表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔宝石物語  作者: かうる
魔女と塔の騎士団
201/497

対人戦1

※東の塔の騎士団編※

 

「対人戦を学びに、です」


 アーリアの言葉に先輩騎士ナイルは目を丸くした。後輩騎士セイは意外そうに眉を上げ、護衛騎士リュゼは面白そうに口元を緩めた。


「それはまた何故?」

「実戦に備えて、対人戦闘能力を上げておきたくて……」


 アーリアは対人戦闘の経験が少ない。それはアーリアは魔導士と名乗るよりも魔宝具職人マギクラフトと名乗っている事からも推測できるだろう。

 そもそも魔導士の中には二種類のタイプが存在する。外部調査と称して冒険者に混じり、実戦の中で魔術の質を高めようとする『実戦型魔導士』。個別に師匠について魔法と魔術を学び、知識を探求し新しい魔術を生み出そうとする『知識型魔導士』だ。魔宝具職人マギクラフトは後者に位置する。

 元よりアーリアの師匠は根っからのインドア派。人付き合いを得意とせず、室内に籠もりがちな魔導士なのだ。そんな師匠を師に持つアーリアもまた、似たタイプに育ったのは必然だとも言える。それでも素材集めと称して師匠と共に外部調査を行っていたアーリアはまだ、外に出ている方かもしれない。それでも、アーリアがこれまで相手どって戦った事のある相手は動物や魔物が殆どであって、人間相手の戦闘は数えられる程度しか経験がなかった。


「我々、騎士が側にいるのですから、アーリア様が対人戦闘そのようなコトをなさる必要はないのでは……?」


 アーリアの言葉に黒髪の騎士ナイルは難色を示した。男尊女卑が撤廃されつつあるシスティナに於いても、女性が戦いの中に身を置く事に難色を示す者はまだまだいる。特に男性貴族は『女、子どもは守るものだ』と幼い頃から教わっているものなのだ。

 それに加え、アーリアは『東の塔の魔女』という立場。ナイルら『東の塔の騎士団』から守られる身なのだ。その為、ナイルからすれば、アーリアの申し出は自分たち騎士の力を信じてもらえていないように聞こえてしまったのだ。


「我々をーー騎士を頼っては頂けないのですか?」


 寂しげに僅かに眉を下げたナイルに、アーリアは首と手を大きく降った。


「……え?ご、ごめんなさい!そんなつもりで言った訳じゃなくて……」


 アーリアは特段騎士団の力を過小評価している訳ではなかった。寧ろ、自分自身が鈍い事を重々承知しているアーリアは、有事の際には騎士たちに頼るつもり満々だったのだ。

 他人に頼る事が苦手だったアーリアも、今でこそ護衛騎士リュゼに頼りきりの日々なのだ。また、アーリアは『東の塔』を守る事を通して、国と民を守っている騎士たちの事を尊敬してもいた。


「それでは……?」


 そうナイルからあまりに真剣に聞かれるので、アーリアも思わず居住まいを正して素直に答えた。


「『出来る事』と『出来ない事』を把握しておきたいんです」


 魔法や魔術には人間ヒトに害のない術ばかりではない。寧ろ、人間を傷つけてしまう術の方が沢山ある。魔導士の中には人間相手に術を行使した末、その威力ーー齎された結果に恐怖を覚え、術の行使に拒絶感を持つ者が少なくないという。


「実戦経験がないと、いざという時に身体が動かない事が分かったので」


 『いざという時』という言葉にナイルはまた眉を潜めた。

 いつの間にやら、鍛錬場にいた全ての騎士たちがアーリアとナイルの会話に耳を傾けていたらしい。シンと静まり返った鍛錬場。そのピリついた空気を破ったのはリュゼの「成る程ね〜」という言葉だった。


