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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と北国の皇子
165/491

帝都混乱2

 それは天高く、街の南に佇む白亜の宮殿の方角より現れた。


「なんだ?アレは……?」

「雲か……?」

「違う!アレは……!」

「あ、アレは……飛竜⁉︎ 」


 澄んだ冬空。その一点に影が射し込んだかと思えばそれは雨雲ではなく、なんと鱗を煌めかせた飛竜であったのだ。


 ーゴウッー


 飛竜は翼を羽ばたかせながら帝都ウルトの街中へと舞い降りると、低空飛行しながら人や物をなぎ倒していった。強風を受け吹き飛ばされた人々は地面や壁に叩きつけられ、巻き揚げられた市場の天幕や屋根瓦が空から降って割れ落ちる。

 響き渡る悲鳴。飛び交う怒号。満ちる混乱。錯乱する人々。伝染する恐怖。


 これが飛竜による恐慌の一日の幕開けだった。


「何故このような場所に……⁉︎ 」


 その問いに答えてくれる者は、この街のどこにもいない。


 飛竜は『空挺部隊』が管理飼育し、騎士によって調教されていて、帝都においては帝宮の敷地内にのみ存在する。近衛騎士団が『空挺部隊』管理を任されており、飛竜に乗った騎士が帝都上空を飛ぶ事は安全上を理由に禁止されている。その為、民間人が間近で飛竜を見る機会はほぼない。また帝宮内においても騎士以外には飛竜の特徴ーー大きさ、獰猛さ、その息遣いなどを知る者はまずいないといえる。

 だが、飛竜が広大な帝宮内の片隅で飼育されており、騎士の命令を聞くという事は一般常識だ。そして人間ヒトに飼われているとはいえ、飛竜も竜族。普段は鎖に繋がれて管理されている事は、民間人でも知っている事実だった。


 その飛竜が騎手も乗せず、勝手に街中を飛び回っている。しかも飛竜の様子は噂に聞く様な人懐こいさはなく、とても大人しい風貌には見えない。

 寧ろその瞳は血なように赤く、牙を剥く口は獰猛な姿は肉食獣や魔物となんら変わらないではないか。


「どうなってる!飛竜は騎士様の乗り物じゃないのか?」

「この飛竜、どこからやって来た?帝宮からなのか……?」

「ーー誰か、帝宮に連絡をっ!」

「ーー青騎士様たちにも早くっ!」


 街を警備するのは青騎士と呼ばれる一般騎士の仕事だ。飛竜の飛来の報を受けた青騎士が、続々と飛竜の暴れる広場へと駆けつけてくる。


「下がれ下がれ!」

「住民は屋内に避難しろ!」

「邪魔だ!騎士以外は屋内に入れッ」


 青騎士の呼びかけに、取る物も取らず慌てて屋内に避難する住民たち。商人や旅人なんかも、近くの食堂や宿屋に駆け込んで行く。


 ーゴウッー


 唸る風と共に青騎士目掛けて飛竜が舞い降りる。慌てて体躯を捻り、飛竜の体当たりから身を守る青騎士の集団。

 飛竜はそのまま地面スレスレを飛ぶと一気に浮上し左旋回すると、もう一度地上へと下降する。飛竜は翼を広げて低空飛行に入ると、騎士の集団の脇をすり抜け、放置されていた荷馬車の馬の腹に鋭く尖った爪を突き立てた。


