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魔宝石物語  作者: かうる
幕間3《帰国編》
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辺境伯1

※システィナ帰国編※

 その日、アーリアは王座の間にて、エステル帝国での姫生活に欠かせぬ偽装となった『アリア姫』の関係者に出会う事となった。


「アーリア殿、こちらがアルテシア辺境伯イルバート殿です」


 アルヴァント宰相閣下に紹介された人物は柔らかな笑みをアーリアに向けた。


 アーリアの前には淡い金髪に薄水色の瞳を持つ壮年の紳士が佇んでいる。とても五十代には思えぬ壮観な顔つきと、覇気ある眼光。騎士のように背筋正しい姿勢。


「初めてまして、アーリア殿。私はイルバート・フォア・アルテシア。貴女の祖父です」


 アルテシア辺境伯イルバート・フォア・アルテシア。彼は、偽装工作上のアリア姫の祖父であった。アーリアがエステル帝国皇太子殿下の下で保護されるに当たって、様々な偽装工作が為された。その一つが身分偽装だったのだ。


 アリア姫は先々代国王と辺境伯イルバートの娘ソフィアの娘という偽装が為されたのだ。

 恋多き先々代国王がアルテシア領に外遊へ赴いた際にソフィアと出会い、すぐに恋仲となる。先々代国王はソフィアを側室に迎え、間も無く娘アリアを身籠もる。ソフィアは娘を出産するが産後の肥立ちが悪く、間も無く還らぬ人となる。

 アリア姫は先々代国王が崩御するまでの3年間を王宮で過ごす。しかし、先々代国王崩御後は祖父イルバートがその身を引き取り、成人するまでの間、辺境伯の領地にて育てられた。

 その後、アリア姫の成人を機に国王夫妻が養女として王家に迎え入れる。

 そして成人後初めての夜会にてユークリウス殿下と出会い、更には殿下に見初められて、婚姻関係を結ぶ為にエステル帝国へと赴いた。


 ……というのが作られた『アリア姫』の素性だった。アーリアはユークリウス殿下にそう説明された偽装工作の内容を思い出していた。


「初めてお目にかかります、イルバート様。わたくしはアーリア。イルバート様の孫娘アリアをさせて頂いております」


 アーリアは膝を降り、エステル帝国で仕込まれた所作で頭を下げた。その滑らかな動作にアルテシア辺境伯を始め何人もの者が思わず息を飲んだ。

 この場には国王夫妻、王太子ウィリアム殿下、アルヴァント宰相、アーリア、そして護衛の騎士ーー真の事情を知り、信頼できる者だけが、この部屋にいる事が許されている。

 アーリアが民間人と知る者ばかりだがーーだからこそ、まるで本物の姫が現れたように感じたのだ。


「私の孫娘は、随分とお可愛らしいお嬢さんのようだ」


 お互いよく分からない自己紹介になったが、それに笑う者はなかった。事情の知る者にとって、初対面の二人がどのように挨拶をしようと、難しい物になる事は理解していたのだ。


 アルテシア辺境伯の柔らかなテノールの声音。アルテシア辺境伯はアーリアの前で膝をつくと、まるでダンスに誘うような仕草でそっと手を差し伸べた。

 アーリアは差し出された手にそっと手を乗せると、アルテシア辺境伯の方から握り返してくれた。


 ー暖かいー


 アーリアはアルテシア辺境伯に手を引かれながら立ち上がった。目の前に立つアルテシア辺境伯はアーリアより頭の二つ分ほども背が高く、アーリアは随分と見上げる形になった。


「本来の髪色は白だと、お聞きしたのですが……?」

「はい。こちらは偽装の為の髪色です」


 アルテシア辺境伯の疑問もその筈、アーリアは『アリア姫』となる時は必ず、元の髪色から王家特有の金の髪色へと変えていた。それは『アリア姫』の存在をシスティナ国内でも周知させる為の策だった。それはエステルからシスティナへと帰る前から既に、ウィリアム殿下から指示された事だった。


 アーリアはアルヴァント宰相閣下に目配らせすると、アルヴァント宰相閣下はアーリアの意図を察した上で、その頷きを持って肯定を返してきた。それを受けて、アーリアは能力スキル解除を行った。


「おおっ!」


 意外にも声に出して驚いたのはアルテシア辺境伯ではなく、ウィリアム殿下であった。アーリアの髪が金から白へと一瞬の早変わりを見せたのだ。

 《偽装》を施しているだけで髪色を染めている訳ではない。そのように『見える』ようにしてあるだけなのだ。


「成る程。能力スキルですか?」

「はい。魔術よりも魔力消費が少なくて長時間発動が可能です」

「魔術は長時間発動に向きませんか?」

「そうですね。人間ヒトには体力と魔力に限界がありますから。休息せねばそれらは回復しません」

「ポーションもまだまだ扱いが難しいですからなぁ……」


 アルテシア辺境伯とアーリアの話は自然と専門的な分野にまで突っ込んでいった。アルテシア辺境伯は魔導士でもあると聞いていたが、彼は能力スキルについても造詣が深いようであった。


