※裏舞台4※ 嵐の後
窓の向こうの山あいが橙色に染まる。昼と夜の隙間のこの時間が一日で一番美しい。
窓から優しく吹き込む風が、白いレースのカーテンとそこに佇む人物の髪を優しく揺らす。橙色に染まる木々の隙間から満月が登ってくる。夕闇がそこまで迫っていた。
「なーにカッコつけてるんすか?師匠!」
弟子その1の言葉に窓際に佇む人物 ー師匠ー がゆっくりと振り返った。
弟子その1は箒を持って呆れ顔でその人物を見ている。床は足の踏み場がないほど、様々な物で散乱している。嵐でも来たのか?と思うほど部屋の中は荒れていた。
飛び散る木片……元は木のテーブル
飛び散る破片……元はティーカップとソーサー
飛び散るガラス片……元は窓ガラス
千切れ散る紙片……元は報告書
乱れ散る木の葉……元は観葉植物
どれ一つも原型を留めていない。唯一残るは、師匠の手の中にある一冊の本のみ。
「あーーー嵐の後のなんとやら……。師匠、お疲れ様っす!」
師匠は嵐の過ぎ去った部屋から、そして現実から目を背けて空をぼんやり見ていた。
弟子その1はには、その気持ちがよーーく解る。
「アネキ、そーとーキレてますね⁉︎やべーすわ、これ!今までで一番のキレっぷりじゃないっすかね?」
師匠は弟子その1の言葉に無言。精神的に疲れ果てた屍のように、無表情に時の移ろいを眺めている。
「師匠‼︎そろそろ戻ってきてほしいっす!現実を受け止めましょーって!逸らしてもなーんもいいコトないっすよー?」
師匠を揺さぶっていた弟子その1の両肩を、師匠はいきなりガシッと掴んだ。
「……な、なんすか?」
「〜〜〜ヤバイヤバイヤバイヤバイ!ほんっとーに怒ってた!」
「俺、最初っから言ってたっしょ?マジギレだって」
「だって、あんなに怒るとは……」
「相手が相手っすからねー?タイミングも最悪ですし」
「いや、だって……!し、仕方ないよね?」
「まぁ、仕方ないと言えば仕方ないっすけど。まぁ、もっと上手く回避できたんじゃないっすか?師匠なら」
「…………」
「だから、姉貴がいつもより怒ってたんでしょ?多分」
「…………」
あの姉弟子にしてこの弟弟子あり。本当に根本がよく似ている。普段はあまり似ているなど思わないのに。と師匠が小さな声で愚痴をこぼした。
それを聞いて、弟子その1は首をすくめて苦笑した。
「でも、よく屋敷ごと壊されずに済みましたね?この部屋だけの被害なんて、キセキっしょ?」
「アーリアにアレを渡したって言ったら、一応、その……納得してくれた……のかな?」
「師匠、アレって?」
「『痴漢撃退!』」
「あ〜〜〜」
『痴漢撃退!』は只の防犯グッズにアラズ。
魔宝具の効果は所謂『万能結界』。効果は魔法、魔術、魔宝具、更に物理的な暴力、目に見えない危険など全ての悪意に瞬時に反応し、所持者をその全ての脅威から完璧に守る。
とんでもない効果だ。『痴漢撃退!』と名前を茶化してはいるが、威力とその効果の内容は凄まじいものがあった。売ったらとんでもない価格になるだろう。小さな城ならいくつか買えるかもしれない。
だがこの魔宝具には欠点もある。万能ではないのだ。それこそ使い方次第。全ての『悪意』には反応するが、逆を言えば言えば『悪意』が無ければ反応しない。持つ者が気を許す人物にも反応しない。等、魔宝具がその威力を発揮しない、発揮できない事が間々あるのだ。
それを差し置いても凄い魔宝具だと言うのは変わりが無い。
師匠は性格には多少難ありだが、その才能は突き出ている。他の追付いを未だに許してはいない。
弟子その1は天を仰いだ。それを渡した事は吉と出るか凶と出るか。はっきり言って分からない。うっかり凶と出ていたら目も当てられない。姉弟子から半殺しにされる未来もあり得る。
「あ〜〜。ま〜過ぎたコト、悔やんでも仕方ないっすよ!後はなるよーになるだけ……」
「彼女、私たちに課題を置いていったよ……」
「私『たち』に?」
師匠の言葉に弟子その1の首が人形のように動く。師匠の手の中にある本。その中から一枚の手紙を取り出した。
それを手渡されて、弟子その1は目を背けたい気持ちを殺して恐々中身に目を通した。その瞬間、背中に冷たい汗が滝のように流れ出した。
「マ、マジっすか……?」
「大マジだよ!」
弟子その1の所為で師匠が『マジ』という言葉を覚えてしまった今日この頃。
姉弟子は弟弟子だけでは飽き足らず、師匠にまで課題を残していく始末。どちらが師匠なのかこれでは立場が判らない。
「とりあえず了解っす!師匠、いっしょに頑張りましょーね!」
姉弟子の課題という名の命令に対し、弟弟子に拒否権などない!拒否などという恐ろしいことが出来るはずがないではないか。後の地獄を考えると、即答で了解するしかない。彼は長い物に巻かれる性格なのだ。
弟子その1の眩しい笑顔に、師匠は苦しそうに呻いた。
苦節29年。彼 ー師匠ー は今の今のまで、協調性なり社交性なりは持ち合わせず、自己中を地で行き、反省という言葉はその辞書になく、それが当然と過ごしてきた。天才魔導士にして天才魔宝具職人。その功績は数知れず。憧れるファンも数知れず。国も政治もぶっちぎり、好きに生きてきた。
が、ここに来て暗雲が立ち込めようとしている。
人は人知れずオトナになって行くものだ。
人と人との繋がりの中で。
弟子その1は絶句する師匠を見ながら、師匠に対して失礼なことをぼんやり考えた。そして呆然と立ち尽くす師匠に箒を無理矢理手渡した。
「師匠も掃除、手伝ってくださいねー?」
ー 痴漢から貴女の身を守ります。邪な気持ちを持って接してくる者にも有効です。その他にも貴女の身に危険が近づいたとき、これは貴女を全力で守るでしょう ー
(師匠の優しさはキチンとアーリアに伝わってるはずっすよ?)
だって弟子たちはみんな、そんな師匠が大好きですから。
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裏舞台4、師匠編です。
どうやらこの2人もようやく動き出すようです。




