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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と塔の騎士団
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塔の魔女の在り方1

※東の塔の騎士団編※

 システィナは法治国家のていを為している。だが、その中に於いても身分制度が最優先されるのは言うまでもない。国主を国王が務め、王族、貴族、諸侯がその補佐を務め、それが王宮(=政治機関)という形を為しているのだ。

 国防を担うは軍務省。アルヴァンド公爵が前宰相の跡を継いだ後、政治機関も一新された。その中で新たに軍務省長官の座に着いたのはエルラジアン侯爵であった。エルラジアン侯爵家はアルヴァンド公爵家と同じく、システィナ建国以前よりその身に古き血を宿す『騎士の家系』であった。


「……殿下、『東の塔の魔女』に対する自由の尺度が高すぎるのではありませんかな?」


 昨今のシスティナ国を巡る情勢は『変革期』に差し掛かっていた。

 まず、これまで休戦という名の戦争膠着状態を十余年も継続してきた北の大帝国エステルとの関係が、ここに来て改善されつつあった。それは凡そ半年前に『北の塔の魔女』の謀略によって帝国の手に渡った『東の塔の魔女』を、エステルの皇太子が救った事から事態は好転し始めた。北国の皇太子ユークリウスは秘密裏にシスティナ国の王太子ウィリアムと通じて、平和的に両国間の戦争状態を緩和しようと画策していたのだ。その策略を必然的かつ強制的に手伝う羽目になったのが、システィナ国に於いてただ一人、『東の塔の魔女』と呼ばれる魔導士であった。

 その魔導士はおよそ2年半前に、東の軍事国家ライザタニアからの侵攻の折、軍事境界線を守護する『東の塔』へ赴き独断で《結界》を築いた。以降、《結界》はライザタニアからの侵略行為の一切を阻んでいる。その功績から『東の塔の魔女』というーー本人からすれば不名誉なーー称号を与えられた。

 しかし、その魔女は他の『塔』の魔女とは逸脱した(意訳)魔導士だった。

 なんとその魔女は『塔』に《結界》を施した後、『後は頼んだ!』とばかりに逃亡トンズラしたのだ。

 勿論、これは王宮(=政府機関)からすれば非常識極まりない行為だった。それ以前に、当時の王宮は国からの要請がないままに《結界》を施した魔導士の正体を把握してはいなかったのだから、本人に文句の言いようもなかったのだが……。

 実際には、魔女が『東の塔』へ《結界》を施した事は魔女の保護者たる魔導士より国王陛下に知らされており、その際に密約をも交わしていたのだが、その事実を国王陛下が隠蔽し、また、当時の宰相も知らぬふりを通したのが混乱の理由の一つだが、当時のシスティナ国の内政を考えれば、妥当な判断だったと言えなくもない。

 だが、その状況が一転する事態が起こるのは、その2年後のこと。

 今よりおよそ半年前、前宰相サリアン公爵の王座簒奪事件に於いて遂に、『東の塔の魔女』の正体が明るみになったのだ。途端、正体が内外に知らされる否や魔女はその生命を狙われるハメに陥るが、それも考えればすぐに判ること。もし、『東の塔』の《結界》が破られる事になれば、東の軍事国家ライザタニアからの侵攻が再開できるからに他ならない。


 ー戦争は金になるー


 軍事産業を生業とする貴族、商人からすれば、戦争状態が継続する事こそが金儲けする上でこの上ない好状態なのだ。

 そんな情勢下にあって、未だ『東の塔の魔女』は自由に街道を出歩いているという。それが軍務省長官には異様な光景に見えるのだった。


「武力をもっての外交など、外交とはいわぬ」

「それが《結界》であっても『武力』と仰るおつもりですか?」


 《結界》も魔術の一部だ。魔術が武力というのなら、身を守る為の《結界》とて同じ。しかし……


「殿下は『北の塔』の《結界》をお解きになりました。しかし、それはエステルとの戦争状態が解除されるのを見越しての事でしょう。ですがーー」

「ライザタニアはシスティナを諦めてはいない」

「……ええ、その通りであります」


 エルラジアン侯爵の言葉をアルヴァンド宰相閣下が引き継いだ。アルヴァンド宰相閣下はサリアン公爵から宰相位を引き継いで日が浅い。名門貴族と云えど宰相位を維持するのは容易い事ではない。それまでも優秀な官僚ではあったが、百官の長である宰相位は生半な気持ちで務まるものではないのだ。

 宰相アルヴァンド公爵ルイスはそれをこの半年、嫌という程思い知らせされてきた。エルラジアン侯爵はアルヴァンド宰相閣下より幾つか歳古い。彼からの視線はアルヴァンド宰相閣下に突き刺さるほど鋭いものだった。


「大規模な軍事行動こそないものの、小規模な小競り合いは常に発生しております。ーーまぁ、そのどれもが《結界》に阻まれているのが実情ではありますが……。しかし、それは裏を返せば『《結界》さえどうにかなってしまえば、ライザタニアはシスティナ攻略に取り掛かる』という事ではないでしょうか?」