「リュゼ殿にはアーリア様の言葉の意味が理解できると言うのですか?」

「勿論。僕には姫の言葉の意味がよーく理解できるからね」

「!」

「姫は騎士たちの力を信じていない訳じゃないんだよ。その逆で『信じているから』自分のできる範囲を自分でカバーしたいんだよ」


 リュゼはそうアーリアの言葉をフォローした。

 「だよね?」とリュゼに顔を覗き込まれたアーリアは、恥ずかしそうにはにかみながら頷いた。


「私は、本当に身体が鈍いんです。だから……」


 アーリアは自分の鈍さが嫌と言うほど分かっていた。だから、自分の命が狙われた時、助けてくれようとする者の邪魔にはなりたくなかった。

 魔導士には確かな倫理観が必要だ。アーリアは師匠から新しい魔術を習う度に『魔術を行使すること』の意味を教わってきた。それはアーリアの中の道徳心を育てる為にあったと思われた。本能のままに魔術を行使する事がないようにと。

 だが、現実に自分が狙われ命の危機に瀕した場合、一瞬の躊躇が命取りになり得る。そのような時に正しい判断をーー『自分の命を優先する事』が出来るか否か。それは、実戦経験がないと厳しいのではないだろうか。


「ーーそれでここ数日、鍛錬場を覗いておられたのですね?」


 その声は真上から聞こえた。

 気配もなく現れた人物。耳元で囁かれた美声に身震いを起こすと、アーリアは驚いて振り仰いだ。するとそこにはアーネスト副団長の姿があるではないか。

 アーネスト副団長は屈んで、階段に座るアーリアの顔を真上から見下ろしてきていた。


「えっ⁉︎ アーネスト様⁇」

「おはようございます、アーリア様」


 どうやらアーネスト副団長の気配に気づいていなかったのはアーリアだけだったようで、肩を大きく震わせて驚いたアーリアに対してアーネスト副団長は肩を竦めて苦笑を漏らした。


「本当に鈍いようですね?」

「そーなんですよ。姫の鈍さは筋金入りですから」


 感心したようにアーリアをしげしげと眺めるアーネスト副団長の言葉に、ハハッと笑いながらリュゼが答えた。真実はさて置き、その酷い言われようには流石のアーリアも眉をひそめた。


「リュゼくらい否定してくれても……」

「僕が一番姫の事を理解わかっているのに、否定なんて出来るワケないでしょ?」


 仮にも主君に対してフォローもないリュゼは、ニヤリと意地悪な笑みを浮かべた。そんな二人のやり取りを無視して、アーネスト副団長は本題に入った。


「アーリア様は対人戦をなさりたいと仰るのですね?」

「はい」

「……どうやら本気のようですね?」

「本気じゃなかったら、こんなこと言い出しません。皆さんの迷惑にしかなりませんから」

「ごもっとも」


 アーネスト副団長は眼鏡に手を当てながら少し考えると、すぐにその手を離した。


「分かりました。対人戦を許可致しましょう」

「ありがとうございます!」


 しかし、ナイルを始め多くの騎士たちはアーネスト副団長の言動が信じられないとばかりに、狼狽え出したのだ。


「なッーー⁉︎」

「ふ、副団長ーー⁉︎」

「それは余りにも無謀です!」

「対人戦など、素人ーーそれも魔導士には危険な行為ではありませんか!」

「アーリア様が怪我などされたらどうするのですか⁉︎」

「魔導士風情が騎士の相手をするなど……!」

「俺たちが守っているんです!対人戦などする意味がありません!」


 狼狽した挙句に声を荒げて抗議する騎士たち数名。齎された数々の声。副団長アーネストは立ち上がろうとするアーリアに手を貸しながら、部下たちの声をその視線一つで黙らせた。


「アーリア様。まずは騎士の剣をその身で体験してみましょうか?」



 ※※※



 対峙する二人の騎士。

 その片方の騎士の側にはアーリアがいた。


「良いですか、絶対に動かないでくださいね?」


 アーリアは騎士ナイルの言葉にコクコクと頷いた。

 ナイルは一度盛大に溜息を吐き、今度は大きく息を吸って覚悟を括ると、腹に力を込めた。そしてアーリアの細腰を背後から腕を回して引くと、自分の身体にピッタリと密着させた。


「わ……!」

「良いですか、くれぐれも動いてはなりませんよ!」

「……ハイ」


 過保護にも、生真面目騎士ナイルからもう一度念を押されたアーリアは、子どもの頃に戻ったかのような錯覚に囚われた。不謹慎にも『道を渡る時に、何度も左右を確認するように言われたなぁ』と幼い頃の事を思い出した程だった。


