表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔宝石物語  作者: かうる
魔女と塔の騎士団
196/491

責任者と応相談

※東の塔の騎士団編※

 アーリアが東の国境の街アルカードに滞在して2日目。宿屋で朝食を済ませた後、掃除用具片手に『東の塔』に来てみれば、早朝にも関わらずそこには騎士の一団が居るではないか。昨日とは違い人数は一個小隊ほどだが、門前に副団長とおぼしき青年騎士と昨日もいたと思う赤茶髪の青年騎士の姿を見留め、アーリアは嗚呼と声を漏らした。

 リュゼはと言うと、いつもの軽い足取りとニヤついた笑みを浮かべながら「やっぱりね」と呟いた。アーリアより現実を受け入れるのが早い。


「おはようございます。アーリア様」

「おはようございます」

「今日も良い天気のようですね?」

「そうですね……」


 アーリアに話しかけてきた青年は、『東の塔の騎士団』ーーその副団長の地位にあると自己申告したアーネストという名の騎士だ。アーリアはアーネスト副団長からの素晴らしく爽やかな笑顔を受けながら、馬鹿馬鹿しいとも思える社交辞令を交わし合った。


「あの……何故こちらに?」


 アーリアの言葉に対する返答は無意味とばかりに、アーネスト副隊長は左手を眼鏡の縁にかけた。


「今日もアーリア様は塔内の掃除の続きをされますでしょう?」

「まぁ……」


 この広い塔内をたった二人で掃除するのはどう考えても困難だ。とても一日で終わる広さではない。だとすれば、今日も早朝から掃除の続きをしに来るに違いない、という考えに行き着くのは自然な流れだった。


「あの、昨日のこと……」

「謝って頂く必要などございません。こちらも、何の前触れもなく大勢で押し掛けたのですから、貴女のお怒りも当然かと」

「そう、ですか……」

「それにあの魔術。アーリア様のお力の片鱗を我々は身を以て体感する事ができました!あの後、私たち騎士は興奮しきりでございましたよ」

「そう、です、か……⁇」


 一見すると知的インテリ眼鏡系騎士アーネストから齎された耳を疑うような言葉に、世間ずれしているアーリアも流石に驚いて身体を半歩引いてしまったのは仕方ないだろう。隣ではアーネスト副団長の言葉をうっかり聞いてしまったリュゼなどは、トアル国のトアル近衛騎士を思い出して露骨に嫌な顔をしたのも致し方ないことだ。


