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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と獣人の騎士
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意外な?刺客 3

 見上げると青い空に白い雲。地上には太陽の光が燦々と降り注ぐ。

 アーリアはその眩しさに思わず目を細めた。

 暑い!

 この一言に尽きるのではないだろうか。

 だんだんと真夏が近づいて来ている。そんなに急ぎ足で来なくてもいいのに、と愚痴をこぼしたくなるのも仕方がないだろう。


 アーリアはどちらかと言えば冬の方が好きだった。寒いのは服を着れば何とかなるが、暑いのは服を脱いでも何ともならない。それに、アーリアの肌は周りの女性と比べても白い方なので、陽に焼けると赤くなるのだ。肌がこんがり焼ける人が羨ましく感じた事もある。そのせいで日焼け対策が必要になるし、不用意に薄着にもなれない。

 家の中ならまだ冷房の魔宝具や、有り余る魔力を無駄に使って魔術で冷やすことーー氷結の魔術!ーーで快適に過ごすこともできる。だが、ここは野外。常に外気に晒され、吸い込む空気は生温い。気分は落ち込むばかりだった。


 先日、偵察の獣人(?)に発見された事により、ルートの変更による変更で、本来の行程から遅々としか進めていなかった。

 進んでは退いて、退いては進む。

 『人生は三歩進んで二歩下がる』とは誰が言ったのだろう。言い得て妙だが実にその通りだと、アーリアは同意した。


『あ、冷たい』


 アーリアは岩場に隠れて汗で濡れた上着を脱ぐと、川べりにしゃがんで水にタオルを浸した。生い茂る草木の影にいるので直射日光は当たらないし、水に触ると気持ちがいい。絶好の水浴び場所だ。

 と言うのも、暑さに加えて慣れない山道。アーリアはジークフリードに無理を言って、一日一回の水浴びを許して貰ったのだ。しかし昨夜の襲撃もあるし、夜だと月でも出ていない限り足元が不安定になるので、今日はこの時間ーー真っ昼間になってしまったのだ。


 ジークフリードは岩の反対側で見張ってくれている筈だった。いつ何時、襲撃者に遭うか分からぬ時に、何を呑気な対応をーーと、思う所もあるようだが、それても、流石に女性の水浴びを眺めながら周囲を見張る訳にはいかない、とも思っているーーいや、アーリアとしてもそこは是非とも遠慮して頂きたい!と考えていたーーようなので、このように互いの意見を尊重した対応になったのだ。

 今まで異性からナンパ目的で声をかけられた事などない事から、アーリアは、自身が異性からの視線を攫えるほど魅力を持ってなどいないと自覚してもいた。けれど、女性としての恥じらいはあった。一応。お年頃の女性なのだという自覚も。

 しかし、実際にはモテた事がないと思っているのは本人だけで、アーリアはその透けるような白い肌と端整な小さな顔を彩る白金の髪、見る角度で色が違って見える美しい瞳、と実際はモテる要素がたっぷりなのだが、持ち前の勘違い発想と発言で、ナンパ目的で寄って来た男たちを百発百中で全回避していたのだ。

 狙ってやってるのか?と兄弟子たちに思われているなど、考えた事もない『空回り思考』なのだ。

 魔法と魔術、魔宝具に人生を注いできた引きこもりの思考には恋愛脳など無く、師匠にもその弟子たちにも残念な子を見るように見られているなど、今も知らない。

 元々、回りくどい言い方だと伝わらない、という石頭なのだ。直接、ハッキリと伝えないと伝わらない。その割に能天気な部分もあるのだが……。

 それでよく魔宝具職人マギクラフトなど務まるな!と言われれば、こう答えるしかない。そこに特化した脳を持っているから、と。

 人は夢中になるモノなら、そこに特化するものだ。剣術しかり、武術しかり、魔術しかり。ただそこから外れると、全く無能になるのだから困ったことだ。人はそれを『変人』と呼ぶのだろう。どの世も、天才と変人は紙一重。