「それにしても珍しい髪色ですな?」


 アーリアはアルテシア辺境伯の何気ない言葉に、久しく感じていなかった苦い思いを抱いた。


「……気持ち悪いですよね?今、元に戻しますね」


 そう言って能力スキルを発動しようとしたアーリアの手を、アルテシア辺境伯が止めた。


「何を仰います?このように美しい髪など見た事がありませんよ」

「そんな……」

「貴女はとても正直で、素直な方のようだ。心無い言葉は容易に、貴女の心に傷を作るのでしょう。しかし、そのように傷つく必要はないのです。その雪のように美しい髪色は、貴女を形作る一部なのですから」


 アルテシア辺境伯はそう言うとアーリアの髪を一房手にとって、そこへ口づけを落とした。

 娘と孫ほどの年齢が離れているにも関わらず、アーリアはアルテシア辺境伯のその仕草に顔をほんのりと赤らめた。


「あーー、オホン。そろそろ宜しいか?」


 アーリアとアルテシア辺境伯、二人の世界を作っていた空間に一石を投じたのは国王陛下であった。


「アルテシア辺境伯。この度は我が国の政策の為とはいえ、無理な協力に応じてくれた事を感謝する」

「陛下からのお言葉、嬉しく存じます。我が辺境伯家が国のお役に立てるのならば、どのような無理難題であろうとも馳せ参じ協力するのは、陛下の臣下として当然のこと」

「そう言ってもらえると、王家の長として嬉しく思うぞ」


 国王陛下のお言葉にアルテシア辺境伯は胸に手を当て、深くこうべを垂れた。


「アルテシア辺境伯イルバートの名とソフィア様、そしてアリア姫の名を借りた事、其方には思う所もあったのではと思うのだが……」


 アーリアは国王陛下の言葉の中に『アリア姫の』の名を聞いて、伏せていた頭を上げた。

 アルテシア辺境伯とその娘ソフィアの名を借りた事実は知っていた。しかし『アリア姫の名を借りた』とはどう言う事なのか……。


「ソフィアは私の娘ではありますが、王家に入った身。国の為に尽くすのは側妃として当然のこと。それは亡くなった今でも同じです。そして、アリア姫についてもまた同じこと……」


 アーリアの不思議そうな視線を受けて、アルテシア辺境伯がその疑問に答えた。


「アーリア殿。アリア姫は先々代様とソフィアの娘として、本当にこの世に存在したのですよ」

「ーー!」

「ただ、アリア姫もソフィアと同じく生まれつき、あまり身体が丈夫ではなくてね。3歳の時、胸の病で亡くなられたのだよ」


 アーリアはアルテシア辺境伯からの言葉に息を飲んだ。そしてグッと唾を飲み込んで押し黙った。


「も……申し訳ございません!大切な方たちの御名を、私は……」


 実在しない者の名だと思い軽く扱ってきた名が実は王家所縁の故人の名だと知り、アーリアは後悔した。


「アーリア殿、私は嬉しいのですよ。私たちがシスティナのお役にーー貴女のお役に立った事が」

「そうだとも、アーリア殿。アリア姫は我が王家の姫であったが、その人生は実に儚いものであった。その姫が再び息を吹き返し、エステル帝国を手玉にとってきたのだから!儂はそれが嬉しくてならない」


 アルテシア辺境伯に続き国王陛下からのお言葉に、アーリアは俯いていた顔を上げた。そこにはニッコリと晴れやかに微笑む国王夫妻の顔があった。


「ありがとう、アーリア殿」


 国王陛下からの感謝のお言葉に、アーリアは胸が熱くなった。その打算のない謝辞はアーリアの心を打ったのだ。


「私からもお礼を言わせてちょうだい。アーリア様、ありがとうございました」


 国王陛下の隣に座していた王妃殿下が徐に立ち上がり、その頭を下げたのだ。それを目にしたアーリアは驚き、目を見開いた。


「おやめください!わたくしには王妃様にそのような事をされる謂れがございません!」

「いいえ、いいえ!わたくしの姪が貴女を傷つけた事は言い逃れのない事実なのです。本当に、申し訳ございませんでした。貴女が塔から突き落とされたと聞いたときは、身体に震えがはしりました!ーー嗚呼、アーリア様はどんなに恐怖を覚えた事でしょうか……⁉︎」


 王妃殿下はアーリアに頭を下げたまま、その拳に力を込めて震えだした。


「勿論、我が息子ーー王太子についてもです!国の為とはいえ、うら若き乙女になんたる事をッ‼︎」

「は、母上ッ⁉︎」


 キッと顔を上げた王妃殿下に睨まれたウィリアム殿下は、飛び跳ねるように後退った。


「そもそも殿下は女心ーーいいえ女性というものを分かっていないのです!嗚呼っ、殿下は初恋もまだでしたわね?いずれ婚約者と婚姻関係を結ぶとはいえ、その前に恋の一つや二つしてはいかがですか!そうすれば、女というものが少しは分かるというものっ」