 そうこうしている内に、ルーデルス団長が馬を駆って颯爽と現れた。


「おお、アーリア殿!お早いですなッ」


 そのアザトイ挨拶にアーリアは朝からげっそりした気分になった。


「……おはようございます、ルーデルス様」

「今日も掃除の続きですな⁉︎ 我々に何か手伝える事はありますかな?」


 今日も昨日と同じく「有りません」と答えようとしたアーリアは、ハタっと開きかけた口を閉じだ。そしてそのまま何かを考えるように黙り込んだのだ。


「……ん?どーしたの?」


 リュゼは腰に手を置くと、俯いて考え込んだアーリアの顔を覗き込んだ。暫く黙り込んだアーリアだが、一つの決断を下すとリュゼの顔を見上げて目を合わせた。


「君が決めた事なら、僕はどんな事でも推奨するよ?」


 小さな迷いを含むアーリアの瞳をリュゼは琥珀色の瞳で見つめ返した。


「ルーデルス様。本当に手伝って頂けるのですか?」

「ええ、勿論。範疇を超えなければ、ですが」


 『範疇』とは『東の塔』に関する仕事の範囲で、という意味だろう。アーリアはニッコリ笑うと同じく笑顔のルーデルス団長にある『お願い』を口にした。



 ※※※



「それがアレの駆除とはねぇ〜〜」


 リュゼは持っていたハタキを掲げて決して小さくない呟きを零した。アーリアは箒の手を止めて三角巾とマスク越しにリュゼを見上げた。


「だって、あっちもウヨウヨしてそうだし……」

「ハハッ、だろーね?」


 アーリアがルーデルス隊長麾下『塔の騎士団』に頼んだ仕事は、『東の塔』を中心として国境線上にいくつか点在している砦の掃除だった。

『東の塔』の《結界》はシスティナ国とライザタニア国とを繋ぐ唯一の街道、その関所を封じる形で何十も張られており、《結界》の範囲は国境線上に造られた長城と砦までに渡る広大な術なのだ。その為、長城と砦は『東の塔』に次いで重要な施設であった。長城と砦は『東の塔』とは違って人の立ち入りを禁じられてもいない。だから、定期的な点検は勿論、普段から人員も配置されているのは知っていた。


「団長もさ、『ついでだから大掃除しましょう』なんて言われるとは、思ってなかったと思うよ〜?」


 リュゼはアーリアの『お願い』に対して目を輝かせていたルーデルス団長の表情を思い出していた。

 リュゼはアルヴァント宰相閣下より、『東の塔の騎士団』とは近衛騎士とも劣らぬエリート騎士集団だと聞いていた。国への忠誠心は谷より深く、騎士としてのプライドは山より高い。勿論、貴族出身の子弟ばかりで構成されており、施設の掃除などは従者や雇われ職員の仕事であるに違いない。そんな騎士たちが自分たちのあるじと目される魔女に『大掃除』を言いつけられたのだ。文句の一つくらいは出そうな状況なのだが、当のあるじが『東の塔』の掃除をしているので断る訳にもいかないだろう。騎士たちから一言も文句は出なかった。


 ーだって、『何か手伝える事はありますかな?』って聞いてきたのは団長の方だもの!ー


 アーリアは大型犬を彷彿とさせるルーデルス団長を思い出して、箒を片手に独り言を呟いた。


「『ココ』の掃除が終わったら砦の方も一度様子を見に行くつもりだったから……その時にアレが出てきたらイヤじゃないっ!」


 アレとは言わずもがなヌメヌメ形の爬虫類やカサカサ系節足動物の事である。

 力一杯、声を張るアーリアに対してリュゼは眉を寄せて何とも言えない微妙な表情をした。


「それは分かるケドさ。ーーあ!それより、ルーデルス団長に渡したのは何の種なの?」

「コーラスの種だよ?」

「コ……なんの種だって?」

「虫が嫌う匂いを放つ草の種だよ。それを塔や砦の周辺に植えてきて欲しいって頼んだの」

「アーソウ。アーリアがとことん虫を嫌ってるのが漸く分かったよ」

「だって……」


 リュゼは口を尖らせて落ち込んだアーリアに苦笑すると、アーリアの頭にポンと手を置いた。 


「苦手なモンは仕方ないよね?」


 アーリアの虫嫌いは筋金入りだと理解したリュゼは、今後このネタでアーリアを揶揄うのを止める事にした。



 ※※※※※※※※※※



 その日の昼。太陽も真上に上がり、腹の虫が鳴き出した頃、アーリアとリュゼは『東の塔』の扉からひょっこり顔を出した。


「お疲れっす!魔女姫サマ」

「……。お疲れ様です」

「なんですか?その『まだ居たのか?』って顔は!」


 「正直者だなぁ〜〜」と気軽な雰囲気で声をかけてきたのは、街中で会えば避けて通ること間違いなし、チャラそうな若い青年騎士だった。赤茶髪に黒い瞳。左目の下にある泣き黒子が魅力的だ。この青年騎士は昨日、エプロン姿のアーリアに向かって『新婚さんごっこッスか?』と宣ったツワモノだ。

 赤茶髪の青年騎士の妙に気安い雰囲気に、人見知りの筈のアーリアの警戒心も緩んでしまった。その証拠に、アーリアも自然と元の口調に戻っていた。


「そんな事は……その、皆さま、お早いお帰りだなぁと思って……」

「ああ、砦の掃除のこと?」

「あ、うん」

「ほら、僕らは人数が多いからさ。それほど時間もかからなかったよ。それに、砦の方は日頃から点検や掃除は怠ってないからね?魔女姫サマが心配するアレもそれほどの心配はないよ」

