塔の魔女の在り方2
※東の塔の騎士団編※
「へぇ〜。美味しいね、これ。蒸してあるのかぁ……確かに女性向けかも知れないね、先輩!」
「そうだな……」
「魔女姫サマもこーゆー料理が好きなんですか?ーーあ、デザート食べます?」
「……食べます」
「オネーサン!こっち注文いい?」
相席を希望された客はなんと、『東の塔の騎士団』に所属する若き騎士、二十代前半と思われる赤茶髪の青年騎士と二十代後半と思われる黒髪青年騎士の二人組だった。
アーリアたちの座る四人席に相席するや否や、赤茶髮の青年騎士はウェイトレスに注文を出し始めた。蒸し鶏の香草風味を二つに麦酒に芋と魚のフライといった注文は完璧に勤務時間外を楽しんでおり、その様子は『塔』に居た時とは全く違った雰囲気を醸し出していた。
アーリアは持ち前の人見知りを発揮してしまい、ガチガチに緊張した面持ちで赤茶髪と黒髪の青年騎士を交互に見遣っていた。
「なんで騎士サマがこんなトコに来ちゃってるのさ?」
リュゼは深い溜息を一つ吐くと、アーリアの様子を見兼ねて騎士たちに声をかけた。
『東の塔の騎士団』は専用の騎士寮があり、そこでは専用の料理人が毎日三食、食事を用意していると聞く。騎士団に所属する騎士たちは概ね貴族子弟で構成されている。その為、騎士寮には専属の職員が複数人配備されており、洗濯や掃除も全て職員任せの筈だ。そんな騎士たちなら、こんな下町の飯屋に訪れる事などないだろう。
そう踏んでいたリュゼのカンが珍しく外れた。この『ひよこ亭』は女性向けの料理屋。そんな場所に厳つい騎士が男二人で入って来るとは思わないではないか。
「マーヤちゃんが『ひよこ亭』っていう美味しい飯屋ができたんだよって言ってたからさぁ!」
「ま……マーヤちゃんって?」
アーリアは向かいの青年騎士たちの言動にドキドキしながらも、興味本位で赤茶髮の青年騎士に尋ねた。
「それ聞いちゃいます?魔女姫ちゃん」
「ダメだった?」
「『青い鳥』って言うパン屋の看板娘だよ。この街で三番目に可愛い娘なんだよねぇ……」
しれっと『魔女姫サマ』からの『魔女姫ちゃん』に呼称を変えた赤茶髪の青年騎士は、勿体ぶった割にツラツラと話し出した上、うふふとイヤラシイ笑みを浮かべた。
リュゼも面白半分にアーリアに乗っかったみる事にした。ズズイと肘を寄せると赤茶髪の騎士へニヤけた笑みを向けた。
「へぇ〜〜じゃあ、君はそのマーヤちゃんを狙ってんの?」
「そーそー」
「騎士団って恋愛は自由なんだ?」
「そもそも恋愛ってのは、自由にするものじゃないですか?」
「ごもっとも!」
ハハハハハ!と笑い合うリュゼと赤茶髪の青年騎士はガチンッとエールの入ったグラスを押し付け合った。どうやら赤茶髪の青年騎士の一言で、瞬時に気が合ったようだ。
「セイ!お前、アーリア様に向かって気安過ぎるのではないか?」
赤茶髪の青年騎士ーーセイの隣に座る黒髪の騎士は冷や汗と脂汗を同時に流しながら、後輩騎士セイとアーリア、セイとリュゼとに視線をウロウロとさせた。
「先輩は硬すぎるんですよ。ココは下町の飯屋ですよ?」
「だ、だが……」
「不自然な行動は逆に目立ちますって。それは魔女姫ちゃんも望んでないでしょうし……」
赤茶髪の青年騎士の言葉にアーリアはハッと顔を上げた。パチっと赤茶髪の青年騎士と目線が合うと、青年騎士はパチンとウィンクした。揺れるように動く左目の下にある泣き黒子が魅力的だ。思わずドキリとしてしまうくらい。
「ちょっと!アーリアに色目使わないでよね!」
