表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔宝石物語  作者: かうる
幕間3《帰国編》
189/491

夜会の夜は華々しく

※システィナ帰国編※

 

「ーーあぁ、とても美しいね」


 この部屋の扉から入室したその人物はアーリアの姿を捉えると、華やかな声を上げた。その美声テノールを耳にしたアーリアはパッと顔を向けた。


「ナイトハルト殿下……」


 そこには白を基調とした礼服に身を包んだナイトハルト殿下の姿があった。派手な装飾ではないものの、さりげなく身につけた装飾品はナイトハルト殿下の美しさをより引き立てていた。

 ナイトハルト殿下の来訪に、席を立とうとしたアーリアをナイトハルト殿下が手で制した。


「姫、今宵は私が貴女の騎士ナイトだ」

「……。恥ずかしいです」

「うつむかないで、アリア。君は堂々としていれば良い」


 ナイトハルト殿下は椅子に座っているアーリアの前で跪くと、アーリアの手を取ってその甲に唇を落とした。まるで騎士の誓いのような動作に、アーリアの頬はさらに紅葉した。


「あの後、倒れたと聞いて驚いたよ。もう体調は大丈夫?」

「はい。ご心配をおかけしました」


 アーリアがウィリアム殿下と共にシスティナへ帰国した際、ナイトハルト殿下は真っ先にアーリアを出迎えてくれた。そしてアーリアの両手を取ってその胸に押し抱くと、アーリアの帰還を心から喜んでくれたのだ。


 ナイトハルト殿下はおずおずと手を伸ばすと、アーリアの頬にそっと添えた。そしてアーリアの虹色の瞳をとっくりと見つめてくる。


「頬が赤いね?疲れてる?それとも緊張しているのかな?」


 美術館の彫刻のような中世的な美しさを持つナイトハルト殿下に間近から見つめられたアーリアは、胸を高鳴らせ益々その頬を赤く染めた。ナイトハルト殿下の長い睫毛が揺れている。


「緊張、しています……。夜会には慣れていないので……」

「大丈夫だよ。今夜は私がついてる。何も心配する事はない」


『それが一番心配です』とは言えないアーリアだった。返答に困った結果、アーリアは小さくはにかむように笑む事が精一杯だった。


 老若男女問わずファンのいるナイトハルト殿下。その天使か美の神かのような姿に、頬を染めぬ者はないという。国内外からお見合いの催促があるとも聞く。ナイトハルト殿下に恋する余りストーカーとなり、暴挙に走る令嬢が後を絶たない。

 現にアーリアはナイトハルト殿下を一途に恋する乙女の被害者だった。その心の傷は未だ癒えていない。アーリアはあの事件で『女の執念は怖い』、『恋する女には近寄るなキケン』と学んだのだ。


 ナイトハルト殿下は御歳21歳。王族にも関わらず未だ婚約者が定まらない理由は、その辺りに原因があると思われた。婚約者など定めれば、その令嬢が狙われ害される恐れがあるのだろう。

 今をトキメク!ナイトハルト殿下のエスコートを受けるアーリアとしては、色々な不安要素から朝から胃が痛んで痛んで仕方なかった。なまじ拗らせ片想女シルヴィアの妄執によって被害に遭われた体験があるだけに、この夜会を楽観視できなかったのだ。

 しかし、『国王夫妻の養女アリア』をそれとなく紹介する場に当たって、ナイトハルト殿下の側ほど目立つ場所はなかった。この夜会に於いて、『アリア姫』の存在は煌びやかなナイトハルト殿下の引き立て役として、貴族たちの印象に残るだろう。


「ナイトハルト殿下、アリア姫、そろそろお時間です」


 近衛騎士からの言葉にナイトハルト殿下と、そしてナイトハルト殿下の目線を受けたアーリアは了解の意味をこめて頷いた。


「アリア。さぁ、手を……」


 まるで物語の中の一幕のようだ、とアーリアはボンヤリと考えた。絵本の中にもいないような美しい王子様が自分の足元に跪いて手を差し伸べている。彼の笑顔は天上の女神さえ虜にするだろう。


「はい、ナイトハルト殿下」

「兄さま、でしょう?」

「……!ナイトハルト兄さま……」


 アーリアはナイトハルト殿下の掌に自分の手を添えた所で指摘を受けて、途端に現実に引き戻された。これからアーリアはナイトハルト殿下の妹姫アリアとしてシスティナの夜会に赴くのだ。

