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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と塔の騎士団
204/497

対人戦のその後

※東の塔の騎士団編※

 

「あーあ。完全に伸びちゃってるよ」


 意識を失い地面に倒れ伏した騎士たちを真上から眺めながら、リュゼは「うわぁ」と間延びした声を出した。アーリアから雷魔術を浴びた若手騎士たちは、白目をむいて天を仰いでおり、また、アーネスト副団長から容赦ない攻撃を受けた騎士たちは、口から泡を吹いて倒れていた。


「ちょっと、やり過ぎなんじゃない?」

「ちゃんと威力は最小限に絞ったよ?」

「模造刀とはいえ鉄製の剣を持ってたからさぁ……。コレ、感電してない?」

「さぁ?ーーあ、でもね。アーネスト様が『騎士は頑丈だから大丈夫』って言ってたし、大丈夫じゃないかな?」


 全く悪びれもしないアーリアが側面サイドを振り仰げば、そこには満面笑顔のアーネスト副団長が強く頷いている。


「大丈夫ですよ。何の心配もございません」

「ほらね?」

「……」


 リュゼは半眼でアーリアとアーネスト副団長を交互に見た。二人とも似たような表情で、自分たちがヤラカシタ惨状に対して全く反省などしていないのが見て取れた。それどころか実に晴れ晴れとした顔をしているではないか。


「姫さぁ、コイツらになんか恨みでもあったの?」

「べ、別に?」

「なーんか怪しいなぁ……いつもの姫とちょっと違うよーに見えるんだけど?」

「そ、そんな事ないよ。ほら、本当にちゃんと手加減したよ?さすがに殲滅型の攻撃魔術使ったらマズイでしょ?殺さない程度の攻撃魔術が少ないからこういう時の対応は厳しいよね!」

「ふーん?」


 赤き竜や青き竜を屠った時のような広範囲攻撃魔術や殲滅型攻撃魔術を室内で、しかも人間相手に使う訳にはいかない。いくら鍛錬場といえど、それに耐えるだけの強度はないだろう。だからと言って下手に火や水、氷や風と言った魔術を使えば、相手に大怪我を負わせ兼ねないのだ。相手を怪我させずに行動阻害ないし行動停止させようとするなら、拘束するか昏倒させるかしかない。このように複数人相手にする時には、どうしても一度、相手を動けぬように拘束する必要があるのだ。……と言うのがアーリアの言い訳だ。


「でも、それだとあまり芸がないよね?」

「対人戦に芸は求めてないから良いんじゃないかなーーって、そうじゃなくてさぁ……!」


 リュゼは珍しくアーリアに食いついた。それもこれも、今日のアーリアの対応が普段と少し違うからだ。

 いつものアーリアなら悪漢でもない模擬戦の相手を白目向くまで攻めたりはしない。また、そうする理由があったとしても、その後には相手の身体の気遣うだろう。それが今回に限って、アーリアの対応が冷たい。それどころか若手騎士たちが伸びたまま地面に転がっていても声かけすらせず、平然としてるいるのだ。その事にリュゼは違和感を覚えた。

 一方、隠し事が苦手なアーリアはリュゼからの執拗な言葉責め、その鋭い眼光から目を逸らして、必死にこの話題から話を逸らさそうとした。だがしかし、ここで思わぬ伏兵が現れたのだ。


「この騎士たち殊更ことさらにアーリア様を見下しておりましたからね」

「ア、アーネスト様⁉︎」

「それってさ。さっきの彼らの発言意外にも何かあったってコト?」

「私は直接、見聞きしておりませんが……」


 護衛騎士リュゼはアーネスト副団長の言葉に「へぇ〜?」と目を細め、小さく驚きの声を上げた。リュゼはその細い瞳に不穏な色を乗せて、アーリアの方へ視線を投げかけた。


「ひーめ。僕の知らない所で、騎士たちと何があったのさぁ〜〜?」

「べ、別に?大したコトじゃないよ」


 アーリアは鋭いリュゼの目線から外れるように顔を背けた。

 リュゼはアーリアの正面に素早く移動すると、あからさまに逸らしているアーリアの顔を両手で挟んで無理矢理自分の方へと上向かせた。


「〜〜りゅ、リュゼ⁉︎」

「んで、何があったの?僕にも言えないコトなの?」

「そんな、コトは、ないけど……」

「ひめ……アーリア!」


 ゴニョゴニョと言い淀むアーリア。見上げたリュゼの琥珀色の瞳には、アーリアの虹色の瞳がそっくり写り込んでいた。アーリアは「ううぅ」と唸ると、リュゼの心配そうな声音と視線を受けて敗北を知り、ガックリとその肩を落とした。そして隠し事を暴露し始めた。