「ーー⁉︎ あの、その……ありがとうございます」

「ハハ!やっぱり君、面白いだね〜?」


 アーリアの意図がバレていた事が青年騎士の発言から分かり、アーリアは恥ずかしさのあまり慌てた。しかし、青年騎士は黒目をパチクリ瞬かせたのみで、大して気にしてはいないようだった。それどころか「女の子はみんな、アレが苦手だよね?」と無自覚にも傷に塩を塗り込んでくる始末。その様子をリュゼは何故か面白くない表情を浮かべながら、恥じ入るアーリアとアーリアを揶揄う青年騎士を交互に見やった。

 そこへ黒髪黒目の生真面目が絵を描いたような騎士が現れた。


「コラッ!セイ、お前。アーリア様になんという気安い口調でっ……!」

「イタッ。酷いなぁ先輩は!良いじゃないですか?ーーねぇ?」

「私は構わないけど……」

「ほ〜ら!」

「アーリア様が構わなくても騎士団こちらが構うわッ。立場を弁えんかッ」

「え〜〜?」


 後輩騎士セイは先輩騎士に頭を引っ叩かれるがそれでも全くめげてはいない。

 だが、この人の登場にはサスガの後輩騎士セイもゲッと呻き声を上げた。ルーデルス団長とアーネスト副団長が足音もなく現れたのだ。ルーデルス団長は厳つい表情に威圧感を乗せてセイの背後から近づくと、セイの後頭部を無言で押さえつけた。


「部下の非礼をお許しください」

「許します。ーーと言いますか、皆さま、そんなに畏まらないでください」

「いいえ、アーリア殿。貴女はこのシスティナ国に於いて大切なお方なのです。大切に守られて然るべきお方なのですから」

「そんな事は……」


 ナイと言える雰囲気ではなかった。アーリアはルーデルス団長から放たれる威圧感に内心、ひぇぇと顔を痙攣らせていた。


「アーリア殿。やはりアルカードにご滞在の間、我々騎士団にお守りさせて頂く事はできませんか?」

「私はただの魔導士です。貴族令嬢ではありません」

「存じております。しかし、この『塔』に《結界》を施し管理されておられるのは事実」

「大袈裟にされるのが苦手なのです。それに私はこれ以上、目立ちたくないから……」

「されど……」


 これ以上話し合ってもアーリアは了承する事はなく、ルーデルス団長も引く事はないだろう。押し問答になる予兆を感じとったリュゼは、昨夜から考えていた事を口に出してみた。


「じゃあさ、どうするべきかを聞いてみよっか?」


 それはリュゼによる突拍子もない提案だった。


「は?」

「誰に?」

「どうやって?」


 間抜け面とも呼べる騎士たちの表情にリュゼは内心吹き出すのを堪えた。アーリアは日頃からの慣れでリュゼの行動に理解があるにも関わらず、眉をヘニョっと下げて不安そうな表情をした。


「勿論、『責任者』にだよ?ーーあ、モシモシ〜〜聞こえてる?今、お時間大丈夫ですか?あ、大丈夫?」


 リュゼは徐に腰のポーチからサッと通話の魔宝具を取り出すと、それに向かって話し出したのだ。


「彼は誰に連絡を……?」 

「そもそもどうやって?」

「あれは魔宝具なのですか?」


 騎士の疑問一つひとつにアーリアが律儀に答えている間にも、リュゼの会話は続いていた。


「ーーえ?今、アルカードです。そーそー。ちょっと『塔』の点検に。殿下の指示かって?いやいや、今回は別件、お師匠シショーサマですよぉ〜〜あはははッ」


 リュゼはいつになく陽気で、それもまるで親しい友人と話しているような大変気安い口調だ。アーリアには、リュゼのその口調と会話内容から、彼が誰に連絡を繋いでいるのかが直ぐに分かった。それでなくとも、この行き詰まった事態を解決出来そうな人物は限られてくるのだから、予測はつくというものだ。