「アハッ!ちょっとくらい良いじゃないですか?そこに可愛い娘がいたら口説く。それが正しい男の在り方ってもんでしょう?」
「そ、そりゃそーだけどさ。アーリアはダメ」
「ははーん、余裕ないのかな?おにぃさん」
「初対面なのに言うよね?赤毛くん」
「……」
「……」
「「アハハハハ」」
バチバチっと睨み合った末に乾いた笑い声。どこか似た雰囲気を醸し出しているリュゼと赤茶髪の青年騎士。二人は見えぬ机の下で蹴り合って牽制し合っている事など、アーリアは知る由もない。
「ーーでさ、君たちは何で僕たちの居場所が分かったの?」
リュゼは発泡酒を一口、口に含んだ後、向かいに座る二人の青年騎士に質問を投げかけた。それに答えたのは先輩騎士ではなく後輩騎士の方だった。
「カンだよ、カン」
飄々と答えた赤髪の青年騎士に向かってリュゼは冷めた目線を送った。
「僕たちは《偽装》しているんだよ。普通の人間が簡単に気づく筈がないんだケド」
スキル《偽装》と《擬装》。アーリアとリュゼはスキルを使い、普段とは違う色味の髪色と目の色に《擬装》した上で、他人からは注目され難いように《偽装》していた。その為、他人からは大勢いる通行人のように薄い存在感しか感じ取れない筈だった。
このスキルの効果は折り紙つきで、王都オーセンからラスティへの道中、或いはラスティからアルカードへの道中、野党や盗賊から破落戸といった類の者たちまで、そのどれにも絡まれる事はなかった。変に注目を浴びる事も。
アルカードは『東の塔』を擁する街。この街は『東の塔の魔女』への信仰とも呼べる想いが深い。街の住人たちはアルカードの街と国を守った『塔の魔女』に対して、深い感謝の念を持っているのだ。それを象徴するかのように年に一度、街を興して『感謝祭』なる祝典が催されるほど。だからという訳ででもないが、平時から白い髪の少女がプラプラ出歩ける街ではないのだ。それでなくとも絡まれ易い体質のアーリアにとって、偽装は必須なのであった。
それなのに、この赤髪の青年騎士セイはアーリアを一発で『東の塔の魔女』だと見破った。それはリュゼにとって看過できるものではなかった。
「僕、鼻が良いんですよ。ね?先輩」
「あ、ああ。俺ーー私は貴方たちがこの飯屋にいる事など知らなかった。強いて言うなら、コイツのカンとしか言えないのだが……」
カンなど生易しいモノではない。リュゼは本能でセイという名の青年騎士を脅威に感じた。だが、リュゼとしてもこんな場所で手の内を全て晒す訳にもいかず、お手上げとばかりに手を挙げた。
「……ホント、君って食えない男だよ」
リュゼは心からそう思った。と同時に、自分と似た空気を感じる青年騎士を脳内のブラックリストに放り込んだ。
リュゼも十分食えない類の人間なのにそれをまるで棚に上げた言い草に、黙って林檎のシャーベットを食べていたアーリアは少し不思議な気持ちになった。まるで狸の化かし合いのようだ。自分には真似できそうにないと小さく肩を竦める。
「よく言われます。ーーまぁ、良いじゃないですか?せっかくこうして同じテーブルに着いたんですし、オフの夜を楽しみましょうよ?」
「セイ、お前は本当にっ……!嗚呼、コレがバレたら反省文どころか懲罰房行きに……」
先輩騎士は頭を抱えて机に拳を押し当てた。
「勿論、先輩も共犯者ですよ!」
「ちょっ……お前なぁ……⁉︎」
「あはははは!」
赤茶髪の青年騎士と黒髪の先輩騎士との遣り取り。その可笑しな遣り取りに、アーリアもそれまで掛かっていた肩の力を緩めていった。
