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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と北国の皇子
162/491

※裏舞台14※ システィナの王太子

 ※(???視点)


 いい月夜だ。しかし薄雲に今にも月が隠れてしまいそうだ。儚い光が窓から差し込み、影を作る。

 俺は正面に座る派手な女に視線を送る振りをしながら、窓の向こうに見える月に想いを馳せた。


「良いワインだな?」


 そう呟く声に女は答えた。濃い赤の液体はガラスの反射の中で輝きを増した。まるで自分が褒められているように感じたのか、女は上機嫌でころころと笑う。


「そうでしょう?エステル産の高級ワインですのよ」

「芳醇な香りが格別だ」

「良ければ差し上げますよ」

「構わないのか?」

「ええ、勿論です。貴方様のように高貴な方に呑んで頂けるのならば、我々としても本望ですよ」

「そうか。では遠慮なく」


 女の視線の意味を察した執事らしき男がまだ栓の開いていないワインボトルを持ってくる。そしてそのボトルをテーブルの上にそっと置いた。

 ワインボトルのラベルには葡萄の絵とシスティナでは使われぬ文字が印刷プリントされている。


「このワインはエステルの……?」


 見慣れぬ文字はエステルの旧古語か。当たりをつけて聞いたが、どうやら当たりであったようた。その言葉に女の口元にニンマリ弧が描かれた。真紅の口紅がまるで血のようだ。濃い香水の匂いと重なって更に下品に思えてならない。

 

「ルスティル公爵領産でございますの。ご令嬢自ら生産に関わったと聞き及んでおりますわ」


 ルスティル公爵家と聞いて一番に思い浮かぶのは我が国の誇る大貴族、ハーバート公爵家だ。ルスティル公爵家からハーバート公爵家に嫁いだ令嬢は、現王太子の祖母に当たる人物であった。ルスティル公爵家とシスティナ国とは浅からぬ縁を持っている。


「ほう?ルスティル公爵家と言うとまだ嫁いでいない次女のリアナ嬢か?」

「はい。ルスティル公爵領は旧パルマ公国領の葡萄畑をそのまま受け継いでいらっしゃいます」

「パルマ公国と言うとライザタニアとの国境にも近いな」

「ええ。ライザタニアとの貿易も盛んだと聞き及んでおります」


 パルマ公国と言えば絹産業の有名な水の清い国であった。静水のある土地では瑞々しい葡萄も育つ事だろう。

 パルマ公国は約30年前まで存在していたが、エステル帝国からの侵攻を受けて敢え無く降伏を選んだ。公国は美しい花の都と聞いたが、その文化も歴史もエステルに吸収され面影はもうないという。無残な事だとは思うが、いつ我が国もそうなる運命を辿るか分からぬ時勢、余計な感傷に浸る余裕など俺にはない。


「しかし……。エステルは秋の長雨で作物は軒並み不作と聞くが。それにエステルはライザタニアとの貿易は自粛しているのではないのか?」


 エステル帝国では秋の長雨で洪水が発生し、農作物、特に麦には多大な被害が出たという情報を得ていた。一大農業地帯がやられたのだ。そろそろ彼の国からシスティナへと援助を求めてくるかもしれない。

