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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と塔の騎士団
200/497

騎士団と魔女

※東の塔の騎士団編※

 

「静粛に!」


 アーネスト副団長の言葉に『東の塔の騎士団』に所属するほぼ全ての騎士の視線がアーネスト副団長、そして副隊長に次いで入室したルーデルス団長に注目が集まった。


「注目!」


 アーネスト副団長の言葉に騎士たちは一斉に姿勢を正した。騎士団員たちからの注目にピリッと空気が引き締まるのを肌で感じた。視線を浴びたルーデルス団長は一つ頷くと、空気を大きく吸った。


「念願叶いこの度、『東の塔の魔女』殿がこの東の街アルカードへお越しくださった!これより我々は魔女殿の護衛を受け持つ!心して任務に従事せよッ」


 ルーデルス団長の命令に騎士たち全員が脚を揃え、手を胸に置いて了解を示した。


「「「ハッ!」」」


 騎士団の騎士たち総勢五百余名の声が一斉に揃う。

 隊長に言われるまでもなく、『東の塔の騎士団』に課せられた任務は国防ーー東の国境に築かれた『東の塔』と『塔の魔女』が施した《結界》を守る事、そして『塔の魔女』本人を守る事なのだ。その為に厳しい試験をクリアし、この過酷な地に自ら足を運んできたのが、この場に集う五百余名の騎士たち。彼らは近衛騎士にも劣らぬ実力と忠誠心とを兼ね備えた強者ツワモノだ。故に、『国を想う』気持ちはそのプライドよりも高いものであった。

 ルーデルス団長は「あー、こほん」と前置きのように咳払いした。


「もう既に、ここにいる何人かは魔女殿のお顔を拝見した事とは思うが、改めて紹介をしよう。ーーアーリア殿」

「はい」


 ルーデルス団長に呼ばれたアーリアはやや上擦った声で返事をすると、緊張した面持ちで騎士の待つ大広間へと入室を果たした。その途端、騎士たちの視線が一斉にアーリアを射抜いた。緊張からアーリアの背にドッと冷や汗が噴き出た。

 室内は魔女アーリアの登場に小さな騒めきが起こったが、そこは流石さすが選ばれし騎士の集団。騒めきはすぐ収まりを見せた。

 入室と共にアーネスト副団長からのエスコートを受けた。アーリアはアーネスト副団長から手を引かれて歩いた。騎士たちからの視線を出来る限り無視し、真っ直ぐルーデルス団長の下へ。ルーデルス団長の目の前まで進むと、アーリアの手はアーネスト副団長からルーデルス団長へと受け渡された。


「それでは『東の塔の魔女』殿を紹介しよう」


 アーリアは少し伏せていた視線をスッと上げた。


「初めまして、『東の塔の騎士団』に所属する騎士の皆様。アーリアと申します。暫くの間、お世話になります」


 小さくとも良く通る声は室内の隅々まで行き届いたようだ。小々波のように空気を伝い、騎士たち全員の耳にアーリアの言葉は伝わっていった。だが、騎士団員たちは惚けたように顔を向けるのみで反応はなく、あまりの静けさにアーリアははにかむように、そして少し困ったように微笑を浮かべた。


「敬礼!」


 ルーデルス団長の力強い命令に、騎士たちは一斉にアーリアに敬意を示した。

 彼ら『東の塔』に所属する騎士たちは約二年半もの間、主不在のまま任務に従事してきたのだ。それ故、主に対する妄想とも呼べる想いを溢れんばかりに抱いていた。


 それがついに今日、己の持つ妄想が現実のものとなったのだ。


 隣国から一方的な侵略行為を受けたのがおよそ3年前、そのわずか3ヶ月後『塔の魔女』の死亡報告を受けた国の上層部は荒れ、あわや機能不全に陥る寸前だったおよそ2年半前。その混乱の只中にあってただ一人、『東の塔』に赴き、誰からも指示されぬ状況の中で《結界》を施した魔導士。損得を顧みず、国をーー国民を守った救世の魔導士。その魔導士本人が眼前に現れたのだ。

 魔女が入室した際、風に靡く白き髪にどれほどの騎士モノが驚き息を飲んだだろうか。白き髪に包まれた白い肌、陽に照らされて輝く虹色の瞳。ほんのりと上気した頰。紅薔薇の蕾のような唇に、騎士たちの気分テンションは最大限に盛り上がっていた。それまで『東の塔の魔女』の容姿は『白き髪の魔女』という髪色の情報しか伝わっていなかった。そこから『白髪の老夫人』ではないかという予想が為されていたが、実在の魔女は『若い娘』だったのだ。