 しかし、『塔の騎士団』からすれば『東の塔の魔女』の護衛騎士リュゼがどのような管理体制の下で任命されているか、また、システィナ王宮でどのような人間関係を構築しているかなど未知数であった。注意深く魔宝具から漏れ出る言葉に耳を傾けていた騎士たちは、リュゼの口から突飛な言葉フレーズが出た事に驚きを露わにした。


「「「殿下⁉︎」」」


 『殿下』という単語を含む言葉フレーズに、騎士たちは敏感に反応した。それもその筈であり、たかだか護衛騎士風情が『殿下』という敬称を持つ高貴なお方と直接繋がりを持つ事など、本来ならあり得ぬ事なのだ。それこそ、余程信頼の置ける近衛騎士でなければ『殿下』ーー即ち王位継承権を持つ三人の王子たちと言葉を交わす事などないのだから。

 ギョッとしている騎士たちを他所にリュゼは魔宝具越しに会話を続けた。


「ーーで、ですね。そうそう。彼らと鉢合わせしちゃって……!ハハハ。そーそー。忠誠心?かな?今、困った状況なんですよね〜。どちらも引くに引けないってカンジで……」

「き、貴殿は誰と話しているのか!?」


 これまで黙って聞いていたルーデルス団長もとうとう痺れを切らし、リュゼの会話を遮るように言葉を発した。しかし、リュゼは鋭い目線でルーデルス団長の言葉を遮った。


「うんうん、そうなんだよ〜〜困ったよね?ーーえ?誰って。御名答!ルイスさん。これから団長さんに代わるから、話しつけてもらえます?」


 リュゼはハイっと通話の魔宝具をルーデルス団長に手渡した。出番だよ!とばかりの態度でリュゼから魔宝具を手渡されたルーデルス団長は、何時もの威厳をどこかに置き去り、剰え挙動不審な態度で魔宝具を耳につけると、戦々恐々といったていで話しかけた。


「……。えーと……」


 その声は魔宝具越しにハッキリと聞こえた。テノールの耳心地の良い声音は魔宝具を通じてルーデルス団長の耳に届いた。


『貴殿は『東の塔の騎士団』の者だろうか?』

「ハッ!団長のルーデルスであります。その……貴方様は……?」

『ルーデルス団長。日夜『東の塔』の守護の任、ご苦労。私はルイス・フォン・アルヴァンド。そちらにいる青年は私がアーリア殿の専属護衛に任じた信頼ある者なので、安心して頂きたい』

「了解致し……ッ⁉︎ ア、アル……ヴァンド……アルヴァンド宰相閣下⁉︎」


「「「ーー⁉︎」」」


 ルーデルス団長は背筋を正した。

 ルイス・フォン・アルヴァンドと言えばシスティナ国で公爵位を賜る高貴なるお方。アルヴァンド公爵家は建国の折より国と王家を支える由緒ある大貴族。王家とも縁戚であり現国王からの信も厚い忠臣だ。しかも、件のアルヴァンド公爵と言えば、最近、前宰相サリアン公爵より宰相位を引き継いだ百官の長なのだ。その名を知らぬシスティナ国民はいないとまで言われている大貴族だった。

 そんな人物とたかが専属護衛がこのように気安い口調で話す間柄だと、誰が思うだろうか。天地がひっくり返る思いを受けたルーデルス隊長は流行る心臓を左手で押さえつけた。


『如何にも。私はシスティナに於いて宰相位を戴きし者。ルーデスル殿、そちらーー『東の塔』にアーリア殿が来塔されたようだな?』

「左様であります!」

『アーリア殿は『東の塔の魔女』ではあるが、この度の来塔は王宮が命した仕事ではない。だが、『塔の点検』であるという事なので、仕事の一環であるとも言えなくもない。その為、騎士団には彼女の行動の妨げとなる事がないよう、切に願うものである』

