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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と塔の騎士団
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魔女姫の苦悩

※東の塔の騎士団編※

『開かずの塔』の窓が開き、中に人影が見えたとの報告を受けた『東の塔の騎士団』御一行。軍事都市アルカードにある駐屯基地から『塔の騎士団』の団長以下数名が『東の塔』へと急ぎ駆けつけた。


「新婚さんごっこッスか?」 


 ……と、のたまった赤茶髪の青年騎士の脳天に、団長らしき屈強な騎士と怜悧な眼鏡の騎士、双方の拳が突き刺さる。ゴッと鈍い音。赤茶髪の青年騎士は悶絶しながら地面にしゃがみ込んだ。


「ハハハ!彼、面白いねッ」

「えっと……?」

「好きだなぁ、あーゆータイプ」


 意味が分からずキョトンとするアーリアと何故かとてもイイ笑顔のリュゼ。

 アーリアは今更ながらリュゼの背中に隠れると、リュゼの背にセミよろしく張り付いたまま、門前に集った騎士たちに視線を向けた。


「リュゼ……」

「ん?なぁに?」


 リュゼはアーリアからの視線を受けると、口元のマスクを顎下へ下ろしながら笑みを向けた。


「どうしたら良いと思う?」

「ん〜〜?騎士たちのコト?どうもしなくて良いんじゃない?」


 そのリュゼの答えは意外なものだったが、アーリアは瞬き一つ分でリュゼの言わんとする処を理解すると『それもそうかも』と納得した。騎士が『東の塔』にーーいや、『東の塔の魔女』に用があったとしてもアーリアには騎士たちに用がない。


「そだね?じゃあ、掃除の続きを……」


 アーリアの判断にリュゼは否を申す事はなく、アーリアとリュゼは門前の騎士たちを丸っと無視して『塔』の内部へ向けて身体を翻した。しかし、その行動に焦ったのは無視された騎士たちだった。


「ーーお待ちください!」


 正門の《結界》に阻まれて『塔』には一歩も近づけない騎士たちは、門前から叫んだ。


「何か……?」


「「「ッーー!」」」


 アーリアからの鋭い視線を受けた騎士たちは思わず息を飲んでいた。屈強な騎士たちが魔導士でしかない少女の視線に射竦められたのだ。アーリアの瞳は感情の高まりから魔力を帯び、虹色から真紅へとその色を変え、その輝きを増していった。


「貴女は『東の塔の魔女』アーリア様では……?」

「……ごめんなさい。今日中に『塔』の掃除を終わらせたいの」


 アーリアは騎士の質問に答える代わりに自分の要望を口にした。『邪魔はするな』と。そう明確に言葉にはしていないが、騎士たちにはその目線からアーリアの気持ちが十二分に伝わった。


 空気を読んだリュゼは『そりゃ無理デショ?』とは口を挟まなかった。

『塔』の内部は想像以上に広く、到底一日で掃除を終える事はできない。アーリアの『今日中に』とは希望的観測だ。

 塔内の掃除事態がアーリアにとっては予定外。奉仕作業の嫌いなアーリアであっても、次に訪れる日の事を思えば『自分の為に』掃除をせねばならなかったのだ。掃除というのは人の手が多ければ多いほど、個人に課せられた分担が減るのも確か。しかし、この『東の塔』に信頼ない者を入らせる訳にはいかなかった。それが例え、国に忠誠を誓う騎士であったとしても。


 ー私は彼らの事をよく知らないー


 だからと言って『東の塔』の守りーー加えて『塔の魔女』の守りを任されている騎士たちがそう簡単にこの場を引き下がる筈はない。


 リュゼはフウっと視線を遠くした。


 この『塔』ーーアルカードの街に来るまでにリュゼはアーリアと二人旅をしてきた。リュゼは出来るだけ舗装された道を選んだつもりだが、それでも虫のいない道などない。旅の中盤にはアーリアの嫌いなニョロニョロ系がお出ましになったのだ。


 ーま、僕は役得だったケドね〜〜ー


 驚き慄き硬直し、リュゼにすがり付くアーリアの顔を思い出したリュゼは、ニヤついた笑みを浮かべた。そんなリュゼの思考を現実に戻したのは団長とおぼしき騎士ではなく、眼鏡をかけた怜悧な表情の騎士だった。


「アーリア様、お忙しい中お邪魔してしまって申し訳ございません。できれば私たちにもお手伝いさせて頂く事は出来ませんか?」



 ※※※



 勿論、アーリアは騎士の申し出を即座にお断りした。『東の塔』の内部に見知らずの騎士モノたちを入れる事の危険を誰よりも理解しているのは、術を施したアーリアだ。

 《結界》魔術を解読され解呪されるリスク。それを避ける為、アーリアは『東の塔』への入場に制限をかけた。そして今の所、それを解く気は全くなかった。


 ー国王陛下さいこうけんりょくしゃに求められない限りー


 現在の『東の塔の魔女』ーーつまり『東の塔』の管理者はアーリアだ。『東の塔』の管理権限はアーリアに一任されている。だが、その権限を補償するのは国だ。


 実の所、アーリアはこれまで国から『東の塔』の守護を正式に依頼された事はない。《結界》はアーリア個人によって秘密裏に行使したものだからだ。国の上層部は国王陛下お一人を除くと、その事実を知る者がなかった事が要因だ。

