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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と獣人の騎士
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意外な?刺客 1

 深い森の中、一人の細身の獣人が木から木へと幹を足場に跳び渡る。ふと青い空を見上げると、そこには白く大きな雲。木の上から飛び上がる小鳥の鳴き声。

 目前に広がる森の木々も、太陽の光を受けて煌めいている。


 その獣人は幹が太く背の高い木の上から眼下に広がる森を遠くの方まで眺めた後、そのまま幹の上で身を屈めた。


 その獣人に与えられた任務シゴトは『先行偵察』。

 彼のように《隠密》や《偵察》の能力スキルを持っている者がその任に当たることになったのだ。彼もその一人で、この地方の先行偵察を任された。というより、押し付けられた、という方が正しいだろう。


 誰もしたがらない仕事を押し付けられた獣人は、長くしなやかなヒゲを指で触りながら、目を細めた。


「……子猫ちゃんは元気かな?」


 その獣人は幹の上で伸びをするかのように立ち上がると、軽い仕草で跳躍し、地面へと降りていった。



 ※※※※※※※※※※



 薄暗い森の中で水面は月の光を浴びてキラキラと揺らめく。見上げると満開の星空。東から昇ってきた月は真円。優しい光を放って地上を照らしている。風はそよそよと漂い、夏の草花の匂いを届けてくる。

 歩くと膝まである水面がパシャリと音を立てる。水面はどこまでも澄んでいて、月の光だけでも水底が透けて見えるほど。

 池ほどの大きさの小さな泉だが、水底から清らかな水が湧き出ている。その水は小さな小川となって下流へと流れ出ていた。

 木々に囲まれたその泉の中央で、アーリアは夜空の月を見上げながら水底に膝をついて座った。両の手の中には月の光を受けて輝く透明な水晶の原石。水面に広げた羊皮紙には魔術の陣が刻印されている。その上にそっと水晶の原石を下ろした。羊皮紙は流れることも沈むこともなく、そこへ置いた水晶の原石は月の光と水面の光とを反射して輝く。

 アーリアは掌より小さな刀を取り出して、自分の髪を一部を切り取った。それを月へと向かって捧げる。

 その時、アーリアの周りに白い靄がかかり、キラキラと輝き出した。何かがフワフワと飛び交う。


『ー天空を統べる女王ー

 ー美しき星の調べを束ねしー

 ー夜空に咲く大輪の花ー

 ー月の女神リティアよー

 ー小さき者に守りの力をー』


 言の葉の調べを紡ぐ。声は音にならずとも、精霊に魔力は届くはずだ。

 アーリアは体内の魔力を外部へ放ちながら、切り取った白き髪を空へと放った。髪は風に吹かれながら舞い散り、空気へと溶けるように消えていく。

 髪には魔力が宿る。魔力を多量に含む髪を精霊は好むのだ。


 アハハ……ウフフ……


 どこかから女性の、そして子どもの様な笑い声が耳へ届く。

 目の前に無数の精霊たちが集い始め、身体の周りを飛び交う。白き翼を持つ月の精霊、青き翼を持つ水の精霊、緑の翼を持つ風の精霊……他にもアーリアの魔力に惹かれて様々な精霊が集まってきた。

 水面に浮かぶ羊皮紙の上で、水晶の原石がゆらゆらと光って魔力を帯びていく。

 アーリアの魔力を気に入って力を貸してくれる精霊たちが、水晶へと力を乗せていってくれているのだ。

 この分なら、術を込めなくも立派な魔宝具が完成するだろう。


『精霊の皆さん、ありがとうございます』


 アーリアの周りを飛び交う精霊たちにお礼を言って立ち上がった。



 ※※※



 アーリアは水に足を取られながら泉の中央から岸へと慎重に足を進めて、ジークフリードのいる岸辺へ戻っていった。裸足なのでとても歩きにくそうだ。

 ジークフリードはそんなアーリアの様子を、辺りを警戒しながら静かに眺めていた。アーリアから『大峡谷で採ってきた水晶の原石を加工する』とは聞いていたものの、どのように加工するのかを聞いていなかったのだ。


