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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と北国の皇子
157/491

大山と精霊7 レイカルの領主

 エステル帝国、その南の最果てにある城壁都市レイカル。

 大山の調査隊を率いるエヴィウス殿下一行はレイカル領主の館に滞在する事となった。これは事前より決められていた事であり、レイカル領主の館ではエヴィウス殿下を迎える夜会が開かれていた。


 「夜会って必要なの?」と疑問を呈するアーリアに対して、エヴィウス殿下はというと「夜会も仕事のうちさ」と疑問すらないといった回答だった。

 根っからの皇族であるエヴィウス殿下にとっては慣れたものなのだろう。自分たち皇族が動けば、必然的に宴が催されると解っているのだ。


 アーリアは領主館において二番目に広い客室ゲストルームに通されると、見知らぬ侍女たちによって磨かれ、あれよあれよと言う間にドレスを纏わされてしまった。そしてそこへ煌びやかな衣装を纏ったエヴィウス殿下がエスコートしに訪れる、というお決まりのパターンを迎えた。


「うん、イイね。その衣装、私が選んだんだよ?」

「……。ありがとうございます」

「センスは兄上より良いと思ってる。兄上は様式美よりも機能美を優先する傾向があるからね」


 そう言われてどう答えれば良いのか判断がつかないアーリア。アーリアは自然と口をつぐみ、返答に頭を悩ました。

 エヴィウス殿下が選んだというドレスはエステルの夜会で着た物より薄手で、どちらかと言えば舞踏会で着たドレス寄りのデザインだ。


 今、アーリアの纏っているドレスはアーリアの侍女フィーネが準備した物ではない。アーリアはこの地で夜会が有るなどと聞いてはいなかったのだ。その為、調査に必要な必要最低限の荷物しか持って来てはいなかった。アーリアに夜会の情報が伝わっていないという事は、ユークリウス殿下にも伝わっていないという事だ。それは何処かで情報統制が行われいた可能性を示していた。


 ー知られて都合の悪い事があるのかな……?ー


 『誰に』都合の悪いとは『ユークリウス殿下に』に決まっている。アーリアはこの夜会にきな臭さを感じて、顔を歪ませた。


「そんな嫌な顔しないで。これは『お仕事』だよ?」


 アーリアは『お仕事』と言われて、への字口を更に歪めた。

 いくら聞いていなかった夜会だとはいえ『お仕事』となれば嫌とは言えない。ユークリウス殿下の偽の婚約者として、駒として、この夜会を何とか無事に終えなければならない。


「ほら、可愛い顔が台無しじゃないか。笑顔笑顔」


 エヴィウス殿下に促され、アーリアは営業微笑スマイルを浮かべた。この笑顔はアーリアがエステル帝国に来てから身につけたスキルだ。


「うーん。見事な営業微笑スマイル


 エヴィウス殿下はハハッと乾いた笑い声を上げる。

 彼の言わんとする事は分かるが、これ以上どうしようもないではないか、とアーリアは内心憤慨した。これからツマラナイ夜会が始まるのだ。しかも誰かのロクデモナイ思惑がきっと詰まっている。どいして心からの笑顔を浮かべられると言うのか。

 エヴィウス殿下は「まあ、いいか」と言うと、アーリアに向かって優雅に手を差し伸べた


「さぁ、アリア姫。お手をーー」

「はい、殿下」


 アーリアはエヴィウス殿下の手に自分の手を重ねた。エヴィウス殿下に軽く引かれたアーリアは椅子から腰を上げると、殿下のエスコートを受けて会場入りを果たした。



 ※※※※※※※※※※



「……お一人で獅子?それは凄いですね」

「アハハハハ!姫にそのように褒められるとは、なんとも嬉しい事ですなッ」


 アリア姫になりきったアーリアの営業微笑スマイルは絶好調。今夜会の主催、レイカル侯爵は上機嫌で満面の笑みを浮かべている。アリア姫は夜会の華とも言わんばかりの人気で、アーリアの周りを大勢の貴族たちが取り囲んでいる。ーーが、ここに一人、その風景を快く思わない者がいた。