 だが昨今、アーリアと言う名の魔女が『東の塔』に《結界》を施したのだという事が、漸く国の上層部に認知された。宰相アルヴァンド公爵は魔導士アーリアを『塔の魔女』と認定し、給金を支払う事で国の職員だと肯定した。しかし、アルヴァンド宰相閣下のした事はそれだけであって、『東の塔』の管理方法について言及したり命令を下したりする事はなかったのだ。

 アルヴァンド宰相閣下はアーリアの自由を守る為に()()()、アーリアを『東の塔』の管理ーーその通常業務から外させたのではないだろうかと予測できた。その考えは国王陛下も、そして現在の上司、王太子殿下も同じであるようだった。


『ーーすまない。もう暫くはアーリア殿の力に頼る事になりそうだ』


『塔』システムーー国境防衛の在り方を改めようと模索しているウィリアム殿下は、その麗しの顔に苦い物を浮かべるとアーリアに向かって頭を下げた。

 ウィリアム殿下は各『塔』に配置した四人の魔導士に、国の防衛の大部分を頼るという在り方に、疑問を呈していた。

 まるで人身御供のように『塔』に縛られる魔導士たち。国の平和を左右する国境防衛に於いて、東西南北の4人の魔導士の忠誠心と正義感にのみ頼るのは、危険な措置でしかないと。それは、約半年前に『東の塔』の守護者アーリアがその命を狙われた事件でも判る事だった。


『『北の塔』の《結界》は解かれた。しかしそれは、システィナとエステルとが友好関係を築く事で成り立っているに過ぎない。だが、未だシスティナへの侵攻の意思を崩さぬライザタニア、その国境に於いて防衛力を緩める事ーーまして《結界》を解く事などできない』


 アーリアに何度も『すまない』と頭を下げたウィリアム殿下は、その拳をキツく握りこんでいた。


 国境を守る《結界》を解く事、それは即ち、ライザタニアからの侵攻を許す事に繋がる有事。


 現在、隣国ライザタニアとの情勢は芳しく無い。情報統制が敷かれているようで、システィナにライザタニアの正しい情報が入ってこない。しかし、ライザタニアが約3年前にシスティナへ侵攻を開始して以来、《結界》によって侵攻を阻まれても尚、彼の国はシスティナの領土を諦めてはいないという。そんな情勢下、東の国境警備を疎かにする事などできはしない。

 いくら『塔』システムに疑問を呈していようと、打開策が何もないまま己の感情だけで改革を行うのは愚行だという事をウィリアム殿下は十分理解しているのだ。それが苦悩となって、ウィリアム殿下の眉間のシワに直結しているのだと、アーリアにも理解できた。

 だからこそ現在いまも、アーリアは『東の塔』の《結界》維持に努めるのだった。システィナのーーシスティナに住まう大切な人間たちの為に……


「……素直に退くワケないよね?」


 リュゼは窓から外にたむろっている騎士たちを見下ろした。騎士たちは『東の塔』の周囲の草むしりやゴミ拾い、または道の整備などを行っており、まるで帰る気配はない。それどころか騎士の数が初めよりも徐々に増えていく始末。

 自分の来訪を大ごとにしたくないアーリアにとってそれは、大変溜息の出る事態だった。


「帰ってくれないかなぁ?」

「ムリじゃない?」


 アーリアの口から思わず本音が漏れだした。リュゼはモップの柄の上に手を組んでその上に顎を乗せながら呟いた。


「〜〜!リュゼ、サボってないで手を動かすっ!」

「はいはーい」


 アーリアはすこぶる機嫌が悪かった。


 埃の舞う部屋。クモの巣の貼る廊下。かび臭い廊下。眼下にたむろっている騎士の集団。そのどれもこれもがアーリアを苛立たせる要因だった。


 ー点検に来ただけなのに……っ!ー


 アーリアが休暇を取って実家とも呼べる師匠の住む街ラスティへ帰ったのが一月前ひとつきまえ。意外にも、システィナは職員に対する福利厚生がしっかりしていたようで、アーリアが仕事を休みたい旨をアルヴァンド宰相閣下に伝えてみると、あっさりと許可が下されたのだ。


 アーリアはルンルン気分で専属護衛リュゼを伴い、ラスティの街へと里帰りした。


 アーリアにはリュゼの他にも護衛がつく予定だったが、アーリア自身がそれを拒んだ。ぞろぞろと護衛騎士を引き連れて歩く若い魔導士など、目立って仕方ないではないか、と。

 国から認められたアーリアは『塔の魔女』として名が通り始めた。それは即ち、命を狙われる危機が増えたという事に他ならない。

 『北の塔』での事件のように命を狙われる可能性もあり、国の上層部がそれを危惧するのも理解できる。しかし、騎士が守る魔導士の一団など『どうぞ襲ってくれ』と言っているようなものではないか。しかも、それでは『休暇』にはならない。


