帝国の未来4 真実
「因みにコレは『何に』対しての謝罪なのですか?」
アーリアに対して頭を下げたシスティナ国王太子ウィリアム殿下とエステル帝国皇太子ユークリウス殿下。その謝罪に対してリュゼは冷静な表情ーーいや、かなり冷ややかな表情で口を挟んだ。
「アーリアがエステル帝国へと攫われてきた事に対してだ」
リュゼの言葉に対してユークリウス殿下の返答は、これまでの疑問を全て吹き飛ばす発言だった。
リュゼはユークリウス殿下の言葉を受けてこれまでに起こった全てに得心を持ったようで、琥珀色の瞳にナイフのような鋭い威圧を乗せた。
「全ては初めから仕込まれていた。そういうコトですよね?殿下」
リュゼの挑発的な声音と表情、その確信とも呼べる問いに、ユークリウス殿下とウィリアム殿下は悪びれもせず、ごくアッサリと同意を示した。
「ああ。お前の言う通りだ、リュゼ」
「アーリアがエステル帝国に来ることになった事件は、我々二人が意図して起こしたのだから」
そして最後には暴露とも呼べる言葉を放つ。
「この結末も我々二人が望んだものだ」
アーリアはユークリウス殿下とウィリアム殿下から齎された言葉に、衝撃を受けていた。そして衝撃が過ぎた後には口を引き締めて拳をギュッと握った。
この答えを予想していなかったと言えば嘘になる。エステル帝国に来てからというもの、アーリアはリュゼと共に『システィナ国の『東の塔』を守る魔女が何故、エステル帝国に捕らえられたのか』という疑問を考え続けていたのだから。
当初はユークリウス殿下の言葉を鵜呑みにしていた。
『エステルは魔女の存在を盾にしてシスティナに脅しをかけ、ライザタニアからシスティナへと戦争を仕掛けさせる』
システィナ国とエステル帝国、その二国間に『戦争状態』を引き起こしたい強欲貴族がいる。その貴族が『北の魔女』シルヴィアを使い『東の魔女』アーリアを嵌めたのだ、と。
だが、これだけの情報では繋がらない点が出てくるのだ。
何故、『東の塔』の守護を担当するアーリアが『北の塔』へ訪問する事への許可と決定が為されたのか?
何故、アーリアが湖から川へと流された先にエステル帝国の近衛騎士、それもユークリウス殿下の騎士ヒースが待ち構えていたのか?
『北の塔』にアーリアを派遣する事を言い出したのはシスティナ国第二王子ナイトハルト殿下だ。しかし、『東の塔』の守護者派遣に反対を示した貴族官僚は存在した筈なのだ。すると、それを可能にした『誰か』がいたと予想される。
そして近衛騎士ヒース。彼はユークリウス殿下に忠誠を誓う騎士。右腕にして参謀。ユークリウス殿下の裏方を一気に引き受けている影のキーマン。近衛第8騎士団 団長でもあるヒースが自ら、システィナの魔女を捕獲する為に皇帝派閥の貴族により派遣された騎士に混じり、ユルグ大山の麓までやって来たのには、その裏に何か理由がある筈なのだ。潜入や偵察ならば部下に任せれば良いだけではないか。それなのに、ヒースが向かわねばならなかったその理由とは……。
この事件を裏から手引きする存在がいる。
そのような結論を持つに至るには、時間はかからなかった。
「その顔……。アーリア、お前はいつからか勘づいていたな?」
「薄々は。『誰か』の思惑に沿う為に私をどうしても『北の塔』に連れて行く必要があったのではないか、と。それにあの場面にヒースさんが居た事が不自然でなりませんから」
「だよねぇ……。『塔』の魔女は本来なら守られる立場だ。なのにあの時、アーリアの護衛は少な過ぎた。今考えると意図的に少なく配置されていたとしか考えられないからね」
アーリアの言葉を捕捉するようにリュゼの言葉が続く。