「先輩、やーらしぃー」

やかましいッ!ーーセイ、お前、絶対にアーリア様に当てるなよ!」

「当たり前でしょう?それくらい分かってますって!」


 向かいにいる赤茶髪の騎士セイは軽口を叩くと、ひょいっと剣を構えた。そして、それまでにない真剣な表情を浮かべたのだ。

 ナイルに掴まれた腰にぐっと力が込められたのが分かった。頭上から小さな吐息が聞こえ、アーリアはゴクリと唾を飲んだ。

 目の前に構えられる長剣。ナイルの構えた剣が一度ユラユラ揺れて、ピタリと止まった瞬間ーー


 ーヒュィッー


「ーー‼︎」


 ーギィンー


 風が巻き起こるのと、目の前に刃が迫るのが同時だった。瞬きする間もなく、アーリアの眼前に剣が差し出され、迫る刃を軽く受け止めていた。

 軽い振動に足が浮き、アーリアはタタラを踏んで背後のナイルにもたれかかっていた。倒れそうになったアーリアを軽く片腕で支えたナイルは、ため息混じりでアーリアを見下ろした。


「……どうでしたか?」


 一合剣を交わした後、スッと腕を下ろしたセイとナイル。ナイルはアーリアの身体を支えながら問いかけた。


「あ、はい。あまりに速くてビックリしてしまいました」

「そうですか?では、終わ……」

「もう一度、お願いします」

「……。分かりました」


 アーリアのお願いにナイルは応え、二合目が交わされる事になった。セイはナイルからの視線を受けて、もう一度同じ距離から仕掛けた。



「……どうかしましたか?アーネスト副団長」


 左側からアーネスト副団長の視線を感じたリュゼは、目線をアーリアたちの方に向けたまま口を開いた。


「これと言って何もございませんよ」

「僕がアーリアのお願いを止めなかったのが、そんなに意外なのかな?」

「いいえ。考えてみれば意外な事ではありませんでした」


 リュゼはアーリアをいつでも助けに行ける距離を保ちつつも、邪魔をしない位置で見守っていた。そこへ鍛錬場に集まっていた他の騎士たちに指示を出し終えたアーネスト副団長がやってきたのだ。アーネスト副団長は、アーリアの護衛を担当する班を残して、その他の騎士を各自の仕事に戻らせたのだ。


「これまでただ一人、アーリア様を守って来られたリュゼ殿から否定の言葉がない。それどころかアーリア様の意見に対して全面的に肯定を示される。……リュゼ殿はアーリア様が対人戦を学ばれた方が良いとお考えなのでしょう?」

「へぇ。アーネスト副団長サマは僕のコトを買ってくれているんだね?」

「勿論。貴方はアーリア様からの『信頼』を得ておられますからね」


 アーネスト副団長は複雑な笑みを浮かべた。アーネスト副団長たち『東の塔の騎士団』があるじたるアーリアと出会ってからまだ7日程度しか経っていない。その7日間で交流を深め、互いに『信頼』し合う事がまず不可能なのだ。騎士団員とアーリアとの間には信頼関係を培う為の『時間』が圧倒的に足りていなかった。

 リュゼはアーネスト副団長からの視線を受けるが、意味深な笑みを浮かべるに留めた。


「その辺の騎士よろしく『オレが命に代えても姫を守ってみせる!』なーんてカッコイイ事が言えれば良いんだけどさ、現実は厳しいワケで……」


 リュゼは視線をアーリアに戻すと、腕を組んで壁にもたれかかった。

 元来より騎士畑を進んでアーリアの護衛騎士を任された訳ではないリュゼ。どれだけ真剣に学ぼうが、リュゼには『騎士道精神』というものを会得できそうにはなかった。


「ほぅ……それで?」

「どんな状況に於いても姫を守り切れるなんて、僕には言い切れない。こんなコト言うのは『騎士』としてあり得ないんだろうケドね?」

「騎士ならばどんな状況に於いても主君を守らねばなりません。ですが……」

「『死んでも守る』なんて口約束は、僕にはムリ。僕が死んだら、残された姫はどーなるのさ?」

「ごもっともですね。ああ、ですから……」

「うん……」


 ーアーリアにも『生き残れる力』を授けておかなければならないー


 リュゼはエステル帝国に於いて『絶対などない』という事を学んだ。アーリアと二人、敵国で生き残る事を優先して過ごした日々。常に命の危機と隣り合わせだった日々。その中でリュゼは『諦めれば生命の火はすぐに消えてしまう』という事が分かったのだ。


