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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と塔の騎士団
202/497

対人戦2

※東の塔の騎士団編※

 頭上から振り下ろされる剣。風圧に髪が靡く。


「あっ……」


 靡く髪が数本、風刃を受けてハラリと宙に舞った。それが見えた先輩騎士ナイルはひたいに青筋を浮かべ、後輩騎士セイを怒鳴りつけた。


「コラーー!セイーーッ‼︎」

「え〜〜?当たったの?当たってないよね⁇」


 赤茶髪の年若い騎士セイは頭をぽりぽり掻きながら剣を下ろした。

 頭上からの怒鳴り声に、アーリアは思わずナイルの腕に手を添えて宥めにかかった。


「だ、大丈夫です!ナイル先輩、落ち着いてください」

「ナイル、とお呼びください」

「あ……ハイ」


 どんな時でもアーリアに対して誠実な騎士ナイル。ナイルは待ちに待ったあるじであるアーリアを、それはそれは大切に思っていた。

 実際に交流を持ち始めた魔女姫アーリアはナイルが思い描いていた御婦人ではなく見た目はただの少女ーーいや、大変見目麗しい女性ではあるのだが、いかんせん大魔導士には見えない。可憐な容姿も相まって騎士として、紳士オトコとしては守ってあげたくはなるのは確か。しかし、一度交流を持ってみれば随分と変わった思考を持つお嬢さんだと言う事は即座に理解させられ、騎士団の中でも常識人と呼ばれるナイルも、実は困惑気味でもあった。


「アーリア様、いつまで続けるおつもりですか?」

「そうだよ、アーリアちゃん。もう二十合は打ち合ってるよ?」


 ナイルはアーリアの細腰からそっと腕を離しながら、なるべく優しい口調で問い質した。セイもナイルと同じ思いを持っていたようで、剣を一度、腰の鞘に収めるとアーリアとナイルの方へと歩み寄ってきた。


「ありがとうございます。大分慣れてきました」

「そう?その割に腰が引けてたみたいだけど……?」

「セイもありがとう。剣の勢いが凄くて、何度見てもドキドキしちゃうの」


 アーリアの手前、セイは本気を出してはいないと思われる。それでも、アーリアにとっては驚くべき剣筋なのだ。


「そんな調子で、ホントに対人戦なんてできるの?」


 ーーとは、流石のセイも言わなかった。眉を僅かに寄せてアーリアを見下ろすに留めただけだ。

 セイは騎士団の中でも背が高い方だ。先輩騎士より僅かに高い目線でアーリアをーーそして、少し離れた場所から此方の様子を伺っている騎士たち、もう少し詳しく言えば、副隊長アーネストに視線を投げた。


「セイ」

「なぁに?」

「もう一度お願いしても良い?」

「良いけどさ……」

「ナイル先輩、今度は少しだけ離れておいてください」

「しかし!それでは……っ!」

「大丈夫です」


 アーリアの微笑を受けてナイルは押し黙った。セイは一瞬、後方へと目線を送ってはみたものの、無言で視線を送り返された事で仕方なく、溜息を吐くのも許されずに元の位置に戻るを余儀なくされた。

 アーリアとセイは距離をとって向かい合い、アーリアの2歩分後ろに下がった所にナイルがついた。


「じゃあ、もう一度いくよぉー」

「はい、お願いします」


 セイの剣がスッと構えられた。次の瞬間、たった1拍の間を数えてセイとアーリアとの間が詰められた。巻き起こる風と共に刃がアーリアへと襲いくる……


 ーパキンー


「なッーー⁉︎」


 アーリアの頭上から刃が迫り来る前ーーナイルが動く一拍前に、セイの斬撃は宙に現れた光る壁に阻まれた。勢いづいていたセイは見えぬ壁に弾かれて身体のバランスを崩した。そのまま二、三歩タタラを踏むようにバックステップで跳び退がる事で漸く体制を整えた。