ーヒヒィィインッー

ーグギャァ、グギャァー


 馬が悲鳴のような嗎をあげる。飛竜は爪で貫いた馬を振り回した。その姿はまるで子どもが癇癪を起こし、玩具を振り回している姿にも見える。


「チッ!遊んでやがる」


 飛竜は馬の首を噛み千切った。

 飛び散る鮮血。肉塊と化した馬。

 飛竜は捕食するでもなく身体を引き千切り弄んだだけであり、その姿はまるで殺戮を楽しんでいる魔物のようだ。


「おい、魔法だ!魔法でヤツを取り押さえるんだ」


 現場の指揮官らしき男の声に、青騎士たちが言の葉を唱え出した。その時……


「嘘だろ……」


 見上げた空の奥に黒い塊が見えた。それは足の速い雨雲のような動きで此方へと急速に近づいてくるのだ。

 見間違えでなければそれは、飛竜の群れであった。



 ※※※※※※※※※※



 帝都ウルトが飛竜襲来により混乱に満ちたその同時刻、帝宮内にもまた大きな混乱が齎されていた。

 帝宮内ーー『空挺部隊』の竜舍より飛竜が逃げ出し、狩猟本能のまま人間ヒトを襲い始めたのだ。その目には全く理性は残っておらず、手当たり次第に物を壊し、馬を人間ヒトを襲っていったのだ。


 事態を受けて、1から13まである近衛騎士団は総出で飛竜の対処に当たっていた。ある騎士団は帝宮内を、ある騎士団は帝宮外を、ある騎士団は要人の警護を……。朝勤も夜勤も関係なく、動ける者は総出で対処に追われていた。特に『空挺部隊』は自分たちの不祥事とも言える飛竜の暴走に頭を悩ませ、帝宮内外を駆けずり回っていた。ある者は投網と鎖を用い、ある者は魔法を用いて飛竜を捉えんと奮闘していた。

 負傷者の数はゆうに百名を超え、その中には重傷者も多数に上った。帝宮魔法士は負傷者の救護並びに帝宮内の結界維持に奔走した。

 しかし、結界は外からの攻撃に対して発揮するモノであり、中からの攻撃には対処のしようがなかったのだ。帝宮内の竜舍ーーつまり結界内で飛竜が暴れた為に、帝宮に張ってある結界はほとんど意味を成さなかった。それどころか飛竜は結界を内側から破ってしまったのだ。

 帝宮内の各宮に張られた結界はそのまま残った。しかし、その結界は飛竜の体当たり的な物理攻撃に対して余りに脆弱と言わざるを得なかった。


「おいっ、しっかりしろ!」

「負傷者を中へ!」

「ーー引き付けろ!玉宮には近づけさせるなッ」

「魔法士はどうした⁉︎ 」


 騎士たちの声が飛び交っている。血を流し脚を引きずる騎士、壁に力なくもたれ掛かる騎士。負傷者の中には騎士でない者の姿も見られた。運悪く飛竜に遭遇した一般職員だろうか。


 騎士たちが長剣で応戦しようにもその刃は飛竜には届かず、届いたとしても鋼のような鱗には刃が通じない。それならば槍を持って対応をしようにも、飛竜を攻撃すること自体に躊躇いを持つ。どうにも騎士の中には飛竜に攻撃をする事に対し、宗教観から良心の呵責に耐えきれない者もいるようだった。

 相手は飛竜ーー竜族なのだ。精霊の化身である妖精族に位置するとも言われる飛竜を、精霊を崇める信徒たちが攻撃する事は憚られたのだろう。思うように捕らえる事も討伐する事もままならない様子が伺えた。


 しかし飛竜には人間の都合などまるで関係がない。ただ、視界に入る生き物を襲うだけであった。育ての騎士おやだろうが所詮は人間。理性の飛んだ飛竜にとってそんな関係は何の意味も持たなかった。



「こりゃ、酷い有様だわ」


 あーあと呟くリュゼの言葉には苦い物が混じっている。眼下に広がる風景は、リュゼの言葉が指す意味を如実に物語っていた。


 帝宮の上空を我が物顔で飛行するソレは飛竜の群れ。飼育された飛竜は普段、群れる習慣はない。しかしこの世界の竜は本来、群れを成して生活する種族なのだ。これが野生に於ける飛竜の在るべき姿なのかもしれない。


 リュシュタールに手を引かれながら精霊の気で満ちた『精霊の路』を通り、数刻を経てアーリアは帝宮内へと足を踏み入れた。共に来たのは護衛騎士リュゼと第二皇子エヴィウス殿下のみ。近衛騎士カイトは2名の空挺部隊の騎士と共に、大人しくなった飛竜を駆って大山を下山した。事情を知る者が他の調査隊のメンバーに説明せねばならなかったのだ。さすがにあのままエヴィウス殿下とアリア姫が行方不明になる事態だけは、避けなければならなかった。


