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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と塔の騎士団
206/497

隠れんぼ1

※東の塔の騎士団編※

 

「見つかったか?」

「いいや」

「くっそ!何処行ったんだ⁉︎」


 フル装備の騎士たちは悪態をつきながら頭からヘルムを取り払った。その途端、額から汗が垂れ流れ頬へと伝い、パタリパタリと汗は肩へと落ちていく。

 ヘルムの中にある顔は誰もが若い。普段澄ました表情かおをして塔を守護する若き精鋭ーー騎士たちが、このように滝のような大汗を流す所など、滅多に見ないだろう。

 そんな最中、悪態を吐く騎士たちから少し離れた場所で、一人の若き騎士が被っていたヘルムを右手で取り払った。


「あっち〜〜」


 吐い出る声は無意識からのもの。赤茶髪の騎士セイは手の甲で額の汗を拭いながら天を仰ぎ見た。

 太陽は中天に差し掛かりつつある時間帯。間もなく正午ではないだろうか。地面を見れば春の草花が顔を出し始めている。しかし、まだ中綿の入った上着やマントを脱ぐには肌寒さを感じる今日この頃だが、今、ヘルムを取り払った頭に感じる風は清々しい涼しさだ。

 誰が言い出したか知らないが、『ハンデとは云えどもフルプレート・アーマー着用は少しやり過ぎじゃねぇの?』という考えが頭を過ぎる。


 ーやっぱりアイツら、彼女を舐めてたって事だよなぁ……?ー


 騎士セイは若手騎士の誰が言い出したか知らないが、大きすぎるハンデの有無に対して今更ながらその視線を遠くした。


 遠い空をかの魔女の髪のような白い雲が流れていく。


「はぁ〜〜。アーリアちゃん、今どこに居んだろ?」



 ※※※



「誰だ⁉︎ 小娘一人見つけるなど簡単だと言ったの奴は⁉︎」

「くっそ!あんな魔女一人相手に、俺たち騎士がいくら探しても見つからないなんて……⁉︎」

「一体、どーなってやがる⁉︎」


 ルーデルス団長が耳にすれば『コラァァアアアア‼︎ 誰だぁ⁉︎ 我らがあるじを小娘だと言ったヤツはァ‼︎』とキレられる言葉を平気で吐きまくる若手騎士集団。その中でも一際目立つ体躯の青年の元へ集まった若手騎士たちは、木陰にドッカリ座るとだらし無く足を投げ出した。


「コレ、『隠れんぼ』なんて可愛いモンですかね⁉︎ 完璧に『捜索』じゃないっすか⁉︎」


 鼻の上のソバカスがまだ薄っすら残る一際若い騎士が、あーあーと文句を垂れ流している。


「護衛が一人ついているとはいえ、逃げ隠れしているのは小娘一人。範囲も東の森の西半分。範囲網を広げていけば自ずと見つかる筈だ!」

「とか言って、もうかれこれ二時間。まだ見つけられずにいますよ?ーーしかも俺たち、調子に乗って『ハンデ』つけちゃったじゃないですか」

「ぐっ……!」


 今となっては悔やまれてならない自分たちの発言。だが悔やんだ所で口から出た言葉は今更口の中には戻らない。

 リーダー格の若手騎士はぐっと拳を握ると額から一筋の汗が流れた。そこへ一人の騎士が羊皮紙でできた地図を広げながら歩み寄ってきた。


「捜索範囲は東の森のこの辺りからこの辺りまで」

「その間に砦が二個あるな?今週、詰めているのは第一小隊の第二班だと聞いた。その騎士たちから情報を得られれば……」


 そこまで言ってリーダー格の若手騎士はうぐっと口を噤んだ。この訓練に参加していない騎士たちにもこの訓練の概要は伝えられている。しかし、砦には自分たちのような若手騎士ではなく、古参騎士も詰めているだろう。その古参騎士を頼るのは流石に憚られる。もしも先輩騎士から『訓練一つ満足にこなせぬ騎士だ』とレッテルを貼られれば、自分たちのプライドはズタズタに傷つくだろう。そんな事態はとてもではないが容認できなかった。