リュゼは護衛騎士としてエステル帝国で過ごす内に、要人警護の在り方を学んだ。近衛騎士が帝宮内でどのように配備されているか。近衛騎士団がどのように皇族の警護を行なっているか。それを学び理解した。だからこそ、あの時の警備体制は異常だった思われたのだ。
「お前たちはこの何ヶ月かで、本当に成長したのだな?」
「いらん知恵を学ばせ過ぎたやも知れんな」
ウィリアム殿下の賞賛とも取れる言葉を呟いた。しかしその目は憂いを帯びていた。
ユークリウス殿下は逆に嘆息した。自分の施した教育は自分を暴く力となってしまったのだから。殿下は二人の成長を素直に褒めて良いのか分からないようだった。
「だが、お前たちの考えは当たらずも遠からずだな」
「それは、ユークリウス殿下から聞いた情報には『真実と虚偽とが混ざっている』という事ですね?」
アーリアの視線を受けてユークリウス殿下は満足そうに頷いた。与える情報には嘘とほんの少しの真実を混ぜて、というやり方は、アーリアがユークリウス殿下から習った策略であった。短い期間だったが、アーリアはユークリウス殿下の囮であり駒だった。これまで幾度となく殿下に都合よく使われてきたアーリアだからこそ、ユークリウス殿下の考えが直ぐに読めたと言えよう。
「システィナの『塔』の魔女を利用してシスティナとエステル、ライザタニアの三国を巻き込んだ戦争を引き起こそうとしていた貴族がいた事は真実だ」
一つ目の真実。
ユークリウス殿下の言葉を引き継ぐようにウィリアム殿下が話し始めた。
「ライザタニアはシスティナを狙っている。これは二年前より現在も継続中だ。また、システィナとエステルにはライザタニアの戦争で稼いでいる貴族どもが存在する。その者たちが『東の塔』の魔女殺害を企てたのが事の発端だな」
そして二つ目の真実。
戦争を商売と捉える貴族、商人はどこの国にも存在する。
人々の暮らしを豊かにする為の魔宝具を戦争の道具に作り変えられている現実を、魔宝具職人であるアーリアも知っていた。それは国家間で禁忌とされた外道ではあるが、裏ではその禁忌を犯す魔宝具職人や魔導士が幾人も存在するのだ。己の手がどれだけ血塗られようと、己の持つ技術と才能を世間に知らしめ認めらる事を『是』とする魔導士がいるということ。それは魔導士でなくとも、人間の中には他人に『認められたい』という欲求には抗えぬ想いがある事は理解できなくはない。理解した所でその価値観を認める事はないが。
戦争には剣や槍、矛や盾、弓矢などの武器、鎧や兜、甲冑などの防具は必須。また毒薬や呪具、各種ポーション、装甲馬車といった道具。その他、多岐に渡る商品の売買が行われる。それも大量に。また戦争が起こると人身売買も活発になると聞く。戦争は金になるのだ。
他国でやられている分には他人事だ。しかし、自国がその的となると心穏やかではいられない。しかも戦争の引き金にされるとなれば、良い気持ちなとしはしない。
アーリアは唾を飲み込んだ。口の中が緊張からカラカラに乾いていくようだった。
「私たちは戦争を食い物にする貴族どもの思惑を潰したかった。だが、あからさまに追い詰めれば逃げられるのは分かっていた。だから逆に、その思惑に乗ってやる事にしたのだ」
「それがアーリア。お前を殺させずにエステル帝国に捕らえさせる、という策だ」
捕らえられたアーリアを、偶然ユークリウス殿下が助けたというのは偽りであった。
アーリア殺害計画が避けられないモノなのならばそれを逆手に取り、少しでも緩和させる為に意図的に犯罪を見逃し、穏便に犯させる。その策略は一見、博打のようなものであった。
「私はシルヴィアの醜悪な想いに気づいていた。気づいていないのは当のナイトハルトぐらいなもんだったのでな」