 ーしかも美少女ときたもんだ!ー


 既に何度かの交流を果たしていた赤茶髪の青年騎士セイは、嬉しげに唇を尖らせた。前列に立つ先輩騎士の背ーー『塔の魔女』を守る事ができるという感動に背を打ち震わせているのが、セイからも見て取れた。騎士セイとて先輩騎士程でないにしろ、一定数の感動は抱いているのだ。ならば、他の騎士たちも自分と同じようなーーいや、それ以上の感情を持っているに違いない。


「アーリア様から騎士たちに何かご要望はありますか?」


 アーネスト副団長は柔らかな声音でアーリアに問いかけた。


「あの……皆さん、気軽に『アーリア』と呼んでください。『魔女姫』と呼ばれるのはちょっと恥ずかしくて」


 何を言い出すのかと思えば、アーリアの口から出た最初のお願いは『呼び名』に対する注文。そのアーリアのささやかなお願いは、緊張に顔を強張らせていた騎士たちの心を和ませるものだった。



 ※※※



 ーーそれから7日。アーリアは騎士団員たちと順調に交流を重ねていた。


 アーリアはリュゼと共に騎士団員が『駐在基地』と呼ぶ施設へ身を寄せ、寝食を共にしていた。

 騎士たちはアーリアを『アーリア様』、『魔女様』などと呼び、大体の者は『あるじを得た騎士』として生き生きと過ごしているという。だが、騎士の中には突然現れた女魔導士が本当に本物の『東の塔の魔女』なのかと疑いを持つ者もいるようで、アーリアはそんな騎士たちの不審な眼差しを受ける事もままあった。

 なんでも、この騎士団では月に何度か『我こそは東の魔女だ』と言って、押し掛ける魔導士がいるとのこと。アーリアが《結界》魔術を行使している所を見た訳でもない騎士からすれば、アーリアと他の魔導士との区別がつかないのは当然だった。

 しかし、アーリアは実際に『東の塔』へ入塔できる為、騎士たちは疑いの心があったとしても『本物の魔女』だと認めざるを得なかったのだ。だから、アーリアはそんな騎士たちからの疑いの視線を受けても『仕方ない』と諦めるしかなかった。


「すごい迫力……!」


 今日は、昨夜から雨が降り続いている為、塔の掃除は中止し、リュゼが剣の鍛錬を行なっているという鍛錬場へ来ていたアーリア。来てみればリュゼはすでに鍛錬を終えており、数名の若手騎士たちが鍛錬を開始したところだった。


 ーキィン、ガキィン、ギィンー


 金属音が連続して起こる。土を蹴る音。空気が唸る音。風鳴りが起き、刃と刃が重なり合う。


「ーーハァッ!」

「ーーフッ!」

「ーーォォオ!」


 騎士たちの鍛錬場、その隅っこで小さくなって観覧していたアーリアは、騎士たちの動きに合わせて「わぁ!」とか「おお!」とか言ったマヌケな歓声を上げていた。


「……姫、こんなの見てるだけで楽しいもんなの?」


 リュゼはこの七日間、簡易的にアーリアを『姫』と呼んでいた。リュゼが『アーリア』と呼びつけにするのを他の騎士たちがあまり良い顔をしなかったからだ。しかし、今更『魔女様』や『アーリア様』と呼ぶには抵抗のあるリュゼは、アーリアを便宜上『姫』と呼ぶ事にした。アーリアも帝国ではリュゼから散々『姫』と呼ばれてきたので、その呼び名に対してはあまり抵抗がなかった。ただ恥ずかしくはあったが。


「うん。自分には到底真似できないからね!」

「あ〜成る程ね〜〜」


 騎士のように運動神経抜群の者たちが鍛錬を行なっている様子を見るのは、演劇を観るも同じ。アーリアにとって楽しいものだった。およそ訓練、鍛錬とは思えぬほど白熱した騎士たちの動きには感心してならなかったのだ。

 アーリアに運動神経は全く無い。それは絶望的なまでに無いのだ。ここまで来ればもう諦めるしかないほどに。近頃は『魔導士らしく体力勝負より知力勝負をしよう』と自分を慰め、思い込むようにしていた。奇しくも兄弟子から『リズム感がない訳じゃないけど』と慰めになるかも分からぬ言葉を受けた事がある。だから、どんな運動も案外やってみれば出来るのかもしれないとも思っていた。