 ー俺たちはエリートだぞ⁉︎ー


 自分たちはこれでもエリートに分類される騎士団の一員なのだ。『塔の騎士団』と言えば近衛騎士に次ぐ実力者集団。近衛騎士が表の花形集団だとすれば、塔の騎士団は影の実力者集団なのだ。『塔の騎士団』には入るだけでも厳しい試験を潜り抜ける必要がある。その厳しさを見に持って知るだけに、此処に居る騎士たちはそれ相応の誇りを持っているのは当然だった。

 騎士団に属する者は全てが貴族子弟と云えど、測られるのは爵位や身分ではなく経験と実力。騎士団内では実力勝負が常。それ故に、騎士には高い能力と優れた技能が必要だとされている。いくら爵位が高かろうと容姿が良かろうと、騎士団内の地位や上下関係が覆る事はない。逆を言えば、実力さえ示せれば低い爵位であろうとも、騎士団内で上位に位置する事ができ、末には国内で一目も二目も置かれる存在となる事ができるのだ。実に面白い社会システムではないか。


 ここへ集う騎士たちはこの冬配属された若手ばかり。この『特別訓練』は若手騎士を集めて行われた実習であった。


「リューク、先行偵察からの報告は?」

「ありません!」

「南の方へ行った騎士たちが先ほど、森の出口付近で発見されました。脱落者として団長たちの元へ送られたとのことです」

「くそッ!」


 ドンっと握った拳を木の幹に叩きつけるリーダー格の騎士。策の全てが後手に回っているように感じながらも、こんな所で『やめた!』と訓練を放り出す訳にはいかない状況があった。この訓練は若手騎士たちをふるいにかける為の『試験』であるに違いないのだから。

 篩から落とされた者の末路など考えるもがな。最早自分たちに残された道は、規定の時刻までに此処に居るメンバーで小娘をーー『東の塔の魔女』を見つけ出す事のみ。


「よぉし!もう一度、南から北へとしらみつぶしに探索をかけるぞ!」


 リーダー格の若手騎士からの声掛けに他の騎士たち力ない声を上げ、ゾロゾロと動き出すのだった。



 ※※※



 一方その頃。


「ふははははは!慌てておる、慌てておるわッ」


 不気味な笑い声を上げるのはルーデルス団長。『東の塔の騎士団』団長を務める屈強な騎士だ。如何にも騎士然とした体躯の持ち主で、背丈では騎士団一を誇り、幅広の背、そして胸には筋肉が隆々と盛り上がっていた。その腕はアーリアの太ももの何倍の太さがあるだろうか。肉食獣のような眼光は鋭く、濃い赤髪が燃える太陽のように輝いている。

 部下から受け取った中間報告書を読むなりルーデルス団長は高らかな笑い声を上げた。


「若造どもが!訓練を訓練とも考えていなかったのが裏目に出たようだな?」


 フハハハハ!と高笑いするルーデルス団長はとても『正義の騎士』には見えない。若手騎士をイビル様子は、完璧に悪役ヒールだと言えよう。

 だが、騎士団長を務めるルーデルス団長は真の鬼畜ではなかった。若手騎士を中心に集めて行われているこの『特別訓練』は、騎士団員たちの性格、能力、技能を見極める為には大変重要な試験なのだから。

 およそ2年半もの間、主不在だった『東の塔』へ『塔の魔女』が来訪した昨今。仮初めの平和を享受した挙句に腑抜けてしまった若手騎士たちの根性を叩き直すのは、『塔の騎士団』を預かる団長としては当然の行動だった。それは副団長アーネストとも意見は一致し、本日、実施日を迎えたのだ。