『ん〜〜気持ちいい!』


 そんな紙一重な魔導士は、今はいそいそと水浴びの最中だった。もしもの時の為に、下着のまま水をザバザバ浴び、そのままタオルで身体を清め、魔宝具で乾燥!これで完璧だ。

 時短水浴びだが仕方がない。今は逃亡の身の上。贅沢は言えない。そう諦めつつも、アーリアはそっとため息を吐いた。『本当なら水浴びくらいゆっくりしたい』と……。


 念の為に使用している《探査》だが、辺りに不審な動きはない。


 アーリアは昨晩、ジークフリードから貴族の生活振りというものを聞いた。入浴時、貴族たちは湯船たるモノにたっぷりとお湯を張って、ゆっくりと肩まで浸かるそうなのだ。それを聞いた時アーリアは『なんてステキなんだろう!』と目を輝かせた。きっと極上の時間に違いない。一度は体験してみたい!と。

 アーリアはそんな夢の風景を頭に思い描きながら、タオルをギュッと絞って水を切った。そして、大判の乾いたタオルを身体に巻きつけて水気をとった。と、その時、『ピュ〜〜〜』と気の抜けた音ーー口笛?ーーが聞こえてきた。


「僕ってばナイスタイミング!」


 声のした方を向くと猫の獣人が川向こうに佇んでいる。口元がニマニマした満面の笑みをたたえている。柔らかな短い毛に包まれた耳と白く細長い髭がピクピクと動いた。


 因みに《探査》スキルは、猫獣人の出現と共に反応した。


 ー反応遅い〜!いきなり反応しても、私にはなんともできないから〜〜‼︎ー


 アーリアは陸に打ち上げられた魚のように口をパクパク開けて絶句する。

 なぜ、こういうタイミングにまた刺客が来るのか?自分はなんて運がないのか?だいたい一日は24時間あるのに、陽が昇ってから沈むまでの時間の、よりによって一番出て来て欲しくない時間を、刺客があえて選んでが来るーーように思えるーーのは何故なのか?など、文句が次々と生まれては消える。


『〜〜〜〜〜〜!!?』

「どうした? ーーお、お前ッ!?」


 半分パニックになって、アーリアは声にならない声をあげた。

 その声にならない絶叫と気配の変化に気づいたジークフリードは岩の反対側からこちらに歩を進めた。そしてすぐ、素肌にタオルを巻きつけたように見える格好のアーリアを見て、慌てて素早く目をそらすと、川向こうの猫の獣人の姿を目視で確認し、反射的に腰の長剣を引き抜いた。


「何者だ、貴様!」

「そんなの、追手に決まってるじゃん?」

「もう少しタイミングを選べ!」

「そーんなこと言って!君だって、ちゃっかり見ちゃったクセに!子猫ちゃんのカ・ラ・ダ」

「ッーー! それは貴様のせいだろ!?」

「スナオになりなよ〜〜!イイモノ見れたんだし、固いコト言わなくていーじゃん?」

「…………」

「え?図星?カタブツなのに実はムッ……」

「…………殺す。」


 柔らかな獅子の鬣が、その鋭い瞳が、陽の光を浴びながらギラギラ輝く。剣が魔力を浴びてうっすらと紅い光を帯びる。ジークフリードは殺気を隠しもせずその怒りのまま猫の獣人に突っ込んだ。


「こらこらこら!まーたまた特攻?」

「五月蝿い」

「おんなじ事しても芸がないよ〜?」

「剣技《駿足》!」


 ジークフリードはスキルを発動させる。《駿足》は足の身体能力の向上だ。猫の獣人は加速したジークフリードの動きを難なく追いつつ、振り下ろされる刃を避け、投げナイフを投下する。ジークフリードはそれを刃の腹で弾いた。

 アーリアはそんな二人を放ったらかして、木の裏手でいそいそと服を着る。濡れた髪など今は放置するしかないが、この際、仕方がない。アーリアは急いでカバンからいくつかの魔宝具を取り出すと、掌にギュッと握り込んだ。