 ー護身術は覚えられたからねー


 鬼教官スパルタジーク先生から教わった護身術。それはアーリアにできる唯一の運動といえた。


「でも本当に凄いよね?ーーあっほら、あんなのよく避けられるよね?」


 顔の上ーー鼻を掠るような攻撃に、赤茶髪の青年騎士は易々避けるとそのまま相手の騎士の剣の腹を弾き飛ばした。腰を折る事なく膝だけ曲げると、地面に滑るように移動している。


「フッ!」


 ーギィィィンー


「チッ!」


 叩き上げられた長剣。黒髪の青年騎士は剣が弾かれた瞬間に、右手から左手に柄を持ち換えた。騎士の足裏で砂がザリッと音を立て、砂利が宙に跳ねて土埃を起こした。


「わぁすごい!あれでアレで倒れないんだろう?」

「そーだねー。なんでだろうねぇー」


 アーリアの興奮した声にリュゼは棒読みで返した。リュゼからすれば、竜を相手取っても臆さず、魔術を行使して殲滅していたアーリアも大概だと思うのだ。


「ところでさ」

「なに?」

「姫はどうしてココに?」

「リュゼがココで鍛錬してるって聞いたから」


 リュゼは毎日、人気のない早朝に鍛錬を行なっている。


『鍛錬は一日怠ると一週間分は鈍る』


 それはエステル帝国の近衛騎士カイトの言葉だ。カイトは『騎士』としてのリュゼの『師匠』とも呼べる存在。リュゼは帰国に当たってカイトより『鍛錬を怠るな』との指導を受けていた。

 システィナ国に於いてもリュゼが『護衛騎士』としての体裁を取る事になった昨今、日常から『騎士』として振る舞う必要があった。アーリアの『アリア姫』は休止状態に入ったが、リュゼの『護衛騎士』は継続状態を維持している。それは上司であるアルヴァンド宰相閣下の指示でもあった。所謂いわゆる虚仮威こけおどし』の意味もあるだろうが、『塔の魔女』の専属護衛として他の者から舐められぬように振る舞えとの事だろうと、リュゼは判じていた。『虚仮威し』はエステル帝国でも存分に機能を発揮していたので、システィナでも有効であると考えていた。『護衛騎士ジブンの存在感だけで大切な魔女ヒトに近寄ってくる馬鹿どもを退かせる事ができるなら、安いものだ』とも。


「あとね。セイが『俺の勇姿を見てください!』って……」

「……あんにゃろう!」


 セイというのはアーリアに何かとちょっかいをかけてくる赤茶髪の青年騎士だった。魔女アーリアの事を無条件で心酔している騎士たちが大半である中、パン屋の看板娘くらいの気安さで接してくる変わり者だ。アーリアからすれば大変気楽な若手騎士なのだが、リュゼからすると大変気の抜けない騎士オトコだという。

 チラリと鍛錬場に目を向ければ丁度、小休憩に入ったセイがアーリアに向かって手を振ってくる場面だった。そのまま此方こちらへ近づいてくるのを見ると、どうやらまたアーリアにちょっかいを掛けに来るらしい。


「アーリアちゃん!見てくれてた?俺の勇姿!」

「ええ、しっかり見てましたよ」


 セイは階段状になった場所に座っているアーリアの元まで軽い足取りで登ってくると、チャラチャラと手を振りながらアーリアに言葉をかけた。するとアーリアは「あっ」と何かを思い出したかのように声を挙げると、スッと立ち上がって、膝に置いてあったタオルをセイに手渡した。