 そもそも、これまでの人生で魔導士や魔宝具職人といった人種とこのように長く接した事自体がなかったので、ジークフリードの知る魔法や魔術の知識は、本当に乏しいのだ。勉学として表面的な部分を習った程度、誰でも知っているような部分のみだった。

 生活の中で普及している生活魔法 ーー実際には『生活魔術』と言うのが正しいのだが、名前としては既に『生活魔法』として広まっているーーは、魔術の原理そのものを知らなくとも、予め決められた呪文コトバを正確な発音で唱えられれば、誰にでも使えてしまう物なのだ。また、魔力は生まれ持ったモノで、この世界に生きる者ならば誰でも持っている。魔力の量にこそ個人差があるが、生活魔法程度なら何の問題なく発動する。

 このような事さえも、ジークフリードは最近になってアーリアから教えられていた。

 魔宝具といい、生活魔法といい、普段何気なく日常の中で使っていたので、その原理など考えた事もなかったのだ。また、それらに対して不思議に思ったことすらなかった。

 ジークフリード自身、知らぬにいた事柄に恥じ入ってはいたが、実際、それらは咎められる事ではない。生活に根付いていて疑問に思われない事柄など、魔宝具に限らず沢山あるものだから。


 今のアーリアには魔法も魔術も使えない。術を発動させる為には『呪文の詠唱』がーーつまり、言葉を声に出す必要があるからだ。だからこそ、ジークフリードは、今のアーリアには魔宝具製作など出来ないだろうと考えていた。

 しかし今夜、アーリアはジークフリードに屈託のない笑みを向けて「魔宝具を製作する」と言った。「どのように?」と問えば、「見ていれば分かる」と答えられた。


 ーなんて美しい光景だろうー


 先ほどまでの奇跡のような光景に、ジークフリードはまるで精霊に化かされたかのように魅入っていた。

 水面から天空の月へと向かって手を伸ばすアーリアの姿は、まるで月の女神が降りてきたかのように美しかった。アーリアの周りを舞う精霊たちの姿に驚き、思わず息をするのも忘れたほどであった。


 アーリアはやや興奮した様子でジークフリードの元まで戻って来ると、ジークフリードに向かって手の中の羊皮紙に包まれた水晶を見せてきた。ジークフリードはアーリアの濡れた肩にマントを掛けると、その肩に手を置いた。


『ほら、魔宝具ができましたよ!形としては不恰好だけど、効果はキッチリ出るはずです!』

「……先ほどのは、本当に美しい光景だった。アーリアの周りを飛んでいたのは精霊か?生まれて初めて見たんだが……」

『ジークさんにも精霊の姿が見えたんですか?』

「ああ」


 アーリアはジークフリードの言う『美しい光景』とは『精霊』を指すのだろうと早々に結論付けた。お互いの精神世界に触れることが多くなったから、ジークフリードがアーリアの魔力に引き摺られているのだろうか……とアーリアが考えていると、思わぬ方向から第三者が声が聞こえてきた。



「本っ当にね〜〜!月の女神が降りて来たのかと思っちゃったよ〜〜!」



 声、かけそびれちゃった!ーーと嬉しそうに話を続けるその声に、二人は驚愕しながらも声のする方へと振り仰いだ。

 元騎士であるジークフリードでさえ声がかかるまでその存在を認識できていなかったようで、焦ったようにアーリアの腰に手を回しその身で庇い、剣の柄にもう一方の手をかけた。


「よっと……」


 二人が振り向いた先ーー泉の対岸に生える木の上から、一人の男が飛来する。歳は二十歳ハタチそこそこ。ジークフリードよりも身体の線が細く、ガタイが良いとは言えない体格をしている。口元が襟巻きで隠れているが、その顔には恐らく笑みが浮かんでいるだろう。短い茶色の短髪から覗く目は細長く、笑っているのに感情は全く読めない。

