塔の騎士団2
※東の塔の騎士団編※
※(青年騎士視点)
馬を早駆けしアルカードへ。東の関所をくぐり抜け、俺たちは壁内にある『塔の騎士団』の駐屯所へと向かった。逸る気持ちを抑えて、先輩の背を追い駐屯所へ。脇の馬小屋で馬を繋ぐと足早に駐屯所の門をくぐった。
駐屯所といってと貴族の屋敷以上の大きさがあり、騎士寮や鍛錬場などが併設されているのでかなりの広さがある。『東の塔』専属の騎士団ーー『東の塔の騎士団』の騎士団員は総勢500名、連隊の体をとっている。隊長格1名、副隊長格2名で、平時中の今は日勤、夜勤の二交代制だ。だから約半数は寮で就寝中という訳だ。
俺たちが礼儀もへったくれもなく駐屯所の扉をくぐったので、背後から警備担当にどやされたが、それにも生返事で叱責の殆どを無視した。今はそれどころじゃないんだ。
ーバンッー
派手な音を立てて開かれた扉。いや、力任せに開いたのは俺だ。
「ーーなんだ!騒々しい!」
やはり叱責が一番に飛んできた。
「申し訳ございませんッ。失礼します!」
「緊急の要件がありまして、急遽参上しました!」
血相を変えて騎士団の団長室に飛び込んだ俺たちの様子に、団長は厳しい顔を更に蹙めた。眉間のシワがこれ程ないくらい深く刻まれている。
赤い髪に金の瞳、褐色肌にガタイの良い体躯。40代と聞くが、鍛えられた肉体と姿勢から、もっと若く見える。出自は侯爵家であるが早くに騎士として大成し、妻帯せずに生涯をシスティナ王家に捧げている豪傑。それが俺たちの団長ルーデルス・ハル・ワークだ。
「どうした?『東の塔』に異変でも起きたか?」
「お前たちの今日の任務は『東の塔』の監察と周辺探査でしたね?」
ルーデルス隊長の言葉に続き、隣室から現れた副団長が俺たち二人の顔を見て言葉をかけてきた。アーネスト副団長は騎士団全体のーーそれこそ騎士一人ひとりの活動を『全て』を網羅している化け物だ。騎士にしては細身の体躯だが、銀フレームの眼鏡の奥から知的で得体も知れない雰囲気が醸し出されている。俺はいつも、ルーデルス団長よりもアーネスト副団長に視線を向けられる方が緊張してしまう。
「ハイ!私たち第二小隊は本日、『東の塔』の周辺警備並びに探査が任務であります!」
先輩が緊張した面持ちで敬礼している。俺もそれに倣った。
「それで、一体何があった?礼を失してまで参上した理由を簡潔に述べよ」
ルーデルス団長の鋭い視線に俺はゴクリと唾を鳴らした。
ー前言撤回!やっぱり団長も怖ぇ!ー
「『東の塔』の窓が開いております!」
ルーデルス団長とアーネスト副団長から齎される威圧に負けじと俺は叫んだ。しかし、俺の言葉を聞いたルーデルス団長とアーネスト副団長は暫く間を置いた後、マヌケとも呼べる声を上げたのだ。
「「……は?」」
沈黙が部屋の中に流れていく。
「ですから、『東の塔』の窓が開いております!チラリとですが、塔の中に人影も確認しました!」
俺に続き先輩の補足説明を聞いたルーデルス団長が持っていた書類をバサバサッと床へ落とした。
「ーー何ィ⁉︎ それは本当か⁉︎ 」
「ーーそれは本当なのですか⁉︎ 」
「ハイ!二人で『塔』の周辺を探査しましたが、最上階並びに上階部のいくつかの窓が開いているのを確認しました!」
ルーデルス団長とアーネスト副団長は「ハァ?」と同時に声を上げると眉を潜め、怪訝な表情で俺たちの報告を疑ってくる。
それも仕方ない事だろう。俺が赴任してから約二年。『東の塔』に《結界》が張られてからは約三年。その間、一度も『東の塔』の扉はおろか、窓も開いた事がないのだ。俺たち『東の塔』の専属騎士団も、小隊を組んで毎日、『塔』周辺を見回っているが、『窓が開いていた』という報告は受けた事がない。
何せ、あの『東の塔』は『開かずの塔』なのだから。