「今のって……?」


 それまでの余裕ある表情を一転させ、セイはその表情を固くしながら驚きに満ちた声を上げた。

 一方、アーリアはそれまでと大して変わりない表情だ。小首を傾けながら「ちょっと遅かったかな?」などと、自分の行動を反芻している。


「アーリア様……あの、今のは……?」


 セイからの攻撃を受け流すべく振り上げていた腕を下ろしたナイルは、剣を鞘に収めてからアーリアへ質問した。


「えっと……防御してみました」

「魔術、ですか?」

「ええ」

「それにしては、呪文の詠唱が聞こえては……」

「リュゼ!今の見てくれた?」


 魔術については、自分を守る騎士であろうと余りネタバラシしたくないアーリアは、ナイルの質問を半分遮る形でリュゼに話を振った。アーリアからの視線を受けたリュゼは、壁に預けていた背を離して軽い調子でアーリアへと歩み寄って来る。


「あ〜〜ちょっと遅かったかな?」

「やっぱり」

「実際のセイの剣筋はもっと速いから、さっきのじゃ間に合わないかもよ?」

「そっかぁ……」


 リュゼはアーリアの質問に対して的確な意見アドバイスをした。そこへアーネスト副団長もやって来て、穏やかな笑みを浮かべながらアーリアへ問いかけた。


「どうですか?騎士の剣を目の当たりにして」

「太刀筋がとっても速いから驚きました」

「そうですか?私には貴女の態度は平静そのものに見えましたが……」


 アーネスト副団長の眼鏡の奥から灰色の瞳が怪しく光った。意地悪な質問だと感じながらもアーリアは素直に答えた。


「セイは絶対、私には当てないと分かっているので。それに、ナイル先輩も側についていてくれますから」

「成る程。では、先ほどのアレは……?」

「防御できるかどうか試してみました」

「防御、ですか?」

「はい。対人戦に於いて『防御』は最大の『攻撃』でしょう?」

「ほぅ?アーリア様はそう思われるのですか?」

「ええ。非力な魔導士はまず喉元から狙われると聞きます。私のように『生き残ること』が目標の魔導士なら、防御に重きを置く事が基本かと思いまして」

「ほうほうほう」


 アーネスト副団長は顎に手を置いて頻りに頷いている。どうやらアーリアの事を『何も考えていない魔女こむすめ』から『少しは考えている魔女こむすめ』にランクアップしてくれたようだ。


「その考えはあながち間違いではありませんね」

「アーネスト様もそう思われますか?」

「ええ勿論。ですが、もし、その防御が破られたらどうしますか?」


 アーネスト副団長の問いに対してアーリアは一度口をつむぐと、出来得る対策を口にした。


「まず、防御に入る前に敵の足止めですね。それに防御しか取れない状況になる事を考えて、防御魔術を事前に強化しておく必要があります」

「それでも破られたら?」

「殺すしかありません」


 アーリアの持つ攻撃魔術は殺傷能力が高い。街中の戦闘に於いては広範囲魔術を放つ訳にもいかない。そうすると、どうしても一撃必殺の攻撃魔術モノしかないのだ。


「殺す、ですか?」

「相手が私を殺そうとして来るのなら、私も相手を殺す方法を取らざるを得ません。捕虜にするのが望ましい状況ならば、その限りではありませんが……」


 実際、アーリアはエステル帝国の姫生活に於いて暗殺者集団に命を狙われた事が多々あったが、その時は暗殺者集団を送り込んで来た政敵を探る為に、その全てを生け捕りにする事が望まれていたのだ。また、帝国ではアーリアは囮であった為に、暗殺者集団から襲われるタイミングが事前に分かっていた事が多く、彼らと対面しても驚く事はあまりなかった。

 だが、システィナでは何処ドコ貴族ダレがアーリアに恨みを持つ者かが知れず、その攻撃が何時イツ行われるのかが分からない。ならば、咄嗟に仕掛けられた時、悠長に生け捕りになど出来はしないだろう。


「アーリア様。貴女は敵をーー人間ヒトを殺せますか?」


 アーネスト副団長は顔から笑みを消すと、アーリアの瞳を覗き込むように目線を合わせてきた。アーリアは視線を晒さず、アーネスト副団長の淡い灰色の瞳を見つめ返した。


「……分かりません。でも、自分の命を賭して守ってくれようとする騎士たちの為に、私は簡単に命を投げ出す事はあってはならないのだと思っています。だから、私は敵をーー人間ヒトを殺します」