吐き捨てるように零すウィリアム殿下。その顔が不快そうに歪んでいる。
ウィリアム殿下は相当、シルヴィアの悪行には業を煮やしていたそうだ。それもその筈、シルヴィアは社交界に於いてナイトハルト殿下に近づく令嬢を裏で排除していたというのだ。シルヴィアは政治上、どう頑張ろうとナイトハルト殿下の妃にはなれなかったというのに。
それを止める為に、ウィリアム殿下はシルヴィアを『北の塔の魔女』に推薦した。意図を察した時の宰相サリアン公爵はシルヴィアを言葉巧みに唆し、『北の塔』の魔女に任命した後、彼女を北の最果てに追いやったのだ。
「ナイトハルト殿下は、その……」
「ナイトハルトはこの計画事態知らん。アーリア殿を『北の塔』に誘ってみては、と唆したのは私だからな」
「もしかして、ウィリアム殿下が廊下で『塔』のシステム改善について話し出したのは……」
「すまんな。それも計画の内だ。アーリア殿を断り難くさせる為の……」
嗚呼!とアーリアは天井を仰いだ。あの時から既に、アーリアはウィリアム殿下の手中にハマっていたのだ。
「……でもさ。アーリアは一歩間違えば死んでたよ?」
とリュゼ。リュゼの表情は明らかに怒っている。眉根が鋭く釣り上がり、その口調は護衛騎士のものではない。全身から怒気が滲んでいた。
「すまない!まさか、アーリア殿が易々とシルヴィアに突き落とされた挙げ句、無抵抗のまま湖に落ちるとは思ってなかったのだ!」
アーリアの運動能力の無さが計算外だったと言うウィリアム殿下。リュゼからの視線を受けてかなり気まずげに目線を逸らしている。アーリア自身は更に居た堪れなかった。
「俺はエステルの貴族内にシスティナに通じる者がいるという情報を得ていた。だからそのまま泳がせヒースにつけさせた」
ユークリウス殿下はそう言いながらヒースを指差した。全員の視線を受けたヒースは苦笑した。
「何故、ヒースさんを?」
「『敵を騙すにはまず味方から』と言うだろう?俺はこの計画をヒース以外には誰にも話していないからなっ」
これは他の近衛第8騎士団の騎士たちにも内密の計画であったとのこと。
「それにヒースは『精霊の路』を作れるからな。『東の塔』の魔女に万一があっても、即座に帝宮に連れて来られる寸歩になっていた」
「現にお前は助かっただろ?」と言われてはアーリアはぐうの音もなかった。アーリアを殺させずに保護する為に、『精霊の路』を作れるヒースが待ち受け、帝国一治療に特化した魔法を使えるユークリウス殿下が待機していたというのだ。
「ヒースさんって……?」
アーリアは恐る恐るユークリウス殿下の顔を覗き込んだ。
「俺の乳母兄弟だ。そしてヒースの中にも帝室の血が濃く流れている」
成る程。とアーリアとリュゼは頷いた。ヒースは薄い銀髪をしている。その端正な顔立ちも何処となくユークリウス殿下と似ている所があるとアーリアは思ってはいたが、どうやら親戚筋だったようだ。
アーリアにまじまじ見つめられたヒースは、優しげな表情をほんのりと赤らめさせた。
「ヒースには隠遁の魔法をかけ、潜入してもらった。途中まで他の騎士はヒースの存在を意識できなかったはずだ」
近衛第8騎士団 団長だというのにヒースはあっさりと他の騎士団に紛れ混む事ができていたのは、魔法の効果があったからだそうだ。
「そして、計画は実行された」
ウィリアム殿下の策略によってアーリアは意図的に『北の塔』へ派遣される。
シルヴィアにアーリアを意図的に襲わせる。
エステル帝国の近衛にアーリアを捕らえさせる。
囚われたアーリアをエステル帝国皇太子が保護する。
それが一連の流れだった。
「そして私を保護したユークリウス殿下は、下手に手出しされぬように『システィナの姫』に偽装させたんですね?」
