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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と塔の騎士団
192/491

塔の騎士団1

※東の塔の騎士団編※

 ※(青年騎士視点)


 その日の朝はいつも通りの日課からスタートした。


 時間通りに出勤し、勤務に従事し、定期に退勤する。ただそれだけの至って平凡な日常の繰り返し。朝までは今日もその延長だと思っていた。


 東の街アルカードは軍事都市だ。それはすぐ側に隣国ライザタニアとの国境を有するからだ。その為、常駐する騎士、兵士、術士の総数はシスティナ国でも二番目の規模がある。また、システィナ国の東西南北に一箇所ずつ築かれた『塔』の一つ、『東の塔』を有する、軍事の要とも呼べる重要拠点だ。

 ライザタニアは約3年前にシスティナ国へ軍事行動を起こした。所謂、前哨戦や前振りなしの先制攻撃だった。

 当時、軍事境界線を守る砦の殆どが瞬く間に落とされ、システィナ内部に入り込んだライザタニアの勢力は『東の塔』を落としにかかった。『東の塔』に常駐する『東の塔の魔女』と呼ばれる高位魔導士は《結界》を築き、敵の攻撃を防いでいた。しかし、ライザタニアの侵攻は激化を極め、攻防の最中、『東の塔』を守る魔導士が戦死。ライザタニア軍はアルカードを血の戦場に変えるべく侵攻したその時、現『東の塔の魔女』が《結界》を形成し、敵軍を国外へと押し出したのだ。

 その結果、ライザタニア国軍は再度システィナ国との国境を越えることができず、今現在まで、《結界》は今もシスティナ国民の守護となっている。


 その《結界》の仕組みは俺なんか騎士には一つも分からないけれど、どうやら敵意がある者とない者とを判別する事ができるようなのだ。また、システィナ国民とそうでない者を選別しているのではないかとか、眉唾な情報も出回っているがどの情報も定かじゃない。何故なら、それを説明できる者が『東の塔』には居ないからだ。


 ー『東の塔の魔女』の不在ー


 東西南北にある『塔』には、一人ずつ高位魔導士が常駐している。それは国境を守る『塔』を中心に《結界》を張り、維持する為だ。だが、この『東の塔』には《結界》が張られているものの、もう2年半もの間、当の魔導士が不在だ。


 その為、アルカードに常駐する『東の塔』と『塔の魔女』を守る専属の騎士団は開店休業状態。

 守るべきあるじの不在。しかも守るべき『塔』には誰も立ち入る事ができない、ときた。

 『塔』の扉には固く施錠がなされていて、約2年半もの間、誰一人もその侵入も許していない。扉の前にはご丁寧にも『関係者以外立入禁止』の張り紙までしてあるのだ。


「どーやってこんなモン維持しているんだか……」


 俺は馬上から森の向こうにある『塔』を見上げた。『東の塔』は太陽の光を浴びて、その三角屋根の青瓦がキラキラと光っている。また目をよく懲らせば、『東の塔』から南北に向かって薄い膜状の網が空気に溶けて広がっているのが見える。


「《結界》異常なし、と」


 俺は『塔』を守護する騎士団の一員ーー騎士だ。

 システィナの東西南北、四つの『塔』を守護する騎士団を『塔の騎士団』と言う。ここ『東の塔』にある騎士団は『東の塔の騎士団』と言い、名称が長いのでアルカードでは『塔の騎士団』や単に『騎士団』と呼ばれる事の方が多い。『塔の騎士団』は王宮を守護する『近衛騎士団』に次いで名誉ある職だ。実力も忠誠心も折り紙付きの騎士、しかもペーパーテストに面接まで合格クリアしないと成れないエリート職なのだ。

 しかし、最近じゃ市民から給料泥棒だと言われる事が増えた。平和ボケしたその言われ方が気に食わないが、正直、仕方ないんじゃないかと思う。俺たちは毎日、仕えるべきあるじの居ない『東の塔』を見守っているだけなのだから。

 だからという訳でもないが、俺たち塔の騎士団員は『東の塔』の周辺から《結界》の状態確認やアルカードから『塔』までの道路整備、関連施設の掃除くらいしかできず、後はひたすら鍛錬に明け暮れる毎日を過ごしている。


