意外な?刺客 4
同じ種族のケモノなのに、どうしてこれほど雰囲気が違うのか?
二人の獣は少し距離を置いて向かい合うように地面に腰を下ろしている。
三毛猫風の獣人はその大きな瞳をニンマリ細めている。そして何故かにっこり笑顔。
獅子の獣人は輝く瞳を猛獣のように煌めかせている。口元には牙が覗く。
鬣をフサフサたなびかせている獅子と大きな目を細めて今にも毛繕いしそうな猫。元は同じ種族だろうに漂う雰囲気は全く似ていない。
アーリアは2人を眺めながら不謹慎にも、猫の喉をゴロゴロさせるまで撫でたいし、獅子の鬣に顔を埋めてモフモフしたいと思った。今はそんな個人的感情に任せて動く訳にはいけないのは分かるが、アーリアも年頃の娘さんらしく可愛いモノが好きだった。
『ジークさんすみません。もう大丈夫です』
自力では立てないほどの激しい目眩も収まり、アーリアは身体を預けていたジークフリードの膝から降りようとしたが、ジークフリードの腕に阻まれて、降りることは叶わなかった。
『…………』
もう少しこのままでいろ、という事だろうか?アーリアはすぐに諦めて、ジークフリードにそのまま身体を預けた。
「……なーんか執着がキツそう。粘着質なオトコは嫌われるよ?」
「〜〜うるさい!貴様は結局、何しに来たんだ?」
「え?だから、先行偵察だって」
「それは昨晩も聞いた。では幾度も襲撃する理由は?何故、我々の行く手が易々と分かる?」
「分かってると思うけど、俺にも《隷属》がかかってんの!先行偵察中に子猫ちゃんを見つけちゃったら『捕まえ』なきゃならないでしょ?」
アーリアを蚊帳の外にして獣人二人の言い争いになった。アーリアの言葉はジークフリードにしか伝わらないので、この二人の会話にはなかなか入り込めない。
「……なら何故、昨日はアーリアを捕まえたのに何もせずそのまま帰った?」
「『捕まえた』からだよ。子猫ちゃんを一度捕まえたでしょ?それで、あの《隷属》が誤魔化されたんだよ」
「……どういう事だ?」
「禁呪って言っても魔術の一つに過ぎないでしょ?僕はあの《隷属》の呪文の構成を聞いて、ある事に気づいちゃったんだね〜これが」
『……!ーーー!?』
アーリアは猫の獣人の言葉の意味することが分かり、ジークフリードの腕の中からバタバタと手を振った。
「子猫ちゃんにも分かったみたいだね?そう、アイツは子猫ちゃんのことを『生かして捕獲せよ』『俺の前に連れて来い』って言ったんだ。だからその言葉の範疇で、その行動にだいたい忠実であれば《禁呪》は無理矢理発動しない、はず!」
猫の獣人が目の前で人差し指を立て、その指を振りながら説明した。
「……じゃあ何故、今日は禁呪が発動したんだ?」
ジークフリードの言葉に猫の獣人はがっくり項垂れる。
「そーなんだよねー?僕の仮説は正しいはずだったんだけど……。現に昨日はうまくいったし……」
その言葉にアーリアはまたバタバタと手を動かして空を指差した。正確には空に輝く太陽を。
『太陽です!太陽が出ている時間か出ていない時間かが、術の鍵なんじゃないですか?』
「え?子猫ちゃんは何て言ってるの?」
「……太陽が出ている時間か出ていない時間かが、術の鍵なのでは、と」
「あ……!なーるほど!」
「何が『なるほど』なんだ……?」
ジークフリードは猫の獣人ではなく、アーリアの顔を除き込んで聞いてきた。
『ジークフリードさんたちは《禁呪》により呪いを受けて、太陽が出ている時間帯に獣人となっているでしょう?逆に、月の出ている時間帯には人間に戻る。つまりは、太陽の出ている時間帯だけその効力を発しているんです』
「それで?」