※※※
「でもね。まさかあの後、お二人があの場からトンズラするとは思いませんでしたよ?」
アーリアは魔宝具でアルヴァンド宰相閣下よりの令を受けた後、いま一度魔宝具をルーデルス団長に渡して、アルヴァンド宰相閣下とルーデルス団長とで話を詰めてもらった。その結果、アーリアがアルカードに滞在する間、その身柄は騎士団預かりとなったのは予測の範囲内。しかし、その後の行動は騎士たちにとって予測の範囲外に違いない。
アーリアとリュゼはルーデルス団長が勢い勇んで部下たちに指示を出している間に、再度逃亡を図ったのだ。
「フツー、宰相閣下からの命令を受けた直後に逃げます?」
「だって団長さんたち、勢い勇んで何かの準備を仕掛けていたでしょう?」
「……十中八九『歓迎会』でしょうね。ルーデルス団長、浮かれておられましたから」
「ほら、やっぱり!」
アーリアはその場の雰囲気から良からぬモノを感じ取り、リュゼを伴って逃げ出した。あのまま捕まっていたら、自分の存在はアルカードにいる他の騎士や軍人、更には領主を始め貴族たちにも知られる事となっただろう。
貴族たちの宴=晩餐会=夜会だという事を、エステル帝国での生活から嫌というほど理解したアーリア。帰国後も『システィナの姫アリア』として夜会に引っ張り出された記憶も新しく、アーリアにとってその手の話題は禁句だった。
ー私は今、休暇中なんだからー
遅かれ早かれ同じ結果に辿り着くとしていても、それは今でなくても良いではないか。何せアーリアはアルヴァンド宰相閣下に直談判し、長期休暇を取ってラスティの街に里帰りしていたのだ。その長期休暇の合間を縫ってアルカードに来たに過ぎない。
その最中に『仕事』を任されたアーリアにとって、今夜がその休暇の最終日となってしまったのだ。いくらアーリアとて、文句の一つくらい覚えるというものだ。
「ま、まぁ、そう言わないでください。我が騎士団の騎士たちは皆、多かれ少なかれ魔女様のお越しに浮かれておりますからね。かく言う私もそうです」
黒髪の先輩騎士が苦笑しながら弁明し始めた。当の魔女が目の前にいる手前、話すかどうかを悩んでいたようだが、放っておくと後輩騎士があらぬ暴走を遂げると見て、話す覚悟を決めたようだ。
「貴方も……?」
「ええ。私は前魔女の代から『塔』に仕えております。その為、魔女様に対する思い入れも強いのです」
「そう、ですか……」
「しかしアーリア様。私の言葉など気になさらないで頂きたい。私が勝手に『東の塔の魔女』様に焦がれているだけなのですから」
黒髪の先輩騎士はアーリアに向かって真摯な眼差しを向けた。黒い瞳は夜の帳のようであったが、どこか暖かな温もりを感じた。だが、その温もりは『東の塔の魔女』に対する熱い想い。そう思えばこそ、アーリアは恥ずかしげに俯いていた。
「それじゃあ貴方はさぞガッカリなさったでしょう?憧れの魔女様がこんな生意気な小娘魔導士だったんだから」
「そ、そんな事はッ……!」
アルカードでは『東の塔の魔女』の事を『慈悲深き魔女』と呼んでいると小耳に挟んだ。しかしアーリア自身は奉仕精神など持ち合わせておらず、どちらかといえば現実主義者だ。
この世界では奉仕精神では日々を食べていく事はできない。奉仕活動ができるのは金と心に余裕がある裕福な商人、または貴族のみだ。アーリアはそこらの平民の例に漏れず、契約を結んで仕事を行い、給金を頂く関係の方が望ましいという考えが根本にあった。
