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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と塔の騎士団
199/491

アルカード領主

※東の塔の騎士団編※

 

「ようこそ!アルカードへ」


 煌めく金の髪。白い歯。青い瞳。通った鼻筋。笑顔を満たした甘い表情(マスク)

 差し出された手に応え、アーリアが手を差し出すと、紳士の方から先に手を掴んできた。軽い握手と思いきや、金髪紳士はアーリアの手に甘い口づけを落とした。その色っぽい仕草に思わずドキリと心臓を跳ねさせる。


「初めまして、アーリア殿」

「お初にお目にかかります、アルカード領主様。お会いできて光栄です」


 社交辞令と分かっていても未だに慣れぬ貴族の所作。目の前にいる煌めく紳士に向けた微笑の中に、アーリアは戸惑いを隠していた。


「こちらこそ、任期の間にお会いできて嬉しく思いますよ。それに、噂の魔女姫殿がこのように可憐なお方だったとは。私は今日の良き日を神に感謝申し上げる所存です!」

「……嬉しゅう存じます」


 金髪の紳士はアーリアの手を離さぬままーー寧ろ片手でアーリアの手を胸に押し抱くようにして、更にはもう片手を空に掲げ、まるで神に祈るようなポーズを取った。その大袈裟なパフォーマンスにアーリアは咄嗟に返せる言葉が浮かばず、困った時の必殺・営業スマイルで乗り切るしかなかった。


 アーリアがアルヴァンド宰相閣下の命を受けた翌日、アーリアとリュゼの泊まる宿屋に早朝、騎士団から迎えの馬車がやって来た。馬車の先頭で馬を駆るのは『東の塔の騎士団』副団長アーネスト。出迎えたアーネストの素晴らしい微笑に、アーリアが押し黙ったのは言うまでもないだろう。

 昨晩出会った下町の飯屋で騎士団の青年騎士二人。彼らは仕事を怠りはしなかった。アーネスト副団長の背後で黒髪の先輩騎士が下げなくても良い頭をペコペコ下げているのがその証拠だ。

 その後、アーネスト副団長に案内(エスコート)され、その足でアーリアは『東の塔の騎士団』ではなくアルカード領主館を訪れた。『東の塔』の管理権限は『塔の魔女』や『塔の騎士団』にあるが、管理権限を与えているのは国王と国王の代理である領主なのだ。『塔の魔女』の任命権が国王にあるように、国王の代理である領主には魔女を管理する権限が与えられていた。


「アルカード領主様。暫くの間、アルカードにてお世話になります」

「暫くと言わずいつまでもどうぞ」


 そう言って顔を上げ背を伸ばしたアルカード領主。アルカード領主は三十代前半とのことだが、その容姿は大変整っており、年齢を感じさせない妖艶さがあった。また、金髪碧眼は王家との繋がりを示すものであり、その出自はやんごとなきものだという事が一目で判るものだ。そして何より、アルカード領主はアーリアのよく見知った人物に大変似ていた。


「ジーク……?」


 アーリアの小さな呟きをアルカード領主は聴き漏らさなかった。


「おや、アーリア殿は我が従兄弟殿をご存知なのかな?」

「ーー!」


 アルカード領主の言葉にアーリアは驚きを露わにした。


「自己紹介がまだだったね? 私の名はカイネクリフ・フォン・アルヴァンド。我が国の宰相閣下ルイス・フォン・アルヴァンドは我が伯父に当たる」

「アルヴァンド宰相様の……」


 カイネクリフ・フォン・アルヴァンド。アルヴァンド公爵家に連なる者。ジークフリードの従兄弟。鮮やかな金髪碧眼は王家とも繋がりを持つアルヴァンド家の特徴だ。そして何より、カイネクリフ卿はジークフリードに似た面持ちを有していた。


「貴女はジークフリードとも知り合いなのだね?」

「はい。ジーク……ジークフリード様には大変お世話になりました」

「ふぅーん……」


 カイネクリフ卿は意味有りげな微笑を浮かべてアーリアを見下ろしてきた。


 ジークフリードは約三年前、公式で一度は死んだとされた鬼籍の人だった。

 前宰相サリアン公爵の魔の手に堕ち、魔導士バルドによって獣人と変えられ、バルドの配下にされた壮絶な過去を持っていた。隷属の魔術により、魔導士バルドに逆らう事もできず犯罪者に堕ちざるを得なかったジークフリード。ジークフリードは魔導士バルドの魔術に抗い、同じくバルドから狙われていた『東の塔の魔女』アーリアを助け、見事、前宰相の悪事を白日の下に晒した。その功績が認められたジークフリードは王都へ戻り次第、近衛騎士に復帰を果たした。