『これは私の憶測でしかないんですが、あの男が使った禁呪全般が《太陽》の魔力を源にして構成してあるのではないのかな?その仮説が正しければ、太陽の出ていない時間帯ーーつまり月の出ている時間帯は《禁呪》の効力も薄い。って事になりますよね、きっと』
「そうなる、のか……?」
『だから、禁呪《隷属》も獣人化の呪いと同じように、太陽の出ている時間帯は効力が強く、出ていない時間帯は効力が弱くなるんじゃないのかな?』
アーリアの言葉をジークフリードが猫の獣人へと伝えながら推理をまとめた。
「あーだからか〜。昨日、子猫ちゃんを捕まえたのが夜だったから《隷属》の効力が弱くて逃れられたのかな?逆に今日は真昼間だったから効力がバンバンに強かった、みたいな?」
猫の獣人の言葉にアーリアはこっくりと頷いた。アーリアと猫の獣人は納得の表情を浮かべている。彼も魔術の基礎を持っているのだろう。話の筋があっさり通っていく。逆に魔術の素養がないジークフリードは一人取り残された状況に、少し憮然としている。
「で、それはそれとして……。貴様は何故、我々の行く道が分かったんだ?」
「えーーー!?こんなに重要なコトが解ったのにそのリアクションの薄さ!ないわ〜〜」
「これだから脳筋の騎士職は!」と猫の獣人がブツブツ怒っている。猫の獣人がアーリアを見て同意を求めて来たが、ジークフリードの手間、非常〜に頷きにくい。
「……で?」
「はいはいはいはい。君たちの行く道が分かったのは、ただのカンだよ」
「カン?」
「ああ。僕は子猫ちゃんを見つけたくなかった。だから、みんなが一番行きたがらくて『そんなとこ居ないんじゃない?』っていう範囲を探す担当になったの!後はその範囲をぐるぐる適当にぶらついてたら……」
「俺たちとバッタリ出くわした、と?」
「そ!」
ジークフリードとアーリアは同時に深ーいため息を吐いた。どうやら上手く追っ手を巻いていたらしいが、やる気のない追撃者に偶然、うっかり見つかってしまったという。ツイているんだか、ツイてないんだか判断に困る事態だ。
「じゃあ、僕からも質問!子猫ちゃんはどーして僕を助けたの?」
猫の獣人がその大きな緑の瞳でアーリアの瞳を覗き込む。表情は笑っているが、その瞳にはふざけた雰囲気は全くなかった。
アーリアはその瞳をジッと見つめ返しながら、唇に人差し指をあてた。
『ナイショ』
その行動に猫の獣人が益々笑みを深める。見ているこちらが幸せになりそうな笑顔だ。あの殺伐とした黄泉の世界のような精神世界を持つ者には見えなかった。
「そっか〜!ナイショか!それなら仕方ないね〜〜。また気が向いたら教えてくれる?」
アーリアも微笑んで頷いた。
ジークフリードにはアーリアが何故猫の獣人を助けたのか解らなかった。しかし彼女には彼女なりの理由があの時あったのだろう、と早々に結論づけた。ジークフリードにはただ、そういう気がしただけなのだが、それは当たっているように思えた。後でアーリアに聞いてみたらあっさりと教えてくれそうな気さえするのだ。
「ーーじゃあ、僕からの提案」
『……?』
「僕が君たちの “目” になってあげるよ!」
「 “目” とは?」
「このまま行けば、君たちは僕たちの範囲網にいつかは引っかかる。それじゃ逃げ切れない。だから僕が君たちの “目” になって、抜け道を教えてあげる」
「それは……信用できるのか?俺は貴様を全く信用していないのだが……」
「信用してなくてもいいよ。僕の言葉を参考にするもしないも、君たちが決めればいいさ!」
「それでは “目” の意味がない」
「え〜〜ワガママだなぁ!じゃあ、こう言うのは?僕にも僕の任務があるから、君たちに出会ったことは報告しなければならない。けど、その後、必ず君たちのルートを外れるように奴らを誘導する。これならどう?」
ジークフリードの顔が益々険しくなる。なかなか判断に困る提案だ。