「いーじゃん?役得だったでしょ?子猫ちゃんの水浴びシーン」

「年頃の女性に向かって……」

「そーゆー君もオトシゴロなんだから、自分に正直になりなよ〜!」

「……コロス」


 ジークフリードの目は全く笑っていない。猫の獣人が言っていることが、強ち外れてはいないだけに殺気が更にこもるようだった。


「でも、実際君ね、ほんっとにタイミングが遅いと思うよ〜〜、本気で守る気あんの?」

「なんだと!?」

「《闇歩》」


 その瞬間、また昨夜の細身の青年のように、猫の獣人の姿がジークフリードの前からかき消えーー次の瞬間、アーリアのすぐ側にその姿が出現した。

 目の前に突如現れた猫の獣人を見上げ、アーリアは魔宝具を掴んだまま硬直した。


『ーーーー!』

「はい。『捕まえた』、と……」


 アーリアの腕を掴むと、昨夜と同じようにわざわざ『捕まえた』ことを宣言した。その事にアーリアは気づき、明らかな違和感を覚えた。

 アーリアは左腕を掴まれたまま猫の獣人を見上げていると、猫の獣人の体が急に震えだした。



『ー白き髪の魔女を生かして捕獲せよ。そして、俺の前に連れてこいー』



 猫の獣人に掴まれた腕を通じて頭の中に流れ込む、男の低い声と黒く禍々しい魔力。


「っ……! くっそ……!? な…んで……」


 アーリアを掴んでいない方の手で、頭を掻き毟り、苦しみ出す猫の獣人。

 ジークフリードは猫の獣人とアーリアとの間に身体を割り込ませて入り込んむと、アーリアの腰を抱いて猫の獣人から一足飛びで離れ、距離をとった。


「アーリア、すまない……」

『大丈夫です!それより、あの獣人ヒト……』

「声からして、昨晩のヤツじゃないか?」

『さっき……あの獣人ヒトを通して低い男の声が聞こえました!もしかして《隷属》が……?』

「だろうな……」

『!』


 猫の獣人は両手で頭を押さえて、身体を身悶えさせる。

 アーリアには彼に纏わり付く禁呪《隷属》の魔力の鎖が薄っすらと見えた。ジークフリードのように精神世界での繋がりが無くとも見える、どす黒く淀んだ魔力。そして具現化するほどの強い呪いにアーリアは息を飲んだ。かけられている者にかかる負担はどれほどのものだろうかと、思わず喉奥を痙攣らせる。

 すると、猫の獣人が苦しみながらもアーリアに顔を向けた。苦しみと悲しみ。絶望。そして諦め。それらが複雑に混ざり合う。そんな中にあるアーリアに向ける少しの優しさ……


『大丈夫。僕は、君を傷つけたりしないよ……』


 獣人の唇が微かに動いた。

 アーリアには猫の獣人が何と言ったのかはっきりと聞こえた。

 猫の獣人は腰の後ろから一本の短剣を引き抜いた。それを迷わず喉へと押し当てーー……


 ーダメ!彼は……ー


 アーリアはジークフリードの胸の中から抜け出し、猫の獣人へ駆け寄った。そしてその勢いのまま抱きつく。猫の獣人は自分に突き刺すはずのナイフの刃がアーリアに触れそうになるのに驚いて、直ぐにナイフを地面へと離した。


 ー……ヴァン……ー


 アーリアを中心として広がる優しい翠の光。

 猫の獣人を締め付ける黒く悪しき魔力の流れが途切れる。

 アーリアは勢いに任せて全体重をかけ、猫の獣人を川の中へと押し倒した。直後、バシャンと激しく跳ねる水しぶき。猫の獣人が弱っていただけで、普段のアーリアならできない力業だ。

 アーリアは押し倒した猫の獣人の胸の上に乗っかかり、魔宝具『竜の涙』をその胸の上に置くと、川の水を猫の獣人に向かって手で適当にぶっかける。そして有無を言わさず猫の獣人の両頬を自分の両手で包み、その頭に額をくっつけた。