「何なのアレ?」


 アリア姫に群がる貴族を遠巻きでアーリアの護衛をしている護衛騎士リュゼは、如何にもな不満顔で呟いた。


「オイ、リュゼ。その顔」


 隣でエヴィウス殿下を護衛するカイトがリュゼの脇腹を小突いて注意した。リュゼは思わず内心と同じ表情をしていた事に反省した。

 この場はエヴィウス殿下とアリア姫の社交の場。リュゼやカイトは彼らの護衛騎士でしかない。どんな不愉快な現場であろうとそれを表情に出して良い訳がない。護衛騎士の態度や失態はあるじの評価に直結してしまうからだ。


「……すまない」

「おう。……お前の気持ちは分からなくもない。寧ろ分かる。ーーが、耐えろ」


 カイトはボソボソとリュゼにだけ聞こえる声で呟いた。カイトは顔色こそ変わらないものの、その拳には血管が浮き上がっている。アリア姫に対する貴族たちの馴れ馴れしい態度、さり気ないボディタッチに腹を立てているのはカイトも同じだった。


「そーいやカイト。お前、姫に告白したコトあったよな?」

「おう。殿下の婚約者でなければ、今も口説いているところだ」

「カイトって意外にシツコイのな?」

「フツーだろフツー。惚れた女を口説くのにカッコつけたって仕方ねーだろ?」


 そう言い切るカイトの横顔をチラリと横目で見たリュゼは、見なければ良かったと思った。カイトの顔は男のリュゼから見てもカッコ良かったのだ。


「お前だって一度や二度フラれたくらいで惚れた女を諦められんのか?」

「……。いや、たぶん無理かな?」

「だろう?」


 一度や二度どころか一度も女に告白したコトなどないリュゼは、首を傾げながら想像で口にした。

 リュゼはこれまでの人生において本気で女に惚れた事などなかった。犯罪組織に所属していたリュゼは、右を向いても左を向いても男だらけの中で、そんな青春セイシュンの一幕のような甘酸っぱい展開に陥りようがなかったのだ。ツキアイで女を抱く事はあっても、そこに恋愛感情などありはしない。かなり殺伐とした十代を過ごしてきたリュゼにとって、今、お気に入りのオンナノコが居る事自体が天変地異なのだ。幼い時分より付き合いのあったユーリなどに知られたなら、きっと鼻で笑われる事だろう。


「んで、お前は告白したのか?」

「……は?誰に?」

「そりゃ、姫さんにだよ」

「ぶッ⁉︎」


 仕事モードの真顔で警護を続けながら話していたリュゼは、カイトからの言葉に激しく噎せた。ゴホゴホと咳き込むリュゼをカイトはシラーとしたジト目で見下ろしてきる。

 アリア姫があまりに注目を集めている為、護衛が咳をしたくらいでは誰も目をくれる者はいない。


「オイオイまさかお前……。まだ告白してなかったのか?」

「チョッ、おまっ、カイト……。何で知って……」

「バーーカ。あれだけバレバレの態度取ってりゃ、誰にだって分かるだろ?お前の態度に時々、ユークリウス殿下が睨んでらっしゃるぞ?……ん?ソレも知らねーのか?」


 カイトの発言にリュゼは驚愕した。右腕で出しそうになる表情を隠しつつも、内心はドギマギしていた。変な汗と動悸が激しい。


「ほれ、ハンカチ」

「ありがと」

「その様子だとリュゼ、お前ってこれまで女に本気になったコトなんてねーんだな?ははぁん、それで……」

「な、何だよ?」


 リュゼはカイトから渡されたハンカチで口元を拭きつつ、半眼でカイトの顔を見た。カイトは何かを納得した顔をして、どこか嬉しそうにニヤついている。


「だからそんなに慎重なのな?お前」

「……。だったら悪い?」

「いや、いーんでないの?嗚呼っ、俺にもそんな頃があったなァ〜〜」

「カイトうざい!」

「チョッ、お前、足踏むなよ!靴が汚れる」


 リュゼに足を踏まれながら、カイトは内心ニヤニヤしていた。

 カイトにとってリュゼは可愛い弟子か弟のようなモノだ。最初は団長ヒースから頼まれた仕事だったが、ただ一人のあるじの為に強くなろうとするリュゼを、カイトは好意的に見るようになった。近頃はカイトからリュゼを鍛錬に誘うほどの仲だ。

 それはリュゼにとっても同じ事が言えた。カイトのように損得勘定なしに付き合える者はこれまでなく、十歳とおほど上のカイトには少々甘えても大丈夫だとさえ無意識の内に思っているのだ。