「ああ。まぁ俺の計画にも『ついで』に協力してもらったがな……」
使えるのもなら猫の手でも使え。ユークリウス殿下はアーリアを有効活用したのだ。しかし、システィナの姫の存在はエステル帝宮に於いて大きな疑惑を孕む要素。しかもその立場を『皇太子の婚約者』とするならば、どの事件も避けては通れぬ道ではあった。
ユークリウス殿下は自分の行為を悪し様に言う事でその責任全てが自分の行いにある、とアーリアに思わせようとしている。アーリアにはユークリウス殿下の意図にすぐ気がついた。
「ユリウスは素直じゃないですね?」
「ん?何のことだ……?」
「私はそれを察せられないほど愚かではないですよ?」
アーリアはユークリウス殿下の瞳を真っ直ぐに見据えた。
ユークリウス殿下は確かにアーリアを守っていた。その身の内でアーリアを傷つけぬように。傷つかされぬように。その事をアーリアは身を持って体感していた。
現にアーリアは何処も傷つけられていない。暗殺者などからの脅威にも晒され危険な目にはあった。しかし、ユークリウス殿下は日夜、近衛騎士にアーリアを影から警護させていたのも事実なのだ。騎士たちは偽の姫であるアーリアを黙々と守ってくれていた。一度としてアーリアを責める目線を受けた事も、文句を言われた事もない。更にはアリア姫に対する誹謗中傷も皇太子宮では聞いた事がないのだ。それは意図して『誰か』がアーリアの耳に入らないようにしていたからに他ならない。
その『誰か』など、考えなくても分かるではないか。
「何の事か分からん」とそっぽ向いたユークリウス殿下にアーリアは満面の笑みを浮かべると、深々と頭を下げた。
※※※
ウィリアム殿下はアーリア殿がユリウスに保護されている間、システィナ国内にメスを入れたそうだ。
『北の塔』の魔女シルヴィアの更迭。
『東の塔』の魔女アーリア殺害計画に関わった貴族の捕獲。
今は『塔』による防衛の在り方に切り込んでいるそうだ。
「エステル帝国は精霊に傾倒し過ぎている。このままではこの国は近い内に滅びるだろう。そう悟った俺はシスティナの魔宝具に目をつけた」
それはもう十年以上前の事だそうだ。
ユークリウス殿下は一人の少年に出会った。それは隣国システィナの王太子であった。二人は留学先の学園で同じ教師から教えを受けていた。
「ウィリアムはな、俺の前で魔宝具を使って水を生み出したんだ。それはウィリアムにとってな何てことのないもので、寧ろ日常に溶け込んだ常識だったんだろう。だが、俺にとってそれは非常識な光景だった」
師範から剣術の指南を受けた授業のあと、ウィリアム殿下は魔宝具で水を生み出し頭から被ったという。それを見たユークリウス殿下は驚愕したという。『何だ、ソレは⁉︎』と。
ウィリアム殿下は魔法、魔術共にその素養はない。センスがないのだ。魔力を持っていても、一概に魔術を使える訳ではない。生活魔法(=生活魔術)程度ならば可能だろう。しかさその範疇を超えた術の行使ができないのだ。
魔術発祥のシスティナに於いてもその手の人間はごまんと居る。しかし魔宝具がその助けとなっている為、日常生活に不安はない。
況してやウィリアム殿下は王太子。日常生活のアレコレは従者や側仕えの仕事だ。王族は一定期間、騎士寮に入り修行する為、ある程度の身の回りの事はできるが、それ以上の事はする必要がない。だからウィリアム殿下は魔術が使えずとも日常では何ら不便はなかった。まして不便と思う事は全て魔宝具が補ってくれるのが『当たり前』なのだから。
ウィリアム殿下にとって『当たり前』の行為であったソレは、ユークリウス殿下にとっては初めて目にする『非日常』な光景だ。