 ーあぁ、実に平和だー


 俺は知らず溜息を吐いていたらしい。並走する先輩騎士が見兼ねて声を掛けてきた。


「どうした?えらく元気がないじゃないか?」

「いえ、平和だなぁって……」

「平和なのは良い事ではないか。俺は暇な方が戦争しているよりずっと良いと思っている」


 先輩は約3年前のライザタニア国軍との戦争に、『塔の騎士団』の一員として従事していたらしい。

 あの当時、『東の塔の魔女』をーーあるじを守り切れず死なせてしまった『塔の騎士団』は、世間から相当責められたという。それでも、ライザタニア国軍による侵攻を、軍事都市アルカードより内に進軍させぬように防いだのも騎士団員たちだと聞いた。だから俺は、彼ら敗残の騎士ーー先輩騎士たちの評価がもう少し高くても良いと思っている。

 戦争休戦後、自責の念から騎士職を辞した者がいる中で、今度こそは『東の塔の魔女』を命を懸けて守護するのだ、という誓いを立て、『塔の騎士団』に残った騎士たちがいる。先輩もその一人だ。


「まぁ、そーなんですけど。でも、最近じゃ、飲み屋でもおちょくられるんですよ、俺ら。あーあ、任期の間に一度くらい魔女姫サマの護衛がしたいですよ〜〜!」


 『魔女姫』とは、まだ見ぬ俺たちの『東の塔の魔女』の俗称ーー渾名あだなだ。

 これまで秘匿されてきた『東の塔の魔女』の正体が、何故か今年に入って徐々に解禁され始めた。最近になって齎された情報によると、その魔女姫は『アーリア』と言う名のうら若き少女だという。

 それまで『白き髪の魔女』としか情報がなかったので、アルカード界隈ではその髪色情報ウワサから白髪の老婦人ばーさまだという説が有力だった。先代の魔女様がご年配だっただけに、誰もがその説を推していたのだ。

 それがここに来て、『うら若き美少女(妄想)』説というのが急浮上してきたのだ。


 騎士にとって美少女(希望)を己の腕で守るシチュエーションは、実に熱く萌えるーーじゃなかった燃える展開だ。


 騎士になった男の大半は、若い頃から体力に自信のある貴族の三男坊が多い。長男は官僚に、次男は家の家督を、三男は騎士へ……というのが、システィナの低位貴族のお決まりパターンだからだ。家を継ぐ必要のない三男以下は、自分で家を興して行かねばならない。その為、手っ取り早く手柄が挙げられる騎士団入隊を目指す者が多い。現に俺も男爵家の三男。

 そんな騎士オトコの夢見るシチュエーションこそ、『向かい来る敵から美少女を守る』展開!!くぅぅ!なんて萌える展開!これは譲れないね!

 そして今まさに、その夢が叶うかも知れないのだという。萌えるだろう?騎士オトコなら!


 ーーというのを力説してみれば、何故か先輩は若干引いていた。


「ハハハ!俺も若い頃は憧れたよ、そのシチュエーション」

「なに涸れたコト言って。先輩、まだ十分、若いじゃないですか?確か……」

「俺は今年で29。侯爵家の穀潰しさ」

「先輩、若く見えますよね!」

「褒めてるのか?ソレ」

「勿論ですよー。あぁ〜〜ホントに会ってみたいですよね〜〜魔女姫サマに」


 妄想を膨らませながら呟く俺に、先輩は半眼になっている。


「お前、仮にも我らのあるじに向かって『魔女姫』は……」

「えーー!だって、先輩も聞いたでしょう?あの噂」

「どの噂だ?」

「我らが姫が北の帝国に囚われた末、魔術行使して無双したってやつ!」

「あ〜〜マユツバだな、それは」

「大峡谷の青竜を一撃必殺したっていうのは?」

「そっちの方が可能性はあるな。何せ我らのまだ見ぬあるじ殿は、等級9の高位魔導士様らしいからな」


 『東の塔の魔女』アーリア様の噂は色々ある。特に有力なのが、有名な魔導士に師事する位の高いの魔導士であるというものだ。白い髪は生まれつきのものであるらしい。老婦人ばーさまなどと言われていると知れば、傷つかれるかも知れない。お会いできたら素直に謝ろうと思う。