「そ、それが本当だとすると……」
「ええ。誰かが『東の塔』の封を開けて入ったーーいえ、入っているという事になりますね?」
『誰か』というフレーズに俺は喉を鳴らした。『開かずの塔』を開ける事のできる人物など限られているではないか。
「じゃあ、やっぱり魔女姫サマが……⁉︎ 」
興奮して言葉を抑えきれなかった俺の脳天を、ルーデルス団長が軽く叩いた。
「コラッ!誰が『魔女姫』か⁉︎ 失礼な事を申すな!そのような渾名、誰に吹き込まれた?あぁ、ミシェルの小僧かッ!」
「『東の塔の魔女』様の名を前回の会議で共有したではないですか?」
俺はルーデルス団長とアーネスト副団長の叱責ーーいや威圧を受けて、条件反射で敬礼した。
「失礼しました!『アーリア』様ですね?」
ルーデルス団長とアーネスト副団長から叱責を受けた俺だが、反省という言葉は頭からスコーンとなく、口元に浮かぶ笑みを消す事などできなかった。何せ、待ちに待った俺の主が『東の塔』にお越しくださったのかも知れないのだ。
「まだ『塔』に居るのがアーリア様とは限らんが……」
「急ぎ、確認せねばなりませんね?」
アーネスト副団長の言葉にルーデルス団長は硬い表情で頷いた。
『東の塔』にアーリア様がいらっしゃる場合は喜ばしい事だ。しかしアーリア様ではなく全く別人ーーそれこそ賊が入り込んでいた場合は、『東の塔』を守る為に退治せねばならない。『東の塔』の《結界》が破られるような事があれば、それこそ一大事なのだから。
だとすると、何にしても一度、直接『塔』に赴いて調査する必要があるだろう。
ルーデルス団長の指示を受けて、アーネスト副団長は各所に指令を飛ばし始めた。
予定していた会議を中止し、ルーデルス団長とアーネスト副団長は駐屯所に残っていた第一、第三小隊を伴い、調査確認の為に『東の塔』へと赴く事になったのだ。
勿論、俺と先輩も同行した。第一発見者はは俺たち二人なのだ。ここで置いてけぼりを喰らわなくて本当に良かった。そう俺はホッと胸を撫で下ろした。
「ーーセイ。お前、本当に嬉しそうだな?」
「嬉しいですよー!だって、本物の魔女姫サマに会えるんですから。先輩こそどうなんですか?嬉しくないんですか?」
俺は馬に乗りながら満面の笑みを先輩に向けると、いつも生真面目な表情の先輩の口元にも笑みが溢れた。
「嬉しいに決まってる。俺はこの時を三年も待ったんだからな」
先輩は『東の塔』に使命に囚われず無償で《結界》を施した魔女姫サマを尊敬している。その話を俺は先輩から耳がタコになるほど何度も聞いていたんだ。そんな先輩が『東の塔の魔女』が『東の塔』にお越し下さったかも知れないと知って、喜ばないワケがないんだ。
当時の『東の塔の魔女』様の戦死の報告を受け、次に派遣する魔導士選抜に国の上層部が荒れた事を、俺たち騎士団員は皆んな知っている。戦争真っ只中の危険な地ーー軍事境界線の街アルカード、それも敵軍から一番に狙われる『東の塔』に行きたがる魔導士は誰もいなかったという。『塔』に《結界》を張り、維持できる程の力のある高位魔導士が国から派遣されて来ず、戦争の中で騎士も魔導士も兵士も……日に日に数を減らし、ライザタニア軍との戦いは膠着状況を維持する事で手一杯だったと聞く。
そんな最中、一夜にしてライザタニア軍を退ける《結界》を形成した魔導士。それが今代の『東の塔の魔女』様だ。
アーリア様は国から派遣された魔導士ではなく、個人の意思で国の未来を憂いて《結界》を施されたのだという。
ーそんなん、先輩から見たら女神サマだよなぁ……ー
《結界》はライザタニア軍を撤退に追い込み、それ以降、侵攻の全てを阻んでいる。
孤高の魔導士。慈愛の魔女。白き髪の魔女。……様々な呼び名がある。そのどれもが『東の塔の魔女』に尊敬の念を込めてつけられたものだ。