「了解でありますッ!」


 ルーデルス団長はアルヴァンド公爵の命を受けて、見えぬ相手に向かってその場で敬礼した。

 緊張していようがそこは年の功。ルーデルス団長は抜け目がなかった。ちゃっかりとアーリアの護衛の件について話題を取り上げたのだ。


「それで、でありますが……魔女様の、アーリア殿の護衛の方は……」

『アーリア殿には専属の護衛はつけてあるが……それだけではそなたらの気がすまぬのだな?』


 アルヴァンド公爵はルーデルス団長たち『塔の騎士団』の根底にある『想い』をしっかりと理解し、汲み取る事ができていたのだ。『東の塔の騎士団』はこれまで、守るべきあるじに恵まれなかった。その為、他の騎士や官僚からは心無い言葉で罵られた事すらあると知っていたのだ。それでも、ここに居る騎士たちはこれまで、黙々と『東の塔』を守ってきた。それは『塔の騎士団』に属する騎士としての矜持といえた。

 ルーデルス団長は気恥ずかしそうに頭を項垂うなだれさせた。『あるじを守りたい』と思うのは騎士として当然の気持ちだ。しかし、悲しい事に当の魔導士アーリアは騎士たちに『守って欲しい』とは思っていないのだ。お互いの想いは完全にすれ違いを起こしていた。『東の塔の魔女』に対する一方的な執着と思われても、仕方ない状況なのであった。


『『行動に制限を設けないこと』。それが現在、アーリア殿に対する国の方針だ。『東の塔の魔女』は『東の塔』の立地とその性質上、アーリア殿の命は狙われやすい。彼女を『東の塔』に留め置けばいずれ、前魔女のように命を落とす事態になるであろう』

「そのような事態にはっ……!」

『そなたら騎士団の力を侮ってこのような言っているのではない。気分を害したのであれば謝ろう』

「決して、そのような事は……」


 前『東の塔の魔女』はライザタニアからの侵攻の最中、生命を落とした。どのような状況であったとしても、全ては『東の塔の騎士団』の手落ちなのだ。守るべき者を守れなかったのだから。『東の塔の騎士団』の名は中央政府から底辺の評価をされていても仕方がない程の事例であった。

 アルヴァンド公爵から『含む所はない』と言われたところで、騎士団が前魔女を守れなかった事は周知の事実。その事実から現魔女が騎士団に対して不安を持っているとしても不思議はない。そう気づいたルーデルス団長は唇を噛み目を伏せると、悔しげに拳を握りしめた。


『我が国と隣国ライザタニアとの情勢から不安要素が多数ある事を、政府上層部は案じているのだ。アーリア殿の事は『漆黒の魔導士』殿との盟約もある。彼女に行動の制限を設ける訳にはいかない。……それに、私もアーリア殿には自由であってほしいと思う一人なのだよ』


 ライザタニアからシスティナへの一方的な侵略行為からから約三年。その間、『東の塔』と『塔の騎士団』とは、あるべきあるじ不在のまま隣国との攻防を続けていた。

 前魔女の戦死によって急務であった新たな魔女の選出がなされぬまま、侵略行為が激化する最中に現れた白き魔女。現魔女アーリアただ一人がこの塔へと手を差し伸べた。魔女は国から乞われた訳でないにも関わらず、『東の塔』に強固な《結界》を施していった。《結界》はライザタニアからの攻撃全てを阻み、ライザタニア国軍を国外へと弾き出した。その事によって現在、システィナ国は仮初めの平和を享受しているのだ。

 この平和は一人の少女によって齎されたモノだ。その少女ただ一人が、この平和の中にあって『東の塔』に縛られる必要があるというのか。いや、ない筈だ。ーーそれがアルヴァンド公爵の偽りのない『想い』であった。


 しかし、アルヴァンド公爵は今や宰相位を抱く者。個人的感情で政治を行ってよい筈はなかった。


『私は国王陛下と王家の盾にして劔であるアルヴァンド侯爵家当主を名乗る身。貴殿ら騎士団の騎士たちの気持ちも充分に理解しているつもりだ。ーー少し、アーリア殿に代わってもらえないだろうか?』