だがそれはアルカード領民の心の内にある『塔の魔女』とのイメージとは随分とかけ離れた存在となる。『塔の魔女』へ対しての期待、それを騎士団の騎士たちからも感じ取れてしまったからこそ、アーリアは頑なに騎士団からの守りを頑なに拒絶した。期待されるイメージを保てる自信も、保つ気もなかったからだ。
「ごめんなさい」
「っ……!」
アーリアはアルカードの領民が想像する『慈悲深き魔女』が自分に当て嵌まらない事を知っていた。
期待に沿う為それっぽい衣装に身を包み、それっぽい表情を浮かべ、それっぽい言葉を吐けば、領民も騎士もアーリアを崇めただろう。そうーー
ーアリア姫のようにー
『システィナの姫アリア』はエステル帝国の皇太子殿下が作り出した『理想の姫』だ。皇太子妃に相応しい身分、見た目、言動など、皇太子殿下にとって都合良く動く人形姫なのだ。それはシスティナ国に帰国しても同じだった。
「頭をお上げください。確かに私は『塔の魔女』様に憧れを抱いておりました。しかしそれは……」
「勝手に色々妄想してたのは確かですよ。俺もそうだし。でもそれは仕方ないですよ、先輩。男ってのは女に理想を抱いちゃうもんなんですから!」
「だ、だが……」
男女の関係とは状況が異なると思えど、否定の言葉も思いつかなかったのか、黒髪青年は口籠った。
「でも、その理想と現実が違うからって憤ったりしないよ。そう言う訳だから魔女姫ちゃん、そんなに気にしないでね?ーーまぁ、俺としては理想通りの可愛い女の子が主君だったんで、大満足ですけどね〜〜!」
「お、お前は……!」
後輩騎士が少し関心した話をしたと思ったのも束の間の幻聴だった。結論は実に後輩騎士らしい言い分だったのだ。先輩騎士はがっくりと項垂れた。
先輩騎士に肘で突かれながらも、やはり悪びれもせず甘い微笑でアーリアを見つめる赤茶髪の青年騎士。そんな赤茶髪の騎士セイの何気ない気遣いに、アーリアは感謝した。
「ありがとう」
「いーよいーよ。あ、僕の事はセイって呼んでよ、魔女姫ちゃん」
「私の事もアーリアって呼んでください。その『魔女姫ちゃん』っていうのはちょっと……」
先ほどから気になっていた呼び名をアーリアは指摘をした。『魔女姫』と呼ばれ始めたのはエステル帝国の姫生活から。しかし、アーリアはその呼ばれ方に違和感を感じていた。ぶっちゃけ恥ずかしくてたまらない。
赤茶髪の青年騎士セイは目をパチクリと瞬きをしてから、口元にニヤっと弧を描いてた。
「じゃあ、アーリアちゃん」
「コラッ!セイ、お前はなんて気安い口調で……⁉︎」
「えーー⁉︎ 良いじゃないですか、先輩。アーリアちゃんが良いって言ってるんだから……」
「だがなぁ……」
心を許し始めたアーリアとは違い、リュゼの胸中は警戒心でいっぱいだ。「セイの先輩って立場、大変そうだね?先輩」と言いながら、リュゼは二杯目の発泡酒を傾けた。その目は未だ警戒を解く気はサラサラないと言っている。何せ、セイはアーリアを口説き始めたのだから。
リュゼはセイの脚を軽く蹴りながら、アーリアに馴れ馴れしくし始めたチャラ男を、机の下から牽制するのだった。
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東の塔の騎士団編『塔の魔女の在り方2』をお送りしました。
青年騎士二人の登場にアーリアはドギマギしています。特に後輩騎士セイはリュゼと似た雰囲気を醸し出しているようで、リュゼは『侮れない相手』と認識したようです。
次話も是非ご覧ください!