 そして行われた『特別訓練』の内容は所謂『隠れんぼ』。あるじである魔導士アーリアを時間内に見つけ出す事がその訓練内容であった。


「魔導士であるアーリア殿と騎士じぶんたちとを比べてどうする⁉︎ 全く怪しからんヤツらだ!」

「見た目が可憐なお嬢様ですからね。いくら『東の塔の魔女』だと名乗った所で俄かに信じられないのでしょう?」


 そう断言するのは第一小隊の隊長を務めるスレイ。騎士団のナンバー4と呼ばれる騎士だ。冷静な判断力に定評があり、在歴は騎士団の中でも最古参の中に入る。


「よく考えれば分かる事なのだがなぁ?」


 ルーデルス団長はふと東の空を見上げて目線を細くした。そこには天を突く高き『東の塔』の先端が木々の隙間から覗いていた。目を凝らせば塔を中心として薄っすらと白い幕が張られているのが見て取れた。それは、今日も今日とてこの国を平和に導いている《結界》だった。


「あのような《結界》を張っていても尚、他の魔術を同時に行使できる魔導士など、他に類を見ない大魔導士ではないか?」

「それが分からないから大馬鹿者だというのです。いくら彼らの技能が高くとも到底使えはしません。ーーそれに、アーリア様を敬っていたならば『嫁にしてやろう』等と口説いたり、ましては脅したりする筈などありませんよ。彼らは最初はなから自分の価値を過信しているのです」


 そう言ってスレイは前髪を掻き揚げながら深い溜息を漏らした。その表情は同じ『塔の騎士団』に所属する若手騎士を『不甲斐ない大馬鹿者』だと愁うものだった。

 騎士と云えど貴族社会のルールに縛られている。騎士団では実力が物を言うのだが、それでいて何時迄も爵位が付いて回るのだ。例え、騎士団内で高い地位を築こうとも、爵位の低さから馬鹿にされる場面も多々あるのだから。だからこそ、その馬鹿にする矮小貴族たちを黙らせる程の実力を示す事こそが重要だと言えた。

 騎士団に配属された若手騎士たちは最下層の平騎士として最初の一年を過ごす。その一年間で爵位関係なく、上官からこき使われながら騎士団のルール、上下関係を学んでいくのだ。

 しかし、今回入った若手騎士たちは、まだ騎士団内のルールに染まり切ってはいなかった。騎士団に所属できた事へのプライドばかり高く、雑務な仕事を仕事とも思わず投げ出したり、影で爵位を傘に着て若手同士で潰しあったりしていたのだ。そればかりか、自分たちが守るべき『東の塔の魔女』をただの小娘だと侮る始末。

 しかも、その傾向は若手騎士だけに留まらなかったのだ。赴任から二年目、三年目に入った騎士の中にも腐った思考を持つ騎士が存在していた。


 その事が明るみになったのは、奇しくも『東の塔の魔女』がーー自分たちの主君が『東の塔』を訪れてからであった。


「くっ……なんとも情け無い話ではないか……!」

「ですねぇ。自分たちの主君に対し、このような情け無い姿を晒しているのですから。今から思えば、アーリア様が当初見せておられた態度に納得がいきます。とてもじゃないがこのような騎士たちに『守って欲しい』とは言えませんよ」


 当初、アーリアは騎士団を殊更に避けていた。アルヴァンド宰相閣下からの命令がなければ、未だに騎士団と接点を持つ事はなかっただろう。それどころかサッサとこの地を去っていたに違いない。


 スレイは益々深い溜息を吐いた。


「これから挽回すれば良いだけのこと。この度の『特別訓練』に於いては、ご厚意からアーリア殿にもご参加頂く事ができた。今から一つひとつ信頼関係を築いていけば良い。そうだろう?」

「……築く途端はたから崩れていそうですがね」

「〜〜スレイ!お前、いつもネガティブな発想しか出てこんな?」

「そうですかね?」


 物事を裏の裏まで読むと言う第一小隊隊長スレイは現実主義を通り越してネガティブ思考。常にポジティブ思考のルーデルス団長の対になるスレイはーー色んな意味でーー騎士団内でも大変貴重な存在だ。