 アーリアの必死の訴えにより護衛の騎士は、旅人や傭兵に身をやつして影から見守る事になった。そして、ラスティの街では『東の塔』から派遣された騎士たちがアーリアの護衛を引き継ぐ事になった。


 アーリアとリュゼとはスキル《偽装》と《擬装》とを使用して色彩を変えると旅人に紛れて移動した。

 スキルの効果はバッチリで、髪と瞳の色を変えて人混みに紛れるだけで、変に注目される事もなくスムーズに移動する事ができた。その為、二人旅は大変気楽で充実したものだった。


 無意識の内にアーリアの口から溜息が漏れ出していた。ラスティでの楽しい日々が思い出されたのだ。

 アーリアはラスティでは自宅には殆ど立ち寄らず、当たり前のように師匠の屋敷に身を寄せていた。

 長らく留守にしていたアーリアに対して師匠は勿論、兄弟子たちはアーリアを可愛がった。特に姉弟子はアーリアの身体を思い切り抱きしめ、頬ズリして、アーリアの帰りを喜んでくれた。その時アーリアは、システィナへ帰国してから初めて、『帰って来られた』と安堵の表情を浮かべる事ができた。


 そして、数日を師匠の屋敷で過ごしたある日、ダラダラと過ごすアーリアーー勿論、念願の『魔宝具』制作しながらーーに師匠はこんな事を言い出した。


『アーリア、『東の塔』の《結界》の点検に行きなさい』


 笑顔の師匠から滲み出ている威圧感オーラは炎の赤。師匠から齎された言葉は『絶対命令』。師匠の顔を見た途端顔を痙攣らせたアーリアには、『是』と言う答えしか出す事が許されなかったのは言うまでもない。


「……アーリア……アーリア!」

「……?えっ……なに? 」

「そこを動かないで!」

「へ……?」


 考え事をしながら箒を動かして埃を集めていたアーリアに、リュゼが突然緊迫した声を掛けてきた。ーーかと思うと、リュゼはモップを放り出してアーリアへと突進してきた。

 リュゼは腰のベルトに仕込んでおいた短剣ナイフを素早く抜くと、それを目にも止まらぬ速さで投げつけた。

 その動作はアーリアから見れば一瞬の出来事だった。口を開けて間抜けな呟きを発した時にはもう、リュゼの投げた短剣ナイフはアーリアの頬の横をすり抜け背後の壁へと突き立っていた。


 ーストンッー


 軽い音。壁に突き刺さる短剣ナイフ


 アーリアはリュゼに正面から抱き込まれるようにして片腕で抱きこまれた。そして、そのままリュゼの腕に攫われたかと思うと、その場から数歩分移動させられたのだ。

 軽い混乱パニックを感じつつリュゼの胸に顔を埋めたアーリアは、頭の上から聞こえるリュゼの吐息に安堵の色が混じるを待って、もたげていた顔をゆっくり上げた。


「リュゼ……?」

「もう大丈夫だよ」

「何が……?」


『居たの?』と聞く前に、リュゼの目がスッと細められたのを見て、アーリアは背中を強張らせた。ゾワリと足元から頭の先に寒気がはしる。産毛立つ肌。


「……見てみる?」


 リュゼが親指を立て、それを肩越しに自分の背後に向けた。アーリアが恐る恐る視線を上げると……


「ひゃんっ……!」


 ドキンと跳ねる心臓。アーリアは堪らず変な悲鳴を上げると同時に再びリュゼの胸に顔を埋めた。


「ハハッ!子猫ちゃん、なんて声出してるの?ーーあっ、ちょっ……引っ張らないで……!」

「〜〜〜〜!」


 ムリムリムリムリ!とリュゼの胸倉を掴みながら顔を埋め、首を振るアーリアの瞳には涙。あんなグロテスクな無脊椎動物が自分の真後ろに居たと想像するだけで身の毛がよだつ思いなのだ。動かぬ躯となったとしても、その気持ち悪さは何ら変わらない。


「もう、大丈夫だからさ……」


 リュゼは自分に縋り付いてくるアーリアを『役得!』とばかりに抱きしめた。震えるアーリアの背を何度も撫で、頭からすっぽりと抱きしめながら、アーリアの柔らかな髪にそっと唇を押しあてた。


「大丈夫だよ。アーリアの事は僕が守るから」


 リュゼはアーリアの温もりを直に感じて、胸の中がジンワリと暖かくなっていく。


 己のあるじを守る喜びを。

 己の愛しい者を守る喜びを。


「……だからさ。どんな時でも僕を頼ってよ?」


 ー君は僕の唯一。僕の愛しい人なのだからー




お読み頂きまして、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価など、大変嬉しいです!ありがとうございます!


東の塔の騎士団編『魔女姫の苦悩』をお送りしました。

予想の展開ではありますが、目立ちたくないアーリアにとって、とても歓迎すべき事態ではありません。それもこれもアーリアがウッカリ窓を全開にした所為なのですが……。アーリアのマヌケっぷりはまだまだ健在です。


次話も是非ご覧ください!

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