意外な?刺客 2
※(アーリア視点)
闇の中、木々の騒めきと木が爆ぜる音が耳をかすめる。真上を見上げると木々の葉の隙間から無数の星が煌めいているのが見える。
ーパチ、パチパチパチ……ー
焚き木の炎を正面に身体を温めながら、肩から当たる暖かい温もりを感じ、恥ずかしさをぐっと堪えた。こんな風に人肌の温もりを感じる程近くに異性の存在がある事なんて、これまでは家族以外にはあり得なかったから。
隣をチラリと伺うと、焚き木の明かりに照らされた端整な顔が間近に見えた。その端整な顔はとても機嫌がいいとは言えない。彼はいささか憮然とした態度で、枯れ木を火の中に投げ入れている。
先ほど起こった出来事を思い出すとため息が出た。自分の鈍臭さに頭痛を覚えると同時に、『何故?』と一つ疑問が浮かぶ。握り込んだ左の掌の中にある青い宝石。師匠から託された魔宝具、その効果が全く発揮されなかった事に……。
ーそれに、この状況……ー
なぜこのように肩と肩とが触れ合う密着した体制で暖をとっているのかと言えば、偏に、先ほど現れた細身の青年ーーあれは多分、あの魔導士から差し向けられた獣人だーーとの遭遇にある。
青年は元騎士であるジークさんにさえ、その気配を察知されず、やすやすと私たちに近づき、しかも交戦相手のジークさんをあっさり巻いて私を捕まえた。
ジークさんとしては契約相手に対して「何者からも守る」と誓った矢先の出来事だったので、きっと、彼のプライドはズタズタにされたんだと思う。彼は元騎士として、自身の実力に自信を持っているようだから。
私としては、あの出来事でジークさんを見限るような事は絶対にない。ジークさんの騎士としての能力を疑ったりしない。僅か数日の付き合いだけど、ジークさんに対する信頼も生まれつつあるの。先ほどの事はむしろ、彼が真っ当な騎士だから反応できなかったのではないか、とも思っているの。
あれはどう見ても《隠密》スキル。人を欺き調査するために特化した職業の人たちの為の能力。元騎士としての経験の中で、これまでその様な特殊なスキルを持つ者と遭遇した事がないんじゃないかな?
『あの……ジークさん……』
「……?」
遠慮がちに右手でジークさんの左腕に触れる。
『さっきの事、その、気にしないでくださいね?』
「ーー⁉︎」
ジークさんは無自覚に拗ねた態度をダダ漏れしていた事をたった今気付いたようで、分かりやすく取り乱した。
そんなジークさんの様子を心の中でクスリと笑う。見かけは堅物のようなのに、なかなか正直で素直な性格みたいで、なんだか親近感がわく。
『多分だけど、彼は《隠密》のスキルを持っているんですよ』
「《隠密》スキル?」
『はい。相手に気づかれないように近づいたり離れたりできるスキルです。それに、《影縫》や《葉隠》なんかのスキルも持っているのかも……?』
「全く聞いた事のないスキルだが……」
『私はたまたま、身近にこれらの特殊スキルを持ってる人がいたから知っていただけで……スキルの全容まではよく知らないんですけど、一度だけ見せてもらったことがあったので……』
「そうか……」
『偵察に来たくらいだから、多分、そんな能力を持っていそうだなって考えていたんです』
「……どんな能力があろうと関係ない。俺はまたお前を危険に晒してしまったのだから……!」
すまない、とジークさんは悔しそうに唇を歪める。カチャリとジークさんの持つ剣の柄から音が鳴った。
『すみません!私が鈍臭いばっかりに……』
「いや、アーリアが謝る事ではないだろう?」
『いぇ……その……実は私、それに対抗できるスキル、持ってたんです』
「は……?」
思わぬ告白にジークさんは私の顔をガン見した。そして、思いっきり至近距離に顔が近づいきて、私は焦りのあまりたじろいだ。
美形の至近距離接近は攻撃力が高すぎる。いくら兄さまたちから『恋愛値がマイナスだ』って言われている私でも、ドキドキするもはドキドキする。
「因みにどんなスキルだ?」
『ス、スキル《探査》です』
「《探査》というと、自分を支点として周囲のモノを探るというアレか?」
『私の《探査》はその領域を自在に広げる事が可能です。それに、隠されたモノを見つける事もできる。けど……』
「けど……?あぁ、そう言う……」
ジークさんは私の言わんとする事が分かったみたいで、少し苦笑してから私から顔を逸らした。
『ーー!わ、私だって、落ち着いた場所ならキチンと使えますよ、スキル!』
どんな技術があろうと、それは使う人次第。『上手く使い熟せるかどうか』ともいえるけど、どう考えても鈍い私がその場に応じてそのスキルを効果的に使えるとは思えなかった。情けない!