 最近ではエステル帝国に捕らえられたという噂や、エステル帝国の皇太子に見初められたっていう噂まであるが、はっきり言って嘘くさい。


「兎に角!すんげー魔導士であるって事は確かだから、どこからか『魔女姫』って呼ばれ始めたらしいんですよ!ーーあ、コレ。この間、帝都の夜会に出席したっていうミシェルの兄からの情報なんですけどね〜」


 少し前に催された帝都の夜会では、国王夫妻の養女アリア姫のお目見えがあったそうだ。アリア姫とは前々代国王の娘だそうで、王族の末席にはあったそうだが、この度、国王夫妻が引き取り養女となさったそうだ。大方、他国との取引やら人質やらで政略結婚の道具にされるのだろう。

 王侯貴族なんてモンは、自由恋愛なんてさせちゃ頂けない。それが許されるのは平民だけだ。だから俺は、その姫の境遇に何か特別な感情を向ける事はない。思ったとしても『大変ですね、頑張ってください。』程度だ。


「お前の言い分は分かったが……あまり変な噂に振り回されてくれるなよ?」

「え〜〜⁉︎ 夢見るくらいなら良いじゃないですかぁ?」

「夢も程々にしておかんと、夢が崩れた時が辛いんじゃないか?『アーリア様をお守りしたい』程度にしとけ。アーリア様が未だ、『東の塔』にお出ましにならないとはいえ、仮にも俺たちのあるじなのだから」

「分かってますって!」

「本当に分かっているんだか……」


 先輩は俺の言葉が信じられないのか、眉間に皺を寄せ、頭を振っている。自称29歳の先輩は黒髪黒目の童顔だ。根っからの苦労性なのか、俺みたいな後輩の指導係に任命されている。

 先輩には注意されたが、俺だって自ら『塔の騎士団』に志願した騎士だ。『塔の騎士団』に選ばれただけの実力と国への忠誠心は持ち合わせている。そうでもなきゃ今頃、王都で安全な内勤でもしているさ。現在いまは平和だといっても、アルカードはシスティナでも一二を争う危険な地域。その『東の塔の騎士団』に所属している誇りと自負が俺にもある。

 まだ見ぬ『塔の魔女』が美少女であろうとなかろうと、今、この国の平和を守っている魔導士様には一方ならぬ尊敬の念を持っているのだ。例え魔女姫サマが老婦人であろうが熟女であろうが幼女であろうが……どんなお方でも命に代えてお守りするのが騎士の使命。その気持ちに偽りはない、と思う。ただ……


 ー夢を持ちたいダケなんだよねぇー


「南の街に出張していた騎士たちも一旦引き上げて来るそうだ」


 色んな妄想を繰り広げていた俺を現実に引き戻したのは、先輩の一言だった。


「へぇ……?そりゃ何故です?」

「何だお前、知らないのか?彼らは魔女様の護衛する為にラスティへと赴いたんだが、どうしてか魔女様と行き違いになったらしい」

「……。随分と間抜けな話じゃないですか?ソレ」

「俺もそう思う」


 南の街に出張でばってた連中は、アーリア殿の護衛ができると自慢げに言っていたくせに、早くも任務失敗したようだ。ザマーミロ!……とは思っちゃいけないか。真剣勝負ジャンケンに負けて護衛の座を譲っただけに、どうも俺はこの件に関して卑屈になってしまうみたいだ。


「じゃあ、魔女姫サマは今は何処にいるんですかね?」

「分からん」

「うわ〜〜。また王宮からオコゴト貰いますよ?ウチの騎士団」

「頭の痛い話だな」


 ーどうやったら行き違いになんてなるんだ?ー


 相手は高位だろうと只の魔導士。これは俺の偏見だけど、魔導士は騎士とは違って運動能力より知力に特化した人種だと思っている。単純にいえば運動神経はあんまナイと思ってるってこと。多分、馬などには乗れまい。とすると、移動手段は徒歩か馬車だ。しかも魔女姫サマは白い髪っていう目立つ特徴を持ってる。そんな魔女姫サマをどうやって見失うというのだろうか。