「お越しになったのがアーリア様だと良いですね?」
「……本当にな」
心持ち軽やかな鞭さばきで先輩は馬を走らせた。俺はそんな先輩の背中を見て、ほくそ笑んだ。
※※※※※※※※※※
『塔』を取り囲む石の柵、その外側の門ーー正門から見える『塔』の扉はさすがに閉まっていた。しかし……
「開いているな……」
「開いていますね……」
最上階に位置するバルコニーの大扉はやはり開け放たれていた。
ルーデルス団長たちの言葉には『本当だったのか?』、『情報は嘘じゃなかった⁉︎』などと言った響きがあった。俺たちからの報告を疑っていた訳ではないだろうが、俄に信じられはしなかったのだろう。隊長の気持ちはよーく分かる。俺がもし他の騎士から同じ報告を受けたとしても素直に信じられないだろう。きっと第一声は『嘘つけ!』だ。
『東の塔』へと馬をかけて来た騎士団員たちは、皆、怪訝な表情で上空をーー『塔』の最上階を見上げている。皆、一様に口をポカーンと開けたアホヅラだ。とても屈強でステキな騎士集団には見えない。何せ、普段から冷静沈着なアーネスト副団長ですら、困惑からなのかズレてもいない眼鏡を直している始末なのだから。
賊の侵入を想定し、騎士たちはフル装備仕様だ。二十人強の騎士たちが馬で駆けて来たにも関わらず、辺りはシンと静まり返っていて、『東の塔』の中の気配はまるで動かなかった。ここまでハイテンションで駆けて来た自分たちが、少し恥ずかしいくらいだった。
「第三小隊は『塔』周囲に展開。第一小隊は『塔』内部の索敵……」
ルーデルス団長が騎士たちに指示を出そうとした時、空気が揺れた。正門を中心に展開しようとしていた騎士たちはその動きを止めて、一斉に身構えたのが分かった。ルーデルス団長はその腰に履いた長剣の柄に手をかけ、警戒心を露にした。その時……
ーギィィィィー
『東の塔』内部に繋がる表の扉。その扉が重い音を立てて外側へと開かれ、奥から一人の青年が現れたのだ。
白い頭巾に白いマスク。腰には黒いエプロン。手にはモップが握られている。
口元を覆うマスクによって表情は分からないが、身に纏う雰囲気は非常〜に軽い。年齢も随分、若いのではないだろうか。
「え〜、なになに?こんな大勢で押し掛けちゃってさ。ココに何かご用でも?」
感じた雰囲気同様にーーいやそれ以上に軽い調子の声音で、青年は俺たちに声をかけてきた。青年の質問に対して、ルーデルス団長は「あ〜〜……」と間延びした声を上げてから、なんと質問に質問で返した。どうやらこの青年の登場にかなーり動揺しているようだ。
「貴殿が魔女ーー」
「ーーンなワケないじゃん。僕が魔女に見える?」
「魔女殿でなければそこで何を……?」
「このカッコ見て分かんないかな?掃除だよ掃除。三年もほっとくと、中がカビ臭いのなんのって。初めは点検だけして帰るつもりだったんだけどさ。これ見たら彼女もさすがに帰るに帰れなくなったみたいなんだよね〜〜」
「近所のオバチャンに掃除用具借りたからバレたのかな?」と青年は頬をぽりぽり掻きながら小さく呟いた。『いや、窓が開いてたからですよ』とはその時、誰も答えられなかった。
「掃除?『塔』の中を……?ーーッ⁉︎」
金属で作られた柵に手を掛け、押し開こうとしたルーデルス団長の手が突如、パチンッという乾いた音と小さな火花を発して弾かれた。
「ーー⁉︎」
ルーデルス団長は身体を大きく仰け反らせ、二、三歩たたらを踏んで正門から後退った。
屈強な騎士代表のルーデルス団長が身体ごと退避せざるを得なかったその状況に、俺を含め騎士たちは驚きを隠せずにいた。
「今のは……⁉︎」
「『塔』の守りが消えた訳ではないのですか⁉︎」
ルーデルス団長に続き、アーネスト副団長までも声を荒げた。それに答えたのはモップの柄に顎を乗せ、小さく眉を潜めた青年だった。