 以上の情報はアルカード領主も勿論、見聞きしていた。


「君がジークの、ねぇ……?」

「え……⁇」

「ふふふ。私がジークフリードに似てるって?違うよ。ジークが私に似ているんだ」

「あっ……!」


 カイネクリフ卿はアーリアの手を強引に引くと、アーリアの腰に腕を回した。そしてアーリアの耳元でそっと囁いた。

 耳元に擽ぐる暖かな吐息。それにアーリアは身震いした。


「君はジークの何かな?」

「あ、の……ジークは、私の、友人で……」

「ふぅーん。友人ねぇ?」

「あ、アルカード領主様……」

「ジークなんて小僧やめて、私と付き合わない?」

「あの、離していただ……」

「優しくするよ?」


 カイネクリフ卿はアーリアの柔らかな髪を右手で弄びながら頬に手を這わした。アーリアの頬が羞恥から上気したその時……


「お離しなさい!」

「アイタッ」


 アーネスト副団長がカイネクリフ卿の頭を徐に引っ叩き、アーリアから引き剥がしたのだ。


「初対面のお嬢様に何て事をするのですか?」


 アーネスト副団長はアーリアの手を取ってカイネクリフ卿から引き離すと、その背に庇うように立ちはだかった。


「可愛いお嬢さんがそこに居たなら先ず口説く。これは我が家の伝統だよ?」

「どんな伝統ですか!それで君は何人の奥方に逃げられたのか、今一度思い出しなさいっ」

「ハハッ!そんな事情(コト)は些細なコトさっ」

「嗚呼、コレが王と王家の盾にして劔、アルヴァンド公爵家に連なる騎士だとはっ……!」


 世も末ですよッ!と嘆くアーネスト副団長。アーリアはアーネスト副団長の背でドギマギと流行る心臓の鼓動を元に戻す事に必死だった。


「あ、あの。アーネスト様……、アーネスト様はアルカード領主様の……?」


 おずおずとアーネスト副団長の出自を聞き出したアーリア。傍流と言えどアルヴァンド公爵家の名を公然と名乗る事ができるカイネクリフは、大貴族に間違いない。そのカイネクリフ卿を一刀に処す事ができるアーネスト副団長は何者なのか。普通ならば公爵家に手を出すなど、不敬罪極まる行為なのだが……。


「彼と私は幼馴染なのです。丁度歳も同じで、幼年学校でも隣の席だったという所謂(いわゆる)腐れ縁です。我が家も彼と同じく、数年前に『東の塔』の領主を拝命しておりました」

「そう、ですか……」

「それが何が悲しくてカイネクリフの部下に……!嗚呼、情けなくて涙が出ますよっ!」


 アーネスト副団長はアーリアの乱れた髪と服とをサッと直しながら、ニヤついた笑みを浮かべるカイネクリフ卿を睨みつけた。


「ハハハハハ!私は毎日が楽しくて仕方がないよ!」

「この女誑しがっ!もう一度騎士団に入り直してその曲がった根性を叩き直しなさい!」

「叩いて治るなら、もうとっくに治っているハズさ!」

「尤もらしい事を言ってますが、内容は最悪ですね」

「別に私は困っていないし、世間にも迷惑をかけていないよ。ほら、何の問題もないだろう?」

「そろそろ腰を落ち着けろと言っているのです!ーー嗚呼っ、手を出すだろうとは思っていましたが、初対面でアーリア様を抱きしめて口説くなど……っ!」


 ギリリッと歯を噛み締めて唸るアーネスト副団長。忌々しげに幼馴染を睨みつける。

 アーネスト副団長の言動によって、アーリアの中にあるカイネクリフ卿という人物像がはっきりしていく。女誑しの公爵令息。アルヴァンド公爵家に連なる騎士にして貴族官僚。歯の浮く台詞(セリフ)が大変似合う紳士……と箇条書きで書き付けていく。