「それでも、それでも俺がお前を守れなかったのは事実だ」
ジークさんはポンと一つ私の頭を叩くと、真っ直ぐ正面をーー揺れる炎に視線を向けた。彼は、己の力を過信していたことを恥じているようだった。
元騎士であるジークさんも魔導士である私も、戦いの場に於いての条件は全く同じ。己が持つ能力を如何に活かせるかが重要な鍵になってくる。元騎士のジークさんはきっと、騎士や剣士を相手取る事は得意とするだろう。だけど、対魔術士、対魔導士、対暗殺者、対武闘家……など、剣を武器としない者との戦いになると、勝手が違う。相手が違えば攻撃も防御もその方法は様々なのだから。相対する者次第で攻略法をアレンジしなければならないのは、当然だよね。
「お前はどうしてそんなスキルを持っているんだ?」
『あ、その……幼い頃、このスキルがどうしても必要だったんです。だから必死に覚えました。スキルは姉さまが教えてくださったんです』
話し難い事柄を聞かれて、思わず首を竦めた。
すると、ジークさんは私の顔色を見て「無理には聞かない。聞かれたくないことなど、お互いに山ほどあるからな」と苦笑した。
「そうか、アーリアには姉妹がいるのか?」
『はい!姉さまもお師様の弟子の一人で、私の姉弟子でもあるんです』
「アーリアの姉弟子なら、その人も魔宝具職人なのだろう?」
『はい。ーーあ、でも、魔宝具職人としてより、師匠の秘書みたいな仕事の方が多いですね。師匠は対人関係が苦手な人なので、結構、姉さまたちに任せちゃってるんですよ』
お師様はかなりの人嫌いだ。魔宝具職人としての腕も確かで、魔導士としての能力や名声も高いのに、人と人とのやり取りーー人付き合いが苦手なの。苦手というより面倒なのだろうと思う。依頼を受けて魔宝具を造るのに、そのやり取りを面倒がって、弟子たちに押し付ける。
それに、その名声を聞いた欲のある者たちが擦り寄ってくるのも嫌らしい。欲に塗れた者は金や地位で脅してくることも間々あるらしく、そういう相手を適当にあしらっているので当然敵も多い。
国や政に取り込まれるのを嫌って『独立魔導士』になっている事からも、我が師匠ながら変人ぶりが伺える。国が後見に付くと予算も割り振られるし、保護も受けられる。だけど、有事の際 ー隣国との戦争などー に駆り出され、貴族や王族に好き勝手に使われる事になる。それらを鬱陶しがって繋がりをバッサリ切ってしまっている。
何を言う私とて、同じようにそういうシガラミをバッサリ切っているものだから、お師様の事など何一つ文句は言えない。『似た者師弟』という事にしておこう。
私の話に耳を傾けていたジークさんは「成る程な」と頷いた。
「アーリア。さっきの《探査》スキルだが、俺に教えてくれることはできないか?」
『教えることはできますけど……教えたからってマスターできるとは限りませんよ?』
スキルとは己の職業や特技に合わせた特殊なモノが多い。剣士には剣士の、騎士には騎士の、魔導士には魔導士の、武闘家には武闘家の……それぞれの特性に合わせたスキルが身につくものだ。それは先天的に身についているモノから、後天的に身につくモノまである。ある日、偶然身につくモノ。習って身につくモノ。様々だ。個人特有の能力まであるそうなので、スキルの数や種類は漠然としている。
教えて貰ったからといって、ほいほいと身につくとは限らない。センスや相性などもあるのだから。
私自身、魔導士としてのスキルや魔宝具職人としてのスキルを中心に幾つか所有している。きっとジークさんも騎士として必要なスキルを持っているに違いない。
「解っている。だがそのスキルが得られる可能性がゼロではないだろう?」
ジークさんの前向きな意思に私は目を見開いた。
『わかりました。あまり教えるのが上手くないので自信がないですが、頑張って教えますね!』
「よろしく頼む」
この時、ジークさんは後悔することを止めたようだった。明日以降も生きていく為にも、後悔して立ち止まっている訳にはいかないと思ったのかも知れない。彼は生命をかけてまであの男から逃げ出して来たのから。
触れ合った肩から、お互いの想いがじんわりと伝わるのがわかった。心の中が丸見えになるのは、こんな時、本当に恥ずかしい。だけど今は、互いの暖かな気持ちに触れて、勇気づけられるようだった。
※※※※※※※※※※
※(ジークフリード視点)