 ルーデルス団長は神妙な面持ちで通話の魔宝具をアーリアへ手渡した。アーリアはルーデルス団長から魔宝具を受け取ると、白い髪を掻き分けてそっと耳に押し当てた。


「……ルイス様?」

『アーリア?元気にしているだろうか?今、アルカードにいるようだね?』


 柔らかな声音にアーリアはほっと息をついた。


「はい。ルイス様もお変わりないでしょうか?ーーあ、あの、すみません。ルイス様のお手を煩わせてしまって……」

『ハハハ!そのような事を気にする必要はない。こうして離れていながらアーリアの小鳥のように可愛らしい声が聞けて嬉しく思うよ」

「ル、ルイス様……ありがとうございます」


 アーリアは自分の行動によって恐らく国で一番多忙であろう宰相閣下の手を煩わせてしまった事に詫びる思いだった。それでなくともアーリアはアルヴァンド公爵に何かと世話になっているのだ。出来るなら恩を仇で返す真似などしたくはなかった。


『うむ。それでアーリア殿は何用あって『東の塔』に参られたのか?事前にそのような行程になるとは、聞いてはなかったのだが……』

「すみません!お師様の指示で『塔』の点検をする事になって。さっと点検してぱっと帰るつもりだったんです。でもいざ来てみたら、塔の中の汚れが気になっちゃって……」

『成る程。それで『塔』に少し長居をした所に騎士団と鉢合わせ、かい?』

「はい……」


 アーリアは自分が『東の塔』来る事がこのように大事になるとは思ってもいなかったのだ。しかし現実は違った。『東の塔』へやって来ただけだというのに大勢の騎士たちに囲まれ、身動きがとれなくなってしまったのだ。その自分の浅はかな行動が情けないやら苛立たしいやらで、アーリアは居たたまれない気持ちになっていた。


「ルイス様、ごめんなさい」

『何を謝ることがある?アーリアが謝る必要など何処にもない。君は君の『仕事』をしているに過ぎないのだから。しかも、その仕事が国防の為だと云うのならば、それは大変重要なものだ。私は君の仕事に対して感謝こそすれ憤ることなどない』


 アーリアは『東の塔の魔女』として国からその地位を認められて以降、国から給金を得ている。給金には『東の塔』の管理も含まれているのだ。だからこそ、アーリアも『東の塔』の点検や掃除も自分の仕事の一部だと割り切っていた。その事をアルヴァンド公爵も言っているのだ。『それが君の仕事なのだから、君は何も悪い事はしていない』と。


『……ただ、私は騎士たちの想いも理解する事ができる。アーリア、それは分かってもらえるだろうか?』

「はい、ルイス様」

『聡明な君の事だ。私がこれから言わんとする命令ことばも既に分かっているようだね?』

「はい。『お仕事』ですね?ルイス様」

『ああ。『仕事』だよ、アーリア』


 アルヴァンド公爵から私的な和やかな雰囲気が消えるのが魔宝具越しにも伝わってきた。

 アーリアは見えぬ相手に向かってスッと頭を下げた。すると、天上からアルヴァンド公爵の威厳に満ちた言葉めいが降ってくるような錯覚を覚えた。


『『東の塔の魔女』アーリア殿。システィナ国宰相アルヴァンドが貴殿に『東の塔』の定期点検メンテナンスを命じる。東の街アルカードに駐屯する『塔の騎士団』へと身を寄せ、騎士たちからの守護を受けられよ』


「承知致しました」


 アーリアはアルヴァンド宰相閣下からの命を受け、恭しく頭を下げた。



お読み頂きまして、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価など、本当にありがとうございます!頂けると励みになります!


東の塔の騎士団編『責任者と応相談』をお送りしました!

行き詰まった時の上司登場です!

リュゼの直接の上司はアルヴァント宰相様になります。リュゼはアルヴァント宰相様によって特別な任命のされ方をしています。同じ『東の塔の魔女』の護衛であっても、騎士団とは命令系統が違います。


アーリアは仕事としてアルカードに滞在する事になりました。しかし、アーリアと騎士団員との関係は思ったようにはいかず……


次話も是非ご覧ください!



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