い声を出した。
「お、お頭ぁ……」
「子の不始末は親の責任だ。ーーいけ!」
お頭からの言葉に胸を打たれた子分はお頭に深々と頭を下げ、命令を遵守するべく部屋から出て行った。
※※※※※※※※※※
「あ、れ?ここ、どこ……?うっ気持ち悪い……」
アーリアの意識は混濁した海から浮上した。
知らない天井に混乱しながらも辺りを見渡した。しかし、まだ頭の中に靄がかかった状態が続いており、頭を上げた途端に物凄い吐き気が胸の奥から湧き出した。
「良ければこれをお使いください」
「ありがとう……って誰?」
差し出されたタライとタオルを受け取ったアーリアは、その知らない声と手に驚いて視線を上げた。そこに居たのはごつい体躯を持つの四十絡みの男。アーリアには全く面識のない男だった。
ここは悲鳴をあげるべきか、それとも抵抗すべく魔術を使うべきか……と混乱した頭の中でぐるぐると考え出した矢先突然、大男がアーリアの前で土下座したのだ。
「子分が迷惑をかけた。申し訳ない!」
「えっと……子分?迷惑⁇」
アーリアは今にも胃の中身を吐き戻しそうな口元をタオルで押さえながら、足下で土下座した大男の頭を見下ろした。
「貴女を誘拐したのは俺の子分だ。申し訳ない!」
「はぁ……?うぅっダメ……気持ち悪い……」
「……きっと眠り薬が身体に合わなかったんだ。ーー無理せず吐いてください」
見知らぬ大男に優しく背中をさすられる事に抵抗感があったが、そんな事よりも吐き気の方が勝り、アーリアはタライの中に何度も吐き戻した。思った以上に優しい手つき、大きな掌は師匠を連想させた。
「今日はキツイでしょうが、きっと明日には良くなりますから」
アーリアは大男に支えられながら身体を横たえた。横になると疲労からウトウトと瞼が降り出した。お頭はそんなアーリアに毛布をかけると、徐に身の上話を語り出した。
「俺は魔女様ーーアンタに守られた事がある。アンタの魔術は俺たち家族を救ってくれた」
お頭は三年前のライザタニア軍侵攻の折に、家族を『東の塔の魔女』救われたのだという。
お頭は元々ライザタニアの出身だといった。ライザタニアな内乱に次ぐ内乱、また他国との戦争で、軍人や政治家以外の民間人は食料難に喘いでいるという。お頭は食べる物を求めて難民となり、システィナへと亡命した。しかし、ライザタニア出身のお頭たち難民はシスティナでは差別の対象となり、ろくな仕事に就けなかった。それでもやっと流れ着いた村で農作物を育てて過ごすも実入りが悪く、次第に山賊の真似事をするようになったそうだ。
そんな時、ライザタニア国によるシスティナ国への侵攻が開始された。
「その大恩ある魔女様に酷え仕打ちをしでかしちまった。本当に申し訳ねぇ!」
そう頭を床に擦り付けながら謝罪するお頭に、アーリアは深い息を吐いた。
「っう……気にしないで。貴方は貴方。私は私。それぞれに人生があるから……」
「魔女様……!」
「それに、私はーー魔女には代わりが効く。スペア。部品。あの女の代わり……」
まるでうわ言のように呟くアーリア。眠り薬の副作用からなのか、アーリアの意識は混濁していた。
「そんなこたぁねえ!大勢の人がアンタに救われたんだ……!俺の娘も、アンタのおかげでこの世に生があるッ」
思わず暑く語るお頭に、アーリアは「そう」と呟いて今度こそ瞳を閉じた。
※※※
スースーとアーリアから寝息が聞こえて暫くした頃。お頭は背後に冷たい気配を感じ取り、反射的に振り向いたが、己の首にピッタリと刃が突きつけられたのを知り、お頭は両手をゆっくりと上げた。
「その方を返して貰おうか?」
黒髪の騎士は低い声音で告げた。従わなければ殺す、そうその瞳は語っていた。
「無論そのつもりだ」
お頭は冷や汗を流しながら、自ら腕を首の後ろで組んだ。
「すまねぇ!俺の子分がとんでもねぇ事をしでかした」
降参を示したお頭に対して、黒髪の騎士は目を細めた。そして、騎士にとって一番重要な事を尋ねた。
「……このご様子は?」
「あ、あぁ、眠り薬が身体に合わなかったようでな。吐き戻させたんだが……」
お頭の言葉に嘘がないと感じた黒髪の騎士は長剣を鞘に収めると、長椅子に横たわるアーリアへと足を向けた。
黒髪の騎士はアーリアの前に跪くと、アーリアの額に手を当てた。先ず体温と脈を確認すると次に耳元に口を寄せ、ゆっくりとした口調でアーリアに呼びかけた。
「アーリア様……アーリア様……」
「……?な、ナイル、せんぱい……」
アーリアは黒髪の騎士ナイルの声に目を覚まして応えた。
「……お迎えにあがりました」
何度窘めても『先輩』と呼ぶアーリアに、ナイルは内心諦めの境地だった。
「あ、ありがと。ーーリュゼは?」
アーリアの口からすぐにリュゼの名前が出た事に、ナイルは苦笑した。やはり俄かの騎士より専属護衛の方がその存在感は上なのだと確信して。
「リュゼ殿もこちらに向かっております。もう間も無く、お着きになるでしょう」
アーリアはナイルのその言葉に安心してまた目を閉じた。ぐったりと力無いアーリアをナイルはそっと抱き上げた。早く医者に診せなければならないと考えたのだ。
ナイルはアーリアを抱えたまま、開け放たれた扉へと向かう。
「お、おい!俺の首はいらねぇのか?」
完璧にその存在を無視されたお頭は焦り、黒髪の騎士の背に声をかけた。
「そんな物は要らん。俺たちの任務はこのお方をお守りする事だけだ」
『塔の騎士団』の役目は塔と魔女とを守護する事。それ以上も以下もないのだ。ナイルはアーリアを大切な宝物を抱くように包み込む。
「あぁそうだ。あの魔宝具はどこで手に入れた?」
ナイルは去り際に盗賊団のお頭へと魔宝具の入手経路について尋ねた。
「ライザタニアから来たごうつく商人から奪ったもんだ。ーーよければ持って行ってくれ」
黒ずくめの男ーー盗賊団の一員であるお頭の子分が使っていた笛は、ライザタニアから来た商人から奪った魔宝具だった。その魔宝具はある一定の魔物を自由に操れるという、人間にとっては脅威を齎す道具だったのだ。
ナイルはお頭から魔宝具を受け取ると、去り際にお頭へと言葉をかけた。
「危害を加えず、無事に返してくれた事。礼を言う」
こうして、波乱の『特別訓練』は幕を閉じた。
お読み頂きまして、ありがとうございます!
ブックマーク登録、感想、評価など、本当に嬉しいです。ありがとうございます!
東の塔の騎士団編『隠れんぼ4』をお送りしました。
黒ずくめの男の正体はなんと盗賊でした。
一見、平和に見えるシスティナですが、そうでない場所もあります。勿論、貧富の差もあり、最近では戦争による移民問題にも悩まされていました。
次話、閑話休題。よろしければ是非ご覧ください!