「……まぁ、必ずとか言って無理な時は無理だけどさ〜!」
「どっちなんだ!いい加減なヤツだな!」
「僕のコト、信用してないんだよね?」
「……。お前に利益がないからな」
その言葉に猫の獣人がニマニマと口元を緩ませてジークフリードを見た。その表情はどことなく嬉しそうな雰囲気がある。
「利益なんで、どうでもいいの!子猫ちゃんが僕を助けてくれたから、そのお礼」
猫の獣人はアーリアにウィンクした。その仕草はとてもチャーミングだった。
アーリアはこの獣人の言葉が何故か信じられた。不思議な事に彼が嘘をついているように全く見えないのだ。
アーリアは掌に握っていた『竜の涙』を猫の獣人へ手渡した。猫の獣人はキラキラ光る透明な宝石を指先で転がした。
「これは?水晶かな?」
「アーリアが造った浄化の水晶だ。『竜の涙』に月の精霊たちの力を込めたらしい」
アーリアの言葉をジークフリードが代弁する。
「身につけていれば、一度途切れた《隷属》には再びかかりにくい、らしい」
「そう……。ありがとね、子猫ちゃん」
アーリアは頷いてから、自分の口元を指差した。
『私はアーリア。貴方は?』
「彼女はアーリア。貴様の名は?」
「俺はリュゼ。ま、偽名だけどね!」
「「偽名か!?」」
アーリアとジークフリードの心の声がハモった気がした。
「あ、君さ。追手と遭遇した時、子猫ちゃんを残して戦うより連れて逃げちゃった方がいいと思うよ〜?僕みたいなタイプと戦うのはニガテみたいだし」
「……忠告、感謝する」
ジークフリードは拗ねたように返事したが、二回も同じ手に引っかかっただけに、彼の忠告を素直に受けとめた。
猫の獣人 ーリュゼー は気をよくしたのか、そのまま伸びをするようにゆっくりと立ち上がった。まるで本物の猫のような仕草だ。
「じゃ、またね!子猫ちゃん」
アーリアに向けて軽く手を振る。そして次の瞬間には、その姿が二人の前からかき消えた。
気儘な猫に遊ばれるだけ遊ばれたような脱力感だけが残り、二人は気が抜けたように空を見上げるのだった。
※※※※※※※※※※
「もう、止めたきなよー?」
彼の言葉であの獣人たちは私への暴言を止めた。彼は言葉巧みに獣人たちを動かし、私から遠ざけた。そして傷ついた身体を癒やしてくれた。
「大丈夫。僕は君を傷つけないよ」
彼は何度も私にそう声をかけた。
私はその言葉に安堵した。
彼はとても優しいヒト。暖かな光を持っている……
ー死んでほしくないー
そう思ってしまったのは仕方のないこと。特にあんな瞳をした人間には。
幼い頃の自分のような瞳をしたあの人間には……
※※※※※※※※※※
ー君に手をかけるくらいなら死んだ方がマシー
僕はそう考えた。
自分のコトを他人に好き勝手に操られ、君を傷つけるくらいなら、僕は死を選ぶ。
僕には何の価値もないのだから……
生きる価値も
生かされる価値も
過去も
未来も
現在も
僕には関係のないコトだ。
生にも死にも
愛着も執着もなく
ただ そこに在るだけの存在
そんな中、僕にもようやく執着できそうなモノを見つけたんだ。
ほんの少しの僕の中に残っていた正義のカケラを渡した君。
ー君の幸せを少しくらい祈ってもいいよね?ー
そこに在るだけの僕だけど、何かの役に立つのかもしれない。
「で、どーして助けたの?」
彼女に聞いたら唇に指をあてて『ナイショ』って答えられた。
益々、君が気になっていく。
無いはずのココロが動き出す。
可愛い子猫ちゃん。
ー君に少しだけ執着してもいいかな?ー
お読みくださりありがとうございます!
ブックマーク登録してくださり、本当にありがとうございます!
意外な?刺客3 の続きです。
少しずつ彼女たちのことを掘り下げていければ、と考えています。