 アーリアに人殺しの経験はない。ユークリウス殿下の政敵となった者たちの中には、アーリアが参加した囮作戦の末に幾人もの襲撃者、また貴族が命を落としたと聞く。だが、少なくともアーリアは自分の手で直接、相手を死に至らしめた事はなかった。

 獣人と化したジークフリードと共に魔導士バルドから逃げていた旅の中でも、アーリアは獣人たち襲撃者を殺す事はなかった。人を死に至らしめる威力を持った魔術を行使した際も、偶然にも相手の獣人が死ぬ事はなかったのだ。

 だから、アーリアは敵を目の前にした際、そしてその敵を殺さねば自分が死ぬ事になる状況の中で、迷わず手が下せるのかどうかが今の段階では分からなかった。


「そう、ですか……そうですね。貴女がその様な考えが出来る方で良かった。少なくとも、私はそう思います」


 それまで冷たい表情を前面に出してアーリアに対峙していたアーネスト副団長の顔に、ふっと笑みが戻った。


 自分の考えは甘いのだろう。生粋の騎士からすれば、自分の考えなど鼻で笑われるのがオチだとも考えていたアーリア。しかし、この時アーリアはアーネスト副団長からの笑みを受けて、ほっと胸を撫で下ろしていた。どうやら副団長相手に随分と緊張していたようだ、とこの時気付いた。


 ーアーネスト様はヒースさんに似ているのねー


 ユークリウス殿下を己の絶対の君主と定め、生涯の忠誠を捧げていた近衛騎士ヒース。ヒースはユークリウス殿下を何者からも守る為に、敵には勿論、味方にも厳しい目を持つ騎士だった。そのヒースとアーネスト副隊長には似通った雰囲気があったのだ。

 アーリアに正面切って対峙してくるアーネスト副団長は、一見すると厳しい騎士のように思える。けれど、このように聞き難い事を真正面に聞いてくる事自体が全て自分の為なのだと思うと、『何て優しい騎士ヒトなのだろう』と、アーリアは心が温かくなるのだった。


「だからアーネスト様。私に知恵を授けてください」


 アーリアのその願いにアーネスト副団長はスウッと目を細めると、徐にアーリアの足下へ跪いた。そして、アーリアの手を恭しく取ると、その甲にそっと口付けを落とした。


「はい。我があるじ



 ※※※



「ーーで、なんでこうなるんですかッ⁉︎」

「ハハハ!姫を守るのは騎士ナイトの務めでしょう?」

「我々も騎士です!」

「良いではないですか?こちらは騎士一人、素人魔導士一人ですよ?さぁ、さっさとかかって来なさい!」

「そりゃないですよ、副団長!」


 ー誰だ⁉︎ 副団長を怒らせたのはッ⁉︎ー


 どこぞの若い騎士ぶかがアーリアの事を『素人魔導士』と揶揄した事を、アーネスト副団長がタダで許す筈がなかった。躾のなってない部下を躾けるのは上司の仕事。アーネスト副団長はアーリアを守るように若手騎士と正面から向かい合うと、相手となる若手騎士たちーー主にアーリアの事に不信感を覚えている騎士たちから選抜しているーーに剣を抜いて立ちはだかった。

 先ほどまでアーリアの相手をしてくれていたセイとナイルは、今回は観客ギャラリーだ。アーネスト副団長が自ら剣を抜き、対人戦をするという噂を聞きつけた非番の騎士も集まり出して、鍛錬場の中はちょっとした見世物小屋のようになっていた。


「ちょ、ちょっと、アーネスト様!」


 アーリアはやけに張り切っているアーネスト副団長の腕を、やや強引にグイグイ後ろへ引いた。それでもびくともせぬアーネスト副団長は、細身と言えども騎士。自身の腕を引くアーリアの細い指に目を留めるとゆったりと身体ごと振り返った。