 それにしても、帝国は一時期よりもライザタニア国との貿易を自粛している筈であったが。この女は平然とワインを輸入しているという情報を口にしている。


 そう訝しげき見ると、女は趣味の悪い羽扇で口元を隠しながら答えてくる。


「いえいえ。ライザタニアは南北に分かれて内紛中とはいえ、ワインは嗜好品。王侯貴族からの取り引きは絶えぬ事などないでしょう?」


 含みのある言葉に、自然と此方こちらの好奇心が刺激される。


「すると密輸か?」

わたくしの口からはそこまでは申せません。しかし、どの国でも抜け道があるものです」


 ふふふと笑うとその羽扇を一仰ぎ。きつい香水の匂いが此方へと流れてくる。

 不快感を顔に出さぬよう平静を保つ。だが向ける視線はどうにもキツくなりがちになってしまう。


「お前のように、な……?」


 言われた言葉の意味に一瞬、笑い声を詰まらせた女は不自然に声のトーンを上げた。そして否定の態度を即座に身体を使って過大オーバーに表現した。


「ご冗談を!」

「ハハッ!こうしてお前の手元にはエステル産のワインがあるではないか?」

「これは頂き物ですよ」

「このような高級ワインをか?」

「ええ。それにエステルとシスティナとは貿易が禁止されておりませんよ?」

「十年前の協定より、穀物、海産物等の食料の輸出入に制限はない」

「ええ。わたくしの領地では果物が採れますからね?」

「夏にはな。ーーでは、冬はどうしている?」

「加工したシロップやジャムを細々と売っておりますよ。ご存知でしょう?」

「ああ。ハルトより土産を貰った」

「少し前に領地視察へお越しくださいましたね?」

「ああ。ハルトはフットワークが軽く、その鼻は俺よりも効く」


 この位ならば、即座に切り返しもできるようだ。どうやら頭は鼻ほどには悪くないようだ。

 弟がこの一月半ほど前にこの地方を視察で訪れている。その時に俺はある程度の報告は受けており、その後も更なる情報を収集していた。前段に話した内容程度は、わざわざこの女に聞かずとも知っていた内容だった。

 敢えて言葉に出して女の様子と出方を見たようだが、なかなか引っかかってはくれぬようだ。


「……ある噂を耳にしたのだが」

「どんな噂ですか?」


 微笑を浮かべながら甘い声音でそっと囁けば、女は即座に食いついてきた。女の頬がほんのりと色づいている。親子ほど離れた年齢差だが、女は何時迄経っても女ということか。


「近郊に鉄の採掘場があるそうだな?」

「……ええ。この地は大峡谷とも近いですから鉱石も採れます。しかし、それも父の時代までの話。今は廃坑して……」

「魔宝具」

「ーー⁉︎ 」


 女は弾かれたかのように、身を乗り出し近づけていた身体を引いた。そのように言葉一つで驚けば、こちらの思う壺だというのに。馬鹿な女だ。

 益々深まった微笑に気づいたのか、女は即座に平静を装い居住まいを直した。


「廃坑した洞窟内に出入りする者がいると……それも複数」

「調査ですよ、調査!まだ鉱石が採れる場所があるかもしれないと……」

「それにしてはひ弱な体躯の者が多いと聞いたが?」

「調査ですからね?屈強な男でなくともできますわ」


 俺から差し出された一枚の紙。テーブルの上にそっと乗せられた用紙には十数人の名と住所、年齢と職業が羅列してある。


「……これは?」

「ここ数年、国に登録している魔導士が行方不明となる事件が頻発して起きている。どの魔導士も副業として魔宝具を作っていた者たちばかりだ」

「……」

「その者たちをこの領内で見かけたという報告があるのだが?」


 弟からの報告の後、私兵を使い独自に調査を行った結果だ。しかしここに来ても女はトボケる方を選んだようだ。


「見間違いではないですか?」


 しれっと言い切る女の顔にはまだ余裕が見える。もう一歩というところか。


「知っているか?魔導士は年に一度、王都に赴き更新を受けねばその資格が剥奪されると。また資格がなければ国からの支援が受けれなくなるという事を」

「存じ上げませんでしたわ。ですが、この失踪した者たちは国の支援がなくともやっていけたのでは?魔宝具を作る魔導士だったのでしょう?」


 貴族は平民の暮らしに然程の興味を示さない。特に税を自分の小遣いだと勘違いしている貴族バカは。領地の管理に対しての対価を国から保証されているにも関わらず、税金を国へ納めずに何割かを懐に収める貴族は後を絶たない。

 この女もその類であろう。口からドブの匂いがして堪らない。


魔宝具職人マギクラフトと名乗れる魔導士なら兎も角、本業ではなく副業で魔宝具を作る魔導士が、何の支援なくしてやっていけるものか!」

「あらあら怖い。そのように怒らないでくださいまし。わたくし、魔導士の事などよく知らないのですから。それにしても、そのような下々の生活の事情をよくご存知ですね?」


 強い叱責に、女は羽扇で間を取る事で防御したようだ。こちらの憤りを感じ反省を見せるどころか、一歩引いて嘲っているように見える。


「ああ。知り合いに高位の魔導士がいてな。その者は魔宝具職人マギクラフトを生業としていたが、それでも生活するには技能と商才とが必要だと言っていた。魔宝具作成には道具も材料も必要になる為、必要経費が馬鹿にならぬ、とな」