 それはこの場にいる誰もが理解している事だった。現に国王陛下は瞑目したまま言葉をーー『否』を発してはいない。


「ーーライザタニアからの特使は?」

「未だ芳しい答えがありません」


 交流のある国とは特使のやり取りがあるものだ。国家間交流という名の元、特使を交換し情報の共有を図っている。特使は人質の役割でもある為、そこそこ地位の高い者が勤める傾向がある。そしてどんなに国家間が戦争状態にあっても特使に危害を加える事はあってはならないのが常識であり、暗黙のルールなのだ。しかし……


「残念ながら、此方システィナの特使との連絡がつかない状態が続いております」

「……どうにも彼方ライザタニアの情勢が見えてきませんな」


 エルラジアン侯爵はかぶりを振った。それを見て、各官僚がザワザワと騒ぎ出した。


「彼の国は遊牧のたみではなかったのか?それが何故これ程まで軍事に傾倒したのか……?」

「王家が軍務に制圧されたという噂があったが?」

「第一王子と第二王子が対峙したというのは真実まことか?」

「ライザタニア王と姫巫女はどうなったのだ……?」


 情報統制が敷かれおよそ3年。ライザタニアとシスティナとは互いに情勢把握すら取れていなかった。特使の交換も滞っており、システィナからライザタニアへ送った特使の消息も途絶えて久しい。此方にいるライザタニアの特使はダンマリを決め込んでおり、まともに情報も聞き出せずにいた。ーーいや、聞き出せた所で、特使でも分からぬ情勢になってしまっているのかも知れないが。


「ーーいかんせん情報が不足しております。しかし、『ライザタニアがシスティナを手中に収めようとしている』。これは事実です。その情勢下で『東の塔の魔女』を王宮内に囲っておかぬなど。私には殿下のお考えが理解できません」


 システィナ国の東西南北に建つ『塔』の管理を一任されているのが、王太子ウィリアム殿下であった。4本の『塔』の内、『北の塔』は現在その機能が停止状態にある。勿論、国防として軍隊を配備し、国境の警備を行なってはいる。だが国境を守る《結界》は張られてはいない。


「『東の魔女』は帝国エステルに誘拐された前歴があります。確かに魔導士としては優秀なのでしょう。ですが……」


 エルラジアン侯爵は先日行われた夜会に於いて『東の塔の魔女』と合間見える機会に恵まれた。魔女はエステル帝国に誘拐された際、皇太子ユークリウス殿下の機転で『システィナの姫』と偽装工作した身分を得ていた。その偽装工作を完全なるものにする為に、魔女は『システィナの姫』として夜会に参加させられていた。


 ー何とも不憫な娘だー


 それがエルラジアン侯爵の素直な感想だった。平民出身の魔導士でありながら王族の真似事をさせられ、王侯貴族に利用されている娘。とても幸福とは思えない。

 魔女は『システィナの姫アリア』としての姿で王族たちの側にあった。エステルの皇太子ユークリウス殿下の側に立つアリア姫のはとても、平民魔導士とは思えぬ堂々とした態度だったのだ。


 ー美しい娘であったー


 エルラジアン侯爵は『東の魔女』の姿をーーあの美しい煌めきを放つ双玉を思い出していた。


「エルラジアン侯爵の云わんとする事は私にも十分理解できます。ーー殿下は『塔』の在り方を、どうなさるおつもりですかな?」


 アルヴァンド宰相閣下からの問いに、そこにいる官僚たちを代弁したその問いに対して、ウィリアム殿下は不敵な笑みを浮かべた。



 ※※※※※※※※※※



「美味しいっ。リュゼってホント、美味しいお店を探すのが上手だよね?」


 満面の笑みを浮かべるアーリアに対してリュゼはンフフと怪しげに笑う。


「僕って、そーゆーカンは昔からイイんだよねー」


 システィナ東部、国境の街アルカード。

 アルカードは隣国ライザタニアとの軍事境界線に近い場所に位置する為、国防を担当する騎士団や大規模な軍隊が常駐しており、街中には軍事施設が点在していた。街を囲む堅固な石壁、東西南北にある四方の門には日夜問わず見張りが立てられているが、それはライザタニアからの侵攻を見張る為だけでなく、東の峡谷や大山脈からの魔物から領民を守る為のものでもあった。

 東の峡谷は北の大峡谷にまで繋がっている。大峡谷には赤き竜が住まい、時にエステルから青き竜が降りてくることもある。また大山脈は北のユルグ大山ほどの高度はないが、人間が淘汰するのは困難だと言われている山脈だ。また、山脈には未だ見ぬ魔物も住まうといわれている。だが、峡谷も大山脈も魔宝具を作る魔宝具職人マギクラフトにとって素材の宝庫だと言われているのも確かで、貴重な素材を求めた魔導士やハンターもアルカードを訪れる。強い魔物を倒してレベルと名声を上げようとする冒険家にとってもアルカードは重要な拠点だった。