「あ〜〜君たちは入れないよ。ココは『開かずの塔』だから」
青年は正門の横に貼り付けてある『関係者以外立入禁止』の張り紙にくいっと親指で指差した。
「ーーならば何故、貴殿は『塔』の中に入れているのだ?」
「僕はトクベツさ。入る事が出来るのは彼女が許した者ダケだそうだから」
「彼女とはやはり……貴殿は?」
「僕?僕は彼女の護衛だよ」
『彼女』の『護衛』という青年。どう見ても只者ではい青年ーー多分、その身のこなしと雰囲気から騎士だろうーーからの護衛を受ける『彼女』とはつまり、俺の、いや俺たちの主なのだろうか。
青年の言葉に俺たち騎士の胸に、淡い期待と興奮が湧き上がった。
ルーデルス隊長が再び口を開き、青年に問いを投げかけようとしたその時、青年の背後に小さな気配が生まれた。
「リュゼ〜〜!こっち来て〜〜」
青年を呼んでいるのだろう。鈴のように軽やかで繊細な声音だ。若い女性の声に思える。俺の視線は青年を通り越してその背後に向けられた。
「あ、彼女が呼んでるから……」
青年はこちらに軽く手を振ると身を翻した。それに焦ったのは俺だけじゃなかった。
「ちょっと待てーーいや、待ってください!」
ルーデルス団長はそのガタイと普段の態度からは想像できぬ程の低姿勢で、『東の塔』の扉の奥へと向かおうとしていた青年を呼び止めた。
「ーー何?僕、呼ばれてるんだけど」
「中におられるのは、本当に東の魔女殿なのでしょうか?」
「そーだよ。この期に及んでウソついても何の意味もないでしょ?この『塔』に入れちゃってるんだから」
怪訝な態度を隠しもせず青年は溜息を吐いた。どうやら俺たちの来訪を喜んではいないようだ。予想外だったのかも知れない。明らかに嫌そうに眉間にシワを寄せると、モップの柄でトントンと肩を叩いた。
「もー!リュゼ、何してるの?このままじゃ、夕方までに終わらないよ〜」
騎士と青年。お互いの空気がピリついた時、突然、ヒョッコリと小さな頭が現れた。青年の背後から白く長い髪を揺らした小柄な少女が現れたのだ。
「あらま。来ちゃったの?」
「ーーえ⁉︎ 誰⁉︎ お客様? ウソぉ?」
雪のように白く美しい髪。虹のように輝く不思議な双玉。彫刻のような陽に透ける肌。妖精のように整った容姿。
ー白き髪の魔女ー
俺の頭にその言葉がはっきりと過ぎった。
システィナ国の四柱、その一つ『東の塔』を守護する管理者。《結界》の専門家。大魔導士。救世の魔女。
夢にまで見た俺のーー俺たちの主がそこに居たのだ。しかし……
「「「…………」」」
そこに居た美少女の姿は、俺たちの想像する魔女ではなかった。いや、大変華麗な少女ではあるのだけど……
フリルのついた真っ白いエプロンに藁の箒。
古代の魔女は箒にまたがり空を飛んだという。だけど、この魔女の姿はまるで新婚ホヤホヤの新妻のようだ。できることなら『お帰りなさい、アナタ』と言うフレーズをお願いしたい。
「新婚さんごっこっスか?」
思わずポロリと溢れた俺の言葉に対して即、ルーデルス隊長とアーネスト副団長の鉄拳が脳天に突き刺さったのは言うまでもない。
ーいや、でも俺以外にも絶対、同じ事思った騎士いるよね⁉︎ー
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東の塔の騎士団編『塔の騎士団2』をお送りしました。
若手騎士視点です。セイは大変自分の感情に素直な騎士のようです。先輩騎士の苦労が偲ばれます。
《リュゼ発案のコーディネート》
初々しい新妻をイメージしたフリル付きエプロンと箒。
※因みにリュゼの黒のエプロンはギャルソン風です。近所のオバチャンはリュゼの意図を汲んで、掃除道具と共にエプロンを貸してくれた模様です。
次話も是非ご覧ください!