ユークリウス殿下は同時それほど仲が良い訳ではなかったーーいや、寧ろ敵国ということで避けていたウィリアム殿下に向かって『ソレ』が何なのかを問い質した。
『おい、ソレは何だ?』
『ソレってコレの事か?これは水を生む魔宝具だ』
事も投げに答えられたユークリウス殿下は苛立ちを覚えたそうだ。
ウィリアム殿下は魔法の素養も魔術の素養もない。だがユークリウス殿下は幼い頃より魔法に長けていた。
休戦中の隣国システィナの王太子に対して『魔法の雅さも分からぬ野蛮者』、『魔術発祥の国の王子なのに魔術が使えない脳筋』と馬鹿にしていたユークリウス殿下。それがここに来て、ウィリアム殿下から『魔宝具を知らないとは何処の田舎者か?』と言わんばかりの目で見られた事にショックを隠しきれなかったそうだ。
しかし、それは全くの誤解だった。
ウィリアム殿下は魔宝具が日常の風景の一つに溶け込んでいる所為で、魔宝具の有能さや凄さを感じる機会がなかったのである。決してユークリウス殿下を馬鹿にした訳ではなかったのだ。
「当時の俺はシスティナを相当馬鹿にしていたんだろう。魔法もろくに使えぬ民族だと。だがそれは違った。誰もが魔法を使える為に魔術を生み出し、そして魔宝具をも生み出したのはシスティナの民だ。俺はその魔宝具を息をするような感覚で使うウィリアムを見て、自分の考えの愚かさに気づいた。ついでに我が国の愚かさにも気付かされた」
ウィリアム殿下は胸にかかるペンダントに手を触れた。それはアーリアから貰った魔宝具であった。
「ウィリアムと過ごす内に、エステルの歪さにも気づいていった。身分制度とは上手く言ったものだが、エステルでは貧富の差が大きい。そして貧富の差を埋めるに必要な政策を実施しようにも、『精霊信仰』が邪魔をしてくるのだ。『精霊信仰』とは本来、国民の精神を豊かにするもの。しかし、現在の帝国は宗教、信仰とは名ばかりの金の亡者どもの巣に成り果てている。そしてその巣は帝宮にも蔓延していたのだ」
宗教活動は金になる。
戦争と宗教は紙一重なのだという。
盲目的な信者は金を積み安心を買う。
金を使って戦争を起こす。
何のことはない。エステルは『精霊信仰国家』ではなく、『戦争誘発国家』だったのだ。
「『精霊信仰』全てが悪い訳じゃない。だが、それを扱う者の性根が腐っていたならどうだ?国家は戦争に呑まれて、いつか近い内に転覆するに至るだろう」
ユークリウス殿下は自分の代で国家体制を整える事を目標にした。その為に必要な足場作り。それが急務であった。
「これがなかなか難しくてな。一度根付いた思想を覆すのは難易度が高い!頭の固い連中、私利私欲に走る連中、日和見を決め込む連中……。兎に角、それら全てが俺の行く道の邪魔をするッ」
「ユリウス殿下はエステルに魔宝具導入を検討され始めました。しかし、それは帝国貴族にとって都合の良いものばかりではございません」
近衛騎士ヒースはユークリウス殿下の第一の忠臣。ユークリウス殿下の想いに深い理解を示している。そして、ユークリウス殿下の取り巻く環境を誰よりも把握していた。
「一番の障害が皇帝陛下、そして二番目にブライス宰相だった。陛下は精霊第一主義だからな。俺の主張は精霊信仰の在り方を揺るがしかねないと知り、エヴィウスを次代に立てる準備をし始めた」
「エヴィウス殿下を……?」
「だが、知っての通り、エヴィウスは政治に関心がない。……これは俺の憶測だがな、陛下はエヴィウスに『帝位につけばアリア姫をやる』とでも言って釣ったんだろうさ」
急に自分の名が出てきたアーリアは瞬きの後に素っ頓狂な声を上げた。
「えっ……⁉︎ は?」
「なーるほど、だから、へぇ……」
リュゼはどこか納得顔で仕切りに頷いている。