「……何日か前に、一人の騎士が私に声をかけてきたの」

「それで?」

「その騎士ヒト、私を『自分の家に迎えてやっても良い』と言ってきて……」

「……は?……ハァッ⁉︎」


 その男は濃い茶色ブラウンの髪に同色の瞳を持つ、二十代前半の若き騎士だった。リュゼがルーデルス団長に呼ばれ団長執務室へと訪れていたーーつまり、アーリアが一人になった所を見計らって話を持ちかけてきた。

 何でもその若手騎士は『自分はハーベスト侯爵家に連なる由緒ある家系の出自であり、騎士になったのは箔付けする為だ』と正直すぎる言葉で宣った。『任期を終えるまで恙無くやり過ごそうと勤務していたある日、突如、『東の塔の魔女』が現れて正直、迷惑している』と当の魔女アーリア相手に悪態を吐いてきたのだ。しかも……


『だが、実際にお前を見て気が変わった。特別に我が家に迎えてやっても良い。お前のような平民魔導士を由緒ある家系の仲間に入れてやろうと言うのだから、有り難く俺の申し出を受けるが良い』


「って……」

「ハァーーッ⁉︎ 何なの、ソレ⁉︎ 何でソレを言われた時にすぐ、僕に相談してくれなかったの?」

「その騎士に『断れば護衛騎士の生命いのちはないものと思え』って脅されて……」

「ーー‼︎」


 アーリアは自分リュゼの命を盾にして脅迫を受けていたという事実を知り、驚愕から目を見開いた。アーリアはリュゼに両頬を挟まれながらも目線をリュゼからスッと逸らした。


「こういうのって騎士団内ではどう処理ーー対処しているのかをルーデルス様かアーネスト様に相談したいなと考えてたんだけど、あの騎士ヒト、本当にシツコくて。護衛の当番なのか知らないけど私を逐一見張ってたから……」

「だから、私どもに相談するタイミングが見つけられなかった、と……?」

「はい……」


 アーリアの口から齎された言葉の数々は、護衛騎士を受け持つリュゼには俄かに信じられない内容のものだった。常時、アーリアの側について護衛しているにも関わらず、自身の見ていない場所で大切な主君アーリアがこのような事態に巻き込まれていたという事実に、リュゼは大きな衝撃を受けた。だが、この事で一番、この事態に対して嫌な思いをしていたのはアーリアなのだと思い直し、ハッとした。

 アーリアは己の事よりも己の護衛騎士リュゼの身が心配だった。だからリュゼに知られぬ内に、処理したかったのだ。しかし、現実はそう上手く事は運ばないものだ。こうして隠し事が呆気なくバレてしまったのだから。


「ごめんね、リュゼ……」


 リュゼに隠し事を知られて怒られたアーリアは、叱られた子猫のようなしょんぼりした表情を浮かべていた。そんなアーリアの顔をとっくりと見下ろしながら、リュゼはこの件に関して自分が役に立たなかった事を責め、反省し、自分自身への不甲斐なさを感じて胸を痛めた。


「ごめん、アーリア。そんな事があったなんて、ちっとも気づかなくて」

「ううん。私がすぐに相談すれば良かったんだよね」


 リュゼは今にも泣き出しそうなアーリアの頬をーー瞼をそっと親指で撫でた。


「アーリア様を脅す騎士を、別の騎士が目撃しておりましてね。私どもは昨夜、その騎士から一連の報告を受けておりました」


 アーリアを慰めるリュゼ、二人のその微笑ましい様子を見ていたアーネスト副団長は片手で眼鏡をあげながら、追加情報を提供してくれた。

 アーリアとリュゼがアーネスト副団長へと視線を向けると、そこには大変爽やかな微笑みを浮かべる美丈夫の姿が。但し、その目は全く笑ってはいない。若い主従がその笑顔に寒々しさを感じたのは言うまでもない。