 皮の胸当てはしているが、剣のたぐいは所持しておらず、初見ではどこに武器を隠しているかも分からない。


 ジークフリードは腰の長剣をスラリと抜き放った。

 アーリアはその動作に胸をドキリと鳴らした。自然と心拍数が上がっていく。


「〜〜待って待って!襲うつもりはないって!」


 殺気立ったジークフリードの様子を見た青年は、その手を大きく振った。


「ちょっーと調査に来ただけ」

「調査?あぁ、先行偵察か」

「そうそう、それ!偵察」

「……お前……獣人か……?」


 アーリアの身体が強張る。すると、その震えをジークフリードの左腕が感じ取った。

 青年の琥珀ひとみがさらに細まる。


「ふぅーん……やっぱり君も、獣人なんだね?」

「……」

「オカシイと思ったんだ。あの牢から怪我した女の子が一人で脱け出せるはずがナイって。脱け出すなら、必ず共犯者が必要でしょ?なら、その共犯者は獣人しかありえない。ね?当たってるでしょ?僕のスイリ」

「……俺が獣人だとしたら、どうする……?」

「え?どうもしないよ?僕はただ報告おシゴトするダケだから」

「なら、遠慮はいらないなッ!」


 ジークフリードはアーリアを背に庇うと、そのまま背後に下がらせ、その細身の男へと剣を突き出すように構えた。


「ちょ、ちょっと!何でそんなに気が短ッ……⁉︎」


 ジークフリードが水を蹴るように疾る。水面に突き出る岩を足場に、跳ぶように青年へと距離を詰めた。

 青年はいつの間にかその両手の指の間に、投げナイフのような物をいくつも構えていた。


「目撃者を消せば追っ手は来ないだろう?」

「偵察の報告が途切れれば怪しまれるでしょ!?」

「暫くの間なら時間稼ぎになる」

「アンタ、顔の割に思考回路がコワすぎ!!」


 二人は付かず離れず、剣を交える。ジークフリードの動きに合わせて青年が剣を軽くかわし、投げナイフを放った。それもジークフリードが難なくかわす。

 その間、アーリアはあたふたと靴を履いていた。素足のままでは山の中を逃げることも走ることもままならないと考えた上の行動だった。しかしーー


『ひゃっ!』


 靴紐がからんで靴を上手く履けず、アーリアは石と砂利を多く含む地面に転んで尻餅をついた。


「あーあ!子猫ちゃん、転んじゃった」

「……!」

「君さ、僕ばっかりに構ってて、いーのかな?」

「なん……!?」


 ジークフリードの前から唐突に細身の男の姿がかき消えた。


『……えっ??』


 地面に手を付いて起き上がろうとしたアーリアは、目の前に立つ細身の青年の姿に目を疑った。さっきまで対岸でジークフリードど剣を交えていた青年が、ほんの少し目を外しただけの間で自分の下まで来られる筈がない。

 アーリアは息をするのも忘れて身を固めた。


「大丈夫。僕は君を傷つけないよ」


 青年はそう言うと、アーリアの腕をそっと掴んだ。


「『捕まえた』」


 ーな、なんで『痴漢撃退!』が働かないの⁉︎ー


 アーリアの心境など構いもせず、青年はアーリアの腕を掴んだまま身体を地面から引き上げ立たせると、驚くアーリアに向かってにっこりと微笑んた。

 向けられる感情に悪意はなく、ただ笑顔を浮かべる青年に、アーリアは困惑まま固まってしまった。


「アーリア!」


 ジークフリードは踵返すと泉の上を跳ぶように越える。そのまま青年に躊躇なく斬りかかった。


「おっと、危ない危ない!」


 ジークフリードはアーリアと青年との間に身体を割り込ませる。


「アンタさ、元騎士だろ?気ぃ抜いてると子猫ちゃんを守れないよ?」

「ーー!!」

「……じゃ、今夜は用も済んだし、もう帰るね〜〜。またね、子猫ちゃん!」


 青年は子猫ちゃんーーアーリアにウィンクすると、軽く手を振った。次の瞬間、二人の目の前にいた青年の姿が、風と共に闇に溶けて忽然と消え失せていた。



読んで頂き、ありがとうございます!


追っ手その1の登場です。


これから彼も表立って出てくる予定なので、楽しんでいただけると嬉しいです。



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