 アーリアが小さな失敗に小さく嘆いていると、ナイトハルトはクスリと笑ってアーリアの手を軽く引き、アーリアを椅子から引き上げた。そしてアーリアの細腰に手を回してフワリと抱きしめた。


「ーー⁉︎ 兄さま……?」

「大丈夫だよ、アリア。君は常に堂々としていれば良い」

「はい」


 それほど長い時間ではなかった筈だ。しかしアーリアにはその抱擁が決して短い時間には感じられなかった。現にナイトハルト殿下の腕が離れた後も、早鐘のように打つ心臓は何時迄も鳴り止む事がなかった。



 そのように現実逃避している間に、アーリアはナイトハルト殿下の案内エスコートにより会場入りした。


 エステルでも何度も夜会に参加してきたアーリアだったが、システィナの夜会はエステルとは趣きが違っていた。まず大広間の様式からいって雰囲気が違うのだ。四大精霊を表した幾何学模様の刺繍やタペストリー、天井はガラス張りの吹き抜け、と全てに精霊を感じさせるのがエステル様式であった。

 しかしシスティナは機能美が重視され、重厚感のある佇まいだ。彫刻の施された太い柱が印象的だ。


 アーリアはナイトハルト殿下に手を引かれながら、まず国王陛下と王妃殿下の座す上座へと向かった。


「陛下、お連れしました」

「国王陛下。今宵は夜会へのお招き、ありがとう存じます」


 アーリアが腰を折って挨拶すると、国王陛下は王座から腰を浮かせてアーリアへと歩み寄った。


「『国王陛下』等と呼ばれるとは何とも味気ない。父上……いや『お父様』と呼んでくれとお願いしただろう?」


 国王陛下の申し出にアーリアはウッと喉を詰まらせた。顔にはエステルでマスターした営業微笑スマイルを貼り付けてはいるが、内心、冷や汗が止まらない。


「そうよ。貴女は私たちの娘なのです。もっと気軽に『お父様』『お母様』と呼んで欲しいわ!」


 王妃殿下も国王陛下に加勢して、アーリアの精神を追い込む。彼らに悪気はないのかもしれないが、アーリアの精神はみるみる内に消費していった。


「……。お父様、お母様」

「なんだい?愛しの娘」

「なぁに?可愛い娘」


 システィナ国のツートップに囲まれたアーリアは観念し白旗を揚げた。養女アリア姫(=アーリア)の『お父様』、『お母様』呼びにいたくご満悦の国王陛下と王妃殿下は、満面の笑みを娘アリアへと向けた。

 背後には内心、腹を抱えているであろう護衛騎士リュゼと、いつの間にか国王陛下の横に控えていた苦笑のアルヴァンド宰相閣下の姿が目に留まった。


「ーーああ、アリア。私の可愛い妹よ」

「ウィリアム兄さま……」


 今にも頬ずりしそうな王妃殿下と、何故か感慨にふけっている国王陛下との間に入っていける猛者は、このお方を置いて他にはいない。王太子ウィリアム殿下だ。


「美しい装いだな?ナイトハルトの見立てか?」

「これは……」

「ーー残念ですが、今回は母上に譲ったのですよ。母上が愛娘アリアの衣装をどうしても選びたいと仰って……」


 アーリアの言葉は背後から忍び寄ってきたナイトハルト殿下によって引き継がれた。

 そうーーアーリアの纏うドレスは恐れ多くも王妃殿下に選んで頂いた衣装だ。この夜会の為に王妃殿下はアリア姫に衣装を用意してくださったのだ。

 デザイナーと商人とを城へ呼び、アリア姫に様々なドレスを取っ替え引っ替え着替えせると、その中からアリア姫に似合うと思うドレスを全て購入し、そして夜会用には新たにドレスを作らせてしまったのだ。

 アーリアは着せ替え人形となって、大人しく口を噤んで立っていた。

 ホクホク顔で帰った商人を見れば、平民には分からぬ金額が動いた事だけは理解できたが、アーリアはそれ以上の事を考えるのは止めにした。それはエステル帝国でニセの婚約者をやっていた時も同じだった。