「アーリア様のお手を煩わせる事なく、騎士団内こちらで穏便に済ませるつもりではおりました。ーーが、やはり、その前に軽い『お仕置き』は必要でございましょう?」

「そ……ソーデスネェ?」

「それに加え、彼らはその言動意外にも様々な問題がございましたのでね」

「へぇ……それはまた……」

「上官が部下の躾を行うのは当然でございましょう?また、オイタをした時に叱るのもまた、上官の仕事でございますからね」

「……」

「腐った性根を叩き直すには、鍛錬が一番最適です」


 『叱る=調教』と聞こえたリュゼは、アーネスト副団長の言葉に『ドS騎士おっかねー!騎士って気持ち悪りぃ!』とばかりに引いていたが、反対にアーリアはアーネスト副団長の意見には大賛成だったりした。


 初対面より七日、アーリアが無意識に避けていたのは、正に、この手の若手騎士たちだったのだ。

 文化系引篭魔導士アーリアにとって体育会系騎士の『騎士道精神』や『忠誠心』とは理解できぬ代物であり、正直に言えば、騎士たちからの忠誠心が有ろうが無かろうがどちらでも良く、そんなモノよりも先ず、忠実に『仕事』を熟す人間の方がアーリアにとっての『理想の騎士』であった。だからこそ、己の都合ばかりを唱え、陰口を言うばかりで騎士団としての任務を『仕事』と割り切る事もできない騎士など、アーリアにとって『無能な騎士』と言えた。

 まして、自分の大切な護衛騎士リュゼの命を脅かす騎士モノになど、自分を守護されたい訳がない。


「因みにアーリアを口説いてきた若手騎士って……?」

「そこに転がってる騎士ヒト

「……」


 アーリアが指差した先には、口から泡を吹いて打ち捨てられている若手騎士が。戦闘のど初っ端に何の策もなく突っ込んできた阿保な騎士で、アーネスト副団長に一撃で一刀された男だった。更には、戦闘の最後の方で意識が戻り、起き上がろうと試みた矢先、アーリアからの雷魔術をお見舞いさたという経緯があり、今は手足を痙攣させて昏倒している哀れな男でもある。

 アーリアからゴミを見るような目つきで見られた若手騎士は、仲間の騎士からも全く心配などされずに捨て置かれている。

 そんなアーリアを当初から『守るべき主君あるじ』と仰ぎ、日々守護する先輩騎士ナイルなど古参騎士たちは、その若手騎士に対して隠しもせず殺意を込めた目線を送っている。と、そこへ……


「アーリア殿ォォオ……‼︎」

「ーーっ! ルーデルス様⁉︎」


 伸びた騎士たちが他の騎士たちに担架で運び出されていく中、騎士団一屈強な体躯の持ち主であるルーデルス団長が大股で現れた。猪突猛進を体現したような歩みでアーリアの前まで猛進すると、律儀に敬礼した後、ルーデルス団長は直立不動の姿勢から腰を直角に折り曲げたのだ。


「守るべき主君アーリアに対し、騎士団ウチ若手騎士バカどもが申し立てた失礼な言葉の数々!騎士団を代表し団長である私がお詫び申し上げますッ!申し訳ございませんでしたッ‼︎」


 大男ルーデルスの大声に鼓膜がーーついでに空気も空間も揺れる。アーリアは突き出されたルーデルス団長の赤毛を、その左回りの旋毛を見ながら、手と首を左右に大きく振った。


「いえ、あの、そのぉ……騎士団内そちらで適切に対処して頂ければ幸いです。何分なにぶん、私はただの平民ですから、貴族相手に無碍な事は出来ないのです」


 いくら東の国境を守る『塔の魔女』と言えど、アーリアの身分は平民魔導士でしかない。エステルの時のように仮初めの身分でもない限り、貴族に楯突く事は出来ないのだ。だから、『鍛錬』、『対人戦』と言った限定した条件下で正々堂々と罰を下せた事は、アーリアにとってご褒美のような出来事だった。