「ーーでだ。今、アーリア殿はどの辺におられる?」

「先ほど念話をした際には、この辺りにいらっしゃると仰っておられました」


 スレイは地図上を指でぐるりと指した。

 そこは東の森でも真北に当たる場所であった。


「あ〜のぉ……団長。その辺って危なくないですか?最近その辺りには青き竜を恐れてなのか、北から盗賊団が降りて来たという情報があった筈で……」

「それを早く言わんかッ!」


「馬鹿者!」とルーデルス団長は一人の騎士の頭をポカリと殴った。理不尽な暴力に「イテェ!」と頭を押さえ、ルーデルス団長から一歩飛び退く若い騎士。おずおずと意見具申したのは赤茶髪の若い騎士セイだった。

 セイは日頃の態度はチャラいが、騎士団内では信用できる男として通っていた。件の魔女アーリアからも気安く名で呼ばれる貴重な存在で、若手騎士ながら今回の『特別訓練』では支援者側に配置されていた。


「でも、アーリアちゃ……様にはナイル先輩が付いていますよ。滅多なコトはないかと思いますが……」

「うむ。ナイルか……」


 ナイルは騎士団内でも最古参に入る騎士で、『東の塔の魔女』に対する忠誠心は人一倍だと巷で有名だ。前魔女時代から騎士団に所属し、凡そ三年前の戦争でも国境線という血の海地帯で最後まで国を守って戦った勇敢なる戦士だ。彼は第二小隊に所属し一つの班の班長を務めるているが、現在魔女の守護騎士という重要な任務を遂行中だ。

 この場にいない副団長アーネストと魔女の専属護衛騎士リュゼは、中間地点に位置する古城にて状況を把握しながらこの訓練を見守っている。

 魔女アーリアに専属護衛リュゼを付けず、代わりにナイルを当てたのには理由がある。専属護衛リュゼの存在は、騎士団内では大変に微妙な立ち位置にあったからだった。

 ルーデルス団長は専属護衛リュゼという騎士をアルヴァンド宰相閣下より、騎士団の騎士たちとは別枠として扱うように仰せつかっていた。今訓練でアーリアの専属護衛を務めないのは、リュゼ本人から騎士団への配慮でもあった。


「おい、セイ。お前も新人たちに混じってアーリア殿の動向を見守って来い!」

「……え? えぇ〜〜⁉︎ それってまさか俺にもフル装備で行けって言うんじゃないですよね?」

「フル装備に決まっておろう?それが若手騎士やつら自ら口にした『ハンデ』なのだからな」

「〜〜誰だよ!そんなバカなコト言った騎士ヤツは〜〜⁉︎」


 セイの嘆きは最もだった。冬も終わりに差し掛かったとはいえ、日中の日差しは暖かい。そんな中、フル装備で森の中を散策させられるのだ。誰だって装備の中まで蒸せるであろう事が想像できるではないか。


「これも『仕事』です。そうアーリア様も割り切っておいででしたよ?」


 自分たちのあるじが『仕事』と割り切ってこんなバカな『訓練』に参加しているのだ。自分たちがどうして嫌だと言えようか。


「頑張ってくださいね」

「はーい……」


 セイはスレイから通信用の魔宝具一式を渡されながら、拒否権を封じられて力無い返事をするのだった。



お読み頂きまして、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価等、ありがとうございます!大変、励みになります!


東の塔の騎士団編『隠れんぼ1』をお送りしました。

普通の隠れんぼは鬼が一人に対して逃げる側が大勢ですが、今回はその逆。逃げ隠れるアーリアを大勢の騎士が探します。

運動が大の苦手のアーリアですが、隠れんぼは意外と得意な模様です。


次話も是非、ご覧ください!

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