 アーリアは瞳を閉じながら魔力を高め、全身に行き渡らせると、猫の獣人に己の魔力を強制的に流し込んだ。次いで猫の獣人の精神世界アストラルサイドへの扉をこじ開けた。


 暗い暗い穴の底。一本の支柱に巻きつく黒く錆びた鎖。今にも朽ち果て、消えていきそうな何もない荒野。その風景にアーリアは息苦しさを覚えた。


 ー人によって精神世界の姿、有様は全く違う。精神世界とはその人そのもの。心のカタチー


 アーリアは両手を広げて魔術を編む。呪文の構成が波紋のように広がっていく。


「《癒しの光》」


 心に灯る一つの光となってほしい。

 この殺伐とした世界の有様に、アーリアは祈るように魔力を流し込んだ。


「《光の壁》」


 細い金の糸が編まれるように精神世界を優しく包んでいく。

 二日連続、襲撃を受けた迷惑極まりない追手だと言うのに、アーリアには彼を助けたい理由があった。しかし、自身の生死は自身で選ぶモノ。アーリアの勝手な気持ちは本人には迷惑なことかもしれない。それでもーー


「目の前で死んでほしくない、かな……」



 ※※※



 目を開けると猫の獣人の顔が目の前にあった。身体を完璧に預ける形で、アーリアが押し倒した格好のままだ。


「子猫ちゃんってば、大〜胆っ!」

『!?』


 猫の獣人がニマニマと笑いながら見つめてきた。その表情は、死を受け入れた諦めと絶望の顔ではなくなっていた。両の耳と髭がぴくぴくと嬉しそうに動く。


「馬鹿なのか貴様!? いーかげんに離せ!」


 ジークフリードがアーリアの身体を猫の獣人から引き離しながら、その腕に抱え上げる。

 アーリアはされるがまま、ジークフリードの腕の中に身体を預けた。頭がクラクラと揺れている。目眩が酷くて自力で立てそうになかった。


「アーリア、大丈夫か?」


 聞かれて『はい』と応えようとしたアーリアだったが、それは無理だとすぐに気づいた。脳が揺れているような感覚が続いている。とても言葉を発する事すら覚束なったのだ。

 猫の獣人は水の中から起き上がると、頭をぽりぽりとかいた。


「またまたムチャをしたねぇ、子猫ちゃんは」

「……どう言う意味だ?」

「他人の精神に無断で侵入した挙句、精神世界での術の行使なんて、無茶苦茶だよ!フツーしない。てか、出来ない」

「……?」

「君、 『魔術』を全く知らないんだね?人の精神世界に入るなんて、《契約》でもしてなきゃフツーはムリなんだよ。それを子猫ちゃんは自分の魔力のみでゴリ押しで入って来たんだ。そりゃ、立てなくなるだろうさ」


 ジークフリードは完璧に警戒を解いた訳ではなかったが、猫の獣人に敵意が無いことはわかるので、意識的に殺意を抑えた。加えて、この獣人の事をアーリアが身を呈して守った事が大きかった。あの行動にはジークフリードも驚いたが、何故か、アーリアの突飛な行動を邪魔する事は出来なかったのだ。


 ジークフリードはアーリアを横抱きにしたまま川から出ると、荷物の置いてある木の下にどっかりと座った。猫の獣人もちゃっかり付いてきて、アーリアを抱いて座るジークフリードの前にしゃがみ込んだ。


「君さ、生活魔法くらい使えるでしょ?乾かしてやんなよ?」

「い、言われなくても……!《乾燥》」


 ジークフリードは生活魔法ーー魔法や魔術の理論も知らなくても唱えるだけで使えるーーを唱えた。アーリアの濡れていた髪や身体が乾いていく。


「ー其は導きであり癒しであるー《癒しの光》」


 アーリアを暖かな翠の光が包む。猫の獣人が唱えた回復魔術だ。


「回復魔術は精神の回復にはならないから、あんまり意味ないかもだけど……」


 猫の獣人は苦い顔をしながら、アーリアを見守っている。その表情はどう見ても、襲撃者のソレではなかった。



読んでくださり、ありがとうございます!

ブックマーク登録、本当に嬉しいです!ありがとうございます!


またまた、追手が登場!

追撃者なのに、そう見えない彼の言動にジークフリードが振り回されます!


意外な?刺客4 に続きますので、宜しければ明日もお読みください。

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