「いいえ。貴女は『東の塔』の管理者ーーいいえ、システィナの守護者なのですぞ!あのような不埒者、成敗して当然ではありませんかッ‼︎」

「え、でも……」

「それに加えて、貴女はアルヴァンド宰相閣下より託された大事なお方。また、後見人は王太子ウィリアム殿下であります。お二人がこの度の事態をお知りになれば、きっと怒り狂われますぞ!」


 ルーデルス団長の言葉に『それはそうかも』とアーリア。だが、現実はもっと深い闇を孕むという事を知るリュゼは、これから起こり得るだろう現実からそっと目を逸らした。

 アルヴァンド宰相閣下はシスティナ随一とも呼べる忠誠心の持ち主であり、騎士中の騎士。あのように自己の身分と権力を振りかざし、アーリアを無理矢理我が物としようとした騎士を許す筈はない。『鍛錬』と称してその手で八つ裂きにするだろう。

 そしてウィリアム殿下は魔導国家システィナの王太子、次期国王だ。彼は帝国とシスティナとの間に和平を導いたアーリアを理想の部下ーーもとい、理想の妹として可愛がっている。彼がもし騎士団によるアーリアの不当な扱いを知れば、その不埒な騎士を実家ごとーー文字通りーー地上から消し去るだろう。


「わぁーお。その騎士、もうお終いなんじゃない?」

「ハハハ!自業自得でしょう?」

「副団長サマはおっかないなぁ……」

「我があるじを愚弄した騎士ヤカラなど騎士に非ず!当然の罰ではありませんか?」


 腕を組んで乾笑いするアーネスト副団長。リュゼはその笑みを横目に見ながら、ツッコミを入れずにおれなかった。


「でもそうするとさ、団長サマたちが管理者責任を負わされる可能性があるんじゃないの?」

「あり得ますね。ですが我々はそれを『騎士団の綱紀粛正』を行う事で、この度の償いにしようと考えています」

「あぁ。アーネスト様は『不穏分子を自分たちの手で炙り出し粛正を行いました』と報告するのね?」

「……。アーリア様もリュゼ殿も、貴族社会に於ける仕組みや理解に明るくいらっしゃる。話が省けて助かります」


 エステル帝国で散々、その手の策略を直に目にしてきたアーリアとリュゼは、平民でありながら貴族社会のあり様、その仕組み、政治的な配慮などの理解に明るくなっていた。名ばかりの貴族よりも貴族らしい考え方ができるようになってしまった二人は、どこか遠くーーエステル帝国の方角を向いた。


 ー全部、ユリウスの所為だからね!ー

 ー全部、ヒースさんの所為かなぁ?ー


 何故か憤慨の表情を見せるアーリアと溜息混じりの諦めの表情を見せるリュゼ。そんな二人の様子に益々笑みを深めたアーネスト副団長は話を続けた。


「まぁ概ねそのような理由でございますね。ですからアーリア様」

「ーーあ、ハイ」

「暫くの間、何かとご不便をお掛けするかと存じますが、()()()()()()()()()()()()、いつでも私どもにお申し付けくださいませ」


 そう言ってニッコリと微笑むアーネスト副団長をーー色々な意味でーー頼もしく感じながら、アーリアは元気よく返事をするのだった。



 その後、アーリアからの正式な要望を受けた騎士団は、アーリアが定期的に騎士の鍛錬に参加する事を許可した。

 また、『東の塔の騎士団』は綱紀粛正の為、騎士団員全員の精査を行った。その方法の中には、あるじであるアーリアを囮に使った炙り出しもあった。その結果、若手騎士を始め、幾人かの騎士がこの地を離れる事になったのは、また別の話にて……






お読み頂きまして、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価等、大変嬉しく思います!ありがとうございます!


東の塔の騎士団編『対人戦のその後』をお送りしました!

騎士団に於いても貴族社会のルールは適応されます。しかし、騎士団内では爵位よりも階位が優先されるのが通常です。

アーリアはそんな騎士団内にあって平民魔導士という異質な存在。本来、『塔の魔女』として無意識に向けられる『騎士の忠誠』。それを疑問視した騎士が現れるのも不思議な現象ではありません。

そのような理由で、アーリアにはまだまだ不運が付き纏うようです。


次話も是非、ご覧ください!




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