「お疲れ様です」

「ありがとう、アーリアちゃん」


 満面の笑顔でアーリアからタオルを受け取るセイ。ーーと、その一連の流れに否を唱えたのはリュゼだった。


「え……何なの?今の」

「何って……?セイが……⁇」


 半眼のリュゼから問い詰められたアーリアは、訳が分からずといった風にその目線をセイへ向けながら首を傾げた。

 アーリアはセイから頼まれたお願いを聞き届けただけだった。『鍛錬中、タオルを預かっていてほしい。小休憩になったらタオルを渡してほしい』と。


「まーた、アンタの仕業かっ⁉︎」


 リュゼは素早い動作でセイに詰め寄った。眉間に皺を寄せたリュゼと違い、詰め寄られたセイは何処吹く風と言った具合にアーリアから受け取ったタオルで首の汗を拭っている。


「さっきの何⁉︎」

「ふっふっふっ!何を隠そう『鍛錬を応援する女子マネージャーと応援される騎士ごっこ』」

「やっぱりそうか!」

「オレ、一度やってみたかったんですよね〜〜」


 ー抜け目ねぇオトコー


 アーリアとセイのやり取りを横目で見ていた騎士たち全員の心がハモッた。

 開き直るセイに呆れたのは、なにもリュゼだけではなかった。『可愛いマネージャーからタオルを手渡される』という状況は、騎士ならば誰もが憧れるシチュエーションなのだ。しかし、実際にはそんな楽しいシチュエーションは絶対に起こらない。女子禁制の騎士団に於いて、それは学園物語だけのものだからだと理解しているからだ。


「何で怒っているんですか?以前、同じような事をリュゼさんもしていたじゃないですか?」


 セイはニヤニヤした口調で指摘した。瞬間的にリュゼの眉間に血管が浮き上がった。


「僕はイイの!」

「え〜〜」


 自分は良くても他人に同じ事をされると腹が立つものだ。リュゼは歯ぎしりしながらセイにメンチを切った。


「セイ!アーリア様とリュゼ殿を揶揄うのもいい加減にしろ!」


 そこに割って入ったのは良識人であるセイの先輩騎士だった。先輩騎士はセイの後頭部をペンッと叩くと噛み付くリュゼから引き剥がした。


「痛いですよっ!ナイル先輩」

「アーリア様に対し馴れ馴れし過ぎるんだ、お前は!」

「先輩たちがアーリアちゃんと距離を置きすぎなんですよ」


 足して2で割ると丁度良い具合になりそうだ、とリュゼは思った。


「あ!ナイル先輩、お疲れ様です」

「……アーリア様。私の事は『ナイル』とお呼びください」


 黒髪童顔の先輩騎士ナイルとて、アーリアに『先輩』と呼ばれて嫌な気持ちはしなかった。しかし、それでは後輩や部下への示しが付かぬとばかりに訂正した。


「ナイル、先輩……ナイル、さん?」

「呼びつけで構いませんので。……アーリア様、あまりセイの言う事を間に受けずにおいてください。調子に乗ります」

「……?すみません」

「謝る必要はございません」


 アーリアはセイにタオルを手渡しただけだ。しかもアーリアはセイの思惑が未だに分かっていない。無自覚にも何の害もないお遊びに付き合ったに過ぎない。だが、あまりにアーリアがチョロいので、遊びに慣れたセイなどにとっては遊ばれ易いだけだった。

 ナイルは、自分たちのあるじがセイのような若手騎士に遊ばれるのが、我慢ならなかったのだ。


 ーこの感情こそ、ワガママなのかも知れんが……ー


 たっぷり一拍分瞑目してから、ナイルは不思議そうに見上げてくるアーリアの顔を見下ろした。


「アーリア様。鍛錬場は貴女のような女人にょにんには不向きな場所。よろしければ私が自室までご案内しますが……」


 騎士ナイルは手っ取り早くアーリアをこの場から遠ざける算段を立てた。これ以上の騒ぎはーー自分たちの精神を守る為にーー避けるべきだ。それに……


 ーそのうちセイが刺されかねんしなー


 素直な反応が返ってくると思っていたナイルだが、アーリアから齎された言葉は予想外のものだった。


「邪魔をしてごめんなさい。でももう少し、ここに居てもいいですか?」

「はぁ?セイの馬鹿に付き合うだけが目的ではない、と?」

「え?ええ……」

「では、アーリア様は何の為に鍛錬場ここへお越しになったのですか?」


 ニヤニヤした笑みを浮かべて、アーリアの言動と次に出る言葉を伺っているのを見れば、アーリアの言葉は護衛騎士リュゼにも予想外だったようだ。

 先輩後輩騎士コンビと専属護衛騎士リュゼからの視線を受けたアーリアは、苦笑しながら答えた。


「対人戦を学びに、です」



お読み頂きまして、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価など頂きまして、ありがとうございます!大変嬉しいです!


東の塔の騎士団編『騎士団と魔女』をお送りしました。

五百名も騎士団員がいれば、その中にはアーリアに反感を持つ者もいるようです。

二人以上、人が集まれば必ず揉め事は発生するものですからね。


アーリアが突然言い出した言葉に、ナイルは不審顔です。


次話も是非ご覧ください!


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