 騎士、軍人、冒険者、職人……多くの人で賑わうアルカードは、東西南北四つの区間に分けられており、その西寄りにある宿場通りにその店はあった。どちらかと言えば歓楽街に近いそこは、昼間より夜間の方が賑やかだ。

 大概の宿屋は飯屋を兼任している。しかし、飯屋だけを営む店もある。アーリアはリュゼに連れられて来たのはそんな飯屋の一件だ。その名も『ひよこ亭』。名から想像がつくが鶏料理の店だ。

 北の歓楽街に近づくにつれ、飲み屋も増える。客層は推して知るべしだ。そんな所へ若い女を連れた旅人は少ない。自然とその手の客は浮いてしまうのだ。しかしこの店の客層は若い婦女子が多く、アーリアたちは客で賑わう店内の中に埋没して注目される事はなかった。


「柔らかいね!このお肉」

「蒸してあるんだよ」


 アーリアに好き嫌いは殆どない。しかし脂っこい料理よりも舌触りのあっさりした味付けを好む傾向があった。リュゼはアーリアを護衛し生活を共にする中で、自然とアーリアの好みを熟知していた。

 アーリアから『アレが好き、コレが嫌い』と言う事はまずない。野営ではその場で獲って捌いた魚や兎などを食べる事があるが、塩さえ振っていないソレらの料理でさえ、アーリアは「美味しい」といって食べるのだ。当初から食に拘りがないアーリアだったが、近頃は『好み』を出すようになった事を、リュゼは好ましく思っていた。


 ー子猫ちゃんは欲がないからねぇー


 金、地位、権力、名誉、名声……その気になれば、そのどれもを手にし得る立場にありながら、そのどれもを欲する事がない。それどころか、そんなモノよりも『自由』を求めているのだ。

 アーリアにとって何よりも大切なモノは、自分との繋がりを持つ人間たちだ。魔術の師であり保護者ちちおやでもある『師匠』、同じ師を持つ『兄弟子・姉弟子たち』、そして、そこに最近ではそこに自分を護衛する『護衛騎士』が含まれる事がリュゼには嬉しい事実。

 そんなちっぽけな幸せを願うアーリアだが、地位や名誉を第一とする木端騎士や貴族モノたちからすれば、目障りな存在なのだろう。そんな者たちからの目線を、リュゼは王都で幾度も感じる事があった。


 ーホント、面倒なヒトたちー


 それら全ての処理を上司であるアルヴァンド宰相閣下に任せる事にしたリュゼは、アーリアを連れて師匠の待つラスティの街へと旅立ち、そこで師匠からの命を受けてこのアルカードへと至ったのだ。


「あっさりとして美味しいね」

「だね。このソース、大根を剃ってそれに酢と大豆から作ったタレが合わせてあるんだってさ」


 リュゼは左手でメニューをひっくり返すと、その裏に書かれた文言を読みながら簡潔に伝えた。と、その時……


 ーカランカランー


「いやっしゃいませ〜!お二人様ですか?」

「空いてる席ある?」

「すみません。今、満席でして。相席で宜しければ空いてはいるのですが……」


 済まなそうな顔をする若い女性店員に向かって、簡易な騎士服を纏った若い騎士は「気にしないで」と軽く手を振った。


「こっちは相席でも構わないんだけどさ……?」

「聞いてみますね!」


 女性店員は相席が可能な二人組の客へ声をかけた。来店した時から和かな対応だった若い男女の二人組。その二人に声をかけようと歩み、近づいた。

 リュゼはその女性店員が歩み寄るより早く、その様子をメニューの隙間から眺めていた。


「あーあ……」

「なになに?」


 リュゼの身体とメニューで遮られた光景。アーリアは少しだけ身体を浮かせたその時、女性店員が呼びもせぬのにアーリアの前に現れたのだ。


「すみません、お客様。あちらのお客様が相席を希望されているのですが、大丈夫ですか?」


 女性店員は扉の前に佇む二人の青年騎士を指し示した。


「あ〜〜⁉︎ こんなトコロにいたの?」


 そこにいた青年騎士はアーリアを見定めると、突飛な声を出したのだ。

 その軽い言葉、気安い仕草を目の当たりにしたアーリアは驚きと共にパチクリと瞬きした。リュゼは眉間に皺を寄せてあからさまに嫌そうな表情だ。


「魔女姫サマ、みーっけた!」




お読み頂きまして、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価など、ありがとうございます!励みになります‼︎


東の塔の騎士団編『塔の魔女の在り方1』をお送りしました!

それまで放って置かれた事でも、一度、注目を浴びればその途端、それまでの在り方を否定され是正されるのは世の中の常。アーリア自身の立ち位置は変わらないのですが、周囲の見方が変わり始めました。


アーリアたちが飯屋で偶然鉢合わせたのは……?


次話も是非ご覧ください!


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