「まぁ、ガンバレよ!当たって砕けろって言うだろ?」

「ハァ⁉︎ 何で砕ける事が前提なんだよッ⁉︎」



 一方、リュゼとカイトが馬鹿なやり取りをしている中、アーリアは苦行に立たされていた。

 レイカル領主は挨拶時にアリア姫の手に口づけを落としたきり、その手を離そうともせず、そのまま世間話という名の自慢話に突入していたのだ。

 アリア姫ならぬアーリアはその手をどうにか振り払おうと画策しているが、それがどうも上手くはいかない。あからさまな嫌悪感を出す訳にもいかず、取り敢えず笑みを浮かべて誤魔化していた。


 ーひぃッ。この人気持ち悪い!あぁもぉ、エバンスは何処行ったの⁉︎ ー


 エヴィウス殿下はアリア姫のエスコートをして会場入りし、最初のうちはアーリアと共にお偉方と挨拶していたのだ。それがいつの間にか居なくなっていた。


 ーフケられた?うそ〜〜⁉︎ ー


 人垣に囲まれているアーリアは、外の様子がまるで分からなかった。この輪の外にはリュゼがいる筈だが、それもアーリアの背では見えない。


「本当にアリア姫のその瞳は美しいですなぁ。まるで精霊女王の瞳のようではないですか」


 レイカル領主はアーリアの右手を脂ぎった両手で包みながら、アーリアの瞳を見つめてくる。


「ありがとうございます。わたくしなどには勿体ないお言葉ですわ」

「ご謙遜を。『精霊の瞳』などお伽話の産物だとエステルの者でさえ思っておりましたよ。それをまさかシスティナの姫がお持ちだとは……!」

「あの……」

「皇太子殿下は幸運の持ち主ですな!このように美しい瞳を持つ姫を娶る事ができるのですから!」

「……」


 口を挟みようがないレイカル侯爵と他の貴族たちの弾丸口撃に、アーリアは口を噤んだ。目が死んだ魚のようになっていくのが実感できた。

 いつの間にか、アーリアの周りには生垣のように男性たちがグルリと囲んでいた。レイカル領主を始めどの男性も貴族で、年齢は二十代から五十代とまちまちだ。しかし、どの貴族も一様にアーリアをまるで愛玩動物を見るかのような目つきだ。さも愛おしいと言わんばかりの目線は、アーリアの背中を寒くさせた。纏わり付くような空気に吐き気をも覚えていた。


「私どもは帝国でも熱心な信徒なのですよ」

「精霊信仰、ですか?」

「ええ。システィナの姫である貴女様はご存知ないかも知れませんが、精霊信仰と一口に申しましても様々な宗派があるのですよ」

「初めて知りましたわ」

「我々はその中でも真に精霊を愛する者のみで構成された宗派なのです」

「そうですか……」


 アーリアの手を掴んだままグイグイ来るレイカル領主にドン引きしつつ、なるべく態度に出さないようにしながらも、身体が引いて行くのを抑えられはしなかった。


 ー気持ち悪いっー


 アーリアはレイカル侯爵を蜚蠊ゴキブリでも見るような目ちきで見た。

 アーリアは他人に対して興味が薄い事もあって、初対面であろうとちょっとした知り合いであろうと、一方的に相手を嫌いになったり避けたりする事はない。苦手な人間ヒトのタイプもなかった。

 しかし、このレイカル領主に対しては別だったようだ。気持ち悪くて仕方がないのだ。正直、今すぐ離れてほしい。寧ろ離れたい。これが仕事でなければ、彼が貴族でなければ、アーリアは問答無用で魔術を叩きつけていた事だろう。


「どうです?アリア姫。姫も私どもと共に信仰を深めませんか?」

「いえ、そのぉ……」

「姫ならば直ぐに幹部入りですよ?」

わたくしの独断では……」

「その美しい瞳を我々の為に捧げてはくださいませんか?」

「……困り……」

「姫。私たちの精霊女王となって頂きたい」


 次々に齎される言葉の渦に、アーリアは困惑を隠せずにいた。

 宗教には全く興味がないアーリアにとって、このように何かを一心不乱に信ずる者たちの言葉を聞くことはまずない。そもそもシスティナは宗教活動が薄い国なのだ。たまに街道沿いに宗教ボランティアの子どもが立っているのを偶に見るくらいであり、そのようななんとも微笑ましい活動しか知らなかった。