 職業柄、要人に知り合いが多い。高位魔導士、一流の魔宝具職業マギクラフト、治療師、呪術師……。誰もが手に職を持つ者たちだが、生計を立てるとなると、技術以上に商才を必要とするそうだ。騎士も同じであろう。どれだけ腕の立つ剣士であろうと、それだけで簡単に近衛騎士になどなれる訳がない。鋼の忠誠心は勿論必要だが、人格や人柄といったモノの方がかえって重要だなのだ。自分の背をーー命を預けるのだから。


「それで?」

「職人としては名の通らぬ低級魔導士の失踪。その殆どが身寄りのない者たちだ。居なくなっても心配などされず、探される事もない。よく考えたものだな」


 この女はまだシラを切れると思っているようだ。詳細な資料の一部を出した段階で、もうこちらの攻め手は収まらぬのは分かるであろうに。この女はそれが分からぬ程の阿呆であるのか。それとも面の皮が厚いだけなのか。


「各領地から魔導士の不審死などの報告を受けていない。となれば、何処かで生存していると見て間違いはない」

「旅にでも出ているのでしょう?」

「いいや。お前の先ほどの話を基準にするならば、魔宝具を作る技能を持つ魔導士が国からの支援なくして生活できる環境があるのだろう?」

「考え過ぎではございませんか?」


 執拗な追撃に女は薄ら惚けた表情と言葉で躱す。

 ギジリと床が鳴る。俺の苛立ちがそうさせたのだろうか。床板が軽く沈み、鈍い音を立てた。


「ところで侯爵夫人。貴女は何の対価にワインを頂いたのか?」

「ですから果物と……」

「それにしては高価な対価では?」

「……言いがかりはよして頂きたい」

「言いがかりなどとは甚だ可笑しな言い分だな?私はまだ何も言ってはいないのだが」

「……」


 ワインの話題に戻って油断していた女ーー侯爵夫人を一気に突きくずしにかかる。言い訳にはセンスが必要だ。不要な言葉を使ってしまうと途端に嘘がバレるものなのだ。

 侯爵夫人はこのままやり過ごせると思っていたのかもしれない。これまで幾人もの追求を流れてきた女豹だ。嘘もつき慣れている事だろう。


「ああ、そうか。お前にはこう言っているように聞こえたのかも知れんな。『魔導士を使って魔道具を作らせ、それを他国に密輸出しているのではないか?』と」

「……!」


 ハッキリと言葉に出して示された予測という名の事実に、侯爵夫人は顔を青くした。


「どうした?まさか図星なのか?侯爵夫人。酷い顔色だ」

「ーー殿下……。殿下は何か勘違いをなさっているようですね?」


 侯爵夫人は初めて『殿下』と呼んだ。本当は呼びたくなかったのだろう。侯爵夫人の顔が醜く歪んでいる。

 侯爵夫人オンナは自分の事をこの世の誰よりも偉いと信じている類の貴族だ。自分より身分の高い者、自分が頭を下げねばならぬ者がいる事が苦痛なのだろう。俺の事も自分の思う通りに動かしたかったに違いない。それ程に、これまでの女の態度は俺を侮ったものだったのだ。

 ここに来て媚びるような上目遣いで目の前の男を『殿下』と呼ぶこの女の態度は、強かさを通り越してガメつい。上目遣いが許されるのは若い娘だけだ。このような阿婆擦れに色目を使われて嬉しいものか!


「ほう?」


 自然と目線に冷ややかさが増す。


「そのような事、ある筈がございませんでしょう?わたくしは夫亡き後もこの領地を一人で取り仕切って参ったのです。わたくしは愛国者ですわ」

「愛国者ね……?」


 どの口が『愛国者』などと言うのか。思わず侮蔑を込めた表情を侯爵夫人とのアバズレ)に向けてしまうのは仕方ないだろう。全く、酷い吐き気がする。


「いくら殿下といえど、言いがかりでわたくしを捕らえる事などできませんでしょう?証拠がございませんもの」

「では、証拠があれば良いのか?」


 ーバタンー


 扉が乱暴に開き、騎士に引き摺られるように連れて来られたのは顔色の悪い優男。煤けたローブ。不健康そうな顔色。神経質そうな表情。偏見は良くないが、その風貌から魔導士に見える。魔導士は屈強な騎士たちに挟まれて更に顔を青くしている。