『精霊の路』とは不思議な空間で、アーリアには時間の感覚が掴めなかった。どれくらい歩いたのか分からない内に、帝都ウルトーーしかも帝宮へ着いてしまったのだ。

 しかも着いた先は帝宮内。大図書館の屋上であった。帝国一の蔵書量を誇る大図書館の施設は2000人収容できる劇場よりも大きい。玉座の間のある本宮には及ばずも高さも広さもある。その屋上からは帝宮内を広く見渡す事ができた。


「飛竜は普段、鎖か何かで繋いでいるんじゃないんですか?」


 いくら大人しいとはいえ飛竜だ。普段は特殊な鎖で繋がれ竜舍で騎士に管理されている。アーリアはそうカイトよりそう聞いていたのだが、目の前には空を自由に馳ける飛竜がいるではないか。


「そうだよ」

「その鎖って……」

「当然、簡単に千切れる類の物ではないけどね。だからこれは……」

「意図的に誰かの手で鎖が解かれたか、或いは飛竜が馬鹿力で千切ったか、だね。いや〜酷い酷い」


 エヴィウス殿下の言葉を途中からリュゼが引き継いだ。


 大庭園の樹木は燃え盛り、庭師により手入れされた美しい花壇が踏み荒らされている。銅像や大理石の彫刻、オブジェは破壊され、噴水には飛竜が突っ込んだ跡があった。それらの破片が庭園内の彼方此方に転がっている。あれほど美しかった白い壁には飛竜の血が飛び散り、無残にも穢されていた。


 暴れる飛竜を近衛騎士が押さえ込もうとするが、どうやら飛竜の方が上手なようだ。飛び回る飛竜に苦戦を強いられている。


「ー蔓草は萠ゆるー」

「ー蒼き氷は遥かにー」


 騎士の何人かが言の葉に魔力を乗せようとした時、異様な現象が起こった。


「なんだぁ……⁉︎ 」

「これは……⁉︎ 」


 魔法か暴走したのだ。水の精霊の力を借りた術は、氷塊が絡みつき飛竜を氷漬けにする筈だった。しかし発現した魔法の氷は術者の魔力と周囲の精霊の気を取り込み、瞬く間に巨像を作り上げた。また土の精霊の力を借りた拘束魔法は、飛竜に絡みついたまでは良いが、そのまま蔓が伸びて巨木にまで成長したのだ。