「私に結婚は向いてないみたいでね。それならばと、世の中の全ての美しい女性の為に生きたいと思っているんだ」

「どの口が言いますか!貴方はもう32歳でしょう?」

「世の女性たちが私の事を放っておいてくれないんだよ」

「夜会では、ご令嬢を取っ替え引っ替え……」

「言い掛かりは()してくれ。私を『悪い紳士(オトコ)』みたいに言うのは。私はどのご令嬢とも『本気の恋』をしているのだから……」

「『一夜限りの恋』も多いでしょう?そのどこが『本気の恋』なのですか⁉︎」

「燃え上がるような一夜限りの恋!良いじゃないか!ロマンティックだろう?」

「それで泣き寝入りするご令嬢がごまんといる事は確かでしょう?」

「なかなか私の想いが分かってもらえなくてね……本当に困ってしまうねぇ?」


 美貌のご領主から全く困っていない口調で問われても、アーリアには返す言葉はなかった。

 そもそもアーリアには恋愛ごとは不向き。初恋すら未だといった具合に、恋愛関係の神経が壊れているのだから。整った容姿の異性や、異性の色気ある仕草にトキメク事は多々あれど、自分とその異性とが恋人になるという想像はまるでつかないのだ。

 返事に困り果て、再度曖昧に微笑を浮かべたアーリアに、カイネクリフ卿は何故か気を良くしたようだ。カイネクリフ卿はアーリアとの間を瞬時に詰めると、アーリアの手をそっと取った。


「そんな訳で、アーリア殿。君、私と恋をしてみないかい?オトナの恋を教えてあげるよ」


 「アッ!こらっ!」とアーネスト副団長が手を伸ばしたが、色男カイネクリフの方が素早かった。アーリアの手を引くと再び自身の胸に閉じ込めたのだ。


「アルヴァンド宰相閣下から詳細は聞いている。勿論、国の方針もね」

「ーー!?」


 甘いマスクのまま、口調をそれまでと一転させた領主カイネクリフ卿。彼はアーリアの耳元で話し始めた。

 こう見えてカイネクリフ卿の政治手腕は高い。加えて商才も。一度は壊滅しかけたアルカードを復興させたのはアルカード領主カイネクリフ卿の政治手腕の賜物だったのだ。

 天は二物を与えたのだろうか。カイネクリフ卿はアルヴァンド公爵家に連なる騎士として素養、馬術の才、知性知謀、社交技術をも持ち合わせており、勿論王家への忠誠心もずば抜けて高かった。軽い言動に反し、アルヴァンド公爵家に連なる騎士としての矜持と、国民を守るという強い意思とを胸に秘めていたのだ。


「私はルイス伯父さんのように甘くはないよ」


 アーリアの存在が如何にシスティナ国を左右するものかを、カイネクリフ機はよくよく思案していた。その為、カイネクリフ卿はアーリアを自由に出歩かせる事には反対だったのだ。

 国を守る為ならばアーリアの人権や自由など最早関係はない。『魔女を王家で囲っておくべきだ』との考えを持っていた。だからこそ、王家がそうしないのならば自分の手で囲っておけばよい、というのが領主カイネクリフの算段だった。『相手が初心な子娘なら恋に酔わせ囲い込むのが手っ取り早い』と。

 だが、予想とは違い自分の微笑み一つで頬を染めぬ魔女に、カイネクリフ卿は手法を変えた。


「君は自分自身の存在がどれ程この国を左右するか、未だによく分かっていないようだね?」


 カイネクリフ卿は愛しい恋人にするかのように、アーリアの頬に手を沿わせた。そのゾッとするほど冷え冷えとした視線。そして手の感触に、アーリアは背筋を凍らせた。


「君にはもう、自由を求める権利なんて存在しないんだよ?」


 『東の塔の魔女』の正体が判る前ならは、アーリアが国の中で自由にしている事は敵のみならず味方をも撹乱する事ができていた。しかし、正体が判明してからはその逆の効果が起こっていたのだ。