「僕はさ、アーリアには死んで欲しくないんだよねぇ……」


 リュゼの言葉、その横顔に、アーネスト副団長は自然と口を噤んでいた。


「こんなコト言ったら、騎士失格だよねぇ?ーーあ、ルーデルス団長には僕がこんな事を言ってたってコトはナイショにしておいてくださいよ、副団長サマ?」


「あの団長ヒト、オッカナイから」と唇に人差し指を当てて片目を瞑るリュゼに、アーネスト副団長はふっと笑みを浮かべた。


「ふふふ。大丈夫ですよ。団長はああ見えても情に熱い騎士ヒトですから」

「確かに暑苦しそうではあるけど……」

「リュゼ殿。貴方は見た目よりもずっと『騎士』ですよ」

「そぉ?副団長サマにそう言われたらすぐに自惚れちゃうよ、僕は」


 副団長であるアーネストは『東の塔の魔女』を守る専属護衛の存在を、彼らがアルカードへ来る以前から知らされていた。アルヴァンド宰相閣下に選ばれた者だと。しかし、その者の名を聞いてもどこの誰だか判らなかった。

 それもその筈で、専属護衛に選ばれたリュゼと言う名の若者は『騎士』ではなかったのだ。

 貴族社会は広いようで狭い。それも騎士の世界に限定すれば更に。名の知れた騎士は、その世界にいれば誰もが知る所になるのだ。

 ところが『東の塔の魔女』を守るただ一人の専属護衛だという青年ーーリュゼという名の力ある騎士を、一度も見聞きした事はなかった。

 無名の騎士の登場に、当時、『東の塔の騎士団』内部では、ちょっとした騒ぎになったものだ。誰もが『我こそは専属護衛の座を』という想いを抱いていたのだから。『塔の魔女』がラスティの街で暮らすのでその護衛をせよ、との指示が中央から下った時も争奪戦になった程なのだ。それが……


 ーこのような若者だったとは……ー


 アーネスト副団長はチラリと横目でリュゼの顔を見やった。

 常に不敵な笑みを浮かべた飄々とした雰囲気。とっつきやすそうでいて、その実、内側に硬い壁を持つ若者。若い身空でありながら老成した考えを持ち合わせた青年。


 ーどのように経験を積めばこなように育つのか……ー


 所作そのものは騎士のソレだが、要所要所に違う雰囲気がにじみ出ている不思議な青年。

 だが、青年リュゼの言葉には『ウソ』がなかった。真に主君アーリアを守りたいという強い『想い』を持っている事が、アーネスト副団長にも伝わってきたのだ。


「貴方のその『想い』は当然です。私もアーリア様をみすみす死なせたくはございません。何せ、やっとお越し下さった私たちの大切な魔女様あるじなのですから」


 リュゼに触発されたかのように、アーネスト副団長も素直な『想い』を口にした。するとリュゼは、いつものニヤついた笑みではなく、ふわりと柔らかな笑みを浮かべたのだ。


「そ。じゃあ僕のアーリアを守ってよ、副団長サン」

「『我々』のアーリア様ですからね」


 そう言って、二人の騎士は不敵な笑みを浮かべ合った。


お読み頂きまして、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価など、とても嬉しいです!本当にありがとうございます!


東の塔の騎士団編『対人戦1』をお送りしました。

アーリアは守られてばかりでは無く、守ってくれようとする騎士たちの邪魔にならないように危険を回避し、上手く逃げる方法を模索中です。ただ、その考えは今は未だ、リュゼにしか伝わっていないようです。

アーネスト副団長はそんなアーリアとリュゼの想いに理解を示そうと、行動を始めました。


次話も是非ご覧ください!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