 ーこれは全て必要経費だー


 そう、あのニヒルな笑みで言い切られてしまえば、アーリアに言える事など何もなかったのだ。現に王妃殿下はーーアルヴァンド宰相閣下も同じような事を言っていた。


「そうか。俺には美的センスはかいが、そのドレスがアリアに似合っている事は分かる」

「私も同意です。王妃殿下ははうえのセンスは確かですからね」

「フフフ、そうでしょう?やっぱり女の子はいいわねぇ〜」


 ウィリアム殿下とナイトハルト殿下との会話に笑顔で割り込む王妃殿下。

 親子の会話の中心が自分であるにも関わらず、アーリアは消え入りたい気分になっていた。しかし、この不必要にも思える会話こそ、この場では最も必要な事なのだと、アーリアは自分に言い聞かせた。


「アリア。今夜は気負わず楽しんでくれ。私は常にお前の側にいてやる事はできないが……」


 ウィリアム殿下はチラリと会場から王家の様子を伺う貴族たちに視線をやり、すぐにその視線をアーリアに戻した。


「大丈夫ですよ、兄上。アリアの側には私がいます」


 ナイトハルト殿下はアーリアの腰を恋人にするようにスルリと腕を回すと、離れぬようにガッチリとガードした。


「……そうか。では健闘を祈る」


 ウィリアム殿下はアーリアの手の甲に一つ口づけを落とすと、近衛と側近を連れて離れて行った。


 この後、リディエンヌ嬢を連れたリヒト殿下と挨拶を果たしたアーリアは、このまま王族方に囲まれて夜会を過ごす事になるのだった。



 ※※※※※※※※※※



 エステル帝国でも仮の婚約者ユークリウス殿下と共に夜会に赴いていたが、ユークリウス殿下がアーリアに手を差し出す時はいつも、作戦行動開始の合図だった。いくら見た目が麗しの皇太子殿下でも中身は俺様殿下、その目に宿る熱は婚約者への愛ではなく仕事相手への信頼だった。


 ユークリウス殿下とウィリアム殿下、そしてナイトハルト殿下。三人とも高貴なお方であるには違いないのに、身に纏う雰囲気でこれ程までに違いが出るものなのだな、とアーリアがしみじみ考えていたのも束の間。


「ーー貴女がアリア姫?」

「エレーヌ様。ご機嫌麗しゅうございます」

「あら?溝鼠ドブネズミでもわたくしの名くらいは知っているのね?」

「……。勿論ですわ。王弟殿下の姪にあたるご令嬢エレーヌ様を知らぬ者はいませんわ」


 アリア姫の言葉にエレーヌ嬢は不機嫌そうにフンと鼻を鳴らすと、口元を羽扇で隠した。


 エステル帝国の時と同様、アーリアはこの1ヶ月、システィナ国の有力貴族、令嬢、令息の名と顔を覚えさせられていた。また、システィナ国の王族教育も突貫で行われた。その鬼畜教育にアーリアは既視感を覚えたものだ。

 その中でも『要注意人物』は真っ先に覚えた。

 目の前のエレーヌ嬢。彼女は亡くなった王弟殿下の姪に当たるサセックス公爵の娘で、今一番、ナイトハルト殿下の妃候補として有力視されているご令嬢だ。

 歳は16。趣味は演劇鑑賞。お友だち(意訳)を使っての情報収集。婚約者不在。ナイトハルト殿下に再三に渡り婚約を申し込んでいるがその返事は芳しくない。目下の敵はナイトハルト殿下の偽妹アリア。


「一応の教育はしているようね?」

「恐れ入ります」

「……。ナイトハルト殿下もどうしてこんな泥娘がいいのかしら⁉︎」

「……」


 ー私はナイトハルト殿下の『妹』であって『恋人』ではないんだけど……?ー


 泥娘のエスコート役、ナイトハルト殿下は守ると宣言した割に、アリア姫(=アーリア)の側にはいなかった。それをいい事にエレーヌ嬢はアリア姫に突撃してきたのだ。

 因みにエレーヌ嬢で五人目だった。


 一人目はアイニス男爵。彼はアリア姫の出自をやたらと探ってきた。

 二人目はミクスリー伯爵。彼はアリア姫とアルテシア辺境伯との関係を探ってきた。

 三人目はトラバス子爵。彼はアリア姫が『東の塔の魔女』との関係に探りを入れてきた。

 四人目はパリス伯爵夫人。彼女は未亡人で、アリア姫とナイトハルト殿下の関係をやたら勘繰ってきた。

 そして五人目。サセックス公爵令嬢エレーヌ。彼女はアリア姫の存在そのものについて探りを入れつつ、ナイトハルト殿下にチヤホヤされているアリア姫に文句を言いに来たようだ。


 なかなか周到なご令嬢だ。アリア姫の存在をディスって煽り、何か有力な情報を聞き出そうとしているのだ。ついでにナイトハルト殿下に近づくなと警告するのは、国の為を思って言っているのか、はたまた自分の欲望の為に言っているのか、システィナ情勢に疎いアーリアにはその判断は難しかった。


 ただ一つ言えること、それは……


 ーコレ、完璧に囮にされてない?私ー


 似たような状況を知っているアーリアは、鈍いと言われる頭でそう判断した。


 ウィリアム殿下の差し金……?