本来なら年頃の男女が婚約関係もなく寄り添うなどあり得ない事態だろう。もしも互いに婚約者などいたら、一大事だ。
奇しくも俺も元騎士、騎士道精神を骨の髄まで叩き込まれた生粋の騎士であり、『不用意に淑女の身体を触る事などあってはならない』事など、百も承知であった。
だが、それを押しても、俺はアーリアの身が心配でならなかった。
このような状況にあるのが知れたら、あの師匠は怒ってくるのではないだろうか?アーリアを大切に想っている事は、彼女の持つ魔宝具の数々が物語っている……
「アーリアには、婚約者がいるのだろうか?」
『……え?いませんよ?』
「そうか。なら良かった」
唐突な質問にアーリアはたじろいだ。
聞いておいてなんだが、平民の魔導士であるアーリアにとって『婚約者』という存在は、それ程身近ではないのかも知れない。幼少時より親に決められた婚約者がいるのは、平民でも金持ちの商人くらいのものだろう。あと、想い合う者がすでにいる場合か。
余談だが、後日聞いたところによると、魔術をこよなく愛す引き籠り魔宝具職人の恋人は、今のところ魔宝具オンリーだと言う。それを聞いた俺は若干引いたのだが、本人は全く気にしていないようであった。
『なんで、そんなことを……?』
「婚約者がこんな状態を見たら、卒倒するだろ?」
思わず立ち上がって距離を取ろうとしたアーリアの腕を素早く掴んで、元いた場所に座らせる。アーリアの顔が赤いのは、焚き火の炎のせいではないだろう。ほのかに赤く火照って見える彼女の頬に、俺は口を緩めた。
『じ、ジークさんだって、その、どうなんですか⁉︎』
「俺にはいない。今は……」
すると、『今は』と付け加えられた部分に、目敏くアーリアの表情が動いた。意外と言葉には敏感なようだな。
「俺はアイツに獣人にされる前は『元』騎士だったんだ。それに貴族なんてもんは親同士の決めた婚約者なんて子どもの頃からいるものだし、その婚約者だって時世に合わせてころころ変わるんだ。政略結婚なんて当たり前の世界だからな、あそこは……」
だから気にするな。そんな言い方で締め括れば、アーリアは『何を気にするななのか』『だからどうしろというのか』とあからさまに困惑した態度で眉を潜める。だけど、『婚約者はいない』という事だけは理解してくれたようで、アーリアは俺から距離を取ろうとしていた態度を改めて、再び俺の横に座り直してくれた。
実際、婚約者の有無に関わらず、こんな鬱蒼とした森の中に魔術も使えぬ少女一人放り出す訳にはいかない。野生の動物、魔物、山賊……と、夜の森には危険が多いのだ。追っ手以外にもそういったモノから身を守る術が無いアーリアが、たった一人で対処出来るとは思えなかった。
『……。ジークさん、貴族だったんですね?』
「まあ、な」
『じゃあ、こんな事もなければ出会わなかったし、それに、こんな風に話すことさえ不敬罪に問われちゃいますね?』
「……」
この国には明確な身分制度がある。平民、貴族、そして数は少ないが奴隷。身分は絶対であり、それを越える術はない。産まれながらに大きな壁があるんだ。
いくら高名な魔導士でもそれは同じだった。
魔導士や騎士は功績によって爵位を賜ることもあるので、一概に同じとは言えないが、それでも身分の上下は存在する。親しい者同士であっても、言葉遣いを誤る事はできない。厳しい現実がそこにはある。
『じゃあ……こんなに砕けて話してちゃ、ダメですよね?』
少し残念そうに言うアーリアの右手を、そっと取りあげた。ひやりとした冷たい手を両手で温めるように包む。
「その必要はない。アーリア……俺はお前に、無茶な願いを口にした。そして何より、今、俺とお前は協力関係にあるんだ。俺のワガママだが、どうか今まで通りに接してほしい」
『……わ、わかりました。じゃあ、元に戻るまでは、このままでいきますね?』
アーリアは少し困ったよう眉を下げると、ほんの少し笑みを浮かべてそう答えてくれた。でも、俺はアーリアのそんな気遣いに満足感を得たものの、『元に戻るまで』という言葉には、何とも言えない気持ちが胸の奥に燻りを持った。
読んでくださり、ありがとうございます!
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意外な?刺客 2 です。
しばらく続きます。
少しずつ、二人の過去も見えてきます。
よろしければ、次もお読みください。