「精霊が遊んでおるな」


 そう言うリュシュタールは無表情だ。彼は事実を口にしただけだった。しかしアーリアには彼が何処と無く苛立っているようにも見えた。


「精霊には善も悪もない。ただ、世界を愛する心を持つのみ」


 リュシュタールのその呟きに、アーリアはユークリウス殿下の横顔を思い出していた。


「リュシュタール様、精霊を大人しくする事ってできますか?」

「一時的ならば」

「お願いできますか?」

「任されよう」


 アーリアの願いにリュシュタールは快諾した。

 アーリアはリュシュタールの笑みを受けると体の向きを変えた。そして一度瞳を閉じてから再度開き直した。

 瞼の奥から現れた瞳は陽の光に色を変える虹色の輝きではなく、薔薇のような煽情的な輝きを放っていた。

 アーリアは眼下の飛竜たちをその視界に収めた。


「《銀の鎖》」


 無数に現れた魔術方陣。それは見える範囲だけには留まらない。『精霊の瞳』を通して広く深く見通し、暴れ回る()()の飛竜の側面に展開させた。

 魔術方陣から銀の鎖が飛び出したかと思うと、それは素早く飛竜の身体を捉え絡め取った。翼を、脚を、口を。鎖は飛竜の自由を奪っていく。


 リュシュタールはその光景を満足そうに見遣ると懐から一本の横笛を出した。そして吹き口に唇をつけるとフゥと息を吹き込んだ。


 奏でられる天上の音。菅が空気と魔力とを振動させ、高く澄んだ音色は空へと舞い上がる。音は空気を震わせ、波のように広がっていく。

 広く、広く、深く、深く……

 リュシュタールが奏でる音楽は空間を駆け巡り、精霊の濃度は薄れゆき、霧散され、精霊はその秩序を取り戻していく。

 それでも尚、残った精霊たちにアーリアは呼びかけた。


 ー精霊の主となれー


 ユークリウス殿下の教えがアーリアを奮い立たせた。


「ー精霊よ。私の言葉を聞きなさいー」


 アーリアは声音を大きく張り上げた訳ではない。しかしアーリアの鈴の音のように澄んだ声は集った精霊たちのみならず、帝宮にいる者たちにも届いた。

 ある者は空を見上げ、ある者は窓の向こうから、その声の持ち主を探した。


「あそこに人が……⁉︎ 」

「あれは……?」

「ーーアリア姫⁉︎ それにエヴィウス殿下のお姿もあるぞ!」

「あの方たちは大山に行かれたのではなかったか……?」


 大図書館の屋上に複数の人影。その一つが数日前、大山の調査に出たアリア姫だと知ると、人々は一堂に驚愕の表情を浮かべた。


 アーリアの声に呼応した精霊たちは、アーリアの周りに集い始める。


 アーリアは先ず、水の精霊に呼びかけた。そしてその後につづけて魔術を解放した。


「ー水よ来たれー《蒼氷》」


 数多の水が天上より降り注ぐ。恵の雨のように地上を濡らす。飛竜の肌に水が触れると忽ちの内に体躯の表面を凍らせていく。


 アーリアは次に、風の精霊に呼びかけた。そして続くは空中浮遊の魔術。


「ー風よ来たれー《浮遊》」


 巻き起こった風は飛竜を凍った側から地上へと降ろしていく。一時的に大人しくなった飛竜に、騎士たちは慌てた様子で縄や鎖をかけていく。


 アーリアを黙って見守っていたリュシュタールは、周囲に集まる精霊たちに話しかけた。


精霊おまえたち、おいたの時間は終わりじゃ」


 ーここには女王様がいらっしゃるのー

 ー女王様が私たちを呼んでおられるわー

 ー女王様は苦しんでらっしゃるのー

 ー私たちが助けて差し上げなくてはー


 リュシュタールの呼びかけに、精霊たちは口々に精霊女王の名を呼ぶ。


「大丈夫じゃ。これから私とこの者が女王をお助けするゆえ、そなたら精霊は暫くの間、大人しく待っておれ」


 ー貴方がそう言うならばー

 ー譲ってあげてもいいわー

 ー翠のお方のお言葉だものー

 ー精霊の愛し子のお言葉だものー


 そう言って精霊たちは渋々の体で飛び立っていく。まだ幾百の精霊は帝宮内外に留まって様子を見てはいるが、人間ヒトを揶揄ったり飛竜を嗾しかけたりする事はもうないだろう。


 ー精霊の愛し子よー

 ー女王様をお願いねー

 ーこの下にいらっしゃるわー


「きっと大丈夫よ。任せて」


 精霊たちはアーリアの頬に口づけを落とすと、大図書館の真下を指した。

 大図書館の地下。そこにはエステル帝国千年の歴史と共に受け継がれた禁苑がある。偶然か、はたまた必然か。その事をアーリアは知っていた。


 アーリアはエヴィウス殿下に向き直るとそっと手を差し出した。


「エヴィウス殿下、禁苑まで案内エスコートして頂けますか?」


 アーリアからの申し出にエヴィウス殿下は一瞬の間を置いてのち、その麗しのかんばせにフワリと天上の笑みを浮かべ、アーリアの手を恭しく受け取った。


「喜んで引き受けよう。精霊に愛されし姫よ」



お読み頂きまして、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価など、すごく嬉しいです!ありがとうございます!励みになります!


帝都混乱2をお送りしました。

久しぶりにアーリアが主人公っぽい事をしています。やればできる子ですが、やるべき時に活躍できない鈍さを持っている残念な子でもあります。


第2部ラストまであと7話。

是非次話もご覧ください!

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