「まぁ、後はお前の知っての通りだ。『精霊女王』を捕らえた帝国は自然災害に見舞われ、農産業は壊滅手前、経済は破綻の一途。流石のブライス宰相も『こりゃまずい!』とばかりに、俺に手を貸した」
ユークリウス殿下は肩をすくめた。その表情はどこか悪戯の成功した子どものような顔だ。
「エステルは現在、システィナに食品輸入を頼まねば食う物も困る状況だ。しかし、これまで上から見くだしてきたエステルが急に下手になど出られる筈がないだろう?」
ユークリウス殿下の言葉にアーリアは続きを読んだ。
「だから『アリア姫』を使ったの?」
「そうだ。『アリア姫』を通してシスティナを侮辱した貴族がいる事をウィリアムに情報流出しーー」
「システィナは『国』として抗議する。……システィナはエステルの皇帝陛下直々に謝罪を受ける事で、溜飲を下げる事ができた」
「一度頭を下げたエステルはシスティナから穀物を含めた食品輸入を頼み易くなった」
ユークリウス殿下の言葉にウィリアム殿下が補足説明を加えて話は完結した。
「一件落着」
「喧嘩両成敗」
「ま、そういう事だな」
アーリアとリュゼの言葉にウィリアム殿下はハハハと笑い、アーリアの頭をポンポンと撫でた。如何にもお兄ちゃんが可愛い妹にするような仕草だ。
「おいおい。えらく可愛らしく表現したものだな?俺たちの十年に於ける計画と執念の結果に」
ユークリウス殿下は義兄妹の微笑ましい遣り取りに、口を曲げた。
「良いじゃないかユリウス。『終わり良ければ全て良し』というではないか?」
ウィリアム殿下は豪快に笑うと、ユークリウス殿下の頭を無断でガシガシと撫で付けた。それを鬱陶しそうに、だがどこか嬉しそうにウィリアム殿下の手を払い退けるユークリウス殿下は、この結果に満足していると言う事なのだろう。
アーリアは囮 兼 駒にされた身ではあるが、主犯たちの達成感に満ちた晴れやかな笑顔に、怒る機会もその気持ちも失せていったのだった。
「だから、先ほどの謝罪となった訳ですね?」
「そうだ。改めてアーリア殿にはこの度のご助力について感謝を申し上げよう。ありがとう!」
アーリアに対してウィリアム殿下が大きな手を差し伸べた。アーリアは少し迷ったものの、その手をゆるゆるとと取った。
「俺からも謝辞を。アーリア、ありがとう。お前のおかげで事がスムーズに運んだ。お前は俺の最高の伴侶だ!」
ユークリウスは謝辞と共に手を差し伸べると、アーリアと握手を交わすウィリアム殿下の手の上から、ガシッと二人の手を纏めて包み込んだ。アーリアは「まだ伴侶じゃないよ」との呟きを苦笑と共に飲み込んだ。
「いいえ。こちらこそお二人に感謝を示さねばなりません」
アーリアは二人の殿下の瞳を交互に見つめながら頬を薔薇色に染め、最高の笑顔を見せた。
「ユリウス殿下、ウィリアム殿下、お二人とも、ありがとうございました!」
ユークリウス殿下とウィリアム殿下。
アーリアはこの彼らの所為で危険な目に合ったとはいえ、彼らのおかげでこれまでエステルで生き残れてきた事も事実だった。そして、謝罪などせずとも良かった状況に於いてアーリアに頭を下げて謝罪したのは、彼らなりの筋の通し方だと理解できた。
アーリアは本当は器用なのにワザと不器用に振る舞う二人の青年に、心が温かくなるのが分かった。
お読み頂きまして、ありがとうございます!
ブックマーク登録、感想、評価など、ありがとうございます!すごく嬉しいです‼︎
帝国の未来4 をお送りしました!
ユークリウス殿下とウィリアム殿下はアーリアに真実を全て打ち明ける必要は全くありませんでした。しかし、二人の殿下はアーリアに真実を伝え、謝罪しました。そこに二人の真摯な想いが見えるのではないでしょうか?
次話も是非、ご覧ください!