 アーリアはカイネクリフ卿の発言を受けてキュッと唇をひき結んだ。分かっている事を指摘されるのが、一番堪えてならない。


「……分かっています」


 ゴクリと唾を飲み込むとアーリアは一言呟いた。


「何を、かな?」

「システィナの情勢を、です」

「ほう?」


 カイネクリフ卿の少し緑掛かった青の瞳が揺れた。


「ライザタニアはシスティナを諦めてはいません。いずれまた攻め入って来るでしょう」

「分かっているなら何故君は自由に飛び回っている?大人しく王家の保護を受け給え」

「それは私の意思に反します」

「ハッ、君の意思など国の大事の前には小事に過ぎない。そうだろう?」


 言い過ぎとばかりにアーネスト副団長が言葉を挟みかけた。それを領主は視線のみで静止する。


「契約事項に含まれておりません」

「ほう?契約、ときたか。時に、それは誰との契約なのかな?」


 商売にも携わるカイネクリフ卿は商談には契約が不可欠だという事をよく理解していた。契約とは売り手側と買い手側、双方の信頼関係を結ぶ上で大切なプロセスだ。契約は双方の願いが完了するまで、一方的に反古してはならない。神聖な儀式とも云える行為だ。

 契約は商売のみならず政治の世界にも当てはまる。橋を作る、川を作る、水を管理する……。人と人とのやり取りに於いて契約は不可欠なもの。

 魔導士として、そして魔宝具職人(マギクラフト)として契約の重要性を知るからこそ、アーリアは毅然とした態度でカイネクリフ卿の問いに答えた。


「ウィリアム殿下との契約です」

「ーー!」


 アーリアは王都オーセンを発つ前にウィリアム殿下と面会した。そこでアーリアはウィリアム殿下とある《契約》を取り交わした。


 ー国を守る為の《契約》ー


「その内容は……?」

「契約主以外にお話しする事はできません」


 常識でしょう?とも言いたげにアーリアは笑みを作った。それまで驚いたり、瞳を煌めかせたり、怯えたりしていたアーリアの態度は一転し、芍薬の花のように凛とした姿勢に、カイネクリフ卿は驚きを禁じ得なかった。


「ご心配にはおよびません。カイネクリフ様がお考えになっている事態は起こりませんから」

「それは……」

「いいえ、起こさせません。私にも魔導士としての矜持がありますから」


 システィナが再びライザタニアとの戦火を交えること。それがカイネクリフ卿の最大の心配事だった。領主として、システィナ国の貴族として、アルヴァンド公爵家に連なる騎士として国王陛下と陛下の民を守ること。それこそがアルカード領主に課せられた使命であり責務でもあった。

 その為ならば、『塔の魔女』を怒らせようが不快にさせようが、嫌われようが構いはしなかった。

 誰かがせねばならぬ事ならば、自分が非を被ろうとするカイネクリフ卿の意思。アーリアは途中からその事に気がついていた。


 ーユリウスと似ているー


 ユークリウス殿下も国に掛かる非の全てを自分一人で被ろうとしていた。どれだけ国民から恨みを買おうともやり遂げようとする意思に、アーリアは心を打たれたのだ。


「だから大丈夫です」


 アーリアはにっこり笑って自分の頬に置かれたカイネクリフ卿の手に自分の手を重ねた。

 そっと降ろされる大きな手。カイネクリフ卿の繊細に見えて無骨な手は、ジークフリードと同じ『騎士の手』だった。


「ハハハッ!その詳細は教えてもらえるのかな?」

「いいえ、企業秘密です」

「それは、まいったねぇ〜」


 それまでの張り詰めた空気は、カイネクリフ卿の笑い声と共に和やかなものに変わっていった。

 カイネクリフ卿はその表情を真面目なものに変えるとアーリアの眼前に跪き、その白く小さな手を取るとそこへ唇を落とした。


「魔女アーリア殿。貴殿の身はこのアルカード領主率いる騎士団がお守り致しましょう」

「よろしくお願いします。アルカード領主様」

「領主の矜持にかけまして」


 カイネクリフ卿はアルカードの領主としてアーリアに誓いを立てた。国を守る『同志』として、アーリアは領主から認められたのだ。


「ようこそ、アルカードへ。魔女姫のお越しを心より歓迎致します」


 カイネクリフ卿は立ち上がるとアーリアに手を差し伸べながら、優雅に腰を落とした。







お読み頂きまして、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価など、大変嬉しく思います!ありがとうございます!


東の塔の騎士団編『アルカード領主』をお送りしました。

アルヴァント公爵ルイスの甥にして、ジークフリードの従兄弟、アルカード領主カイネクリフの登場。

彼は自身を恋の狩人と名乗る変わり者ですが、その能力は確かなものです。自分の顔の良さと地位をフル活用できるのがその証拠ではないでしょうか?

※これからチョイチョイ登場されます。


次話も是非ご覧ください!

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