 それともナイトハルト殿下の……?


 ウィリアム殿下は言わずもがなだ。しかし、天上の神が遣わした天使と言われるナイトハルト殿下は、興味のない者に対しては絶対零度の表情しかしないという。時に驚くほど冷徹な判断を下すとう噂だ。

 薔薇の花も霞む笑みを浮かべてアーリアを見つめるナイトハルト殿下。アーリアには『冷徹なナイトハルト殿下』を想像する事はなかなかに困難だった。


「アナタ、さっきから聞いてますの⁉︎ 」

「……拝聴しております」


 エレーヌ嬢の弾丸口撃が続いていた。アーリアは自分が気づかぬうちに現実逃避していた事に内心慌てたが、エレーヌ嬢の内容はそう変わっていなかった。


「アナタ、何のつもりでナイトハルト殿下のお側にいるか知らないけれど、はっきり言って不快なのよ。サッサと下がってくださらない?」

わたくしの一存で判断する事はできません」

「エステルに人質として差し出されたのでしょう?何、ノコノコ帰って来てるのよ⁉︎ この恥晒し者が!」

わたくしの一存ではございません」

「システィナからの献上品ひとじちを返却されるだなんて、聞いたことがないわ!アナタ、エステルからも不要とされたのよ。そんなアナタをシスティナも必要としないわ!」

わたくしの一存では判断しかねます」

「どうせもう、清い身体ではないのでしょう⁉︎ 汚らわしい!そんな身体で私のナイトハルト殿下に近づかないでちょうだい!」


 流石に酷い言い草だ。風評被害も甚だしい。アーリアとて一応は花も恥じらう乙女なのだ。エレーヌ嬢の言葉にムカつかない訳がなかった。

 とっさに言葉が出ず、どう躱そうかと考えあぐねた時、その声はアーリアの頭上から齎された。


「ーーアリア。遅れてすまないね?」


 耳慣れた声音。肩を包む大きな手。背中から感じる暖かな体温。そして「アレくらい躱せ」との叱咤の目線。


 顔を上げると、そこには麗しの皇子がいた。


 銀髪を煌めかせ、濃い紫の瞳から妖艶な色気を放つ。長身細身だが、騎士のようにしなやかな筋肉と体幹。


「ーー⁉︎ ユークリウス殿下?何故ココに……?」

「何故とは酷い言い草だな?我が麗しの姫。アリアがシスティナの夜会に参加するというのに婚約者の私が参らぬ訳がなかろう?」


 ユークリウス殿下は惚けるアーリアの頬にキスを落とした。

 巻き起こる歓声、奇声。そのほとんどが麗人の登場に固唾を呑んで見守っていた未婚令嬢たちの黄色い声だ。眼前のエレーヌ嬢ですら、アリア姫に罵声を浴びせていた事も忘れて、その顔を赤く染めている。現金なものだ。


 ユークリウス殿下は片腕でアリア姫の腰をぐっと引くと、もう片方の手でアリアの左腕を持ち上げ、そこに嵌る金の腕輪に唇を落とした。


「あぁ、君と離れるのがこんなに辛い事だとは思わなかったよ。我が愛しのアリア」

「ユリウス……?」


 アーリアは羞恥よりも困惑の方が強かった。何故ココに……システィナ国にエステル帝国皇太子がいるのか⁇

 やたら不自然に身体を寄せてくるユークリウス殿下の行動に胸をときめかせるより前に、『何か裏があるよね?』と、殿下の思惑の方が気になるのは、最早仕方ない事だろう。


「アリアは私の大切な婚約者。この婚約の証の腕輪を嵌めているとはいえ、君の精霊女王のような美しさに溺れる者がいないとも限らないからね」


 ユークリウス殿下はわざとらしくアーリアの腕輪に唇を触れると、その延長線上とでも言いたげに、アーリアの掌の中に口づけした。


 ザワリと周囲が騒めき始めた。


 ここで漸く、事態のマズさに気がついた貴族たち。特にアリア姫を偽姫だと罵り、ついでに国王陛下の政策にイチャモンをつけていた貴族たち。それがユークリウス殿下の登場とアリア姫が持つ制約を伴う婚約の腕輪で、アリア姫の存在をニ国間で承認している事が知れたのだ。