 ー仮にも俺たち『東の塔の騎士団』は選ばれし騎士なんだけど……?ー


「各班長には午後から召集がかかっている。上から更に詳しい話が降りてくるのではないか?」

「魔女姫サマの情報ですね⁈ 楽しみだなぁ……!」

「……。お前くらいポジティブだと、毎日が楽しいだろうなぁ?」

「俺は毎日楽しく過ごしてますよ?そして毎日夢見てます!」

「ハハハ!任期の間に一度でもアーリア様が来てくださるといいなぁ?」


 先輩は外套の中から出した手で手綱を取り、鞭を振るった。真冬の寒さからは脱したとはいえ、まだまだ外套が必要な季節なのだ。先輩は馬の手綱を引いて小道に入っていく。俺も馬を誘導して先輩の後に続く。

『東の塔』周辺探索は騎士団のルーティンワークの一つだ。決められたルートを班ごとに巡る。ルートの多くは『塔』を中心とした国境付近の探索だ。班によっては国境の砦まで行く騎士もいる。


 森の向こうに『東の塔』が見える。俺たちの班は『東の塔』の周辺探索が今日の任務だった。


『東の塔』は中央の一番高い『塔』を中心に、大小様々な施設が重なり合って造られた複合建造物だ。その中には『東の塔の魔女』様、つまり『塔』の管理者の宿舎や騎士団員専用の施設などもあるが、今はどの建物も閉鎖されている。だが、いつ魔女姫が戻って来られても良いように、周囲の整備する事は騎士団に課せられた仕事の一つだ。特に人の手の入らぬ東の森は、野生動物や魔物が入り込むので、適度に狩っておかねばならなかった。


 ーバサ、バサバサバサ……ー


「ーーん?」


『塔』へと続く街道を行けば、上空を数羽の鳥が慌てたように飛びあがった。

 鳥類は魔物や大型獣など、身近な危険に敏感な生き物だ。

 俺は何か出たのではないかと辺りに首を巡らせた。隣を行く先輩も、俺と同じ結論に達したのだろう。外套を翻し、長剣の柄に手を添えている。


「気のせい、か?」

「気配は……ないですね?」

「ああ。だが、おかしいな……?空気が揺れたように感じたのだが……」


 俺も先輩の言葉に同意した。

 どんな風に空気が揺れたのか説明しろと言われても困るが、肌に触れる空気がなんとなく緊張感を帯びたような感じがしたのだ。


 ーーとその時、俺の目に信じられないモノが写り込んだ。


「あ、アレ?う、ウソ?まさか……」


 俺は目線の先に信じられない光景を目にして、声にならない声を上げた。


「セイ、どうした?」

「先輩、アレ……」


 俺の指差した先には『東の塔』がある。先輩は俺の指の先を追って、やっと俺の視線の先を見つけた。


「ーー⁉︎ まさ、か……開いてる……⁉︎」


 やっぱりアレは幻や見間違いじゃないみたいだ。先輩にも自分と同じ光景が見えているようで、俺は安堵した。俺はソレを見た瞬間、自分の願望が作り出した幻の風景かと思ったのだ。


「『東の塔』の窓が、開いてる⁉︎」


 俺は我が目を疑いながら『塔』の最上階部分を見上げた。そこには大きなガラス窓がはまっていて、見取図によればあの辺りはバルコニーになっている筈だ。そのバルコニーに繋がる大きなガラス扉が内側から外側へと大きく開かれているのだ。


 そして見間違いでなければ、一瞬その扉から、白い髪をたなびかせる人影が見えた。





お読み頂きまして、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価など、大変嬉しく思います!ありがとうございます!


東の塔の騎士団編『塔の騎士団1』をお送りしました!

アーリアが約二年半もの間、ほったらかしにした『東の塔の騎士団』。彼らはアーリアが居ない間も『塔』を見守り、アルカードを守護していました。

ルーティンワークの日々を過ごす毎日でしたが、その日、若手騎士と先輩騎士の二人は、開かずの『東の塔』の窓ーー何処ぞのマヌケ魔女が開けた窓ーーが開いているのを見つけてしまう。


さて、どうなるのでしょうか?


次話も是非ご覧ください!





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