「母上、今はそのような話は……」

「お黙りなさい!このようにか弱いアーリア様を囮に使い、駒として帝国に単身送り込むとはッ!しかも本人の意思も確認せず無理矢理ですって⁉︎ 聞けば聞くほど殿下の外道っぷりが分かりますわね!だから殿下は……」


 王妃殿下に詰め寄られたウィリアム殿下はホールドアップの姿勢で、ジリジリと後退っていく。目線は王妃殿下ではなく国王陛下ちちうえに救いを求めているが、国王陛下もどこか達観したような遠い目をしていて、王太子むすこを助けようとする気はないようだ。


『父上!母上を止めてください』

『無理だ。諦めろ、息子よ』


 そんな心の会話が交わされた。


 アルヴァンド宰相閣下もそっぽを向いている。忠臣であるアルテシア辺境伯は見ないふりを決め込んだ。つまりこの場所に於いて、ウィリアム殿下の味方は一人もいなかったのだ。


「だいたいね。アーリア様のように、お心の強い女性ばかりではございませんのよ!それを……!漆黒の魔導士様のお怒りも最もですわッ」

「いッ!漆黒の魔導士殿が何か……?」

「そんな事はどうでも良いのですっ」


 ドンっと壁までウィリアム殿下を追い詰めた王妃殿下はそこでサッと踵を返すと、今度はアーリアの手をとってその嫋やかな胸の間に抱き込んだ。


「アーリア様!」

「ア、ハイッ!」

わたくしの実家にはキツーークお灸を据えておきましたからね!ご安心くださいましっ。これからもし、アーリア様に不届きな事をする者がおりましたら、すぐに私にご一報くださいましね?わたくしは義理とはいえ貴女の母なのですから!母が娘の為に動くのは当たり前のことですわ!」

「ハイ。有り難く存じます」

「まぁ。おほほほほ。そんな堅苦しくなさらなくて、大丈夫ですのよ?気軽に『お母様』と呼んでくださいね」


 ーひぃ!呼べませんっー


 アーリアは引きつりそうになる表情をやっとの事で留め、やっとの事で営業微笑を浮かべた。


「さぁ、お母様とお呼びになって」

「……。……。お、お母様……」


 アーリアらナイスバディの迫力美女のドアップに耐えきれずに、諦めざるを得なかった。


「なぁにアリア。きゃあ!とっても可愛いわ!わたくしね、息子だけじゃなくて娘も欲しかったのよ。リアン姫も大きくなったら可憐な姫になるのでしょうねぇ……」


 力なく肩を落とすアーリアを他所に、王妃殿下はキャアキャアと盛り上がっている。リアン姫というのは生まれたばかりの側妃様の姫様の名だろう。半年ほど前に側妃様が産んだという報を聞いたことを、アーリアのは遠くなりゆく頭の中で思い出していた。


「ゲホンゴホン!あ〜王妃殿下」

「あらまぁ、わたくしったら!」


 アルヴァンド宰相閣下の咳払いにテンションマックスだった王妃殿下は乾いた笑い声を上げながら、国王陛下の隣に戻っていった。

 すると、アルヴァンド宰相閣下は周囲を一回り見て確認すると、アーリアに視線を定めて話し始めた。


「アーリア殿。アリア姫を実在する人物とする為、この国に於いても偽装工作をせねばならない」

「はい」

「うむ。取り急ぎ、一月後に催される夜会に参加して頂きたい」

「了解しました」


 アルヴァンド宰相閣下の言葉に、アーリアはどれも是で答えた。否を唱えるという選択肢はなかったからだ。だが、是と言うと分かっていたであろうアルヴァンド宰相閣下の方が、何故か難しい顔をした。


「アーリア殿には夜会で陛下と妃殿下の側にいて頂きます。夜会でのエスコートをナイトハルト殿下が務めます」

「分かりました」


 ナイトハルト殿下は今、諸事情により婚約者不在なのだという。諸事情とは言わずもがな、先の北の魔女シルヴィア関連の事情であろう。それは笑顔の中に青筋の見える王妃殿下の様子から察する事ができた。


 そこで、スッとアルテシア辺境伯から手が挙げられた。


「アーリア様。夜会前に一度、我が領地に来て頂く事はできませんか?」

「え……?」

「貴女に会わせたい者がいるのです」


 アルテシア辺境伯からの提案に、アーリアは目をしばたかせた。



お読み頂きまして、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価等、ありがとうございます!嬉しいです!


システィナ帰国編『辺境伯1』をお送りしました。

システィナ王家の男性はどうやら、女性に弱いようです。王妃殿下を始め、女傑が多いと思われます。国王陛下は勿論、王子様方も王妃殿下には頭が上がりません。


次話も是非ご覧ください!




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