「何ですか?アーリア様」

「アーネスト様は私の補佐ですよね?私より前に出ちゃダメですよ!」

「おっと、そうでしたね」


 騎士憧れのシチュエーションに普段は冷静沈着なアーネスト副団長も気分テンションを高揚させていたようだ。アーリアの言葉に、ズレてもいない眼鏡の位置を直しながら呼吸を整えた。


「ですがアーリア様。騎士が守るべきあるじ相手に手を挙げられるとお思いですか?」

「ーー!それじゃあ、この対人戦って意味がないんじゃ……?」

「ですから私が貴女の側にいるのです。騎士には私だけを狙うように指示しました。私は貴女を守りながら騎士たちと戦います」

「そ、それで……?」

「この対人戦を行うに当たって、グループを二つに分けました。まず、私とアーリア様。そしてあちらの騎士たち」


 アーリアは距離を置いて向かい合う若手騎士たちの集団に目線を送った。困惑気味で佇む男たちは全員が年若い騎士であり、屈強な体躯の持ち主たちだ。騎士団員は貴族出身の者たちで構成されている為、容姿の整った者たちが多い。その顔で微笑みの一つでも浮かべれば、婦女子の一人や二人、簡単に落ちるだろう。しかし、今、彼らの顔には笑顔はなく、皆一様に怪訝と不安に満ちた表情をしている。


「私はアーリア様を暴漢から守る騎士役を務めます。一方、あちらの騎士たちは暴漢に攫われたアーリア様を取り戻す騎士役を務めて頂きます」

「どちらも騎士で、どちらも暴漢なのですね?」

「ええ。ですから、暴漢である私を打ち負かしアーリア様を取り戻す事ができればあちらの騎士の勝ち。暴漢から最後までアーリア様をお守りできれば私の勝ちです」

「な、成る程」


 アーリアは「対人戦に於けるルールは一応通っているのかな?」と小首を傾げたが、結局、最後にはアーネスト副団長の笑顔に押し負けてしまった。リュゼが始終、背後で肩を震わせているのが気になりはしたのだが、この押し問答がいい加減面倒になってきたアーリアはアーネスト副団長の微笑に根負けし、副団長の言う通りにする事に決めた。


「アーリア様に納得して頂いた、という事で。ーーさぁ、始めましょうか?」


 アーネスト副団長はアーリアを背に庇うのではなくアーリアの背後に立つと、「失礼を」と一言発してアーリアの細腰に腕を回した。アーリアは為す術もなく背後に腰を引かれてしまい、大人しくアーネスト副団長の胸の中に収まった。アーネスト副団長の長い栗色の髪がアーリアの頬に当たる。アーネスト副団長の温かな体温が背中越しに伝わり、アーリアは思わずドキリと心臓を高鳴らせてしまった。


「あのぉ……アーネスト様、なんだか近くありません?」

「そうですか?ふふふ、これでも自重しているのですが」


 アーリアは真上からかかる吐息にドキドキしながら腰に回されたアーネスト副団長の腕に手を置いた。アーネスト副団長は愛しい女性相手に愛を囁くような仕草でワザとらしくアーリアの耳元で囁くように話す。


「あーーこほん、副団長サン?」

「何ですか?リュゼ殿。ーーあぁ、審判をよろしくお願いしますね?」

「ッ〜〜〜〜⁉︎ あ〜もう!はいはいはい」


 リュゼは「これだから貴族騎士ってヤツは……!」と毒づくと、苛立ちから何度も首を振った。


「じゃあ皆さん、準備は良いですね?ーー始めッ!」


 投げやりになったリュゼは『もう、どうにでもなれッ!』とばかりに、審判にしては適当な造作で手を振り下ろした。



お読み頂きまして、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価など、ありがとうございます!本当に嬉しいです!!


東の塔の騎士団編『対人戦2』をお送りしました。

アーネスト副団長は騎士団にいる二人の副団長の内の一人です。二人の副団長はルーデルス団長を補佐し、騎士たちの管理を行っています。騎士たちの意識調査も彼らの仕事です。

アーネスト副団長は笑顔がステキな騎士ですが、その笑顔に騙されると痛い目に遭います。


次話『対人戦3』も是非ご覧ください!



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