「この魔導士を知っているな?」

「いいえ。そのような男、わたくしは知りません。会った事もございません」

「この男、坑道内に作られた隠し部屋で魔宝具を作っていたのだが」

「知りません!不審者でしょう。わたくしの領地で勝手な真似をしたのですから、罰せねばなりませんね」


 これまでの余裕ある態度は優男の登場で吹き飛び、侯爵夫人は必死の形相で弁明を繰り返す。


「奥様!私たちは貴女の指示で……!」

「汚らわしい!お前たちなど知らないわ!……殿下、わたくしはこの者を王宮へ突き出します!」

「ーー!」


 優男は女ーーこれでも侯爵夫人ーーに追いすがるが、侯爵夫人は軽蔑の表情を向けるのみ。一切、優男を庇うそぶりはみせない。それどころか優男を王宮へ突き出しても良いと言う。これには優男も驚愕の表情を浮かべ、ガクリと肩を落としてしまった。


「良いのか、本当に突き出しても?この者は貴女の悪事を知っているのだが?」

「ええ!構いませ……」

「《契約》による《隷属》で縛っているからなぁ……!何人突き出した所でお前の悪事はバレる事がないと、考えているのだろう?」

「ーーーー‼︎ な、何故……⁉︎ 」


「下衆が」と小さく吐き捨てる。

 俺の目線を背後から受けて、侯爵夫人の正面に座っていた長身の青年が椅子を引いて立ち上がる。


 魔術による《契約》とは商売に於いて重要な役割を持つという。契約の内容が正しく履行される為に、互いの信頼を損なわない為にも行われる術らしい。口約束や紙媒体では反古になりがちな契約を魔術によって強制する事ができるので、重要な取引の場面では大変有効的だと聞いている。

 しかし《契約》による《隷属》とは一方的な支配だ。相手の言動を見張り、制御する。それは呪術に該当するという。


 このような闇社会のやり口について『殿下』と呼ばれる身分の俺が知っているとは、侯爵夫人も思わなかったのだろう。侯爵夫人は椅子から立ち上がると一歩、また一歩と後退った。


「呪術は魔導士だけの専売特許ではない」


 刺すような目線を向けられた侯爵夫人は小さな悲鳴を上げた。立ち上がった青年から向けられる視線には威圧と殺意とが込められている。このような年増女とて侯爵夫人レディの端くれ。長身で体躯の良い青年からこのような目線をーー殺意を向けられた事など、これまでになかったのだろう。

 侯爵夫人の顔は本能的な恐怖で引きつっているが、その目はまだ輝きを失ってはいない。どうやらこの期に及んで諦めてはいないようだ。


「こうなれば……!殿下を無傷でここから返す訳にはいきませんわ!」

「どうすると……?」

「こうするのですよ!」


 侯爵夫人の声を合図に、隣室から武装した集団の男たちが押し寄せた。それぞれの手には剣や斧などの凶器が握られている。


「捕らえなさい!」


 侯爵夫人の言葉を合図に此方へ向かい襲いかかる男たち。

 侯爵夫人より『殿下』と呼ばれた青年は繰り出される攻撃の全てを軽く躱すと、腰の剣をスラリと引き抜いた。次の瞬間、閃く剣尖。唸る剣筋。飛び散る流血。青年は何のためらいもなく男たちを斬り捨てる。


 男たちの刃が俺に届く事はない。


「な、な、な……!」


 侯爵夫人の首筋に血に塗れた長剣の切っ尖が突きつけられる。侯爵夫人は顔を恐怖と混乱で歪ませ、慄きながらも身体を硬直させるが、その切っ尖が退く事はない。


「侯爵夫人。貴女は軍事転用させた魔宝具を魔導士に作らせ、それをエステル経由でライザタニアに密輸出し、その見返りに富を得ていた。違うか?」

「な……ッ!それは言いがか……ヒィッ!」

「貴女の生活がそれを物語っている。派手な夜会、舞踏会、豪遊。貴金属が大好物だと聞いたが。随分と散財しているようだな?それにそこの執事とデキているのだったな?ーー派手な生活は身を滅ぼすとは習わなかったか?」


 切っ先を首に向けられているというのに、言い訳を口にする侯爵夫人は、未だ己の置かれた状況を把握できていないのだろう。俺の騎士は床に転がった男たち同様、侯爵夫人の事も許す事はない。騎士は俺の『待て』の合図に従って、侯爵夫人を生かしているだけに過ぎない。その命を俺が握っているという事をまるで分かっていない。