 そんなアーリアにとって熱心な信者の目は狂気的に見えた。ーーいや、正に狂人であると言っても過言ではないだろう。彼らの目はアーリア個人を見ているのではなく、アーリアの瞳を通して精霊女王を見ているのだから。


 ーあ、あれ?ー


 耳から入ってくるレイカル領主と取り巻きの貴族たちの言葉。それはアーリアの身体を締め付け、雁字搦めにしていく。しかも暫くすると激しい耳鳴りに襲われ始めた。


「ーーさぁ、姫。我らと共に参りましょう」


 アーリアは「どこへ?」と言おうとしたが言葉のは口から出ず、拒否感を示そうにも身体が言う事を聞かない。


 ーあれ?これ、どうなってるの……?ー


 アーリアはレイカル領主に手を引かれたその時ーー……


「無体な事はやめて頂きたい、領主」


 レイカル領主の手をエヴィウス殿下が掴み、アーリアの手から離させた。


「彼女は兄の婚約者なのでね」

「エヴィウス殿下……⁉︎」


 エヴィウス殿下がアーリアを囲む輪に割って入り、異変に気付いた護衛騎士たちがアーリアから貴族たちを剥がしていく。


「どう、やって、此処へ……?」

「貴殿の令嬢は大変魅力的な方だが、私の好みではないのでね」


 エヴィウス殿下は眩む頭を押さえているアーリアの手を引き、腰をさらうように身体を支えると、レイカル領主に意味深な笑みを向けた。

 レイカル領主は見る見る間に顔を赤くさせ、憎々しげな表情になっていく。


「私の理想は雲のように高くてね」

「我が愛娘は気に入っては頂けなかった、と?」

「ゴテゴテ着飾った令嬢は口に合わなくて困るよ」

「くっ……」

「これでも味の好みには煩い方なんだ」


 エヴィウス殿下はアーリアを伴って輪から出る。その後を護衛騎士たちが警戒しながら追随する。


「すまないね。遅くなって」

「エバンス……?」

「全く、抜け目がないよね。私に自分たちの娘を当てがっておいて、その間に君を堕とそうとするなんて……」


 どうやらエヴィウス殿下は夜会からフケた訳ではなく、彼らの令嬢たちに囲まれ捕まっていたようだ。令嬢たちも第2皇子が相手とあらば、既成事実もどんと来いの勢いでエヴィウス殿下のお相手を務めたに違いない。


「コレのおかげで洗脳も浅い。よかったよ。兄上の執念……いや愛かな?」

「……洗脳?……愛?」


 エヴィウス殿下はアーリアの左腕に嵌る腕輪ブレスレットに触れた。それはユークリウス殿下から貰った婚約の腕輪だった。エヴィウス殿下は「兄上も洒落た事を」と呆れ顔で呟くと、忌々しげに目線を送ってくるレイカル領主たちに向けて一礼した。


「姫は慣れぬ飛竜での旅にお疲れのご様子。今宵はこれまでとさせて頂きます」


 エヴィウス殿下の迫力ある微笑に、レイカル領主以下、貴族たちは何も言う事が出来ず、退出する2人を見送ったのだった。


 ーーその後、アーリアはエヴィウス殿下よりエステル帝国にはアブナイ宗教団体が存在する事、そのアブナイ宗教団体は時に狂気的な行動を取る事を知らされた。それを聞いたアーリアはゾッとして血の気がサァッと引いたのは言うまでもない。

 護衛が不十分だったと知ったリュゼは反省も束の間、カイトから宗教団体について更に詳しい情報を聞き出したのだった。


「帰ったらユリウス兄上にお礼を言うといいよ?」

「……」


 外せない腕輪ブレスレットにあれほど文句を言った手前、アーリアは素直にユークリウス殿下に対して感謝の気持ちが持てなかった。それはエヴィウス殿下には秘密だとばかりに営業微笑で誤魔化した。



お読み頂きまして、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価等、ありがとうございます‼︎ 凄く嬉しいです!


大山と精霊7をお送りしました!

カイトはリュゼの理解者ーー良い兄ちゃんです。気の合う悪友とも言えます。

カイトは視野も広く、近衛第8騎士団でも三本の指に入る実力を持ち、ヒースからの信頼も厚いです。

エヴィウス殿下は殿下を狙うハイエナのような女共から、よく逃げ出してきたものです。怖い怖い。


次話も是非ご覧ください!


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