「君がどこの馬の骨とも分からぬ者に取られでもしたらと、心配で夜も眠れなかったよ」


 ここでユークリウス殿下はアーリアの瞳を心配げに覗き込んできた。

 他人からはアンニュイな表情に見えるだろうユークリウス殿下だが、アーリアには『話を合わせろこのマヌケ!』という脅しの表情にしか見えない。


「……。わたくしもですわ、ユリウス殿下。殿下と離れ離れになって、とても寂しく思っておりました」

「そうか、アリア。君もそう思ってくれるか?」

「ええ。勿論ですわ」

「先ほどのようにアリアを傷つける言葉を投げかける者もいるくらいだ。早く君を帝国へ連れ帰りたいよ」

わたくしも一刻も早く、ユリウス殿下のお側に参りたいですわ」


 ここでユークリウス殿下の瞳がキラリと光った。アーリアはユークリウス殿下の悪戯心の詰まった表情と瞳に嫌な予感を覚えた。ユークリウス殿下の護衛としてついて来たヒースと護衛騎士リュゼとが、何故か頭を抱えている。


「ーーさて、アリア。せっかくの夜会だ。こんな所で壁の花となるより、私のダンスの相手を務めてくれないか?」


 ユークリウス殿下は周囲の人々の様子を丸ごと無視すると、アリア姫の前に跪いた。


「はい。喜んで」


 アーリアはユークリウス殿下の手を迷わずとった。ユークリウス殿下は立ち上がるとアーリアの手を引いてダンスホールの中心へとエスコートする。

 二人の到着に合わせたかのように、新しい音楽が流れだした。それはエステル帝国の夜会でよく使われるワルツの音楽であった。

 アーリアはユークリウス殿下のリードを受けて、滑るように踊り出した。そのステップは軽やかでいて力強く、自然と調和するようで……。それはまるで、恋仲であった精霊女王と帝王ギルバートを彷彿とさせるダンスであった。


 エステル帝国の逸話や伝説を知らない者たちでも、その優美な二人のダンスには感嘆の溜息を吐かせるのに十分なものだった。



 その後、ウィリアム殿下とナイトハルト殿下の登場で、アーリアが一人にされていたのはやはり、意図的な策であった事が判明した。兄弟二人は意気投合し、この機会に不穏分子をあぶり出してやろうと画策したのだという。


「邪魔者はいなくなりました。アリア、これで安心して踊れますよ?」


 ……とは、女神も溜息を吐くほど麗しい美青年ナイトハルト殿下のお言葉。


「アリアのお陰で煩い者共を〆られる。これで心置きなくアリアと踊れるな!」


 ……とは、正義と秩序の神ファーレもビックリな美青年ウィリアム殿下のお言葉。


「あの者たちの名と顔はしっかり記録しておきましたのでご安心ください。ーーああ勿論、私とも踊ってくださいますよね?」


 ……とは、護衛騎士にも関わらず貴族の正装で表れた怜悧な騎士ヒースのお言葉。


「言質は取ったからな!お前は俺様の妃だ。必ず迎えに行く。それまでくだらぬ野郎とウワキなどせず、大人しく待っていろよ!」


 ……とは、後に帝王ギルバートの再来と呼ばれる皇太子ユークリウス殿下のお言葉。


「どーしてああも簡単に言質取られちゃうかなぁ?ーー勿論、僕とも踊ってくれるよね?二人っきりの甘〜夜を過ごそうね?」


 ……とは、甘い蜂蜜を溶かしたような琥珀の瞳を持つ護衛騎士リュゼの言葉。



 アーリアはそんなタイプの違う美青年たちに囲まれながら、貼り付けた営業微笑スマイルの裏で、困惑と驚愕と憤怒と反省と懺悔とをひたすら繰り返すのだった。





お読み頂きましてありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価など頂きまして、本当に嬉しいです!励みになります!!


システィナ帰国編『夜会の夜は華々しく』をお送りしました。

久々のユークリウス殿下のご登場です。

暫く顔は見ないだろう、と楽観視していたアーリアはビックリ。でもきっとら知らぬはアーリアばかりですね。


次話から新章突入です。

よろしければ次話も是非ご覧ください!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