「待って。何で騎士が動かないの……?殿下が自ら剣を振るなど……」


 ここで漸く侯爵夫人はこの状況に違和感を持ったようだ。


「お、お前はウィリアム殿下ではないな⁉︎ 何処から差し向けられた⁉︎ 侯爵夫人たるわたくしに対してこのような狼藉、許される事ではない!」


 切っ先が首の皮を薄く切るが、それにも構わず、侯爵夫人はヒステリックに喚き散らす。

 しかし、男たちを瞬く間に薙ぎ倒した青年ーー侯爵夫人は『殿下』と呼んでいたーーは公爵家の者。身分では侯爵夫人より上だ。なんら不敬には当たらないのだが、それは黙っておくべきだろうか。


「私がウィリアムだ」


『殿下』と呼ばれていた青年の後ろから俺は身を乗り出した。


「ウィリアム殿下……。そんな!身代わり……⁉︎ 」


 侯爵夫人に切っ尖を向ける『殿下オレ』が手を軽く振ると、能力スキル《偽装》と《擬装》が解除された。

 俺が「便利なものだな」と小さく呟くと、殿下ウィリアムに化けていた青年は小さく苦笑した。

 こんな状況だが、俺はこの能力スキルにほとほと感心していた。化け放題ではないか。この能力スキルを使えばどんな場所にも潜入できる。使い勝手が非常に良い。このように衣服さえ変えてしまえば、俺は近衛騎士にも混じれるのだから。現に至近距離に俺が居たにも関わらず、侯爵夫人は全く気がつかなかった。


「ウォルト侯爵夫人。お前を逮捕する。国を欺き他国と通じた罪は重い。それが戦争に関わるものなら尚更だ!」

「何を根拠に……」

「神党……神聖精霊党。貴女がその信者だったとはな……」

「そこまで……!」


『神聖精霊党』とはエステル帝国の『精霊信仰』から派生した宗派だ。エステルの中でも一際、過激だと言われる宗教団体。侯爵夫人はシスティナの貴族でありながら、他国の宗教にのめり込む信者であったのだ。

 侯爵夫人は悔しそうに唇を噛むと、上目遣いで俺を憎々しげに睨んでくる。

 俺は侯爵夫人を蛞蝓でも見るような目で見下ろした。


「……いつから東の魔女に目をつけていた?」


 侯爵夫人は俺の問いに答えようとはしない。ただニヤリとその口元に笑みを浮かべたのみだ。


「連れて行け!」


 俺の命令を受け、近衛騎士が侯爵夫人に縄をかけた。扉からは近衛騎士の一団がこの時を待っていたように押し寄せ、破落戸や執事など関係者たちを取り抑えていく。


「ウィリアム殿下」


 俺に成りすましていた影武者が、卓に置きっ放しだった重要書類を手渡してきた。あの騒動の後にも関わらずどこも汚れていない事に妙に感心する。


「よく務めてくれた、ジークフリード」

「はっ。身に余るお言葉」


 俺の影武者を務めた男は近衛騎士ジークフリード。アルヴァンド宰相の息子でもある。ジークフリードは俺と年齢も同じで背格好、顔立ちまで似ている。ジークフリードには何代か前の王家の血が色濃く出ているのだろう。


「これでやっと追いつく事ができた。妹を迎えに行ける日も近いだろう」

「はい……」


 俺の言葉にジークフリードはどこか照れたようなソワソワした様子を見せた。全く素直じゃない奴だ。


「しかしまだ不安要素が残るのも確か。もう一度リストの洗い出しをする。付いて来い、ジーク」


 俺はジークの返事を待たずに背を向けた。俺の可愛い妹を迎えに行く日が近い事をジークも喜んでいるだろう。しかしその日までに遣らねばならぬ仕事、〆ねばならぬ犯罪者はまだまだ存在する。


 それまでどうか、俺の可愛い妹が彼の国で無事に過ごしてくれる事を願うのみだ。




お読み頂きまして、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価等、本当に有り難く思います!嬉しいです!


裏舞台14をお送りしました。

ウィリアム殿下視点。会話進行をジークフリードでお送りしました。

アーリアの知らぬ場所で、ウィリアムお兄ちゃんとジークが奮闘しています。


次話もどうぞご覧ください!


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